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恋の鞘当て 六番勝負  作者: 真言☆☆☆
3/6

三番勝負~ドラゴンの秘技

嵐が近いある秋の日であった。

そんな時でも、いやそんな時こそ、修行に持ってこいと

移香斎は、山に入った。

 剣術が本業であるし、何と言っても陰流の研鑽に

励まなくてはならぬ。

 鵜戸明神に叱られるというものである。


 山での修行は、本人は、いたって楽しんで行っていたが、

およそ並みの剣術家には出来ぬ芸当ばかりであった。

 滝行などと生易しいものなど、なかった。

天の底が抜け落ちたと思えるほどの落水の中で、

並みの者など立っていることさえ不可能な中で、

素振りを繰り返し、新しい型を工夫する。


 おぼろげに、猿飛、虎燕、青岸、猿回など

六つの太刀を編み出しつつあった。


 大雨で増水し、勢いが増した川に腰の高さまで入り、

流れてくる幾多の大きな流木や岩を木剣で弾き、

あるいは叩き割った。

 並外れた足腰の粘り、体捌き、技の冴えである。


 鶴姫は心配して止めたが、

「それで命を落とすなら、そこまでの男よ。」と

涼しげに笑っていた。


 普段の日であれば、人の首の太さほどの立ち木を

真剣で一呼吸で斬って、丸太にする。

 川に浮かべ、その上に木剣を持って立ち、

静止した状態で、気を練った。


 また、木に駆け登っては、枝から枝へと飛び移ったり、

駆け下ったり、さながら猿の如しであった。

 現代で言う器械体操の鉄棒のように、蹴上がり、逆上がりは

もちろん、大車輪から月面宙返りまでこなしていた。


 そうかと思えば、眼をつぶった状態で、

落ちてくるドングリや松ぼっくりなどの木の実や、

落ちてくる木の葉を、尽く木刀で両断していた。


 キツネを見つけては鬼ごっこを楽しみ、

猪の群れを見つけては背中に飛び乗ったり、

断崖絶壁を命綱なしによじ登ったりする。

崖から川へ飛び込み、空中で木剣をふるう。


 荒行ばかりであった。


 山に山菜や、松茸を獲りに出かけた人々が、

天狗を見たと言って話題になることもあった。


 川での修行を終えて、びしょびしょになって、

鶴姫宅に戻ると、数人の来客が待っていた。


 流石に、見物客はいない。


 あきらかに異国の男たちであった。

 大黒屋を心待ちにしていた移香斎であったので、

期待に胸を弾ませた。


 鶴姫によると、フイリピンとかいう国のある部族の王子と

そのお供であるという。


 正式名はややこしく、通称は、ドラゴン。

 様々な武器を操って闘う戦闘術「エスクリマ」、

別名・「 カ リ 」の達人とか。


 移香斎と出会う前から、結婚を申し込まれており、

お断りしていたが、欲しい物は必ず手に入れたい

ちっともあきらめない根性の持ち主であった。


 そんなことにちっとも関心はなく、

移香斎は、エスクリマ、いかなる武術ぞ、

期待に胸を膨らませていた。


 後の世に、ブルース・りーの映画で一躍脚光を

浴びることなど、知る由もなかった。


 そんな移香斎の視線を意識してか、

ドラゴンはお供から二本の棒を受け取ると、

庭の石灯籠の前に立った。


 気合一閃、右手の棒が煌めき、見事に、

石灯籠を叩き割った。


 三尺ほどの木の棒なのに、

凄まじい破壊力であった。


 言葉は通じなくても、威嚇されたのがわかる。

 もっとも移香斎は、全く動じない。

 悪戯をするかのように笑みを浮かべ、木剣を手に、

頭の部分が壊された石灯籠の前に立った。

 木剣を軽く当てると、無言の気合を込め、突いた。

 一瞬、移香斎の体が、大きく震えたように見えた。

 びしょびしょに濡れて着物から、水しぶきが巻き起こった。


 その瞬間、石灯籠は砕け散った。


「発勁!」

 鶴姫は、驚嘆した。

 中国武術の奥義を、あろうことか、木剣でこうも見事に

見せつけられて、惚れ直した思いであった。

 内心、中国武術では自分が師父なので、誇らしく思った。


 そんな鶴姫の様子を面白く思わないドラゴンは、

自分の攻撃で壊れやすくなっていたのであろうと

高をくくっていた。

 生意気にも、移香斎を庭の中央に誘った。


 風がビュービューと吹き荒れる中、二人は対峙した。


 ドラゴンは、二本の棒をさながらカマキリのように構えた。

 移香斎は以前戦った大カマキリを思い出していた。

 所詮、人の子、怖くはなかったが、カマキリよりずっと狡猾で、

得体のしれない技を持っているのが看破できた。


 移香斎は、いつものように八方目で、脇構え、穏剣に構えた。

 その構えを、ドラゴンは、臆病者と決めつけ、鼻で吹いた。

 気合一閃、右手の棒を神速の勢いで脳天目掛けて、

打ち込んでいた。


 お供たちは、王子の勝利を確信した。

 今まで、この打ち込みでほとんどの相手を倒してきた。

 来るのはわかっていても、よけられない。


 仮に、一撃目を受け止めたとしても、頭は無事ですむはずもなく、

その上、左の棒で即座にあばら骨をへし折られる。


 ところが、今回だけは、違った。

 ドラゴンは、驚嘆した。


 なんと、この和人は受けとめもせず、かわしもせず、

逆に一撃目の打ち筋に従って、木剣を振りおろすことで、

棒をはじき、木剣を脳天にピタッと寸止めしていた。


 後の世に、柳生新陰流の合撃がっしとして

受け継がれる技であった。


 ドラゴンがそんなことは知らないのは当然であるが、

この男が、本気で打ち込んでいれば、二撃目を振るう間もなく、

あの石灯籠のように自分の頭が吹き飛んでいたのがわかった。


 この男を甘く見ていた自分を、後悔した。

 そして、心底、この男に勝ちたいと思った。

 途端に、用心深くなり、間合いをとった。


 太極拳の起勢にも似た構えで、呼吸を整えた。

 草むらにひそみ、獲物を狙うカマキリのようであった。

 ドラゴンは、あの秘技を使うことを決心した。


 「面白い。そうでなくては、困ると言うもんじゃ。」

 移香斎は、その危険な気配を感じとり、

楽しくてしょうがなかった。


 「百龍乱舞!」

 あらゆる方向から、交互に、また二本同時に、

二本の棒が移香斎を襲う。

 まるで千手観音のようであった。


 それらの攻撃を、全て見切り、かわし、すかし、弾く。

 時折、剣でいうならば柄の部分にあたる棒の部分で

打ち込んでくる。突き上げてくる。からんでくる。

 実に、多彩で面白い。


 もっと早く秘技を見たいと考えた移香斎は、

木剣を叩き落とされたような隙をつくった。

意外と、したたかな男であった。

 ドラゴンは、まんまと誘いに乗ってしまった。


 秘技、「龍の咢あぎと!」

 ドラゴンは、右の棒で移香斎の左のコメカミを、

左の棒で右の顎を、そして右足で金的を同時攻撃した。


 合撃は、使えまい。

 一度に、三つの攻撃は、かわせまい。


 いや、棒の攻撃にだけ気をとられ、金的を蹴り上げられ、

男でなくなるばかりか、絶命する。


 日本の武術は、蹴り技には弱いはず。

 ドラゴンは、勝利を確信した瞬間、移香斎の姿が、

木剣だけを残し、スッと消えた。

 「それは、困る。」

 移香斎は、体を沈め、頭部への攻撃を避け、

 入り身になることで、蹴りをかわした。

 そして、左手をドラゴンの胸のあたりに、

右手を後ろの腰にあてがい、返した。

 後の世に、柳生心眼流兵術に受け継がれる技であった。

 ドラゴンの体は、宙を綺麗に舞ったが、移香斎は、

投げ飛ばすことなく、着地させてやった。


 秘技をこれほど見事にかわされたのは、

ドラゴンにとって、あまりに衝撃であった。

 我が師に勝るとも劣らない技の冴え。


 その上、この男が本気であったなら、

そのまま左肘で心臓を突き破られていたであろう。

 いや、それだけでない。

 宙を一回転させて加速した上、地面に後頭部から叩きつけられ、

喉元にトドメの蹴りを打ち落とされるのがわかった。


 全身から、冷や汗が滝のように流れ落ちた。

 流れ落ちる冷や汗を止めるすべもなく、

ドラゴンは恭しく、日本式に礼をした。


 移香斎も、礼を返した。


 ドラゴンと、そのお供どもは、静かに去って行った。


「さあ、早く、お着替えを。お風邪を召されますよ。」

 鶴姫に手を引かれ、移香斎は家の中に入っていった。

 着替えだけではすまないのが、わかっていた。



 嵐の到来を感じさせる秋の空であった。















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