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恋の鞘当て 六番勝負  作者: 真言☆☆☆
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六番勝負~蹴鞠の道


「 ありゃ おう 」

 蹴鞠の鞠乞う声である。

 夏安林アリ春陽花ヤウ桃園オウ

 季節の心とも言われている。


 ある日のこと、将軍から、蹴鞠の誘いがかかった。

 蹴鞠をできる服装をして来いとのことで、

急きょ、筒袴を用意し、鶴姫と出向いた。


 着くと、早速、将軍自ら、三人を相手に

蹴鞠を披露してくれた。

 蹴鞠は、七世紀に仏教と共に、中国から伝えられた。

鞠壺まりつぼと呼ばれる、

四隅を元木(鞠を蹴り上げる高さの基準となる木)で

囲まれた三間程の広場の中で実施される。


 一チーム四人、六人または八人で構成され、

その中で径七~八寸の鞠を何回、靴をはいた足で

蹴り続けられるかを競った団体戦と、

鞠を落とした人が負けという個人戦があった。

 今の世では、公家の遊びというイメージが強いが、

貴族階級のみならず、武士のたしなみとして、

武家の間でも盛んであった。

 各時代に、蹴鞠の名足が生まれた。

 蹴鞠を家業にしている一族もあったくらいである。


 蹴鞠は、兵法との共通点も、多かった。

 蹴鞠は鞠を受けて、上げて、蹴り返すという

「 三足 」が基本である。

 目で見て蹴るのではなく、心で蹴ると

古くからの教えである。

 目で見て、(視)、心に照らして見て(観)、

そして推し測る(察)。

 兵法でも、大切なことである。

「三足、続けて蹴る覚悟なり。」という教えもある。

 これは、三度、蹴ることではない。

 兵法でいえば、打ち込みは一刀であって、

二の太刀は想定していない。

 しかし、単なる一刀ではなく、残れば

重ねて打つ覚悟がなくてはならない。

 蹴鞠にも、それがある。

 いわば、残心である。


 移香斎は、あいにく蹴鞠は未経験であったが、

素人目から見ても、将軍の腕はたいしたものであった。

 流石、天下の将軍である。

 まず、姿勢が美しい。

 前よりみれば、反りたるように、

後ろから見れば、たおやかなるように、

蹴鞠の正しい姿をしている。


 それより、将軍のお相手を務める白絹の衣の男、

明らかに異国の服装の者が気になった。

 将軍を相手に、緊張した様子が、まったくない。

 色様々な衣装が動き、鞠が上がる、音が響く、

間断なく鞠乞う声が聞こえる、

 そんな中で自分も蹴らなければならないのに、

悠然としている。

 将軍の相手の三人の中で、一番、正確に、

速く、蹴っている。

 考えずに、勝手に足が出ているように見えた。


「 できる。」

 移香斎は、期待に胸を膨らました。

 敵が打ってくれば押さえる、引けばついていって勝つ、

 動きがなければ自分から打って勝つという

三つの攻め方も、会得しているように思った。

 移香斎もよく、誘いを出して、相手が誘いに乗って

動く兆しが生じたところを斬る、

相手に気配を感じさせない「空」の拍子で斬っている。


 移香斎の期待に気づいたのか、熱い視線を感じたのか、

いきなりその白い服の男は移香斎の顔面目掛けて、

稲妻の如く、鞠を蹴ってきた。

 並みの剣術家なら、避けることすらできず、

鼻血を出して気絶しているであろう。

バシッ

 移香斎は、縁側に正座した姿勢から、

飛び上がると同時に、毬を蹴り返し、

そのまま一跳びで、庭に下り立った。

 心配でたまらない顔をしている鶴姫とは違い、

楽しくてたまらない顔で、蹴鞠用の靴を履いた。

 

「 これ、李よ、客人に失礼であろう。」

 将軍が、表面上、止めた。

 内心、思惑通りになったと微笑んでいる。

「今日は、蹴鞠のために呼んだのじゃ。

 争いは、止めい。」

「 お恐れながら、申し上げます。

  元々、蹴鞠は中国では軍事訓練として

 生まれたものでございます。

  剣術の名人と名高き愛洲移香斎様と、是非、お手合わせを

 お願いしたいものです。」

 白服の男、李と呼ばれた男は、実は朝鮮の国のテッキョン

(テコンドーを生んだ武術)の使い手であった。

 と同時に、彼もまた鶴姫の隠れファンであった。


「 しかし、移香斎、その方は、蹴鞠の経験はあるのか。」

「 残念ながら、ございません。

  しかし、兵法者として、挑戦は受けたく思います。」

 移香斎は、待ってましたと、答えた。

 鶴姫は、またかと黙って聞いていた。

「 そうか、そうか。それでは、蹴鞠の特別試合として、

 鞠を使わず、相手により多く蹴りを決めた者が、勝者としよう。

 尚、初心者だから、防御に腕は使って良いことにしようかのう。

 どうじゃ、移香斎、この勝負、受けるか。李も、それでよいか。」

 将軍も、なかなか人が悪い。

 移香斎が、断るはずがないのが、わかっている。

 いかに剣術の名人でも、テッキョンの使い手には

遅れをとるであろう。

 まあ、武芸十八搬の柔術のたしなみ、当身の心得はあっても、

この李の変幻自在の蹴りの前には、為すすべもあるまい。

 鶴姫の前で、恥をかくがよい。

 相手の李も、同じ思いであった。

 二人とも、移香斎が、鶴姫に白鶴拳をはじめ、

中国武術を学んでいることは、知らなかった。

 本当に、人が悪いのは、移香斎かもしれぬ。


「 始め!」

 前代未聞の試合が始まった。

 例によって、八方目で、ダラリと構えている移香斎を見て、

李は、嘲笑を浮かべ、いきなり水月に右足で蹴りを放った。

「何。」

 移香斎が、半身で軽々かわした。

 驚きながらも、李は、右足を地面に下すことなく、

変幻自在の蹴りを、上段、中段、下段と繰り出した。

 その全てを移香斎は、手を使うことなく、かわしている。

 変に、意地を張っているところが、この男らしい。


「それでは、これはどうじゃ!」

 一旦、攻撃を止めてから、李は、左足で鋭く踏み込み、

右足で移香斎の顎を大きく蹴り上げに行った。

ビュ~ン!

 移香斎は、その蹴りを難なくかわし、李の右足があがった状態を、

好機とみて、先に蹴ろうと思った矢先、李の右足が天空から、

大斧の如く、降って来た。

 今の世でいうところの、カカト落としである。

ビシュ!

 移香斎は避けたが、鼻の先をかすった。

 将軍たちから、歓声があがった。

 全員、鶴姫の隠れファンだったのである。


 今のは、危なかった。

 白い光が天から降ってきたので、慌ててかわしたのである。

 まともに喰らっていれば、一発で眠っていたであろう。

 いや、頭の骨が、割られて、お陀仏であったであろう。

 移香斎は、世の中は広いものじゃと、感心していた。


 李は、驚嘆していた。

 今までに、このカカト落としをかわした者は、いなかった。

 それだけに、自信を持っていた。

 誇りにかけて、この和人を蹴り倒す。

 李は、さらに闘志を燃やした。

 移香斎は、ワクワクした。

 もっと、色々な技を見たくて、たまらない。

 李の攻撃は、激しさを増した。

 千足観音に見えたくらいだ。

 跳び後ろ廻し蹴りが出た時は、心底嬉しかった。

 人は、このような美しい動きができるものかと

感心しながら、かわした。

 李は、いよいよ本気になった。

 目から炎が出ている。

 右足で、金的を潰すつもりで、蹴りに行った。

 流石に、移香斎は、両手を交差して、止めた。

 李は、右足を下すことなく、左足で顎を蹴り上げに行った。

 その蹴りを後ろにそらしてかわした移香斎の頭の左側に、

李は右足を翻して、飛燕の廻し蹴りを放った。

 必殺奥義、空中三段蹴りである。

 将軍たちは、李の勝利を確信した。

 李も、「もらった~!」と、思った。


 ところが、どっこい。

 これも、移香斎はかわした。

 それだけではない、右下方向に体を倒しながら

左足を軸に、右足で後ろ廻し蹴りを大きく振り上げ、

李の頭の右側に決めたのである。

ズゴン!!

 今の世で言うところの骨法の逆さ回し蹴りであろうか、

見事に決まったのである。

 もちろん、初めて使った技で、移香斎自身、

どうやったか覚えていない。

 体が、勝手に動いたのである。

 地面に激しく叩きつけられた李であったが、

ヨロヨロと立ち上がった。

 目の焦点が定まっていない。

 体も、フラフラしている。


「それまで!」

 将軍は、急いで止めた。

 移香斎の勝利であった。


 その声を聞いてか、再び、倒れた李を

蹴鞠の仲間が運んで行った。


「 天晴れじゃ、移香斎。

  これからは、そちが余の蹴鞠の相手をしてくれ。」

 将軍に有り難いお言葉を頂いたが、蹴鞠より

人を蹴ることに興味を持ってしまった移香斎であった。


 柔術では、蹴りはあくまで繋ぎ技であり、

仕留める技ではなかった。

 その思いが、後の世に上泉信綱に新陰流を学んだ

丸目蔵人がタイ捨流剣術を編み出すことになったか

どうかは定かではない。


 鶴姫は、毬を土産にもらって、ご機嫌であった。


 その後、六番勝負全てに勝利を収めた移香斎に

挑戦するものは誰もいなかったのである。










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