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三題小説

三題小説第八弾『髪』『靴』『隙間』

作者: 山本航

 パジャマ姿の志穂が布団に座り、私を待っている。私は目覚まし時計がセットされている事を確認して、化粧台の引き出しから櫛を出す。櫛に絡みついた数本の髪を摘まんで捨て、志穂の後ろに座る。

 髪を梳くのは娘との大切なコミュニケーション、日課の一つだ。朝は忙しく帰りは遅い私にとって、娘と接する事が出来るこの時間は何物にも代えがたい宝物だ。

 目の前の姿見に映る志穂の顔を見て話す。


「今日は学校で何した?」


 毎夜毎晩のお決まりのセリフ。


「算数とね。国語と体育。20まで習ったよ。足し算と引き算」

「へー。でも20くらいなら元々数えられたでしょ?」


 まずは手櫛で志穂の髪の先から梳いていく。細く柔らかい絹糸のような髪だ。


「うん。100くらいから難しいの。でも20は簡単だよ。数えるよ」


 志穂は誇らしげにそう言い、1から順に数えていく。

 あらかた手櫛で梳くと櫛を入れる。引っかかってしまわないようにゆっくりと。

 志穂が20まで数え切る。


「あとね。毎日漢字習ってるの。山、川、花、竹」

「漢字ってもうこの時期には習ってたんだっけ。もううろ覚えだなあ。掛け算は二年生だっけ」


 小学生になって初めての夏休みが終わって数日という季節だ。まだまだ暑いが秋の気配を感じてくる。


「お母さん。あのね……」


 志穂の頭に違和感があった。髪をかきわけ息をのむ。後頭部の右耳側にぽっかりと地肌が見えている。それは円い形だった。無学な私でもそれが円形脱毛症だという事は分かる。


「お母さん聞いてる?」

「ん? 何? どした?」


 まだ子供とはいえ女の子だ。この事は言わない方がいいだろう。


「ケータイ買って欲しいの」

「えー? 志穂にはまだ早いんじゃない?」

「そんな事ないよう。みんなケータイ持ってるもん」

「でもなあ。結構高いんだよ」

「防犯にもなるってりんちゃん言ってたよ?」

「防犯ブザーなら持ってるじゃん」


 しかし何故円形脱毛症なんて事に。ストレスが原因とか聞いた事はあるけど。


「だってえ。みんな持ってるんだもん」


 鏡の中の志穂は唇を尖らせてすねている。


「そんな事より学校で何かあった?」

「何かって何?」

「何か嫌なことだよ」

「私だけケータイ持ってない」

「この前誕生日でもないのに靴買ったじゃん。可愛いやつ」

「あの靴は可愛いけど。そうじゃなくて、ケータイはみんな持ってるんだもん」

「まあ良いか。すぐには無理だけど買ってあげる。その代わりちゃんと勉強しろよ?」

「やったあ!」


 志穂は振り返り、私の胸に飛び込んだ。そのまま頭を撫でてあげる。円形脱毛の辺りを触ってみるが、これくらいでは分からない。自分で気付く事は無いだろう。

 この子は本当に明るい良い子だ。素直で人を気遣える。幼稚園の頃からの友達も何人かいるし、学校が違った子とも今でも交流がある。学校での事も、勉強にせよ遊びにせよ本当に楽しそうに話してくれる。ストレスなんていうものとは無縁な世界に生きているように思っている。思っていた。




 仕事を終え、古いアパートの二階にある我が家へ帰ると志穂の靴がなかった。にもかかわらずテレビの音が聞こえる。

 門限はとうの昔に過ぎている。志穂がこれまでに門限を破った事は私の知る限りない。帰りの遅い私が志穂の帰宅を知る事などほとんど無いが。2Kの我が家に隠れる所などない。防犯用に置いてあった金属バットを握る。 

 忍び足で靴を脱ぎ、脱衣所の前とキッチンを通り、居間を覗き込む。そこには何食わぬ顔でアニメを見ている志穂がいた。


「ただいま」と声をかける。

「おかえり」と振り向きざまに答える志穂の表情が瞬間引きつる。

「何でバット持ってるの? どうしたの?」

「志穂の靴が無かったからだよ。泥棒に入られたのかと思った。靴どうしたんだ?」

「靴あげちゃった」


 志穂は笑顔でそう言うのだった。


「は? 何で? あげて良いわけないだろ!?」

「だって、どうしても欲しいって言うから」

「誰にあげたんだ? 学校の子?」


 志穂は首を横に振る。


「知らない子だよ。見た事ない子」

「知らない子に靴をあげたのか? 靴もなしにどうやって帰って来たんだよ」

「裸足で歩いた。でも怪我とかはしてないよ」


 次の言葉が出てこなかった。志穂は全く悪びれる様子ではない。


「反省してるのか!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 この子は何て馬鹿な事をするんだ。普通そんな事するか? 下校途中に靴をくれてやってそこからは裸足で帰る? いくら子供とはいえそんな事はあり得ない。だとすれば嘘か隠し事だ。誰かに奪われたか。あるいは不注意で失くしてしまったか。

 今までに隠し事や嘘をつかれた事はほとんどない。ましてやこんな大ごとでは一度もないはずだ。

 志穂は今にも泣き出しそうな表情をすると俯いてしまった。


「どんな子か覚えてる?」

「ううん。商店街の裏道で会った」

「あそこは暗いから通っちゃ駄目って言っただろ?」


 隠し事は自分が思ってるより多くありそうだ。


「ごめんなさい」

「他には何もあげてないだろうな? 消しゴムとかノートとか何度も買ってあげないよ? 靴も前のを出してくるんだよ?」

「はい」


 消え入りそうな声で志穂は答える。

 その日は髪を梳いてあげなかった。志穂は少しばかりこたえているようだ。




 食パンを焼きながら、昨日の事を反省する。実際にどういう理由で靴を無くしたのか、はっきりしないまま怒鳴ってしまった。もしかしたら円形脱毛症の原因となったストレスもそこにあるかもしれないのに。一晩寝て、もう志穂はけろっとしてチーズを乗せたトーストに齧りついている。

 志穂は知らない子に靴をあげてしまったと言ったが、他の誰かが知っているかもしれない。例えば学校の先生とか。とりあえず担任の先生に相談してみよう。

 志穂を早めに送り出して学校に電話をかける。しゃがれ声の男が電話に出た。


「はいもしもし。○○小学校職員室。教頭の支倉と申します」

「もしもし。私1年2組の遠山志穂の母ですが担任の先生とご相談がありまして」

「はい。どういった御相談ですか?」

「先日娘が裸足で帰ってきまして。娘は誰かにあげたと言っているのですが、何かご存じでないかと思いまして」

「なるほど。承知しました。えーと担任は山里さんですね。少々お待ち下さい」


 数分の保留音を聞くと山里先生が電話口に出た。こちらは物腰柔らかな印象を受ける女性だ。


「お待たせしました。山里です。志穂さんが靴を失くされたという事ですが」


 私は出来るだけ詳しく事情を説明する。


「そうですか。分かりました。こちらでも調べてみます。あまり御心配されず志穂さんの様子を見守ってあげてください」

「イジメという事はないですか?」

「可能性は無きにしも非ずですが、まだ入学して半年も経っていないので人間関係もほとんど固定されていませんし、喧嘩はあってもイジメという事はあまりありませんね。それに志穂さんは明るくて積極的に友人関係を築こうとしていく子のようですし。ただもちろんあらゆる可能性を排除せずに観察して参ります。何かあればすぐにこちらからご連絡いたしますのでご安心ください」


 出勤時間も近づいていたのでそんな所で会話を終わらせた。

 山里先生の声を久しぶりに聞いたが誠実そうな良い先生だった事を思い出した。低学年の担任は包容力のあるお母さんのような先生が任されると聞いた事がある。正にその通りだった。

 とりあえず学校でのイジメという事はなさそうに思えた。先生も信頼できる人だ。だとすれば志穂の言った通り本当に下校途中に知らない子に靴をあげてしまったという事だろうか。

 明日は仕事も休みだし、志穂と一緒に登下校しようか。いや、ずっとそうする訳にはいかない。それに原因を見つけないと意味がない。志穂に知られないように尾行してみよう。

 時計を見るともうギリギリの時間だ。私は慌てて家を出た。




 目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、深い眠りから覚醒する。同時に志穂が起きてきて時計を止める。私も続いて起き上がる。


「お母さん。今日休みじゃないの? いつも休みでしょ」

「今日は何だか起きたい気分なんだよ。そういう日もあるさ」

「ふーん」と言い志穂は怪訝そうに私を見た。


 小学一年生にしては察しが良いような気もする。


「シリアル食べる?」と志穂が言う。

「うん。お願い」


 歯磨きと洗顔をした後、志穂がシリアルに牛乳をかけた皿を座卓に用意してくれる。私は私で出掛ける準備をする。


「どこか行くの?」

「買い物。心配しなくても志穂が帰る頃には帰ってるよ」

「それならいいけど」


 シリアルを食べ終えた志穂は学校へ行く準備をする。パジャマを着替え、昨日用意した支度をもう一度確認する。私は私でシリアルを食べ始める。


「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 3分ほど開けて私も家を出た。遠目に志穂が見える。慌てて追いかけた。

 学校までは普通に歩いて20分といったところだろうか。通学路は指定されている。出来るだけ車の通りが少なく、人目につきやすい道が推奨されている。住宅街を5分ほど歩き、商店街を10分くらいで抜け、残り5分も住宅街だ。

 結局何もおかしな事は無かった。ただ、その知らない子に会ったのは下校時という話だ。一度帰り、下校時刻にまた尾行しよう。




 午後2時半。そろそろ下刻時刻だ。早めに家を出てしまったので商店街内のコンビニで時間を潰していた。はち合わせないように裏道を通って学校へ向かう。校門の前は住宅街なので隠れる所がない。どうしようかと考えていたら丁度志穂が出てきた。お友達のりんちゃんとさゆちゃんも一緒だ。

 3人を尾行するが、数分でりんちゃんとさゆちゃんとは別れてしまう。二人はすぐ近くに住んでいるのだった。

 さらに数分して商店街に入る。この時間はとくに人通りが多い。あまり離れ過ぎると見失いそうになるので出来るだけ近づく。

 志穂の様子に特に変わったところは無い。あの日だけたまたまだったのだろうか。しかしストレスの原因がそこにあるとすれば長期的かつ定期的なはずだ。

 突然志穂が右に曲がって商店街を出た。反射的に私も走る。

 本来は商店街の端までいかなくてはならない。裏道を行くつもりだ。こんな事がなければただの近道だと思うだろう。しかしあんなに言い聞かせた後だと事情が違う。また『知らない子』に会うつもりなのだろうか。

 私も続いて角を曲がると志穂は左に曲がった。慌てて駆け寄るがそこは道なんてものではなく、居酒屋と焼き鳥屋の店舗の隙間だった。とても入れそうにない。

 志穂の姿が見えない。暗がりとはいえ、さっき入り込んだばかりだし隠れる場所などあるように見えない。


「どうかされました?」と男が声をかけてきた。


 見たところ居酒屋の店員のようだ。


「娘がこの隙間を通ってどこかへ行ってしまったみたいなんです。この隙間はどこに繋がってるんですか?」

「いやあ、ただの隙間だと思いますよ? 道じゃないし、単に店舗の反対側に出るだけじゃないですか?」

「ありがとう」


 裏道をさらに5軒ほど通り過ぎると大人も通れる道がある。かなり薄暗い。レトロな雰囲気を残しているがお洒落なものではない。昔はここにも店舗が並んでいたのだろうけれど、今はシャッターに挟まれた細長い道だ。

 しかし行けども行けども志穂が出てこれそうな隙間は無かった。結局商店街の入り口、国道の沿う住宅街の端に辿り着いてしまった。志穂はいない。

 ケータイを取り出し地図アプリを開く。現在地周辺を見るが当然店舗の隙間までは表示されていない。

 こんな事ならケータイを持たせておけばよかった。通報すべきだろうか。ここにいるのは分かっているのにもどかしい。

 もう一度、今度は商店街側からさっきの隙間へと戻る。志穂がいた。平然とした顔で帰宅しようとしていた。


「あ! お母さん! どうしたの?」


 私の顔を見るなり笑顔で駆け寄ってきた。怒鳴る気にもなれない。


「裏道は通っちゃ駄目って言っただろ……?」

「ごめんなさい。でも靴返してもらおうと思って。でも欲しい欲しいばっかりで。返してくれなかった。ごめんね」


 つまりこの隙間の向こうに『知らない子』がいるという事?

 志穂の手を引いて隙間から離れる。商店街を通って家に向かう。


「お母さん。手、痛いよ」


 立ち止まり、志穂に目線を合わせて覗き込む。


「もうあの隙間には近づいちゃ駄目。靴も取り戻さなくて良い。新しいの買ってあげるから」

「本当? やった!」

「そうじゃなくて!」


 志穂の手をより強く包み込むように握る。


「大事なのはあの隙間に近づかない事! 知らない人と関わらない事! 分かった!?」

「……はい」

 志穂はか細い声で返事した。




 今晩もそのまま寝ようと思ったが、櫛を握りしめて上目遣いでこちらを見る志穂の眼差しからは逃れられなかった。


「分かった分かった。そっち向きな」

「やった! お母さん大好き!」


 志穂は跳ねるように背を向ける。全身から喜びを発散しているようだ。

 私も座って櫛を受け取り、髪を掴む。悲鳴をあげそうになり、必死に耐える。針の山から探し物でもするように慎重に髪をかきわける。そこには大小のいくつもの円形脱毛があった。まるで月のクレーターのようだ。

 もう隠しきれない。隠していてはいけない。病院に連れていかなければならない。


「どうしたの? お母さん」


 志穂が不安な表情で姿見越しに見つめてくる。私の顔は恐ろしく引きつっていた。


「なんでもないよ。志穂の髪は綺麗だね」

「そうかなあ……」

「そうだよ」


 志穂が健気にはにかむ顔を見ると胸が締め付けられる。


「そうそう」と、今思い出したかのように私は言った。「明日病院に行くからな」

「えー! 何しにい?」

「志穂の検査だよ」

「けんさ? 注射する?」


 私は精一杯楽しげに笑う。


「注射なんてしないさ。検査なんだから」

「それなら良いけど」

「良くなくてもいきまーす」

「ふうん」


 志穂のふくれっ面を見つめる。というよりも志穂の後頭部から目をそらす。

 慎重に慎重に髪を梳かす。円形脱毛症の詳しい仕組みは知らないが用心に越した事は無い。


「それじゃあ寝るよ」


 志穂は布団に潜り込む。私は立ち上がり、スイッチ紐を二度引っ張って電灯を消す。私も布団に入った。

 真っ暗やみの中に志穂の脱毛箇所が目に浮かぶ。涙が滲んでもその光景は鮮明に映る。


「お母さん?」

「どうした?」

「おやすみなさいは?」

「ああ。おやすみなさい」




 跳ねるように起きた。外はまだ薄暗い。目覚まし時計をセットするのを忘れていたが、セットしようと思っていた時間よりも随分早い。隣を見ると志穂の布団はもぬけの殻だった。志穂はいつも私より早く起きる。

 二人分の布団を押し入れに片づけて隣の部屋に行く。電灯が点いていない。志穂がいない。


「志穂?」


 声が震える。

 キッチンにもトイレにも浴室にもいない。靴はあった。鍵もある。家の中は夜の墓地のように静まり返っている


「どこ?」


 ベランダを覗き込み、押し入れをもう一度開ける。慌てて玄関に走り、裸足で外に飛び出す。鍵がかかってなかった。見渡す限りどこにもいない。まだ薄暗いが人影どころか何も動くものがない。


「志穂!」


 出来る限りの大声を出す。返事が返ってくるとは思わなかったし実際に返ってこなかった。

 商店街へと走る。他に考えられなかった。

 何故志穂はあの隙間に行くんだ。何故知らない子に関わろうとするんだ。知らない子は志穂に何をしたんだ。

 朝と夜の境目に人はほとんどいなかった。商店街はしんと眠りについている。国道では時折車が走り抜けるが、何かぼやけたフィルターに区切られた向こうの出来事のようだ。

 息は荒く、筋肉が軋むのを感じるが体が休む事を許さない。商店街も走り抜け、例の居酒屋の前に辿り着いた。丁度隙間から志穂が出てくるところだった。安堵の息を吐くと同時に息を呑む。

 志穂の髪が誰かに滅茶苦茶に引きちぎられたかのようだった。いくつもの円形脱毛が頭全体を覆っている。元の長さの髪はほんの少ししか残っていない。悲鳴を堪えて志穂を抱き寄せる。存在感が希薄になっていた。


「志穂! どうして? 何で? 髪どうしてこうなったの? 誰にされたの?」

「あげちゃった」

「何で!? 何なの!? 誰がこんな!」


 涙が止まらない。声が枯れる。

 志穂は腕を伸ばして私の胸から離れた。


「知らない子だよ」


 微笑んでいた。何も苦痛に感じていないようだった。ましてやストレスなど……。


「一体誰なの? 何で髪なんて欲しがるの?」

「大事なものが欲しいんだってさ。私の大事なもの」


 ふと志穂の視線が横にずれ、私も釣られて後ろを振り返る。そこには人のよさそうなおばさんが心配げにこちらを見ていた。どうやら商店街が起き出したようだ。


「その子大丈夫? 裸足じゃない。あら、あなたも裸足……あっ!」


 反射的に志穂を見ると、駈け出していた。裏道を曲がり、国道の方へ。直後、私も志穂を追って走り出す。

 状況は理解できていない。だけど悪い予感しかしてなかった。

 古びた裏道は昨日よりも薄暗く、国道まで続くトンネルのようだ。

 小学1年生というのはこんなにも速いものか。私が学生時代より遅くなってしまったのか。少しずつ距離を離されている。裸足の足裏に感覚が無くなっていた。

 志穂が裏道から飛び出し、国道に飛び込む直前に立ち止まり振り向いた。私は少しも足を緩めることなく走る。志穂が後ろ向きに車道に入る。

 ダメ。やめて。考えても言葉が出ない。裏道から出る。

 志穂にトラックが迫っていた。そしてまるでトラックを受け入れるかのように手を広げて迎える。

 構わず駆け抜け志穂を突き飛ばし、私もまた横ざまに突き飛ばされた。視界が矢のように過ぎ去り、墜落した。混乱する頭の中で唯一冷静な部分が志穂を探す。

 中央分離帯で志穂はへたり込んでいたが、立ちあがって私の方へ歩いて来る。

 意識が重くなりどこかへ落ちていきそうだ。唇を動かし舌を動かし喉を動かし声を絞り出す。


「大丈夫? 志穂」


 見下ろす志穂は何でもなさそうだ。擦り傷すら見当たらない。微笑んでさえいた。


「ごめんね。どうしても大事なものが欲しいって言うから」


 瞼は閉じなかったけれど意識が消えてゆく。

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