5 絶望 刈谷かなえ視点 - 2
私は火を止め、ほづみを優しく抱いた。壊れ物を愛でるように、頭を撫でる。
「ほづみ、しっかりして。私には、ほづみが必要なの。ほづみがいないと、私は生きていけない……」
私は、ほづみとの地獄のような日々を続けていて、人前で始めて、感情を表に出した。ほづみの前で、思いきり泣いた。ほづみが死に掛けていたとき、私はこころの底で、また次があると思っていたのではないか。今、このときのほづみが死んでしまったなら、もう二度と戻って来ないというのに!
もう、次があるとは思わない。今のほづみを全力で守る。
「でもね、かなえちゃん。もう、どうしようもないんだよ」
「うっ、どうして、そんなことを言うの?」
決意したばかりのこころが揺らぐ。私は目に見えて狼狽していた。今の私には、ほづみを守ることと、呼吸することしか頭になかった。
ほづみが両の掌を広げると、その中心に、ペンダントが顕現した。
「えっ、嘘。これ、まさか、そんな」
「うん。ルナークの杖っていうの。新しいわたしがかなえちゃんに会いに来たときは、いつでもこのペンダントを持っているんだよ。かなえちゃんが悲しむ顔を見たくなかったし、もともと隠していたものだから、秘密にしていたんだけど。だから、かなえちゃん。わたしのことは、もう、いいんだよ」
「そんな、嘘……。ほづみ、冗談はやめて、だって、そんなの、私、どうしたらいいの? 最初から持っているなんて、そんなの、あんまりよ!」
私は放心して、その場で膝をついた。
最初から、あの忌々しい杖を手にしている?
私の力でもどうすることもできなかった、あの杖を?
だめ、打つ手がない。
一瞬見えた希望の光は、いとも簡単に閉ざされてしまった。
「それとね、かなえちゃん。とっても、言いにくいんだけど……」
ほづみは、呆然としている私のことを気遣いながらも、次々と残酷な事実を突きつけてくる。
「わたし達、ずっと高校生だよね」
「……それがどうかしたの?」
声に力が入らない。もう、何もかもどうでもよくなってきた。
「わたしの記憶だと、中学生だったときもあったはずなんだけど、そのまま階段式で高校一年生になってから、なんだか時間が進んでいないような気がするの。美月ちゃんはいつも同じような話しかしてこないし。授業も同じようなところばっかりぐるぐる回ってるし。あ、でも、かなえちゃんと朱莉ちゃんは、毎回ぜんぜん違うリアクションをしているような気がするな。なんか、わたし達、どうして、いつまでも身長とか胸とか大きくならないのかなと思って。かなえちゃんは、どう思う?」
日々感じていた違和感の正体はそれだろう。毎日が退屈で仕方がなかった。今回はたまたま記憶を封じていたから気づくのが遅れてしまった。
覚えているだけでも、百回以上はほづみとの生活をやり直している。一体、私は何度、ほづみを見殺しにしてしまったのだろうか。はるか昔まで思い出そうとすると、死にかけたほづみの泣き顔が浮かび上がってきて、胸が苦しくなる。
「ほづみを救えない生活を永遠に続けるってことね。そう。理解したわ、嫌というほどに」
「うん。どうしようか」
「どうする、って……」
私が死んでも、ほづみは杖を持っている。私が生きていれば、ほづみは、私の呪いのせいで魔物に襲われ続ける。完全に、詰んでいる。
しかも、ほづみの言うことが本当なら、ほづみが成長するまで見届けることもできない。果たして、私の魔力が完全に尽きて、死に果てるかどうかも怪しくなってきてしまった。永遠を生きるというのは、想像するだけで頭痛がした。もしかしたら、私が死んだところで、ほづみのように新しい私が代わりにこの世界へとやって来るのかもしれない。
どれもこれも、私の願いが酷い曲解をされたせいなのだろう。
私はこれから、一体、何に縋って生きていけばよいのだろうか。
ほづみを奪われ、時間を奪われ、将来を奪われ、魔力は枯渇し、残された道は生き地獄を延々と繰り返すくらいしかないのだから。
いや、待って。私はどうしてほづみの復活を願い、ほづみと共にいることを願い、そして、その願いを叶えたのだろうか。重要なピースがひとつ、抜け落ちている。それが思い出せればよいのだけれど。
問題は、あの杖。放っておけば、ほづみの生命力を吸い取り、耐え切れなくなり、禍々しい力をほづみに逆流させてしまう。私の力に反発し、私のような魔物を殺す力を持っている杖……?
そうよ、あの杖の力を、私の力が及ぶ範囲に閉じ込めてしまえばいい。ほづみに禍々しい力を流し込めないようにすればいい。なら、結界に閉じ込めるのが手っ取り早いだろう。でも、今の私には結界を張れるような魔力は残されていない。
なら、こうしてしまおう。