序 第一部 プロローグ 邂逅 葉山ほづみ視点 - 2
「よっ、ほづみ」
「朱莉さん、こんにちは」
朱莉はほづみの同級生である。ほづみよりも身長が高く、先輩にも見える。
朱莉のさらさらとした金髪は、渋谷で見かける髪色よりも明るく、少々派手な色合いである。
「帰りにマヨネーズ貰いに行くんだけどよ、ほづみも来るかい」
「うん、いいけど、美月ちゃんも一緒だよ。マヨネーズって貰えるものなの?」
朱莉は右手を腰にあてて、にやりと笑った。
「学校近くのコンビニが新しく開店するらしくて、チラシを持ってくるとマヨネーズをタダでくれるらしいんだ。ご丁寧に五枚も入っていやがった」
朱莉はコンビニの粗末なチラシを五枚広げてみせた。
「ありがとう、朱莉さん。ちょうどマヨネーズ切らしてたから、ありがたいな」
この日、三人でマヨネーズを貰いに行き、一日を終えた。
二〇一六年十一月二一日(水)
放課後、美月とショッピング。天気は曇り。
「それでね、結局わたし、マヨネーズを三本も貰ったんだよ」
「ほづみん、なかなか欲張りだな~」
「もうっ、美月ちゃんってば。今度マヨネーズあげるから」
「新作携帯発売中! よかったら見ていって下さい!」
美月は、携帯電話のセールスをしている若い男から急に話しかけられた。
「あ、遠慮しときます」
「まあまあ、そう言わずに」
「はあ? いらないってば」
店頭付近の人ごみに押され、ほづみとはぐれてしまう。
美月は小さく溜息をついた。
「あー、ほづみん? どこいった?」
ほづみは、美月とはぐれてしまい、路地裏をさまよう。
壁一面に、赤い目玉が生え、ぎょろりと蠢いている。
ほづみは小さな悲鳴を上げて逃げ出すが、地面が布のようにたなびき、異空間に吸い込まれる。
奇妙なバイオリンの演奏が響く。
かなえは、ほづみを背後からこっそりと追いかけてきていた。
「くっ、もう、こんなところにまで来ているなんて」
かなえは、自分に苛立ちながら、異空間へと跳び込んだ。
「あっ、あいつは!」
美月はかなえを目ざとく見つけ、後を追う。
しかし、路地裏の先は、四方が壁に囲まれていた。
「まったく。ほづみといい、あいつといい、どこに行ったんだ?」
異空間は、暗く、奥へと無限に続く世界である。
天上や床は、見たこともない言語で書かれた新聞紙により形成されている。
かなえは、ほづみの目の前で背を向け、視界を塞ぐ。
次に、大きな赤目玉をライフルで次々に仕留めていく。
やがて、小さな赤目玉達は四方へと逃げていった。
「逃がさない」
かなえは設置しておいたC4のスイッチを入れ、小さな赤目玉をふきとばす。
「ほづみ、あなたの見ている世界は偽物よ。こんなものは存在しない」
かなえはほづみの目を掌で覆い、何も見えていない美月に引き渡す。
「栗原さん、葉山さんをお願いします。絶対に、目を離さないで」
かなえが言葉を紡いだ瞬間、美月は大きく振り返った。
「わっ、脅かすな! ってか、はあ? 何、言ってるんだよ、あんた。あたし、あんたとは初対面だよ。どうして、あたしの名前を知ってるのさ」
ほづみを抱き寄せ、警戒する美月に対して、かなえは、小さく溜息を吐いた。
「葉山さんに聞いたから。私は、『刈谷かなえ』。あなたとは同級生」
美月は訝しげに眉をひそめた。
「そんなことは分かってる。ほづみんに近づくな。ほづみんは、あたしのもんだ」
「……そう。栗原美月さん。葉山さんを、よろしく頼みます。それから、忠告しておきます。くれぐれも、怪しい人物には、近づかないようにすること」
「あんたみたいなやつのことだね」
美月はかなえを睨む。
「あながち、間違っていないわ」
自分の髪を撫でているかなえは、少し眠たげだった。
「何か質問は?」
「ほづみんに何しようとした」
「本人に聞いてみたらどう?」
かなえは、くるりと背を向け、再び異空間の中に身を投じた。
美月は公園のベンチに座っている。
「むう」
美月は自分の膝を枕にして、ほづみを寝かせていた。
「おい、ほづみん。起きてくれよ。あたし、近所の人から変な目で見られちゃうよー」
すると、ほづみは、電流が流れたかのように素早く身を起こした。
ぽつり、ぽつりと、目にした情景を語りだす。
「あのね、赤い目玉が出てきてね、それでね。襲われていたところを、さっきの女の人に、助けてもらったの」
「はあ? あの刈谷とかいう女に? 感じ悪いよ、あいつ」
「そう。刈谷かなえさん。美月ちゃんには感じ悪く見えちゃうかもしれないけれど、怖い人には見えなかったよ。それに、」
「人を殺している目だった」
「ええっ? どうして、そう思うの?」
「なんとなく。見た目が怖くなくても、中身はあかんでしょ、あいつ」
「そうかな」
「あと、あいつ、変なやつには気を付けるように言うんだけどさ。あたしにとっちゃ、あの刈谷って女がいちばん変だと思うよ? わけわかんないこと言い残していくしさ」
その後も美月はかなえの悪口を言い続けていたが、ほづみは話半分に聞いていた。スーパーで軽い買い物を終え、駅の乗り継ぎ途中で解散する。