一番勝負~貴族の誇り
忘れられぬ夜となった。
お互い惹きつけられるかのように、
枕を交わした。
鶴姫から、あの武士とは別れたと聞いていたので、
何の躊躇もなかった。
たとえ、別れていなくても そうなっていたであろう。
二人の熱い抱擁は、月だけが見ていた。
翌日から、移香斎は、逗留して、
鶴姫から白鶴拳を学ぶことにした。
まず、礼式でもある開門式を学んだ。
請拳式と言って、童子拝仏、水手起浪、食鶴展翅の三つから
成ることを知った。
五形手の練習は、水・火・金・木・土の順に
確実に練習して行くものだと言う。
水起浪、火帯風、金成円、木要突、土追殺
其々の要訣をしっかり覚えることを念を押された。
前身から始まる幾つかの転身の歩法を合わせて学んだ。
歩法と手形の一致により、小さな力で、大きな力を
破ることができると、鶴姫は誇らしげである。
『成る程、最初、それで打ちのめされたのか』と、納得した。
鶴姫の指導は、非常に手厳しいが、的を得た物で、
懇切丁寧であった。
移香斎は、寝食を忘れるほど、熱中した。
中国武術と日本武術の相違点、共通点が面白く、
根幹にある思想・理念に興味を抱いた。
鶴姫も、そんな移香斎がとても可愛く思えた。
そんなある日のこと、明らかに南蛮人と思える男たちが、
鶴姫宅を訪れた。
移香斎は知らなかったが鶴姫の人気はその美貌と武術の腕前で
近隣諸国にまで、広まっていたのである。
その鶴姫を打ち破り、逗留している武士、
否応なしに世間に騒がれていたのであった。
「 頼もう 」
南蛮人の服を着た和人らしき男が通訳していた。
「 こちらに、鶴姫を打ち破ったサムライがいると聞きました。
フランスの貴族の我が主人が、是非ともお手合わせを
願っておられます。お受けしていただけますか。」
見れば、一際背が高く、立派な体格をした男が
ジッと移香斎を観察していた。
「 これは、面白い、フランスの武術、大いに興味がござる。
承知いたす。」
移香斎は、あっさり、了承した。
「 ちょっと、お前様、軽率すぎます。
あの男は、ルイとかいう名前で、
前々から私に粉をかけていました。
フランスの王の親戚であるとか、
家柄の良さをひけらかす嫌味な奴ですが、
フランスの剣の名手と聞いております。
油断めさるな。」
鶴姫は、移香斎の着物の袖を引っ張り、耳打ちした。
「心配無用、わが剣は、無敵でござる。」
移香斎は、木剣を手に取り、にっこりと笑った。
スタスタと歩き、脇構え、隠剣の構えをとった。
かたや、ルイは、フランスの剣をサラリと抜いた。
初めて見る真っ直ぐの諸刃の剣、
構えからも突き主体の武術と予想できた。
剣の力量も、なかなかの物であったが、
所詮人の子、敵では無いと見抜いた。
その思いが伝わったのか、馬鹿にされたと思ったルイが、
神速の突きを入れてきた。
遠い間合いから予想以上の速さであったが、
あっさりと打ち弾き、そのまま前に出て、
ピタッと喉元に、木剣を突き入れた。
もちろん、寸止めである。
顔を真っ赤にしたルイは、何事かわめいた。
「 喉を突くのは、正法ではない。
心臓を一突きに落命させるのが、貴族の誇り。
貴様は、誇りを傷つけた。 許さん。」
通訳が、ご丁寧に教えてくれた。
今まで、この突きをかわした相手はいなかった。
全て、初手で相手を仕留めてきた。
目に危険な光を帯びたルイが、ジリジリとにじり寄った。
それこそ、移香斎が願った手合せであった。
あえて、清眼の構えをとった。
ルイは、移香斎の左目への突きから、
左首に切りつける虚の攻撃を仕掛けつつ、
やはり心臓目掛けて、渾身の突きを入れてきた。
移香斎は、木剣の粘りで、その突きを弾き、
そのままルイの心臓へと、突き入れた。
今度は、寸止めはやめにして、
ほん少しだけ、力を入れてみた。
それでも、絶妙のカウンターとなり、
ルイは大きくひっくり返った。
ルイは、真っ青な顔で、フイゴのように激しい呼吸を
繰り返していた。
本気で突かれていれば、いくら木剣とはいえ、
心臓が突き破られていたことが、わかったのである。
通訳をのぞく数人のお供どもが、
一斉にパラパラっと剣を抜いた。
大声で、口々に何かを叫んでいた。
「 東洋の猿めが、生かしておけぬ!」
通訳が、これまたご丁寧に教えてくれた。
卑怯などと、今のこの男が言うわけがない。
鵜戸明神での修行で、彼は生まれ変わったのである。
これ以上ない成り行きに胸をときめかせた移香斎であったが、
流石に誇り高きフランス貴族、ルイが止めた。
待てと言ったのが、通訳なしでもわかった。
移香斎は、手を差し伸べ、ルイを引き起こした。
そのまま、見つめ合い、固く握手を交わした。
言葉は通じなくても、剣を交えた仲、
心は通じ合っていた。
類は友を呼ぶと言ったものであろうか。
ルイは、日本式に頭を下げて、礼を述べ、
お供たちと去って行った。
その瞬間、鶴姫が移香斎に抱きついてきた。
そんな鶴姫がたまらなく愛おしく思えたが、
次はどんな武術家がやってくるのか想像し、
ワクワクしていた。
秋晴れの空に、赤とんぼが舞っていた。