18 第二部 プロローグ 夢現 栗原美月視点 - 3
「ふーん、そっか。かなえちゃんがお父さんやお母さんに会えなくて、仮初めの肉体になっているっていうのは?」
「仮初めの肉体については言葉のレトリックである。今の刈谷かなえは、感情もなにもない、仮初めの肉体に魂を宿している。現実世界の刈谷かなえは、……これは願いの辻褄合わせのためだが、人のこころを失い、人としての肉体は消失するはずだったのだが、刈谷かなえが人としての姿を望んだために、仮初めの肉体が生み出された……というより、刈谷かなえの抜け殻が残り、そこに刈谷かなえの魂がすぐに戻ってきた。現実世界ならば、家族の下で、こころをなくしたまま寝たきりになっているはずだが、刈谷かなえが悪魔になった直後に夢の世界が構築されたために起こった。こうして、いろいろな矛盾が生じることになるのだが、その話はまた別としよう。刈谷かなえの両親は、仮初めの肉体に宿った刈谷かなえが帰ってくるのを待っている。そして、両親はおそらく刈谷かなえを心配しながら、刈谷かなえに仕送りをしている。しかし、刈谷かなえの両親は、刈谷かなえ自身の結界により締め出されている。また、刈谷かなえの記憶からも、締め出されている」
「それは……可愛そうだよ。あと、疑問なんだけどさ。どうしていつまで経っても新年が来ないのかな?」
このままじゃ、いつまで経っても東京オリンピックがやってこない!
「刈谷かなえは過去の時間を願いにより再現している。それは結界内に限った話ではなく、秩序そのものを捻じ曲げて行われていた。葉山ほづみが延々と蘇る理由もそれだが、これは葉山ほづみ自身の願いでもある。葉山ほづみが蘇り続けることで、刈谷かなえを延々と苦しめ続けることができるのだから」
「えぐいなあ」
「度重なる秩序の捻じ曲げは、世界に矛盾を来たした。時間を再現するために、人々の記憶を制御し、生命の理を犯し、あらゆるシステムに刃向かった。ルナークは興味深く観察していたものの、あまたの宇宙を含めた世界の綻びを放っておくわけにはいかず、栗原美月に接触することとなる。その結果が今だ。しかし、栗原美月には強大な力を与えすぎたのではないかと後悔している。栗原美月自体が秩序の崩壊そのものではないか、と」
「いえーい!」
あたしはルナークに向かってピースをしてみせた。
ルナークは俯いている。
「ねえ、そんなことよりさ。あたしがほづみんを剣でぶった斬ったらどうなるのかな。もしかして、もしかしたりしない?」
「刈谷かなえにとっては最高の幸福であり、最低の結末でもある。葉山ほづみの肉体と魂を繋ぎとめる力は消滅し、ほづみの再生を願わないと誓った刈谷かなえの望みは届かず、また、ほづみの願いは浄化され、二度とこの世に葉山ほづみが姿を現すことはないだろう。それだけではない。その剣は魔物だけではなく、呪い、悪、怨念、疲労、老い、病、あらゆる負の側面を浄化する。刈谷かなえの魂は人のこころを持ち、人の器に収まっているが、呪いにより生み出され続けている葉山ほづみの肉体は、思念体とでもいうべきものであり、その剣により断ち斬ることができる。あるいは、葉山ほづみの歪んだ願いが多分に影響しているものと思ったほうが理解しやすいだろうか」
「そっか。なら、ほづみんを斬ったらまずいね」
「しかし、刈谷かなえにとっては、幸福でもある。光の剣に斬られた葉山ほづみは、葉山ほづみの歪んだ願いにより、人々の記憶からも消え去ることとなる。そして、次第に葉山ほづみの願いが解消されることで、刈谷かなえは不幸を免れることができる。もちろん、葉山ほづみのことなど覚えていないから、思い悩む必要もなくなる。だが、人間の曖昧な記憶とは異なる悪魔の鮮明な記憶は、ある矛盾が生じた際に、葉山ほづみのことをふと思い出すことがあるやもしれぬ」
「やっぱり、ほづみん、とことんえぐいなぁ……」