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恋の鞘当て 六番勝負  作者: 真言☆☆☆
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二番勝負~戦慄の漆黒

「愛洲移香斎、何者ぞ。」

 鶴姫を打ち破ったと言うのは眉唾もので、

純情なおなごをたぶらかしたのであろうと

世間はやっかみ半分で見ていたが、

あの高慢ちきなルイを打ち破ったのであれば、

その力量は本物であると、認めざるを得ない。


 武術家に限らず、一般市民まで移香斎を

一目見ようと押しかけるようになった。

 鶴姫に拳法を教わる様子を見て、

やはり眉唾であったかと見誤る者もいれば、

人目見て、『これは、拙者の及ぶところではござらぬ。』と

早々に退散する者もいた。

 なかなか挑戦者は、いなかった。

 人々は、挑戦する者はいないかと、心待ちにしていた。


 そんなある日、いかにも金持ちらしき商人がやってきた。

 傍らには、屈強な戦士と見える男を連れていた。

 漆黒と呼ぶか、これほど色の黒い男を見たことはなかった。

 身の丈は、6尺を遥かに越えて、しなやかな筋肉の持ち主であった。

 以前見た虎のような風格を持っていた。


「 鶴姫よ、今日こそは良い返事を期待しておるぞ。

  ワシの言うことを聞かぬと、そいつがどうなっても

 知らないぞよ。」

 商人は、声高らかに、自信ありげに、のたまわった。

 いかにも、悪代官と結託して悪事を企むような人相であった。


 移香斎は、そいつよばわりされたことなど、全然気にしない。

 挑戦者を連れてきてくれたので、嬉しくてたまらなかった。

 異国の未知の戦士と戦える、神に感謝していた。


 思えば、鶴姫との出会いがなければ、

鵜戸明神での修行もなかった。

 今の自分もなかった。


 今また、鶴姫のおかげで、わざわざこちらから出向かなくても、

未知の武術家たちがやって来てくれる。

『 修行がはかどり、陰流の研鑽に役立つというものじゃ。』

 移香斎にとって、鶴姫は福の神、いや摩利支天であった。

「 大黒屋さん、私の返事は変わりませぬ。

  誰があなたのような人の妾になるものですか。」

 鶴姫は、凛とした態度で返事をし、移香斎に木剣を差し出した。


「 それでは仕方あるまい、マサイの男・ジャガーよ、やれ。」

 大黒屋は、戦士に命令をした。

 大金をはたいて買い取った戦士の勝利を確信し、

この優男の命乞いをする鶴姫の姿を想像し、

下品な笑みを浮かべていた。


 ジャガーと呼ばれる戦士が、移香斎の前に立った。

 左手に陣笠にも似た大きい盾を持ち、

右手に片刃の大きい剣を持っていた。

 構える様は、連戦全勝の戦士としての風格があった。


 いきなり、トンボをきった。

 今でいう、後ろ向きの宙返りである。

 あの巨体で見事しか言いようがなかった。


 静かに様子を窺っていた見物客から、

やんややんやの歓声が起こった。

 まったくの極楽とんぼどもと言えよう。


 ジャガーがトンボをきるのは、己の闘争心に火をつける

ルーティーンと同時に、敵を威嚇するためであった。


 ところが、移香斎は、威嚇されるどころか、

悪戯をするかのように笑い、トンボをきった。

 只のトンボではない。

 一度の跳躍で、2回転の宙返りを行った。

 これまた、見物客から先程より大きな歓声が起こった。

「剣術は、軽業ではない。」

 面白くない大黒屋は、大声で叫んだ。


 ジャガーはそんなことわかりきっていると、内心思った。

 しかし、この日本の優男の力量が只ならぬものであることは、

野生の本能で感じとっていた。

 アフリカの草原で出会っていたなら、戦うことを避け、

逃げていたかもしれぬ。

 戦士としての誇り、アフリカに帰ることを夢見て、

覚悟を決めた。


 体をアフリカ民族の独特なリズムで調子をとり、

盾をまるで生きているかのように変幻自在に動かした。

 しかし、相手は動揺することなくひっそりと立っている。

 八方目、脇構えの隠剣とは知らず、不気味さを感じた。

 いつものように盾ごと体当たりを喰らわし、

態勢を崩した相手をたたっ斬る。

 自分の体当たりを止めれぬ者は、今までいなかった。

 そう、これからも。

 自信を持って、ジャガーは体当たりを喰らわした


 ところが、相手の姿が消えたと思った瞬間、

ピタッと頭の延髄あたり、左首に木剣が張り付いていた。

 この優男の動きが全然見えなかった。

 それほどまでに、移香斎の体捌きが優れていたのである。


 もっとも、移香斎にしてみれば、ジャガーの考えなど御見通しで

技の『起こり』を見抜いていたから、朝飯前であった。

 もし真剣で相手が本気であれば、自分の首が地面に

転がっていたことがわかったジャガーは、

途端に慎重になった。


 暗闇で、獲物を狙う黒豹のような眼をし、

移香斎から間合いをとり、迂回しながら、隙を窺った。

「 面白い、そうじゃなくては困るというものじゃ。

  ほれ、もっと技を見せて下され。」

 八相の構えをとった移香斎が、

木剣の先をやや左に傾けて誘った。

 それを隙と見誤ったジャガーは、

盾で全身を防御しつつ、盾の隙間から剣を打ち込んだ。

 ゴリラの首でもたたっ斬れる勢いであったが、

移香斎の右足が半歩出て、ジャガーの右手首に小手を極めていた。


 ジャガーは剣を落とした。右腕に全く力が入らなかった。

 手加減していても、このありさま。

 木剣でも、この男が本気になれば、この右腕は地面に

転がっていたかもしれぬ。

 素直に負けを認るしかない。

 全身から、どっと冷や汗が吹き出た。

 体の震えが止まらなかったのである。

 

 それでも、戦士としての誇りのため、

痛みをこらえ、日本式に礼をした。

 移香斎も、礼を返した。


「 ええい、何をしておる。帰るぞ。

  鶴姫、ワシはあきらめんからな。

  覚えていろ。」

 決まり文句の捨て台詞を残し、大黒屋は

尻に帆をかけたかのように去って行った。


 見物客から、割れるような歓声が沸き起こった。

 その中心で、またもや鶴姫が移香斎に抱きついていた。

「 いよっ、ご両人!」

 

 空には、本物のトンボが楽しそうに、舞っていた。



















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