5 絶望 刈谷かなえ視点 - 1
5 絶望 刈谷かなえ視点
「あー、気持ちよかった。明日もまた一緒に入ろうね、かなえちゃん」
「ええ、そうね」
明日、か。私は、明日も生きていられるだろうか。
私が生きている限り、ほづみは絶対に守る。
午後七時、人間のほづみはそろそろお腹が空くころだろう。私も魔力が枯渇しはじめてから、人間のときの空腹感を取り戻しつつあった。
「私が夕飯を作るわ」
「あ、わたしも、かなえちゃんのお手伝いするよ」
そうね。ほづみの手料理を食べてみたいもの。
いいえ、それもあるけれど、そうじゃない。
ほづみの気持ちを汲んだら、何も力になれない無力感を持たせてはならない。私が魔物になったことを告げた時のほづみは、翌日には、あの忌々しい杖を携えていたのだから。
「わかったわ。ほづみは、ピーラーをお願い」
「うん」
何気なく、包丁を使う作業を私が請け負う。
ワンピースの上にエプロンを着て、ジャガイモを洗い、ほづみに渡す。皮をむいてもらい、一口大に切り分ける。ほかの食材も適当に切り分けておく。まずは鍋に肉を放り込み、軽く炒める、次に、牛乳やコンソメなどを投入する。ある程度煮立ったら、野菜をまとめて鍋に入れた。
昔、顔も覚えていない母が教えてくれたホワイトシチューを作っている。
「ねえ、かなえちゃん。わたし、さ」
私はシチューを煮込みながら、ほづみの独白を聞くことにした。
「かなえちゃんの知ってる『わたし』じゃないかもしれないな、と思って」
「どういうこと?」
私の心臓はびくりと跳ねた。ほづみに悟られないよう、静かにホワイトシチューをかき混ぜ続ける。
「うんとね。わたし、いろいろと思い出しちゃった。パパとママが本当のパパとママじゃないこととか、わたしが何度もかなえちゃんに迷惑かけてきたこととか、わたしの本当のパパとママは、もう、どこにもいないってこととか」
「ほづみ。あんまり無理して思い出さなくてもいいのよ。ほづみにとっても、私にとっても、辛いことがあまりにも多すぎるわ」
シチューをかきまぜる指先に力が入る。
「そうかな。わたし、かなえちゃんが必死になってわたしのことを思ってくれているの、すごく嬉しかったよ。でもね、ふと思い出す度に、いつも思うの。これって、わたしじゃない『わたし』の記憶なんだろうな、って。かなえちゃんが望んでいるわたしは、永遠に戻ってこないんだろうな、って思ったの。かなえちゃんが見せてくれた、すごく優しいパパとママみたいに、偽物のわたしも単なる幻で、本当にかなえちゃんが求めていたものとは違うんじゃないかな」
「そんなことない……」
「だって、わたし、あちこち飛び回っている魔物のようなものなんだよ。何回死んでも、いくらでもわたしの代わりがいる。わたしはいくらでも新しい『わたし』と交換できる。でも、わたしはわたしだけど、『わたし』じゃないんだよ。こうして代わりのわたしが来るたびに、かなえちゃんに『はじめまして』の挨拶をして。いままでの『わたし』じゃないけれど、ごめんね、って思いながら。でも、わたし、かなえちゃんがわたしのことを思ってくれるから、頑張ろうと思って。でも、失敗しちゃった。かなえちゃんに、辛い思いさせちゃった……バカだな、わたし。かなえちゃんを助けるつもりだったのに、いつもわたしが、かなえちゃんやみんなに迷惑かけちゃうんだもん。思い出したときには手遅れだったこともあったよ。わたし、どうしてこんなことしちゃったんだろう、って思うことも……」
ほづみはぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
「ほづみ」
私は、歯を強く噛み締めた。ほづみを抱きしめてあげようと思うが、身体が強張って動かない。私は、ほづみを愛している。けれど、今までのほづみとは違うなんて思ったことはなかった。私にとって、ほづみはほづみだ。それが違うほづみだったとしても、私と一緒に生きた、ほづみであることには変わりない。ほづみが私のことを忘れる度に、またほづみとの関係をやり直したけれど、私はその時その時のほづみをいつだって愛している。
なのに、どうして。
どうして、こんなにも、もやもやとした気持ちなのだろうか!