羅﨑琥珀とコーヒー事情
「琥珀ってさ、なんでコーヒーが飲めないの?」
ホットミルクを飲んでいた琥珀は、その言葉に噎せ込む。マグカップをテーブルに置き、呼吸を整えると、今さっきの出来事が初めからなかったかのように涼しい顔で「何を言っているんですか、あんた」と答えた。
「飲めますよ。愛飲していますけど、なにか?」
「字面だけ平静を保っているけど、声の動揺ぶりが半端ない事にまず気づこうよ。愛飲しているならさ、なんでホットミルクを飲んでいるのさ」
「馬鹿ですね。白いコーヒーが流行っているのをご存じないのですか?」
「え? 白いコーヒーって……ただの白カビの生えたコーヒーじゃん」
「う、うるさいなあ。じゃあそっちこそ、コーヒーは飲めるんですか? 飲んでいる所を見たことがないんですけど、そこの所はどうなんですか?」
「私は琥珀と違って、ブラックじゃなかったら一応飲めるよ? 琥珀さんと違って」
「…………」
煽る亜希の言葉を無視して、琥珀は無言で部屋を出ていく。数分後、戻ってきた琥珀の手には琥珀の物とは別のマグカップがあった。
「…………それ、何?」
「あなたが大好きなコーヒーですよ。悠から奪ってきました。論より証拠、飲んでくださいよ」
「えー……、悠也君ってブラック派じゃん。でも一口ぐらいは大丈夫かな」
「吹き出したらアウトですからね。絶対に飲み込んでくださいよ」
「分かっているって。でも、これって保護者さん的にセーフなの? 私、殺されない?」
「間接キッスじゃなかったら大丈夫でしょ。悠が口付けていた箇所は覚えていますんで、アウトだった時は教えますよ」
「本当に言うかどうか微妙だなあ…………。ではいただきます」
恐る恐るマグカップに口を付ける。琥珀が何も言ってこないことに安心してぬるくなったコーヒーを飲んだ時だった、隣で見ていた琥珀が耳元で小さくこう言った。
「間接キッス」
「ぶふっ!?」
喉を通りかけたそれが逆流し、口から噴き出る。息を吸おうとするも、その度に琥珀の言葉を思い出してしまい、窒息しかけた。
「げほげほげほッ……。馬鹿なの!? 馬鹿なんじゃないの!? 馬鹿でしょ!? なんで、人が飲もうってした時にそれを言っちゃうかなあ!? よりによって地声で!! 君の地声ってね、普段の奴からは想像できないぐらいに低いって知っている!? どうしてくれるのさ、噴いちゃったじゃない!!」
「汚いなあ。ちゃんと拭いてくださいよ」
「汚いのは君のやり方だ!!」
その後、汚れてしまったカーペットやテーブルを掃除して、二人は元に位置に戻った。
片方から殺気立っているのは気のせいではないだろう。
「私はやったんだから、琥珀も飲みなさいよ」
「僕、他人の唾液が入ったものを飲む趣味はないので」
「羅﨑琥珀はカビの生えたコーヒーを愛飲しているって噂を流すよ」
「最低ですね」
「君ほどではない」
やれやれと、マグカップを持ち上げる琥珀。が、上げるだけ上げて、口に付ける気配がみられない。
「早く飲みなよ。まさか、この期に及んで飲めないとか言うんじゃないよね?」
「飲みますってば、ええい」
目を瞑って、思い切りコーヒーを呷る。全て飲み干した琥珀は、マグカップを置くと、
「…………まずい」
目で追えない速さで自分のマグカップを手に取ると、その中身を飲もうとする。
が、口に付けた姿勢で琥珀は固まった。目だけを動かして目の前にいる人間を睨み付けると、亜希は意地の悪い笑みを浮かべた。
「君がいない間、喉が乾いちゃって」
「――っっ!!」
顔を青ざめさせた琥珀は、口を押さえて洗面台に向かう。ドアが閉まると同時に流れる水道の音を聞いて、亜希は苦笑いを浮かべた。
「ちょっとこればかりは申し訳ないね。今のうちにホットミルクをもう一杯作ってあげるか」