4 記憶 刈谷かなえ視点 - 1
4 記憶 刈谷かなえ視点
私は、ほづみを蘇らせようとしていた。
棺に入れられたほづみは、葬儀屋の手により腐敗を遅らせていたおかげで、まるで生きているかのように、誰かに向けて笑いかけた表情だった。
だが、私が話しかけても、反応することはない。
ほづみは、どうして亡くなってしまったのだろうか。うまく思い出せない。
私は、生命の理を侵し、物理法則を捻じ曲げ、最果ての魔女を召喚した。
いや、そんなものは概念にすぎない。私が目にした、高笑いする最果ての魔女は、私そのものであった。私は、二番目に大切なものを失う代わりに、最も大切なほづみを生き返らせ、ずっと傍にいようとしていた。
そして、ほづみは蘇った。代わりに、私は魔物と化した。
でも、このときの綻びがさらに魔物を呼び出し、ほづみを襲い、ほづみはあっけなく殺されてしまう。魔物に殺されたほづみの死体は、忽然と消えてしまった。
私は何もできない自分を憎んだ。自殺しようとしたけれど、魔物になった私の身体は頑丈で、抗鬱薬や睡眠薬をコーヒーと一緒に飲み下しても、けろりとしていた。もちろん、身体の節々は痛かったけれど。
私は悪魔に魂を売り渡したときから、自分の使命を知っていた。私が記憶を失ってから、ところどころ、本で知識を補った部分もあるが、私の使命とは、おおむね「人を殺して魂を集めることで精気を保つ」ことで合っているだろう。もちろん、ほづみのことを思ったら、そんなことをする気にはなれなかった。自分の身はいつか朽ち果てて、地獄に落ちてしまっても構わないと思っていた。
けれども、ほづみは数日後、何食わぬ顔で学校に来ていた。クラスメイトも、さも当然のようにほづみと接している。ほづみは、私が人間だった時のような、「人付き合いの悪い面倒な存在」として見ていたような気がした。少なくとも、ほづみを生き返らせてから、ほづみが死ぬまでの間の記憶が、ほづみにはなかった。どうしてかは、よくわからない。
私の場合、記憶を失った別の理由を、今は自覚している。けれど、ほづみの記憶が封じられる要因は思い当たらない。おそらくは、これも物理法則を捻じ曲げたことの整合性を図るための結果なのだろう。
私は頭がおかしくなりそうだった。反面、ほづみが生きてくれていることを嬉しくも思った。今度こそはほづみを守ると意気込んだが、私が少し目を話した隙に殺されてしまった。
絶望しながらも、ほづみにまた会えることを祈っていると、ほづみはまた、何食わぬ顔で学校に登校してきた。
その日、坂場朱莉が接触してきた。坂場朱莉は、私が何者であるかを見抜いていた。坂場朱莉は魔物を殺して生命力を保っているという。けれど、私に手出しする素振りは見られなかった。むしろ、坂場朱莉は私の質問に答えてくれた。
うさんくさいが、今の状況では、坂場朱莉に縋るしかない。
私は聞いた。どうすればほづみを魔物から遠ざけられるか。
坂場朱莉はこう答えた。ほづみから遠ざかればいい、と。
物理法則を捻じ曲げたことで生まれた魔物という概念は、異界の存在だ。この世の理から離れたものは、この世の理から離れたものを呼び寄せる。つまり、私がほづみに接触しなければ、ほづみは不自由なく生きられる。
私は、ほづみから離れたくなかった。けれど、ほづみをゾンビのようにしてしまったのは、私の責任だった。だから、私はほづみから離れることにした。
しかし、私はほづみと一緒にいることを願って、ほづみを生き返らせた。だから、どんなに私が異界に逃げ込もうとも、ほづみは私の目の前に現れた。
ほづみは、禍々しい杖を携え、溜息をつく坂場朱莉の隣に立っていた。
禍々しい杖を持ったほづみは強かった。ほづみの生命力は無尽蔵だった。なぜなら、私がそうなるよう願ったからだ。半不死の私とともにいるためには、ほづみも半不死にならなくてはならないのだから。
私は、こんなことを願って、ほづみを蘇らせたの?
そんなはず、ないのに。
しかし、残酷にも、記憶は事実を淡々と私に語り続けた。
ほづみは、あふれ出る生命力を禍々しい杖に吸わせ続けた。とうとう耐え切れなくなった杖は、その禍々しい力を逆流させて、ほづみの中に流れ込んだ。
ほづみは、精神を壊し、魔物以上に恐ろしい狂暴さをみせた。
私はほづみを必死で止めた。一瞬、正気に戻ったほづみは、その場にくず折れる。私は、魔力を惜しまず、瞬時にほづみの傍へと降り立った。
「ほづみ、目を覚まして!」
私は、くず折れたほづみを抱きかかえ、声を枯らして叫んだ。映画俳優が語るような台詞は、絶対に言うことはないと思っていた。けれど、実際にそういう場面に遭遇すると、そういう言葉しか思い浮かばないものだと悟った。
「かなえちゃん……。あの、ね。お願いが、あるの」
「何? どうすればいいの?」
驚くほどに優しいほづみの声が、やわらかく私の頬に触れた。
「私、おかしく、なっちゃった。このままだと、かなえちゃん、だけじゃなくて、パパも、ママも、美月ちゃんも、朱莉ちゃんも、先生も、みんな、わたしが壊しちゃう。そんなこと、できない。だから、ね。かなえちゃん、」
わたしを、殺して。