16 魔獣 刈谷かなえ視点 - 1
16 魔獣 刈谷かなえ視点
私は花を摘みにいく素振りを見せながら、白い帽子を収納棚から取り出した。
「ねえ、この物語は本当にハッピーエンドなの?」
すると、穴の開いた帽子は牛型の魔物に変化した。
「さあ、どう思う?」
「あら、あなた、そんな格好だったのね」
「這い寄る混沌、外なる世界の神、この世界ではルナークと呼ばれている。貴様が呑みこんだのは、ルナークの目玉である」
「興味ないわ。で、どうなの?」
私は、自分の髪の毛を触りながら、ルナークに問い詰めた。
「何度も言ったはずだ。この世界は偽りかもしれぬ、と」
「本当に偽りなの?」
「それは自分で決めることだろう。この世界は真実にも偽りにもなりうる。だが、そんなに知りたければ教えてやる。少なくとも、物理的には『夢の世界』である」
「そんな……本当に?」
「嘘は言わない性分である」
私は、かつてほづみのために用意していたベッドに腰を下ろし、静かに、袖で涙を拭いた。
「……そう。続けて」
「『夢の世界』であることの何が問題だというのだ? ここは単なる夢ではない。現実と遜色のない生活が意識的にできる。過度な困難が与えられるものの、最後には意志をもって困難を打ち破り、好きなだけ欲望を叶えられた。もちろん、そうでないこともあろうが、今の刈谷かなえにとって、これほど理想的な世界はないだろう」
「ほづみは、偽者なの?」
「『夢の世界』の産物は、現実とは異なる生を歩んでいる点で、偽者と捉えることも可能だろう。しかし、現実の葉山ほづみはすでに亡くなっている。今さら、本物も偽者もあったものではないだろう」
「ほづみ……」
「現実に戻りたければ、そう願えばよい。夢に執着しているのは自身なのだから。夢に執着したければ、そうすればいい。ただし、忠告しておこう。現実世界では、今も寝たきりの刈谷かなえが目覚めるのを心配しながら待つ者がいると断言する。それは、刈谷かなえの家族や、今の刈谷かなえと面識のある者達である。それから、一度夢から覚めれば、この世界は主体を失い、やがて崩壊するだろう」
ルナークは鼻を鳴らした。
この魔物は、嘘を言わない。けれど、それすらも嘘かもしれない。
嫌、信じたくない! 私は、毛布で身体をくるんだ。
でも、私が目覚めるのを待っている人がいると言っていた。
私は、ほづみがいない世界で、生きていける自信がない。でも、ここに残ることは、もう一つの世界で、私は誰か大切な人を悲しませていることになる。
頭が、こころが、おかしくなってしまいそうだ。
どうすればいいの? どうすれば……。
「満足したか?」
「ええ。ありがとう。でも、お願い、もう私やほづみに近寄らないで。私の人生は、私が決めたい」
「ふん、仕方ない、他を当たるとするか。ルナークの趣味は人間観察である。構うことはない、何か疑問があれば問いかけてみるといい」
私は、ぐったりとベッドで横になった。