12 正義 刈谷かなえ視点 - 1
12 正義 刈谷かなえ視点
「栗原美月。約束通り、一人で来たようね」
私は、栗原美月に深い嫉妬と殺意の念を抱きながらも、敬意を払って語りかけていた。強固な結界を張り、漆黒の翼を広げ、目を煌々と怪しく輝かせ、悪魔と言わんばかりに怪しい笑みを浮かべてみせる。唯一、制服なのが気がかりだった。
「ああ。ほづみんには悪いけど、そうしたよ」
栗原美月は、こころなしか元気がなさそうだった。
「でも、勝手に着いて来た」
「あっ、かなえちゃん?」
「ちょ」
私は素に戻った。
「ほづみ! どうやってここまで入って来たの?」
私の結界の中に入るには、美月ほどの相当な力がないと無理だ。
「そういうわけだけど、この世の理のため、この美月さまが成敗してくれる」
「え、待って、ほづみ、ちょっと、ほづみが」
私はほづみで頭が一杯になり、それどころではなかった。
栗原美月は、構えた剣を下ろし、ぽりぽりと頭をかいた。
「あー、もう。調子狂うなあ。着いてきちゃったもんは、仕方ないだろ?」
「でも、そんなの、酷すぎる……」
私は、こちらに駆け寄ってくるほづみを見て、泣き崩れた。
「かなえちゃん、今度は美月ちゃんと遊んでるの?」
これから殺し合いをしようとしているとは、とても言えなかった。
「ええ、まあ、そんなところよ。心配しないで、すぐに終わるから」
「かなえちゃんは、いつも私の傍にいてくれるんだよね」
「ほづみ。私はいつだってあなたの傍にいる。目を閉じれば、いつでも私に会える。だから、心配しないで」
「だめ、そんなの。だめ!」
ほづみは、私の身体をしっかりと抱きしめて離さない。
仕方ない、本当のことをほづみに話そう。
「ほづみ。このままだと、私が、あの時のほづみみたいになってしまうの。それだけじゃない、私は、この世界の物理法則の乱れや、秩序の乱れを、溜め込みすぎてしまった。だから、私がいなくなれば、永遠に同じ時間が繰り返されることも、魔物が現れて人を襲うことも、禍々しい杖や坂場朱莉のようなイレギュラーな存在が介入することもなくなる。それが、今の私には理解できてしまった」
「やだ! かなえちゃんのこと、絶対、離さないもん。美月ちゃんは、かなえちゃんがどうなってもいいの? どうしてこんなことするの?」
栗原美月は俯いてしまった。
「悪い、ほづみん。あたしは、あたしのやりたいことがあるんだ」
「それが、かなえちゃんを殺して、世界の秩序を守ることなの?」
「……うん」
ほづみは拗ねたように俯いてから、私のほうを悲しそうに見上げた。
「嫌に決まってるじゃない。でも、そうしないと私もほづみも消えてなくなっちゃうのよ」
「そんなこと、わからないよ! だって、かなえちゃん、まだ諦めてないもん」
「どうしてそんなことが言えるの」
ほづみは、小さくむくれた。
「かなえちゃん、優しいもん」
「それだけ?」
「うん」
私は呆れて、ほづみの頭を撫でることしか考えられなくなっていた。
「ねえ、かなえちゃん。いっそのこと、美月ちゃんを懲らしめちゃおうよ」
「え、ほづみん? おーい?」
栗原美月がのんきに立ち尽くしているのが遠目に見えた。
「もし世界がふっとんじゃっても、かなえちゃんとわたしで、この異世界に暮らせばいいんだよ」
ほづみがまるで悪魔のような囁きをしてくる。
「だめよ、ほづみ。そんなことをして、どれほどの人が苦しむと思っているの。私一人のために、これ以上皆を悲しませないで。私は、ほづみをそんなこころない子に育てた覚えはないわよ」
「じゃあ、かなえちゃんが死んじゃったら、わたしも心中する!」
私は、眉根を下げた。声に感情がこもる。
「お願い、それだけはやめて。そんなことをされたら、私は、何のためにほづみを守ろうとしてきたの?」
世界の秩序が戻った後で心中などされた日には、ほづみは二度と帰らぬ人となってしまうだろう。仮に、新しいほづみがやって来たとしても、このほづみは、もう、戻ってこない。
「あーもー、ほづみも甘ちゃんだなあ。後であたしがたっぷり可愛がってあげるからさあ。あたし達のためだと思って、ここは我慢しておくれよ」
「やだ。かなえちゃんがいい」
「Oh.ほづみんに、フラれた……」
コツコツと歩み寄る栗原美月は、私に目配せした。
「さ、帰るんだ!」
栗原美月は、ほづみを掴んで引き離した。
その隙に、ほづみを結界の外に放り出す。
「かなえちゃん!」
「ごめんなさい、ほづみ」
早口で喋り終えると、私は外界との接続を絶った。