19 遊休 刈谷かなえ視点 - 1
19 遊休 刈谷かなえ視点
「メリークリスマス!」
ほづみはパーティー用の三角帽子を被り、クラッカーを鳴らした。
私の眼前には、美月が買って来た特大ケーキが聳え立っている。
「ねえ、美月さん」
「うん?」
美月は私のほうを向いた。
彼女は何故かハゲカツラを被っている。
不毛な頭頂部の左右に、白い巻き毛がくっついたものである。
すんでのところで笑いをこらえる。
「ねえ、美月さん。このケーキ、どうやって持ってきたの?」
「ん? そのへんのケーキ屋で買って、運んできた」
「こんな大きなケーキを?」
「YES!」
美月は得意そうに笑った。
私は呆れて、ものも言えない。
つい数分前のことだ。美月が特大のタルトケーキを机の上に置いているところを目撃した。美月は軽々と運んでいたが、一キロくらいあるのではないだろうか。
高さおよそ二メートル、直径およそ五十センチ。おそらく、ウエディングケーキよりも大きい。たった五人で、全部食べきれるわけがない。
余ったぶんは、ほづみのために少し冷蔵庫に保存しておこう。残りは、その場で美月に全部食べさせることにする。美月は魔物ではないから……きっと、いいえ、間違いなく太るだろう。
「いや~、あたし、どれだけ食べても太らないからさ」
「そう。なら、余ったぶんは全部食べなさい」
「……マジで? いいの? 食べちゃうよ?」
「ふふっ。強がっていられるのも、いまのうちよ。いずれ音を上げることだわ」
主に体重の面で。
「へへーん。目にもの見せてやる」
そうこうしているうちに、朱莉がケーキを切り分けて全員に分けてくれた。
「なあ。アタシ、腹減ってんだ。早く、食べようぜ」
「かなえちゃん、ケーキ食べ終わったら、プレゼント交換しようね」
「プレゼント交換……あっ」
いけない。何も用意していない。
ルナークに変なことを吹き込まれていたせいで、すっかり忘れていた。
「ね、ねえ、朱莉さん」
「おう、何だ?」
私は朱莉に小声で耳打ちする。
「どうしよう。私、プレゼント忘れちゃった……」
朱莉は表情を変えずに、小声で返してくる。
「はあ。それは困ったな。うーん、包みならすぐに用意できるんだけどよ。何かないのか? 例えば、そのリボンは?」
朱莉は私が頭につけているラベンダー色のリボンに目配せした。
「これ? だ、だめよ。これは、ほづみがくれたリボンなんだから」
私はあからさまに動揺した。
このリボンは、辺り一面、色とりどりの花畑の中で、私がほづみを看取ろうとしたときに、ほづみから譲り受けた思い出のリボンである。どんなに辛い目に遭ったときでも、悪魔の誘惑に負けそうなときでも、こころが壊れてしまいそうなときでも、ほづみのくれたリボンは私のこころを支えてくれた。
もし、私が夢から覚めたなら、私とほづみを繋ぎとめるモノは、ほづみのリボンしか残らない。それを手放すなんて、私には、とてもできない。
「いただきます」
「おう、ほづみん。たんと食べておくれ」
ほづみと美月は黙々とケーキを食べはじめている。
私と朱莉も、小声で会話しながらケーキを食べる。
「大切なものなんだな」
「ええ、そうよ。とても大切なもの」
「プレゼントは、金の価値じゃなくて、想いのこもったものじゃなくちゃならねえ。そのリボンには、想いがこもっているから、大切にしているんだろう? だとしたら、アンタも、そういう風に大切にされるような思い出の品をプレゼントにすればいい。普段、身に着けているものとか、自分で作ったものとか、そうでなくても、店で選んだものでもなんでもいい」
「だから、それがなくて困ってるのよ」
「あー、そうだったな……」
私はケーキを口にした。みかんやパインの瑞々しくて甘酸っぱい味わいが、口の中で一杯に広がる。ケーキにたっぷりと塗られた生クリームが、さらに甘さを引き立てている。
呪いが解けた今でも、悪魔の私なら、どれだけ食べても太らない。でも、そんな簡単に食の誘惑に負けていいのだろうか。いや、それよりも、美月にたらふく食べさせてやりたい。いや、それ以上に、ほづみの口についた生クリームを、私が舐め取ってあげるのよ。……それこそ、誘惑に負けていないだろうか。
そうだ、いいプレゼントを思いついた。
私はクリームを口に含んだ。ほのかに甘い。