5 絶望 刈谷かなえ視点 - 3
「ほづみ。一か八か、試したいことがあるの」
「えっ、何をするの?」
「そのペンダントを貸して」
「ペンダントを、どうするの? かなえちゃんの力でも、どうしようもなかったものなんだよ?」
ほづみは、おそるおそる、ペンダントを私に託す。
そういえば、ほづみには私が魔物だということは一度も伝えたことがなかった。ほづみには、私がほづみと同じような魔物を狩る力の持ち主だというようなことしか伝えていない。ほづみは、私が魔物だと知ったら、どんな反応をするだろうか。あまり、想像したくはなかった。
私は、ペンダントを口に含んだ。舌がぴりぴりする。
「ふぁっ、かなえちゃん! そんなことしちゃだめ!」
「ごめんなさい、ほづみ。永久に借りることになるかもしれないけれど、別にいいわよね」
「それは、別にいいけど、でも!」
「でも、意外と、美味しいかもしれないわよ」
ちなみに、美味しくはないけれど、仄かにほづみの香りがしたので満足である。
「もうっ、かなえちゃん! そうじゃなくて!」
ごっくん。
私はペンダントを丸呑みした。
慌てふためくほづみにウインクしてみせる。
食道から胃にかけてぴりぴりとした刺激が伝っていく。ここはもう私の領域、絶対にこの禍々しい杖を逃すことはない。代わりに、ほづみとの関係を絶たれたペンダントは、私から精気を吸収しはじめた。身体中が寒気に襲われる。魔物の力に禍々しい力が加わり、私のこころと身体の内側で、強い爆発が何度も繰り返されている感触がした。
それでも、ほづみを失うことに比べたら、どうということはない。
私は身体の中で、ルナークの杖をがんじがらめにした。もう、私の手……もとい、身体の中からは逃れることはできない。諦めて、私の配下になりなさい。
やがて、杖は身体に染み渡るように溶けていき、禍々しい杖は、私と同化した。
冷や汗が引いていき、精気の減少も収まっていく。
「かなえちゃん、大丈夫?」
ほづみが私の身体を必死に支えている。
「ごめんね、ほづみ。ちょっと、休ませて」
「うん。無茶しないでよ、かなえちゃん」
私は、ベッドに仰向けで倒れ伏した。
勝ったわ。私の勝ちよ。
私とほづみの運命を玩ぶようなものは、こうして滅んでしまえばいいのよ。
うん?
いけない、思った以上に杖の力が強力で、私のこころを邪気に染め上げようとしている。ほづみが狂うくらいの代物だし、私はすでに魔物の身だけれど、ほづみを思うこころや人に対する優しさを忘れないようにしなければ。絶対に、つけ入る隙を与えてはいけない。
「かなえちゃん。シチュー、できたよ。ちょっと休んだら、ご飯にしよう」
「ええ、そうね。ありがとう、ほづみ。もう大丈夫よ」
私はこころを落ち着かせると、身体に力が入った。
杖の力を吸収したせいで、より強大な魔力を扱う器を得ることができたし、多少の精気を回復することもできた。
ほづみと食卓に並び、手を合わせる。
「いただきます」
私はシチューをスプーンで掬い取り、口に運んだ。
「うん、美味しいわね」
「えへへ、よかった。最後の味付け、心配だったんだ」
不思議なことに、精気が回復しても、呪いの力は弱まっていく一方だった。
けれど、今のほづみには自分で自分の身を守る手段がない。
常に、ほづみの傍から離れないようにしなければ。
この世界が何度も繰り返されるのが私のせいだとしたら、それは私に未練があるからだ。もし、この結末が最悪のものになってしまったとしても、もう、後悔しない。死んだ人間が生き返ること自体、普通ではありえないことなのだから。一体、どれほど多くの人々が人の死という運命に抗えず涙を呑んできたことだろうか。その中で、私だけが身勝手にも人間を辞めてまで、新しいほづみを求めた。今までの地獄のような日々は、私に対する当然の罰だろう。
これからの私は、後悔しないためにも、ほづみを守り続ける。
ほづみ。お願い、生きて。