王子様の初登校
「ふあ~ぁ…」
朝の陽ざしにたたき起こされまだ眠たい目をこすりながら、机の上のカレンダーを見る。
今日は火曜日。休日まではまだ遠く、今日も学校に行くために支度をはじめる。
制服に着替え、髪を整えて自分の部屋からリビングへ向かおうとドアノブに手を伸ばす。と、
「…あれ、」
何かおいしそうな匂いがする。おかしい。家には私一人しかいないはずなのに――――
「あ、おはようヒメ!
朝飯はパンでよかったか?ニホンには、白米を食べる習慣があるって聞いたんだけど――」
「うわっ!?あんた、なに勝手に人ん家のキッチン陣取って――って、そうか…昨日うちに泊まったんだっけ…」
「お、おう?思い出してくれたみたいでよかった」
ここでやっと、昨日起こった非現実的な出来事を思い出す。
この王子様はうちに居候することになって、仕方なく寝床にリビングのソファを貸してやったんだっけ…。
それにしても、改めて王子の恰好を見ると、今日は昨日のごてごてした王子服ではなく、シンプルな白いワイシャツと長ズボンというラフな格好に、青いエプロンを付けていた。
ただでさえ童顔なのに、そんな服装をしていると、余計王子様らしく見えない。
テーブルに視線を移すと、綺麗に並べられた朝食が目に入った。
「パンにサラダ、ベーコンエッグ…」
いつもより彩鮮やかな朝食はどれもおいしそうだ。おいしそうなのだが、
「王子の割に結構庶民的なのね、もっと豪勢なもの食べるのかと思った」
「まあ、城の人達はヒメがイメージしてるような食事だけど、オレには合わないからさ。
ヒメも食べてみてくれよ、結構自信あるんだぜ」
「…」
そう勧められて、恐々間に何か赤い野菜のようなものが挟まった食パンを口に運ぶ。
「!…おいし、」
自然とそう口に出してしまい、目の前でにやついている王子が目に入り、悔しくなって咄嗟に口をつぐむ。
「ま、まぁ…食べられなくはないんじゃない?
でも、この間に挟まってる野菜?はなんなのよ、なんか変わった味がするけど」
「へへ、それはよかった!
それさ、魔法界で朝飯によく食べられてる、眠気を覚ましてくれる果物なんだ、結構うまいだろ」
「ふ、ふぅん…」
確かに、甘いのに刺激的な様な、不思議な味がする。それが何故かおいしいのがさらに不思議だ。
王子も私の反応に満足したのか、自分の分を食べ始める。「うめー!」なんて言いながら食べる姿は、やっぱり王子らしくはなかった。
あらかた朝ご飯を食べ終わった頃、
「ところで王子。
今日私は学校に行くけど、王子は目立つから絶対家から出ないでよね。
あ、でも退屈だからって家の中荒したら蹴り飛ばすから」
「ヒメはいちいち厳しいな…、でも、それは無理だ」
「え、なんでよ?
まさか昨日みたいな恰好で付いてくるつもりじゃないでしょうね…!?
ただでさえこの辺じゃ金髪なんて目立つんだからやめてよね!あのルイスって人にも、身を隠すように言われてたじゃない」
「むー…オレだって、時と場合はわきまえてるつもりなんだけどな…
昨日はヒメを見つけ次第すぐに帰る予定だったからあの服のままだっただけで、ちゃんとこっちの服装に合わせるし
それになにより、今はダークネス帝国の人間がこっちに来てる。身を隠すって言っても、そんな危険な状況でヒメを一人にはできないだろ」
「え、う…」
王子に真剣な顔で反論され、言葉に詰まる。私のためだとか、そんな風に返されるとは思わなかった。いや、冷静に考えると「国を救う切り札」を守るのは当然のことだ。そんな当たり前の一言に動揺するなんて、どうかしているのは私の方だ。彼の言葉はまっすぐで、なぜか調子がくるってしまう。
「わ、わかった、わよ…ただし、本当に目立つようなことはやめてよ」
「大丈夫大丈夫、その辺は任せてくれって」
――――――――――結論を言うと、王子の振る舞いは「ほとんど」完ぺきだった。
綺麗に掃除された朝の黒板に、白く線が引かれていく。それは、「レン・プリンス」という文字を形作った。
「初めまして、留学生として少しの間ですがお世話になります!
オレのことはレンって気軽に呼んでくれると嬉しいです」
わぁ、と教室が歓声で包まれる。ある日突然、地味な教室に輝く金髪に碧眼の留学生が現れたのだから、教室が湧きたつのは道理だ。
王子はどんな手を使ったのか、学校に来るなりすんなりと海外留学生として学校に入り込んでしまった。
(うわ…