17 第一部 エピローグ 渇望 刈谷かなえ視点
17 第一部 エピローグ 渇望 刈谷かなえ視点
私は毛布にくるまり、たった一人で、すすり泣いていた。
どうしよう。心臓が止まってしまいそうだ。
胸が、まるで縄で縛られたように、窮屈に締めつけられる。
呼吸をするのが、辛い。
起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
助けて……。
「かなえちゃん、ごはん冷めちゃうよ?」
ほづみがベッドのある部屋に入ってくる。
「……ほづみ」
「かなえちゃん、どうしたの!」
ほづみが心配そうに、私の元に駆け寄ってくれる。
背中を撫でてくれる。
このほづみが、偽者?
そんなはずはない。ここにいるほづみは、ほづみよ。
私のことを心配してくれているみんな、ごめんなさい。
もう少し、ほづみと一緒にいさせて。
「よしよし。みんな、かなえちゃんのこと待ってるよ」
ほづみは私の頭を撫でた。
私は、ほづみの胸で涙を拭いた。
ほづみの香りを吸い込むと、少しこころが落ち着いた。
「ねえ、ほづみは、私がいなくなったら、どうする?」
「寂しいけれど、かなえちゃんが決めたことなら、我慢するよ。もう、自分勝手な思いで、かなえちゃんを引き止めたりしない。でも、でもね。やっぱり、寂しいものは寂しいかな……」
ほづみの小さな指が、私の黒髪を掬い上げる。
「じゃあ、もし、もしもよ? この世界が夢の世界で、ほづみが……いや、それだけじゃない。この世界全部が、私の夢の中だとしたら?」
ぽた、と冷たい雫が私の髪を濡らす。
私がおもむろに見上げる。
ほづみは、ほほえみながら、目に熱いものを溜めていた。
「ほづみ?」
「だとしたら、かなえちゃんは、ずっと長い夢を見ているんだね。きっと、かなえちゃんのことを心配してくれている人は、たくさんいるはずだよ。だから、家族とか、友達とかに、元気なかなえちゃんを見てもらって、はやく安心させてあげなくちゃ……いけないね」
まさか、ほづみに聴かれていた?
そんなはずはない。あの時は、この部屋に強固な結界を貼っていた。
なら、どうして?
「ほづみ、そんな顔しないで。私はずっと、ほづみと一緒にいたい。でも、今のほづみは永遠に生きられるわけじゃない。私も、いつ精気が底を尽きてしまうかわからない。だから、私達には、いつの日か、別れの時が来てしまうかもしれない。そのときは、笑顔で、ちゃんと『さよなら』って、言いたい」
「そうだね。……ねえ、かなえちゃん。わたし、さ。わたしと一緒にいてほしいって、お願いしてもいいのかな。わたしが一緒にいたら、かなえちゃんのこと、心配してくれている、かなえちゃんの大切な人に、迷惑……かな」
私のこころの底では、私のことを待っている人を安心させたい気持ちがある。
でも、私の見ているほづみは、こころを持っている。
夢の住人とは、とても思えない。
どんな手段を使ってでも、ほづみを守りたい。
でも、どうして、私は迷っているの?
私のこころの中で、いつもほづみの傍にいて守り続けてあげたい気持ちと、私のことを心配している本当の家族や友達に会って安心させたい気持ちとが、激しく、ぶつかりあっている。
私のこころが左右から引っ張られて、悲鳴を上げている。
呪いの解けたこころは、いつも以上に痛んだ。
私は、胸の痛みを抑えるため、ほづみを抱きしめた。
ほづみの暖かい吐息が、やわからい胸の感触が、柔らかな髪が、温かなこころが、私のこころを癒してくれるはずだった。でも、私の胸の痛みは一層苦しくなるばかりだった。
「だめ、私に、ほづみを失うことなんてできない……」
「ゆっくり考えていいんだよ」
「……うん」
私は、ほづみに精一杯甘えた。
こころの中で、天に向かって祈り、叫ぶ。
お父さん、お母さん、みんな。お願い、もう少しだけ、いい夢を見させて。
「いこっか。みんな、心配してるよ」
「……うん」
私は、聖なる夜の、夢のクリスマス会場へと赴いた。
「ビューティフル・ムーン、参上! ねー、聴いて、聴いて!」
「……何?」
ベランダから飛んで入って来た栗原美月は、私達を呼び止めた。
「ふふーん。なんだと思う?」
栗原美月は頭の後ろで手を組み、にやりと笑ってみせた。
「美月ちゃん、どうしたの?」
「んー、それは、聖夜のお楽しみ、ってことで」
「何なのよ……」
「二人とも、悩んでるみたいだけど、この正義の味方、スーパー美月さまに任せておきなさい、ってこと」
美月の手には、さらにボロボロになった白い帽子が握られていた。
私は、美月をじっと見つめた。
「期待してるわ」
「へへーん、照れるぜ~……あいたっ」
「行きましょう、ほづみ」
「うん」
顔を赤くしている美月にデコピンを喰らわせ、食事会に戻った。