18 第二部 プロローグ 夢現 栗原美月視点 - 1
~第一部のあらすじ~
栗原美月「第一部のあらすじ! 十六歳の黒髪美少女、刈谷かなえは、葉山ほづみを魔物から守るため、ほづみんと一緒に自分の屋敷で暮らすことにしたよ」
坂場朱莉「アタシは、帽子に潜んだルナークに操られていたな」
栗原美月「あたしが正義の剣でかなえちゃんを斬って、かなえちゃんの呪いを解いたよ。たぶん」
坂場朱莉「たぶんってなんだよ……。あと、呪いってなんだ?」
栗原美月「呪いっていうのは、かなえちゃんがルナークと契約した際の代償のことだよ。かなえちゃん曰く、味覚がなくなったり、感情が薄れたり、いろいろな弊害があるみたいだね」
18 第二部 プロローグ 夢現 栗原美月視点
あたしとほづみは昔からの友達だった。
ほづみはいつもあたしの家で寝泊りしていた。
ほづみは両親に虐待されていたから。
ある冬の日、あたしがジョギングしていたときに、かなえちゃんはほづみの家にいた。ほづみの家は火事になっていた。何があったのか問いかけても、かなえちゃんは教えてくれない。かなえちゃんは、あたしに通報するよう箴言して去っていった。
ほづみは何者かに殺されてしまった。
ニュースではほづみのお父さんがほづみを殺したと報道されているけれど、あたしには信じられない。
あたしとかなえちゃんは初対面なんかじゃない。
まあ、その、しばらく忘れていたけど……。
かなえちゃんはほづみの葬式であたしによくわからないことを言っていた。
あいつは絶対許さないとか、とんでもないことをしでかすかもしれないとか。
その後、かなえちゃんはルナークと契約したはずだけど、よく覚えていない。
不思議なことに、ほづみは何気ない顔で登校して、また、あたしの家に泊まるようになった。
でも、あたしはほづみとの再会を素直に喜べなかった。
かなえちゃんがほづみを殺している。何度も殺している。
その度にほづみは悲鳴を上げて、また学校に戻ってくる。
それだけじゃない。いつまでたっても新しい年がやってこない。
授業の内容は丸暗記したし、図書の本も読み尽くしてしまった。
気がつくと、廊下に血溜まりができていて、それはすぐに消えてしまう。
……頭がおかしくなりそうだった。
かなえちゃんが学校でほづみを襲っているのに、周りの生徒は見向きもしない。
あたしがほづみを匿っても、かなえちゃんはほづみだけを的確に殺してくる。
バケツとモップで応戦したけれど、すぐにふっとばされてしまった。
あたしは屋上に向かい、ルナークを呼びつけた。
ルナークは、魔物と関わりの薄い生命体には、魔物を知覚できないと教えてくれた。
あたしはほづみがかつて契約したことを知っているから、魔物がいることは知っていた。
でも、生きているときのほづみは生徒と普通に話している。
けれど、みんな、ほづみが死んでも気に掛けない。
あたしは、かなえちゃんが何かしているからだろうと勝手に納得した。
そっか。
あたしが、なんとかしなくちゃいけないんだ。
あたしは、ほづみや世界を救うため、正義のこころを得るためにルナークと契約した。何度も殺され続けているほづみを黙って見ているわけにはいかない。
でも、あたしは愚かだった。
紅い花の園で、ほづみを背に、かなえちゃんと対峙した。
あたしはほづみを庇って、かなえちゃんに足をもがれた。
腹を割かれ、魔力が底を尽きて、ああ、ここで死んじゃうのか、と諦めていた。
けれど、あたしはかなえちゃんに助けられた。
かなえちゃんはあたしの記憶を一時的に封じて、魔力を注ぎこんだ。
そして、いまは不思議なことに、かなえちゃんの夢、もとい結界の中にいる。
いまでは、いろいろ思い出したけれど、肝心なことがいくつか思い出せない。
こうなったらルナークに質問するしかない。
クリスマスの夜。
あたしは林を駆け抜け、木々を伝い、ルナークを追いかけていた。
「待てい!」
地面から、あたしに向けて触手が伸びてきた。
「おっとっと」
すんでのところで跳躍し、伸びた触手を残らず斬り伏せる。
続けて、宙に浮いたあたし目掛けて、赤黒い雨が降り注いた。
あたしは指輪から閃光を出すと、それを引き延ばした。
「一丁上がり!」
傘状になった光の帯が、血の色をした雨を弾き飛ばす。
雨に触れた木は白い煙を立ち上らせ、やがて溶けてしまった。
「ひえっ、怖いなあ……」
あたしは眼前の木々と触手を剣戟で一閃した。
剣戟の衝撃波で背中に傷がついたルナークの姿を捉える。
掴みかけた手がかり、絶対に逃がすものか。
「甘い、甘い!」
あたしの指輪から飛び出した無数の光の線は、複雑な立体軌道を描いた。
光はルナークを追尾し、やがて、がんじがらめにする。
光はルナークの魔力と動きを封じる。
ルナークは、成す術もなく地面に落ちていった。
あたしは、優雅に地面へと降り立つ。
「よっと」
少し歩くと、木に引っかかった哀れな牛が、必死にもがいている。
月夜の下、あたしは林の中でガッツポーズを決めていた。
「牛さんゲットォ!」
誰も見ていない。……むなしい。
あたしは軽く跳躍して、太い木の枝に乗った。
ルナークが暴れられないよう、さらに光の糸でがんじがらめにする。それでもまだもがくので、三回ほど光の剣で斬りつけたところ、ようやく大人しくなった。
「ふふん、どうよ。これが、あたしの実力だよ」
ルナークを木から蹴落とし、草地に転がす。
あたしは、にこやかな笑顔をたたえながら、ルナークを見下した。
「まさか、このルナークが人間の雌に負けるとは思いもよらなかった」
「あー、なんだって?」
あたしは笑顔のまま、ルナークを足蹴にして、光輝く剣をルナークの首元にちらつかせる。光の剣は、人を切ることはできないけれど、魔を絶つことなら簡単にできる。
「あたしは正義の味方、栗原美月さまだからね。ちゃんと名前くらい覚えておきなさいよ。でないと、牛さんの首から上がなくなっちゃうんだから」
「…………」
微風に浸る一人と魔物は、静寂の中、木々の囁きに耳を傾けていた。
林の中は、こころを落ち着けるにはちょうどよい。