1章 ”第三超越犯罪組織係”
今回はキャラ説明と、設定説明に大きく比重を置いておりますので前回より少しノリが軽いですがよろしくお願いします。新キャラが6人も登場しますがどうぞお見知り置きください。
東京の新宿のとある警察署。全10階建てのこの建物の4階には第三超越的犯罪組織係の為に設けられた部屋がある。決して広いとは言えないこの部屋で第三超越的犯罪組織係の副班長である24歳の黒田考太郎は出勤早々、イライラしていた。今日のこの時間、14時は班員8人全員がいないとおかしいはずである。だがこの部屋には自分も含めて現在、2人しかいない。
「...今日のこの時間は緊急の招集が無い限り、全員この部屋に待機して書類整理。そうですよね、佐竹さん?」
黒田は精一杯、怒りを抑えながら唯一残って書類整理をしていた佐竹玲華に聞く。
「はい。」
可愛い、と言うよりは美人と言った方が適切であろう佐竹は考えうる最もシンプルな答えを黒田に返した。黒田の怒りはこの時点で怒髪天に達していたが先にバカ共の居場所を聞かなければならない。黒田は部隊が組織されてから3か月しか経ってないのにもはや何回聞いたか分からない質問を佐竹に投げかけた。
「...佐竹さん、他の6名がどこに居たか調べられますか?」
「はい。」
佐竹はこれまたいつも通りの答えを返した。
「...じゃあ教えて下さい。」
分かりました、と佐竹は目を閉じて集中を始めた。佐竹の能力覚醒は顔か名前を知っている人物が5分前に何をしていたか分かるという非常に警察向きなことができる。だが残念なことにこの部隊が組織されてからこの能力は専ら犯人捜しではなく班員捜しにばかり使われている。
「5分前のことですがお伝えします。前田君は自宅で睡眠。蒲生先輩はすぐそこにある喫茶店でコーヒーを飲みながら読書。大浦さんはここから大体500mくらいのゲームセンターでクレーンゲーム。井伊先輩は向かいのビルのカラオケボックスで一人カラオケ。班長と細川さんは能力覚醒...いえこれは非合法能力覚醒者ですね、右手が肥大化した化物と交戦。細川さんの姿は見えませんが気配はここから感じるので恐らく班長の近くで透明化してるようです。以上です。」
佐竹は至って冷静に報告した。佐竹の報告を聞き、黒田は自分の同僚の仕事に対する関心の無さを嘆くのも忘れ、佐竹が告げた衝撃の事実に目を白黒させた。
「え、班長と細川さん犯罪者と交戦してんの!?凶悪犯罪者と対峙するときは最低3人は必ず動員せよ、っていうこの組織の大大大大原則忘れたのかよ!?細川はともかく班長とかもう43だろ!何年、ここ勤めてんだ!?」
礼儀正しいと署内でも有名な黒田は目の前にいる自分より5つ歳上の佐竹の前で激怒した。
「...私に言われても。」
佐竹はそう言いながらも少し申し訳無さそうである。
ハッと気づいた黒田は慌てて佐竹に謝罪する。
「あ、すいません、佐竹さん。そうですよね、佐竹さんに文句言ってもどうしもないですよね...。」
この続きは問題児たちが帰ってきてからにします、と言って黒田は彼の能力覚醒を使用して班員たちを呼び戻すことにした。
前田一、21歳は14時半現在、未だ睡眠をとっていた。社会人としてこの時間に寝ているのは問題だが前田にとっては至って平常運転である。職場で今日の前田の出勤は10時だが悪気があってやってるわけではないので仕方ないというのが前田の見解である。しかし彼の穏やかな時間は流石に終わりが見えてきていた。前田以外誰もいないはずの前田の自室に小さな声が響いたのだ。
「...ま......え......だ...」
前田は明確に聞こえたその見知った声で起床したがそれを無視して二度寝を敢行しようとした。そんな前田の目論見を察したか声は怒声に変わった。
「前田ァ!」
前田はその怒声に驚き思わずハイ!?と答えてしまった。
「おはよう、前田。現在2時36分だ。」
前田の起床を確認したらしい声は元の冷静な声に変わった。前田は声を聞きやはりこの声は黒田が能力覚醒を使って自分に語りかけているというのを確信した。
「おはようございます、黒田さん、ご機嫌はいかがですか?」
頭があまりよろしくない前田はこの状況に最もそぐわない返答をしてしまった。黒田の声に再び怒気がこもる。
「ああ、最悪だよ。お前のせいでな。本来なら反省文100枚物だが特別に妥協案を出してやる。」
「本当ですか!流石です!黒田様!よっ、色男!」
前田は黒田に精一杯の世辞をおくる。黒田はそれを全て無視して前田に妥協案を通達する。
「昨日、予告したお前への能力覚醒に関する知識のテストで満点をとれたら今日のお前の失策は水に流そう。」
前田は黒田の発言が理解できず、真顔になった。
「テ...スト?ああ!?」
前田はこの瞬間昨日の出来事を思い出した。
そういえば知識の足りていない自分に対して黒田が本日の確認テストの実施を通告していた気がする。正直、すっかり忘れていた。
「その間の抜けた声...。すっかり忘れていたようだな...。」
黒田の声は怒りを通り越し、呆れに変わっている。
「す、すすすすいません、すいませんすいません!」
前田は酷く狼狽して黒田の声に謝罪した。
「...まあ、なんとなく予想はしていた。このままの状態で受けられるか?」
無理です、0とります!と前田は即答した。
「誇って言うことではないだろう...。よし、最後のチャンスを与えてやる。出勤は今から約1時間半後、4時10分でいい。この猶予をしっかり勉強にいかせ。分かったか?」
ハイ!と前田は快活な返事をする。
「よし、いいだろう。では1時間半後に署で会おう。」
それきり黒田の声は途切れた。部屋に訪れた静寂とは対照的に前田は心穏やかでは無くなった。前田のアパートから署までは大体30分ほど。ということは勉強時間は1時間ほどしかない。先ほどは思わず返事をしてしまったがこれで満点をとるなど前田からしてみたら神の所業にも等しいことだ。しかし満点でなくては反省文が待っている。
「やるしかないか...」
前田は覚悟を決め、引き出しに眠っていた参考書を手にとった。
「こういう物を覚える時は音読が1番って大浦が前、言ってたな...よし!」
前田は一人でそんなことを呟き、また大きな声で今時中学生でも知っているようなことを読み始めた。
「能力覚醒は2026年に初めて確認された。原初の能力は”浮力の使役”で覚醒者の名前は三好鉄平。ほうほう、なるほど。」
「現在、進化の進んだ人類では全人類の約5%が能力覚醒を秘めている。しかしその中でも能力覚醒が何の契機もなく唐突に目覚める事例はほとんどない。ほとんどの者は何か大きな出来事が契機となって能力覚醒が起こる。これを”能力の自然発現”という。へえ...」
「しかし近年薬による非合法な能力発現が多発し、社会問題となっている。また、能力覚醒者が能力を使用することにより犯罪を行うことも少なくない。そこで2053年の初頭に組織されたのが超越的犯罪組織係である。お、これ、俺らのことか!」
前田は順調に読み進めていき次の見出しに入った。
「ええと、能力覚醒に関する専門家たちの意見は......」
蒲生明慶は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。今、署内にいるべき時間であるということは一応認識している。しかし書類整理という雑務は自分には向いていない、こういうのは若い奴らに任せとけばいい、と判断し読みかけの本を持参し、蒲生は優雅にコーヒーブレイクをしていた。今、喫茶店には蒲生以外、客はいない。もともと閑古鳥が鳴きそうなほど客がいないこの喫茶店だが今日はいつにも増して人がいなかった。店主にとっては好ましくない状況であろうが蒲生にとっては読書の最高の環境だ。しかし蒲生が喫茶店に入ってから64回目のページをめくろうとしたところに読書には不向きの雑音がはいってきた。
「蒲生さん、コーヒーブレイクは否定しませんが署内でやって下さい。あと、長すぎです。」
蒲生はこの声の主を知っている。
「全く、手厳しいね、黒田は。俺はもう50になるんだぜ?もちっと、休ませてくれたっていいじゃないか。」
蒲生は静かに反論する。
「ダメです。年齢は関係ありません。」
若々しい声で何回りも年下の上司は蒲生の反論を否定する。
「全く、お固いんだから。分かった、分かりましたよ、副班長、すぐ帰りますよ。」
致し方なく蒲生はそう答え、レジに向かった。
大浦由里香、20歳は今、全ての神経を目前のクレーンゲームに注いでいる。なんせ、目前のクレーンゲーム機に入ってるのは彼女の大好きなアニメのフィギュアだ。ここまで2600円ほど投資した。あと、一押しでゲットできそうだ。しかし彼女に残された残金は200円。次のプレイが最後のチャンスだ。
「神様...。私に力を...。どうにか”荻原雪子”ちゃんを私に...!」
決意を手元の硬貨にこめ、機体に硬貨を入れ彼女の闘いは始まった。まずは横移動。
「慎重に慎重に慎重に...。ここだ!」
大浦が止めた場所は完璧だ。大浦はガッツポーズをした。次は大事な大事な縦移動だ。これが成功しなければ横移動の成功は何にもならない。彼女は彼女自身でも信じられない位の集中下にあった。これはもはや一種のゾーンと呼べるだろう。しかし彼女のゾーンは思わぬ形で決壊することになる。
「大浦。」
黒田の声は別段、大きくもなかったし、感情がこもってたわけではない。しかし、極限を超えた集中を保っていた大浦には一撃必殺並みの威力があった。
「!?」
大浦は思わずボタンから手を離してしまった。
「あ」
フィギュアの遥か前方で止まったクレーンは虚空を空しくからぶった。
「ぎゃあああああああ!!」
大浦は悲鳴を上げ膝から崩れ落ちた。黒田は状況は分からないながらも悲鳴を聞き何かを察した。
「......なんかすまん。」
しかし大浦は全くもって反応がない。黒田は特に何も悪くないはずなのだが酷い罪悪感に襲われた。
「いや、本当にすまんかった。後で何か奢るから許してくれ。あと、時間見てみろ。」
「時間? ...!?」
時間を見て大浦は再び驚愕した。
「2時45分!?」
大浦はお昼休みで12時に外に出た。1時には帰るはずだった。しかしふと立ち寄ったゲーセンでフィギュアを発見してしまった。そして、少しだけ、と始めたクレーンゲームでうっかりゾーンに入ってしまったようだ。
「すいません!副班長!私は社会人として失格です!今すぐ帰ります!」
「いや、こちらこそ...。お互いイーブンでいこう。」
大浦は了解です、と答え、奢りはこのクレーンゲームのプレイ代金にしてもらおうと心に決めて署に向かい始めた。
井伊恭子、32歳は一人カラオケを堪能していた。一応、彼女の場合は資料をカラオケに持参している。しかしそれがバックから出されることはない。彼女は今も大好きな演歌を思い切り歌っていた。数分の後、演歌を歌い終わりスッキリした顔の井伊に何かが聞こえた。
「...さん、い...さん、井伊さん!」
この声は...。
「あら、副班長。資料ならありますよ、ちゃんと整理してます。」
「いや、仕事してる人は僕が呼びかけたら、一度で答えてくれると思うんですがね...。」
黒田は精一杯の皮肉を言ったがマイペースな彼女に皮肉は効果がなかった。
「いやあ、全然聞こえませんでしたねえ。」
声しか聞こえないがニコニコしてるのがなんとなく分かる。会話の主導権が握れない彼女との会話が黒田は苦手だ。
「はあ、そうですか。さっさと帰って来て下さいね。」
黒田はおざなりに話を済ませ井伊の元へ声を飛ばすのをやめた。
松永と細川はクレープ屋にいた。ニコニコしてる松永と美味しそうにクレープを食べる細川はとても同僚には見えない。まるで親子である。
「全く...。しょうがないから今回だけは許してあげます、松永さん。次回からは発言に気をつけてくださいね。あの報告を本当に本部にしてたらこんなんじゃすまないところでしたよ!」
モグモグと口に松永の奢りのクレープを含みながら細川は松永に注意喚起する。
心の中で相変わらず単純な奴だなあ、と笑いながら松永は「ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなっただけなんだよ、今度からは気をつけるよ、細川君。」と一応言った。
細川は満足そうに頷き、クレープにまたがっついた。
(こりゃ、まだ彼氏とは無縁だな)
と、松永が思ったのと同時くらいに部下の声が聞こえてきた。
「...班長。僕が何を言いたいか分かりますね?細川、お前もだ。」
松永は黒田の声を聞き、想定通り怒っていることを確認した。
「ああ、分かるよ。だが、これは私の判断だ。形骸化している規則よりも私の現状判断の方が私は相応しいと思い行動したまで。それとも黒田君は僕を信じられないと?悲しいねえ、私と君の信頼関係はその程度だったか?」
松永は性格からだろうか、非常に意地の悪い質問を黒田に投げかけた。
「え、いや、その...」
黒田は思わずどもる。それを聞いていた細川は黒田を不憫に思い、すかさずフォローを入れる。
「あ、でも私と松永さんにも非はあります!すいません、2人だけなんて危険ですよね。以後気をつけます!」
黒田は細川の発言を受け、ハッと我に帰り
「と、とにかく早く二人とも署に戻って下さい!続きは署でやります!」
それっきり黒田の声は途切れた。
細川は非難がましい目を松永に向ける。
「松永さん、さすがに言い過ぎだと思いますよ。」
松永はフフッと軽く笑い、
「性格だからしょうがないよ。さ、細川くん、帰ろうか。」
そう言って歩き出した松永を細川は慌てて追った。
黒田は一通り班員に連絡をし、一息ついた。彼の能力覚醒は場所さえ分かれば顔までは見えないがどこでも誰とでも会話できるというものだ。全く戦闘には向かない能力だが凶悪犯との交渉などには非常に役に立つ能力だ。
「全く、こんなことにしか使えない能力なんて嫌なもんですね。」
黒田は苦笑しながら佐竹に話しかける。
佐竹はあくまで冷静にしかし、ハッキリした口調でこう言った。
「副班長は能力などなくてもお強いでしょう。欲張るものではありませんよ。」
松永と細川が署に戻ると班員は全員、集合しているようだった。
「お、みんな、お疲れ。」
松永は軽い調子でそんなことを言う。班員がそれに答えるより前に松永と細川は黒田に見つかった。横には大量の原稿用紙を持ち途方に暮れる前田もいる。
「班長!いいですか!副班長として言っときますけどねえ!あなたの...」
黒田が説教を始めたその時だった。
署に緊急のサイレンがなった。
「事件発生。事件発生。署から北に約2000mにて能力覚醒者の集団によるゲリラテロが発生。超越的犯罪組織は直ちに出動せよ。繰り返す...。」
「...だそうだよ、黒田君。私への説教は後にしてくれるかな?」
黒田は不服そうな顔はしたものの説教はやめた。
「うん、よし。では部隊を組織しよう。Aチームは私、松永がリーダーで前田君、大浦君の3人だ。Bチームは黒田君をリーダーに蒲生さん、井伊君の3人。細川君は透明化を活かして付近の皆様の安全を確保。佐竹君はサポートを頼む。」
7人は声声に了解と言う。
「よし。佐竹くん、犯人の顔が分かったら転送するから気を抜かないで待っていてくれ。」
ハイ、と静かに佐竹はうなずく。
「では第三超越的犯罪組織係任務を開始するぞ!」
遅筆ですができるだけ次回は早めに投稿しようと思いますのでよろしくお願いします。
またご感想、ご意見はどしどし下さるとうれしいです。