六番勝負~蹴鞠の道
「 ありゃ おう 」
蹴鞠の鞠乞う声である。
夏安林、春陽花、桃園。
季節の心とも言われている。
ある日のこと、将軍から、蹴鞠の誘いがかかった。
蹴鞠をできる服装をして来いとのことで、
急きょ、筒袴を用意し、鶴姫と出向いた。
着くと、早速、将軍自ら、三人を相手に
蹴鞠を披露してくれた。
蹴鞠は、七世紀に仏教と共に、中国から伝えられた。
鞠壺と呼ばれる、
四隅を元木(鞠を蹴り上げる高さの基準となる木)で
囲まれた三間程の広場の中で実施される。
一チーム四人、六人または八人で構成され、
その中で径七~八寸の鞠を何回、靴をはいた足で
蹴り続けられるかを競った団体戦と、
鞠を落とした人が負けという個人戦があった。
今の世では、公家の遊びというイメージが強いが、
貴族階級のみならず、武士のたしなみとして、
武家の間でも盛んであった。
各時代に、蹴鞠の名足が生まれた。
蹴鞠を家業にしている一族もあったくらいである。
蹴鞠は、兵法との共通点も、多かった。
蹴鞠は鞠を受けて、上げて、蹴り返すという
「 三足 」が基本である。
目で見て蹴るのではなく、心で蹴ると
古くからの教えである。
目で見て、(視)、心に照らして見て(観)、
そして推し測る(察)。
兵法でも、大切なことである。
「三足、続けて蹴る覚悟なり。」という教えもある。
これは、三度、蹴ることではない。
兵法でいえば、打ち込みは一刀であって、
二の太刀は想定していない。
しかし、単なる一刀ではなく、残れば
重ねて打つ覚悟がなくてはならない。
蹴鞠にも、それがある。
いわば、残心である。
移香斎は、あいにく蹴鞠は未経験であったが、
素人目から見ても、将軍の腕はたいしたものであった。
流石、天下の将軍である。
まず、姿勢が美しい。
前よりみれば、反りたるように、
後ろから見れば、たおやかなるように、
蹴鞠の正しい姿をしている。
それより、将軍のお相手を務める白絹の衣の男、
明らかに異国の服装の者が気になった。
将軍を相手に、緊張した様子が、まったくない。
色様々な衣装が動き、鞠が上がる、音が響く、
間断なく鞠乞う声が聞こえる、
そんな中で自分も蹴らなければならないのに、
悠然としている。
将軍の相手の三人の中で、一番、正確に、
速く、蹴っている。
考えずに、勝手に足が出ているように見えた。
「 できる。」
移香斎は、期待に胸を膨らました。
敵が打ってくれば押さえる、引けばついていって勝つ、
動きがなければ自分から打って勝つという
三つの攻め方も、会得しているように思った。
移香斎もよく、誘いを出して、相手が誘いに乗って
動く兆しが生じたところを斬る、
相手に気配を感じさせない「空」の拍子で斬っている。
移香斎の期待に気づいたのか、熱い視線を感じたのか、
いきなりその白い服の男は移香斎の顔面目掛けて、
稲妻の如く、鞠を蹴ってきた。
並みの剣術家なら、避けることすらできず、
鼻血を出して気絶しているであろう。
バシッ
移香斎は、縁側に正座した姿勢から、
飛び上がると同時に、毬を蹴り返し、
そのまま一跳びで、庭に下り立った。
心配でたまらない顔をしている鶴姫とは違い、
楽しくてたまらない顔で、蹴鞠用の靴を履いた。
「 これ、李よ、客人に失礼であろう。」
将軍が、表面上、止めた。
内心、思惑通りになったと微笑んでいる。
「今日は、蹴鞠のために呼んだのじゃ。
争いは、止めい。」
「 お恐れながら、申し上げます。
元々、蹴鞠は中国では軍事訓練として
生まれたものでございます。
剣術の名人と名高き愛洲移香斎様と、是非、お手合わせを
お願いしたいものです。」
白服の男、李と呼ばれた男は、実は朝鮮の国のテッキョン
(テコンドーを生んだ武術)の使い手であった。
と同時に、彼もまた鶴姫の隠れファンであった。
「 しかし、移香斎、その方は、蹴鞠の経験はあるのか。」
「 残念ながら、ございません。
しかし、兵法者として、挑戦は受けたく思います。」
移香斎は、待ってましたと、答えた。
鶴姫は、またかと黙って聞いていた。
「 そうか、そうか。それでは、蹴鞠の特別試合として、
鞠を使わず、相手により多く蹴りを決めた者が、勝者としよう。
尚、初心者だから、防御に腕は使って良いことにしようかのう。
どうじゃ、移香斎、この勝負、受けるか。李も、それでよいか。」
将軍も、なかなか人が悪い。
移香斎が、断るはずがないのが、わかっている。
いかに剣術の名人でも、テッキョンの使い手には
遅れをとるであろう。
まあ、武芸十八搬の柔術のたしなみ、当身の心得はあっても、
この李の変幻自在の蹴りの前には、為すすべもあるまい。
鶴姫の前で、恥をかくがよい。
相手の李も、同じ思いであった。
二人とも、移香斎が、鶴姫に白鶴拳をはじめ、
中国武術を学んでいることは、知らなかった。
本当に、人が悪いのは、移香斎かもしれぬ。
「 始め!」
前代未聞の試合が始まった。
例によって、八方目で、ダラリと構えている移香斎を見て、
李は、嘲笑を浮かべ、いきなり水月に右足で蹴りを放った。
「何。」
移香斎が、半身で軽々かわした。
驚きながらも、李は、右足を地面に下すことなく、
変幻自在の蹴りを、上段、中段、下段と繰り出した。
その全てを移香斎は、手を使うことなく、かわしている。
変に、意地を張っているところが、この男らしい。
「それでは、これはどうじゃ!」
一旦、攻撃を止めてから、李は、左足で鋭く踏み込み、
右足で移香斎の顎を大きく蹴り上げに行った。
ビュ~ン!
移香斎は、その蹴りを難なくかわし、李の右足があがった状態を、
好機とみて、先に蹴ろうと思った矢先、李の右足が天空から、
大斧の如く、降って来た。
今の世でいうところの、カカト落としである。
ビシュ!
移香斎は避けたが、鼻の先をかすった。
将軍たちから、歓声があがった。
全員、鶴姫の隠れファンだったのである。
今のは、危なかった。
白い光が天から降ってきたので、慌ててかわしたのである。
まともに喰らっていれば、一発で眠っていたであろう。
いや、頭の骨が、割られて、お陀仏であったであろう。
移香斎は、世の中は広いものじゃと、感心していた。
李は、驚嘆していた。
今までに、このカカト落としをかわした者は、いなかった。
それだけに、自信を持っていた。
誇りにかけて、この和人を蹴り倒す。
李は、さらに闘志を燃やした。
移香斎は、ワクワクした。
もっと、色々な技を見たくて、たまらない。
李の攻撃は、激しさを増した。
千足観音に見えたくらいだ。
跳び後ろ廻し蹴りが出た時は、心底嬉しかった。
人は、このような美しい動きができるものかと
感心しながら、かわした。
李は、いよいよ本気になった。
目から炎が出ている。
右足で、金的を潰すつもりで、蹴りに行った。
流石に、移香斎は、両手を交差して、止めた。
李は、右足を下すことなく、左足で顎を蹴り上げに行った。
その蹴りを後ろにそらしてかわした移香斎の頭の左側に、
李は右足を翻して、飛燕の廻し蹴りを放った。
必殺奥義、空中三段蹴りである。
将軍たちは、李の勝利を確信した。
李も、「もらった~!」と、思った。
ところが、どっこい。
これも、移香斎はかわした。
それだけではない、右下方向に体を倒しながら
左足を軸に、右足で後ろ廻し蹴りを大きく振り上げ、
李の頭の右側に決めたのである。
ズゴン!!
今の世で言うところの骨法の逆さ回し蹴りであろうか、
見事に決まったのである。
もちろん、初めて使った技で、移香斎自身、
どうやったか覚えていない。
体が、勝手に動いたのである。
地面に激しく叩きつけられた李であったが、
ヨロヨロと立ち上がった。
目の焦点が定まっていない。
体も、フラフラしている。
「それまで!」
将軍は、急いで止めた。
移香斎の勝利であった。
その声を聞いてか、再び、倒れた李を
蹴鞠の仲間が運んで行った。
「 天晴れじゃ、移香斎。
これからは、そちが余の蹴鞠の相手をしてくれ。」
将軍に有り難いお言葉を頂いたが、蹴鞠より
人を蹴ることに興味を持ってしまった移香斎であった。
柔術では、蹴りはあくまで繋ぎ技であり、
仕留める技ではなかった。
その思いが、後の世に上泉信綱に新陰流を学んだ
丸目蔵人がタイ捨流剣術を編み出すことになったか
どうかは定かではない。
鶴姫は、毬を土産にもらって、ご機嫌であった。
その後、六番勝負全てに勝利を収めた移香斎に
挑戦するものは誰もいなかったのである。