10 憂鬱 刈谷かなえ視点
10 憂鬱 刈谷かなえ視点
二〇一六年十一月二十四日(土)クリスマス・イヴ
私は自宅で溜息を吐いていた。
まさか栗原美月に「悪魔」呼ばわりされるなんて。
でも、私のこころがだんだんおかしくなってきているのは自覚している。
鏡を見てみる。ちょっぴり魔力を使って、それっぽくしてみる。
黒い翼を生やし、瞳の色を赤くしてみた。
ハロウィーンに渋谷を歩いていそうな、滑稽な格好になった。
アニメで見る女悪魔というと、もっと奇抜なファッションだった気がする。制服姿でいる悪魔は、それはそれで需要があるかもしれない。
試しに、箪笥からゴシック衣装を抜き出して、翼を生やし、目の色を変え、鏡の前で不敵な笑みを浮かべてみる。まあ、ぴったり。
携帯で、鏡越しに記念撮影する。私は未だにガラケーだけど、ほづみはスマホだったような気がする。どうにもスマホは慣れないが、機械が苦手というわけではない。むしろ、銃の扱いなどで機械にはすこぶる慣れている。ただ、なんとなく、スマホにしてしまうのが、ガラケー愛用者の私にとっては少しばかりこころが痛むのだ。でも、ほづみがスマホだから、近いうちに私もスマホにするだろう。
こうして、どうでもいいことを考えていないと、こころがどこかおかしな方向にいってしまいそうだ。もし、私が壊れてしまったら、栗原美月に格好良く討ち取ってもらおう。ほづみにだけは迷惑をかけられない。そうやって、ひっそりと、この世界から未練を断ち切ろう。
明日はクリスマス、悪魔の私が浄化されるにはちょうどいい日だ。
聖なる夜には、悪魔の私からとびきりのクリスマス・プレゼントを遺してあげたい。でも、何を遺しても、ほづみはそれを見て悲しむかもしれない。
なら、私は形あるものではなく、世界の秩序をほづみにプレゼントすることにしよう。不本意かもしれないけれど、私にはこれくらいのことしかできない。
そうこうしているうちに、ほづみが起きてしまいそうなので、さっさと制服に着替えた。用意しておいた食事を配膳し、ほづみを起こしにいく。
「む~、かなえちゃん、どうしてこっそり起きちゃうの?」
「お互い様よ、ほづみ」
私は優しくほづみに笑いかけた。
ほづみといると、こころが落ち着く。
「ん?」
ほづみは不思議なものを見るように、私を見た。
「あれ? かなえちゃん、どうしたの、その目」
「ふぇ?」
「羽まで生やしちゃって」
「あ」
記念撮影に夢中で、もとに戻すのを忘れていた。
「ごめんなさい、ちょっと遊んでいただけよ」
いつもの姿に戻ると、ほづみは、ほっと溜息をついた。
「びっくりした、かなえちゃんが壊れちゃったのかと思った」
私はいつものように、ほづみの頭を撫でた。
私のこころは壊れはじめている。こんなにも愛おしいほづみのことでさえ、幸せな人間であることに嫉妬し、憎んでしまいそうなほどに、おかしくなっていた。
あの禍々しい杖は、ことごとく私とほづみの邪魔ばかりする。でも、もう後悔しないと決めた。精一杯抗って、それでもどうしようもない運命なら、素直に受け容れることにする。こんな地獄にほづみを付き合わせ続けるわけにはいかない。
私はほづみとの楽しい日々を思い返し、こころを落ち着ける。