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恋の鞘当て 六番勝負  作者: 真言☆☆☆
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五番勝負~死を呼ぶ槍襖(やりぶすま)

 御前試合で吉岡憲法と引き分け

天皇家で妖怪退治と来れば、

嫌でも移香斎の名声は高まる。

 天下の将軍と天皇のお墨付き、

剣術家として最高の名誉と言えよう。

 移香斎の名声を妬む者、勝負を挑み、

名を上げようとする者も当然現れる。

 それこそ、移香斎の待ち望むことであった。


 ある日のこと、大黒屋の京屋敷に、

そんな挑戦者が現れた。

 但馬胤永。

 俗名は、伊賀伊賀守で、槍術の達人であった。

 夏の暑い日、寺院の厨房に群がる蠅たちを

食材に傷をつけることなく、一呼吸で全て、

突き落とすと言われていた。


 この時代は、戦国時代の影響を受けて、

奈良の各寺院も暴徒や凶族に襲われることが当たり前。

 武士たちの戦いに巻き込まれ、放火されることも多く、

国宝級の寺院、仏像を焼失するなど、被害が膨大であった。

 そこで、仏教の僧侶と言えども、檀家や寺院の安全を

自分たちで守るために、武術を習った。

 そして、僧兵と呼ばれる武装集団を形成していたのであった。


 今回の場合、鶴姫は、胤永のことなどまったく知らないが、

胤永は、以前、奈良の法事で鶴姫を見かけ、

吉祥天の化身と一目惚れしたのである。

 僧侶の身で、所詮敵わぬ恋とあきらめていたが、

奈良にまで名声が鳴り響く、今話題の移香斎が、

鶴姫の想い人と聞いて、激しく嫉妬の炎を燃やすとともに、

武術家としても興味を抱いたのであった。


 移香斎が並みの剣術家ではないのを聞き、

高弟四人を引き連れて来た。

 「 陰流 愛洲移香斎様、

   檀家や寺院の安全を守る我らに、

  一手、御教授 賜りたい。」

 胤永は、丁寧にお願いした。

 その目は、言葉とは裏腹に冷たく光っていた。

 心の中では、鶴姫への妄想を抱いていた。


 槍の先は、安全のため、布で丸く被っているとはいえ、

何時破れるかわからない。

 中国武術にも槍術があるが、槍の間合いは、刀よりも遠い。

 難敵である上に、しかも、相手は、五人。

 鶴姫は、止めようとした。

 しかし、それを断るような移香斎ではなく、

「 承知いたした。 いざ!」と、木剣・「転」を片手に、

五人を屋敷の庭の中央に誘った。


 五人は、胤永を中心に、横並びに一列になって、構えた。

 長槍による「槍襖」(やりぶすま)で一気に突きかかろうとする

戦法である。

 並みの剣術家なら、為すすべもなく、全身に突きを喰らうことになるであろう。


 移香斎は、楽しげに笑うと、敵の横列を崩そうと、横に走った。

 五人は、その手は桑名の焼き蛤と、共に走る。

 些かも列を崩さない。

 明らかに、戦い慣れてしている。


 槍は、決して強く弾いてはならぬのが鉄則。

 弾けば、反転する石突き速度が増して、敵は有利となる。

 あくまで、「ツト」と軽く止めるのが、槍止めのコツである。

 それも、相手が、一人ならばの話である。


 胤永は、只、走る移香斎を見て、嘲笑し、

「 移香斎、陰流は逃げの一手しかないのか!」と、挑発した。

 移香斎は、凄味のある笑みを浮かべると、立ち止まった。

 だらりと木剣を下げた。

 後の世に、新陰流の無形の構えとして受け継がれる構えである。

「観念したか。」

 そんなことは知らない五人は、逃げられないように、

移香斎の周りを円で囲んだ。

 絶体絶命の危機。

 勝利を確信した胤永達は、一斉に槍を突き刺した。

 その瞬間、移香斎の姿は消えたように見えた。

 五人は、眼を疑った。

 五人の槍の上に、移香斎は、立っていたのである。

 体重は、微塵も感じさせない。

 それでいて、五人の槍が絡み合っていて、動かせない。

 五人は、暫し、額に冷や汗をたらしていたが、

眼で合図すると、空中に移香斎を放り投げた。

 その勢いを地用して、五人の包囲の外側に着地した移香斎は、

後ろから一人の肩口を軽く打って仕留めると、

その後ろ襟首を掴み、他の相手にぶつけた。

 相手が絡み合い、態勢を立て直す暇を与えず、

剣の間合いで、移香斎の木剣が、三度、煌めいた。

 瞬く間に、残りの高弟三人が、面や小手、胴を打たれ、

地にうずくまった。


 残ったのは、胤永、只一人であった。

「 何たる早業、 何たる技の冴え。」

 肝ををつぶしていた。


「 さあ、槍襖の他の技を見せて下され。」

 移香斎は、ニコッと笑った。

 移香斎の言葉を、挑発と受け取った胤永は、

獅子奮迅の如く攻め込んだ。

 鋭い突き込みから、電光石火に反転した石突き攻撃。

 ビュンビュン、唸りを上げて連続攻撃、反転攻撃が勢いを増す。

 上下左右、袈裟、逆袈裟、あらゆる方向から、

頭の天辺から足のつま先まで、攻撃が来る。

「良きかな、良きかな。」

 移香斎は、楽しげに、その全ての攻撃を軽くさばく。

 十分、満喫した後、移香斎は、大上段に振りかぶり、

胸を大きく開けて、誘った。

「 もらった~!! 」

 胤永は会心の笑みを浮かべると、

電光石火を超える速さで突き込んできた。

 移香斎は左半身となって木剣を槍に「ツ」と、添えた。

胤永が巻き落とそうとするので、さらに踏み込み、

槍柄を左手で小脇に挟んだ。

 胤永が、なにくそと、両手で力を込めた。

 その瞬間、移香斎は、そのままの姿勢で、後ろ向きに半回転して、

胤永を見ることなく、右横面に木剣をお見舞いした。

ギュ~ン

 何時ものように、寸止めである。

 正確に右こめかみに、紙一重で止まっている。

 

 移香斎が、本気で打ち込んでいれば、木剣とはいえ、

頭は柘榴ザクロのように砕け散っていたであろう。

 胤永は、一瞬、極楽浄土を見た思いであった。

 静かに槍を納め、高弟四人を無理やり立たせると、

「 貴方様こそ、摩利支天の申し子でござる。

  御教授、有り難うございました。

  未来永劫、陰流の繁栄をお祈りします。」

 心から、頭を下げて合掌し、去って行った。

 その瞳は、菩薩の如く澄んでいた。


 但馬胤永。

 後の世に、彼の息子が、宝蔵院胤栄と名乗り、

剣及び槍術を柳生宗厳やぎゅうむねしげと共に

新陰流の上泉伊勢守秀綱に学び、

印可状を取得することとなるのは、

誰も知る由もなかった。


 紅葉狩りにもってこいの秋晴れの日であった。









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