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落神叶が学校を嫌う理由

落神叶にとって学校とはとても憂鬱なものである。


「おーい! 叶はいるか?」

「ん。えぇと……祈姉? どうしたの、ここに来るなんて珍しい」

「そんな事ないぞ! 昨日は臥月と一緒にゲームしたし、数学の課題を手伝ってやったぞ。なっ、臥月」

「そうそう。祈ちゃんさんったら、九九は言えないくせに、四ケタの掛け算を一瞬で解いてしまうんだよ? あり得ないっしょ。だけど、マリ○で私に勝とうとか十年早かったっしょ」


 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす孤斂。そう言えば、改造し過ぎで一つだけ扱いにくくなっていたのだが、はたしてそれはどちらの手に渡ったのだろうか。

 とはいえ、曲がりなりにも解析班にいる人間が、赤点すれすれの人間から教わっているというのはなかなかシュールである。


「あれ? 姉さんって数学得意だったっけ?」

「何となく答えが思いつくからな。フィーリングって奴だな、うん」

「あぁ、なるほどね」


 高校の数学、特にあの高校はほとんどが証明問題だ。直感だけであれを解くのは無理がある。にしても、この姉貴恐ろしい奴だな。

 と、一人勝手に納得する叶だが、一つ疑問点が挙がった。

 贔屓目に見ても頭がよくない姉二人のお陰で、数年分のテスト配点と二人の点数を網羅している。今までの彼女の数学の点数と、計算問題の配点を照らし合わせると、ほぼ一致しているような…………。


「いや、まさか……いくら姉貴でもそんな馬鹿な事が」

「ん? 何がまさかなんだ?」

「そんなことより、姉さん。今日は何の用で来たんだよ。見ての通り、俺は年中無休で忙しいんだ。それはもう学校に行く暇がないほどに」

「学校行きたくなさに仕事を増やすような変態は君しかいないっしょー」

「? 臥月も言えた口ではないだろう?」

「…………」


 悪気のない言葉は時として、人を傷つけるものである。


「だからさ、用件は何? さっさと言ってくれよ」

「先生が、面談があるから始業式の日に必ず来いってさ」

「その日は腹痛になる予定だと伝えてください」

「その日が寿命だとしても来いって言っていたぞ?」

「うぇ……こうなりゃサボろうっと」

「安心しろ。朝に弱い叶の為に、お姉ちゃんたちが直々にお越しに来てやる!」

「何その意味のないお姉ちゃんアピール。マジ勘弁してほしいんだけど……」


 行くべきか、行かないべきか悩む叶。本当は行きたくないのだが、この姉二人から逃げられそうにもない……だけならまだ良い。無傷で済むかどうかが問題なのだ。

 医療班に属する長女と、殺戮班に属する次女。


「(うわ、マッチポンプ双子……)」


 逆らった場合、どんな目に遭うのか知れている。


「始業式って何日?」

「んーっと、確か――」


 と、祈が日付を口にする。それを聞いた瞬間、叶は改めて登校すべきか否か悩み始めた。





 そして、始業式当日。叶は久しぶりに制服を身に包み、のんびりと登校した。遅めに来たつもりだったのだが、教室には誰もいなかった。クラスプレートを確認する。六組で間違いない。どうやら、仕事場に引きこもっていることが多かったせいで、時差ボケに似たものが起きているらしい。暇つぶしがてらにプログラム作りに勤しみだして大分経ったころ、男子生徒が五、六人まとめてやってきた――が、何故か咳にそれぞれ荷物を置くや否や、こちらの方へやってきた。見慣れない顔がいるのが気になっているのだろうか。それでも、何となく嫌な予感がする。

 そして、それは的中した。


「落神ー、久しぶりだな。あと、はい。誕生日おめでとう」

「お前、課題やった? 誕生日プレゼントやるから、ちょっと写さしてくれよ」

「叶くーん。はい、これあげる」

「……お、おう。ありがとうございます」


 そう、本日は八月三十一日。

落神叶の誕生日である。

 形容し難い表情で、一人ずつにお礼をしていく。昨日までは中身も上も空っぽだった机は、あっと言う間にお菓子やら使用用途不明のグッズやらで埋め尽くされた。ただでさえ、不登校児というレッテルがあるのに、さらに悪目立ちしてしまう。叶はあまり、個人情報を漏らさないタイプだ。誕生日となると尚更だ。

 となると考えられることはただ一つ――。


「なぁなぁ、なぁそこのお前。俺の誕生日が今日だと誰から聞いた?」

「そりゃあ、君のお姉さんから――ちょっ、おいっ!? 今から始業式――」


 



「姉貴――っっ!!」

「おぉー、どうした叶。まさか、お前久しぶり過ぎて迷子になったのか?」

「違うし! てめえ、勝手に個人情報漏えいしただろ!!」

「え? 何のこと――」


 素っ頓狂な声を上げる祈。叶はそれを聞かずに、手元にあった椅子を姉に向かって投げた。曲がりなりにも祈は殺戮班のエースコンビの一人。連発して襲いかかる椅子を何なく避けた。行き場を失った椅子は、二度寝を始めている紅厨仄杜の方へ着弾した。複数の思い音が響くが、その中には呻き声が聞こえない。

 しかし、ここにいる誰一人も紅厨の安否を気にしていなかった。


「朝から元気だな! 余程いい事があったと見える。でもな、叶。投げ方が惜しい。もうちょっと手をこうちょいと捻った方が」

「んなもん聞いてねえし、馬鹿!! その頭の中は何で出来ているんだよ!? 何に俺が怒っているのかぐらい察しろよ!」


 むぅ……、と考え込む祈。しばらく経ってから、手のひらを軽く打った。


「なるほど。とうとう外弁慶であることがばれちゃったんだな?」

「誰が、外弁慶だ! 何で馬鹿の癖に、そんな言葉だけ知っているんだよ!!」

「甘えん坊さんの癖に、自分の事を他人に知られるのが嫌だとは叶は我儘さんだな。良いだろう!! お姉ちゃんが相手してやるぞ」

「だから、誰が甘えん坊なん――」

「朝っぱら五月蠅いわよ、馬鹿弟ども」


 椅子の代わりに机を投げようとした瞬間、叶の頭部にめがけて学生バッグが投げられた。振り向くと、人ごみの中から落神誓が現れた。


「騒がしいと思えば、こんな所で何してんのよ。あんたたちの所為で人が入れないでしょ。あーもうこれだけ散らかしちゃって。祈、また叶をからかったの?」

「だって、叶が急に……」

「言い訳は無用よ」

 

 そう言って、今度はいのに向かってバッグを投げた。今日は比較的中身は少ないが、水筒や缶ペンが入っているため十分鈍器となり得る。

 バッグを回収するついでに、窓ガラスが割れていないか確認しに行く誓。途中で紅厨の席を確かに横切ったのだが、一瞥にもくれなかった。

因みに誓の所属班は医療班である。


「幸いにも怪我人は出ていないから良いとして、原因は何?」

「叶が、個人情報がどうたらこうたらいって机を投げてきたんだ。俺は悪くないもん」

「机はまだ投げていないし。だって、祈姉が勝手に人の誕生日を漏らしたんだよ。俺は悪くない」

「みみっちい男ね。誕生日ぐらいばれたって良いじゃない。あと、リークしたの私だから」

「はぁ?」

「いやね、この前の補習の時――」



回想――



『えぇッ、叶君って八月三十日生まれなの!? うわ、可哀想』

『みんな課題やら、二学期の準備やらで祝った事ないのよ。仕事先――しかも、じゃなくてバイト先も知ってはいるけど、バリバリのブラックだから祝える時間もないのよ』

『でも、一日遅れで祝えば良いじゃん。どうせ、クラスメイトからはそうされるんだから』

『んーなんかそう言ういい加減さが気に入らないみたい。いい加減な性格しているのに我儘な奴よ、まったく。お陰で、あいつ意地になってでも自分の誕生日を人に言わなくなったからね。文集なんか姉の誕生日使うほどの徹底ぶりよ』

『じゃあ言っちゃ駄目なんじゃないの? ばれたら怒られちゃうよ』

『だって口止めされていないもん』

『だったら私も流しちゃおーっと。叶くんって根暗っぽいけど、カッコいいって噂されているしね。そんなレア情報、食いつかないはずがない。始業式って三十日でしょ? 無理矢理にでも叶くんを呼んじゃえ、呼んじゃえ』

『別に良いけど、来るか保証しないわよ?』



「――以上のような事があった訳で、叶の行為はお門違いなのよ。分かった?」

「いやいや、姉さんの言い方じゃまるで甘えん坊の捻くれ者みたいじゃないか」

「事実そうでしょ」

「末っ子は大概甘えん坊さんだしな」

「祈、あんたは一言多い。これで事情は大体分かったでしょ? だから、文句は――」


「――指導室でみっちり絞られてから、ね?」


 と、にっこり微笑む誓。この時になってようやく、叶は背後に誰かが立っていることに気付いた。


「――という事だ、落神。ここから先は、指導室で長い作文を書いた後にしようじゃないか」

「く、狂瀬先輩……っっ」

「ここでは『先生』と言え。良かったなあ、落神。午前中授業だから、何時間でも書けるぞ」

「いや、あのだからですね……これには深い事情が……ありましてでね…………」

「その点も含めてゆっくり、とな。安心しろ、お前の仕事は坊ちゃんと臥月が引き受けてくれる」


 成長期の途中であるため、決して小さいとはいえない叶を持ち上げる。必死に抜け出そうとするも、手慣れているためかなかなか抜け出せない。

 結局、叶は断末魔を残して、磨と共に消えて言った。


 毎度の公共物損壊事件。その度に叶は生徒指導室に連れて行かれる。自業自得ではあるが、これが、落神叶が学校に行きたがらない最大の理由である。


 おまけ


「うわぁ、流石『異常者』の一人なだけあるな。やることが違うや――お?紅厨、お前いつの間に髪染めたんだ? 青から赤とは思い切ったな。おーい、体育館へ移動するぞ。いい加減起きろ――あれ? 起きない? てか、これ染めているんじゃなくて、血じゃん!? 先生! 大変です! 紅厨が死んでいます!!」


 この後紅厨が一週間の入院になったことはまた別の話で。


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