序章
少しグロい表現と犯罪描写があるのでお気をつけ下さい。
少しでも楽しんでいってもらえたら嬉しいです。
柴田航平は高校陸上界では右に出るものはいないと言われる程の陸上の天才だ。そんな彼が一切手を抜くことなく全力で走っている。だが、走っている場所はトラックでは無いし、併走者は仲間でもライバルでも無い。
「ハァハァハァハァ...。へへへ、ここまで逃げてくれば流石に追いつきゃしねーだろ。」
息を切らしながら航平は路地裏で逃走の成功を確信してほくそ笑んだ。盗みを働いたことがばれたのは全くの誤算だったが相手はさえないただのオッサン。対する自分は高校陸上界の神童ともてはやされるほどの俊足。脚力の差は歴然。その上、使うことはまずないだろうが自分には自他ともに危険を伴う"奥の手"がある。逃げ切れない可能性を考える方が難しいぜ、と息を整えながら航平は盗んだタバコに火をつけようとした。
しかし、ポケットに無理やり入れた数箱のタバコはなぜか悉く無くなっていた。逃走中に落としたか?いやそんなはずはない、ほんの数秒前までポケットに何か入ってる感覚はあった。自然、小さなポケットを破らんばかりに乱暴に探す。しかしない。航平の苛立ちが頂点に達しようとしているとき、数分前に航平と対峙していた壮年の男が早くも航平の前にあらわれた。しかもその手には航平が所持していたはずのタバコ数箱が握られていた。今の航平にとってこの状況は動揺や驚きには繋がらない。苛立ちが激情へと変わるだけだ。全ての感情が怒りに支配された航平は怒声を挙げた。
「てめぇ、なんで俺のタバコを持ってんだ、アア!?」
全身、黒ずくめのスーツでふちなし眼鏡をかけたそのさえない男は一切怯えることなく静かにしゃべり始めた。
「俺の、か。君もなかなかおもしろいことを言うもんだ。金を払ってないんだ、これはまだ店のもんだよ。こんなことも分からないなら小学生からやり直したほうがいいんじゃないかな?いや、幼稚園かな?」
ハハハ、と完全に馬鹿にした笑いに航平の何かがはじけた。危険と認識していた"奥の手"を使うことにもはや全くの躊躇も感じなくなっていた。
「だいたい、きみはまだ17だろう、新聞で見たよ、高校陸上か...」
男の話は続いていたが激情が全てを支配した航平が最後まで話を聞くはずが無かった。航平は絶叫しながら"奥の手"である真っ黒な色の液体が入った注射を自らの右手に打った。次の瞬間航平の右手は巨大化し人間のそれでは無くなった。右手だけ巨大化した彼の姿はもはや化け物としか形容できない。航平は薄れゆく意識の中、男を叩き潰すことだけを考え右手を振り下ろした。男はそれを華麗な横ステップで避ける。
「まさか薬まで手を出してたか!自然発現じゃない能力覚醒は寿命を縮めるぞ!」
もちろん、男の声は届かない。ビルも地面も無茶苦茶にしながら男めがけて航平は突進する。
(市街地に出すのは危険か、しかたない、荒治療だ)
男は覚悟を決め、航平に手をかざした。男が小さな声で何かを言うと航平は突然地面にひれ伏した。まるで航平に何トンもの重りがのせられたかのようだ。男は今度は、はっきりした声でこう言った。
「潰れろ」
次の瞬間、航平の右腕は破裂した。
「ぐへああぎゃああああ!!」
断末魔と共に航平はショックで完全に気絶した。
「心配しなくていい、凄腕の医者が知り合いに居る。彼女の能力なら右腕の一本二本くらい余裕だ。」
男は笑い交じりに言う。スーツを整えながら周りを見渡すと見知った可愛らしい同僚の女がいつのまにか後ろに居た。
「....完全に気絶してる時に言うなんて相変わらず性格悪いですね、松永さん。」
まだ高校生にしか見えない短髪で可憐と言う言葉が良く似合う女は非難交じりに松永という名前らしい男にしゃべりかけた。
「君だって人が悪いよ、細川君。私の近くにずっといたなら援護の一撃でも...」
「嫌です、"透明化"なんて戦闘向きじゃありません。"重力の使役"なんていう強すぎる能力覚醒してるんですから甘えないでください。」
「厳しいねえ、細川君は。そんなんだから彼氏がいないんだよ?高校生にもなって。」
その一言に細川と呼ばれた女は松永を思い切りどつく。
「痛!ひどいなあ、もう」「どっちがですか!」
「まあまあ、そんなことより本部に連絡しなきゃだから黙ってて。」
松永は無理矢理会話を打ち切り無線に報告をする。
「こちらは松永秀紀捜査官です。凶悪な非合法能力覚醒犯を撃滅、確保。医者と搬送の用意をお願いします。私は彼氏のいない細川凛夜捜査官と本部に帰還します。」
松永が細川に今一度どつかれたのは言うまでもない。
拙作ですが一生懸命書くのでよろしくお願いします。
意見、感想などはいかなる評価でも有り難く頂戴致しますので、お時間に余裕のある方は書いてもらえると嬉しいです。
細かい設定は次回以降に説明致します。