18 第二部 プロローグ 夢現 栗原美月視点 - 2
「さて、と」
あたしはルナークの身を起こし、座らせる。
「まず、質問。あたし達は今、夢の世界にいるわけだけれど、現実世界は普通に時間が進んでいるのかな」
「それは現実世界と時間の概念をどう捉えるかによる」
「と、いうと?」
「現実と夢の混淆を実時間の喪失と捉えるなら、時間は停止している」
あたしは頭の後ろで腕を組み、のんきに微笑みながら左右に揺れる。
「う~ん? ちょっと待って。混淆って、現実と夢が混ざってるってこと?」
「その認識で正しい」
関係ないけれど、ルナークの右角の先が欠けているのに気づいて、気になって仕方がない。それとなく欠けた角を凝視する。
「うーん……。具体的には?」
「例えば、刈谷かなえは自らが認識していない空間に足を踏み入れることができる。葉山ほづみは仮初めの肉体を持ち、現実世界を彷徨している。しかし、葉山ほづみは刈谷かなえが無意識に生み出している巨大な結界の中でしか存在できない。この結界の中では、あらゆる現実が現実としての形を崩さないままに、刈谷かなえの理想に置き換えられる。その意味で、刈谷かなえは欲望に魅入られた悪魔であり、その代償は語らずともおおよその想像はつくと思われる」
ルナークは疲れたのか、弱々しく鼻を鳴らした。
「いや~、無理に聞き出しちゃって悪いね。それにしては、かなえちゃん、あんまり幸せそうじゃなかったけれど」
「この世界には……言ってしまえば、ある者の願いによる魔物の出没、ある者の相反する願い、栗原美月をはじめとするイレギュラーな存在、こうした要因が複雑に絡み合い、刈谷かなえを純粋な悪魔たらしめることを妨げている。今も刈谷かなえが欲望にとりつかれた悪魔であることには変わりないが、栗原美月の力により、その呪いだけが取り除かれてしまった」
「えっと、整理すると、あたしがかなえちゃんに干渉したり、かなえちゃん……のような人が願ったせいで魔物が出没したりしたこと。そしてなにより、それと相反する願いを叶えようとした人がいるから、かなえちゃんは不幸になっているんだね」
「その認識でおおむね正しい」
「じゃあさ、誰が相反する願いを叶えたのかな」
「…………」
「教えてくれないの?」
あたしは剣を地面にざっくりと突き立てた。
「事実を知ることが、人のこころに耐えられることかどうかは知らぬ」
「へーき、へーき」
ルナークは目を細めた。
「では、教えよう。葉山ほづみは、刈谷かなえを永遠の不幸に陥らせることを望んだ。その代償は、最早、簡単に想像できるのではないか。刈谷かなえを不幸に陥らせるためには、どうしたらよいか。葉山ほづみが今、いかなる境遇にあるのか。それらを総合的に鑑みればよい」
あたしは目を丸くした。
「……えっ? どうして?」
ほづみが二回も契約したってこと? いったい何のために……。
「それはルナークの知るところではない。おそらくは、刈谷かなえが葉山ほづみの両親を殺害したからか、葉山ほづみ自身を殺害したからだろう。蘇ったほづみは、確かに刈谷かなえの永遠の不幸を望んでいた」
「……え? えっ?」
あたしは一瞬、真顔になる。けれど、今のほづみがかなえにくっついているのを見ると、とてもかなえの不幸を望んでいるとは思えない。
「人間のこころは、人間自身がいちばんよく理解しているのではないか」
「それがさ、そうでもないんだよね。あとさ、ほづみちゃんは、どうやったら現実世界に定着させられるのかな」
「刈谷かなえが夢の世界を終焉させたとき、刈谷かなえの望みである葉山ほづみの肉体も消えてなくなるだろう」
「えーと、それは肉体だけ?」
「そうだ」