41 崩れる境界
「ねえ、あんたいつまで私に張りついているつもり?」
「知らない」
「知らないって、あなたがやっていることでしょ」
「お館様の指示」
「あのおっさんの指示? あんた奴隷なの?」
「違う」
「なら、別に言うことなんか聞く必要ないでしょ」
「聞かない理由もない」
「自由にしたらいいじゃない」
「余計なお世話」
ヤマトはナギサの傍にずっといた。
今、ナギサは城壁の上から魔族に攻撃をしている。彼女は食事や休息も最低限しかとらず、ほとんどの時間を城壁で過ごしていた。
ヤマトにも執念深い思いを抱いていた時期――今もある――があったので、ナギサの行動は理解できないわけではない。ただし、なぜ、魔族を殺すことにそこまで執念を燃やしているのかは知らない。訊くこともしなかった。
「で、そのオヤカタサマは、どこにいるわけ?」
「さあ?」
「逃げたんじゃないの、あなたを残して」
「お館様にかぎっては、逃げるという選択肢は必要ない」
「へえ、ずいぶんと買っているじゃない」
「事実。あなたも少しはわかっているはず」
「ええ、大人数の敵を倒すことは得意みたいね」
ナギサが揶揄する。
「――わかっていない。あんなものは遊び。たぶん、本気になれば周囲にいる魔族すべてを倒せるはず」
「すべて? ……言いすぎよ」
「あなたが弱いからわからないだけ」
「それって、あなたの方が私より強いって言ってるように聞こえるけど」
「事実」
「聞き捨てならないことを言うじゃない」
「だとしたら?」
「ここで決着をつければいいだけのことでしょ」
「賛成」
ナギサが立てかけていた槍を手にとった。
ヤマトも刀を抜く。
離れたところで成り行きを見守っていた兵士たちがざわめきたった。
子供の喧嘩だろうと静観していたのだが、どうやら様子がおかしいと気づいたのだ。だからといって止めることもできない。情けないことではあるが、二人の少女の力は彼らよりもはるかに上だったからだ。
二人の間に緊張が高まった時、破壊の音と地鳴りが響いた。地鳴りはどうやら地面ではなく壁から直接伝わった振動のようだった。
「なに?」
どちらともなく少女たちは矛を収める。共に音の方向に視線を投じた。
暗闇の中、灯った明かりに混じり粉塵が立ちのぼっている。
兵士たちの怒鳴り声があふれだした。
その中に、聞き捨てならない内容があった。
「城壁が壊された」という叫び声である。
ナギサが駆けだし、ヤマトも彼女の後を追った。
ジグルドは地下牢からセリアンスロープたちを解放した。
地下牢に降りてきていたヒューマンの命と武器はすでに奪っていた。冒険者はともかく兵士たちに対して、ジグルドは個人的な恨みなどなかったが、脱出するためには命を奪うよりなかった。気絶させるなどと言う気遣いで、失敗するわけにはいかないのだ。
セリアンスロープは、三〇〇人はいるだろう。上にいる冒険者たちも同程度の数はいると考えるべきだ。
多少セリアンスロープの方が多いくらいだろう。
セリアンスロープの優位は、奇襲にある。
そして、不利であるのは全員が怪我をしており、さらに鉄輪によって手足の自由がある程度奪われていることだ。人数分の働きが期待できないということである。
最初に敵陣に飛びこんだ時点で、半分近く倒してしまいたい。そして、武器を手に入れる。
そうすれば、たとえ冒険者たちが態勢をたてなおしても、何とか戦うことができるはずだ。
いささか都合が良いとはいえ、ここまでならば何とかできない戦いではないとジグルドは思う。
問題はその後だ。
セリアンスロープが生き残るための策が、ジグルドには一つしか思い浮かばなかった。それは、自らの身を焼く作戦でもあった。ヒューマンのみならず、セリアンスロープが生き残る可能性もわずかしかない。
彼は策を皆に正直に説明した。誰一人として反対する者はいなかった。
作戦の実行にあたり、ジグルドはまず、状態の良いセリアンスロープを選びだした。彼らが最初に突撃する部隊となる。おそらく、戦闘の成功は、最初にすべてがかかっていた。
準備が整うとジグルドは階段を上がった。セリアンスロープたちも彼に従う。全員がこれから自分たちが何を行うかをしっかりと認識していた。これまで冒険者たちに使われていた時とは、瞳の輝きがまったく違う。命を賭す覚悟が全員にあるのだ。
途中に兵士が二人いたので、気づかれぬよう気配を消して近づきジグルドはいっきに飛びかかった。連続して襲いかかり、呼笛を鳴らす暇も与えず二人の命を絶つ。兵士の身体を横たえると、ジグルドは先に進んだ。全員が彼の後に続く。
広間へと続くドアは五つ。開きっぱなしの物が三つあった。
外にいる冒険者は、八人ほどしかいない。五人と三人で別れていた。いずれの中にも、名の売れた冒険者はいない。
外にいる者を始末する間、広間にいる冒険者たちに気づかれずにすませるというのは難しいだろう。
両方一遍に攻撃を仕掛けるよりない。
外の冒険者たちの上げる声が兵士たちに届かないことを祈るしかなかった。あるいは、冒険者が馬鹿をやっていると勘違いすることを願うか。
たとえ、行き当たりばったりであろうと、今さら後には引けないのである。
ジグルドはセリアンスロープを二手に分けた。
精鋭たちはジグルドと共に広間へと最初に突撃する。四〇人を外にいる冒険者にあて、残りは広間で戦う。外に戦いの音が漏れないようしっかりとドアを閉めることも注意した。
兵士たちが寝静まるのを待って不意を突くという手もある。だが時間をかけるわけにはいかないのだ。
兵士たちの交替時間がいつなのかがわからなかった。行動を起こす前に知られることだけは絶対に避けなければならない。
奇襲による先制攻撃だけが、セリアンスロープのほとんど唯一の利点なのだから、それだけは絶対に失うわけにはいかないのだ。
ジグルドは移動を開始した。多くのセリアンスロープが緊張を秘めながら続く。
広間から冒険者たちの声が漏れてきた。
「いつまでこんなところにいるんだ」
「兵士が弱いからな。援軍待ちだろ」
「そう言えば、バレンが見当たらないな」
「けっこう前からいないんじゃないか? あいつらイーゴルと話をつけて自分たちだけ稼ぐつもりじゃねーだろうな――なんだ、おまえら!」
ジグルドは近くにいた冒険者の首を斬った。勢いよく斬撃を振るい、彼は走る。まず、狙うのは神法術師だった。
ジグルドが知っているのは三人。この三人はかなりの使い手である。絶対に無力化しておかなければならない。
二人は比較的近くにおり、もう一人は離れたところで寝ている。
二人の神法術師が祝詞を唱えはじめた。このままでは、間にあわない。ジグルドの足に力がこもる。彼は床を蹴ると、大きく跳躍した。
数人の冒険者の頭を越えて、叩きつけるように剣を振るい一人の神法術師を両断し、傍にいた冒険者を体当たりで吹っ飛ばす。そして、恐怖におののきながら祝詞を唱え続ける神法術師の胴体を、横斬りで真っ二つにした。
息をつくことなく、ジグルドは走る。
もう一人の神法術師が仲間に起こされていた。だが、すっかり油断していたのか、反応は鈍い。
冒険者たちの剣を弾き、あるいは避けながら、ジグルドは道を切り開き、最後にもう一度高く跳躍した。
ジグルドの着地点には神法術師がいる。神法術師は口をあんぐりと開けたまま、その生を終えた。
ジグルドによる先制攻撃は、冒険者たちに大きな打撃を与えたが、彼らは戦意を喪失するようなことはなかった。
セリアンスロープなど奴隷でしかない。
何人いようとも負けるはずがない、という認識が彼らの中に根深く在り、そのことが戦意を高めていた。
劣った者に負けてたまるか、という単純な論理だ。
そして、彼らの考えは正しい。
種の別による優劣ではない。単純に健康状態である。セリアンスロープは全力を発揮できる者などほとんどいなかった。一対一であれば、冒険者たちの方が圧倒的に強かったのである。
肉が千切れ、血が飛んだ。骨の砕ける音が響き、多くの人間が床に伏す。その身体を人間たちは踏みつけながら、なお戦った。
剣戟と怒声は激しさを増す。
奴隷と冒険者の戦いは、激闘であった。
だが、最終的にセリアンスロープが勝利を得た。
完全に虚を突き、先制攻撃により冒険者側の戦力を大きく減らしたにもかかわらず、セリアンスロープは戦闘で多くの血を流した。
セリアンスロープの数は半分を大きく割っている。それでも、うまくいったと評価すべきなのかもしれない。
冒険者たちが協力することを知っていれば、逆の結果もあっただろう。それほど、きわどい勝利であった。
興奮に包まれている仲間たちを見ながら、ジグルドは先のことを考える。
次の敵はイーゴルだ。
どうやったところで、この戦力では勝てはしない。
やはり、あの策を実行するよりないだろう。
――城門を開き、魔族を城内へと導くのだ。
外への警戒は強くとも、内への警戒はさしてないはずだ。五〇〇人と言う少数で城を守っているからこそ、配備と警戒は集中的に行うより他ない。余計なことにまで気を配るには、兵士の数が足りないのだ。
成功の可能性は充分にあった。
だがこの成功は、自分たちの命を保障するものではない。
「皆、これからだ。気を引き締めろ」
ジグルドの言葉に、セリアンスロープたちの顔に厳しさが戻る。
死んでいった仲間たちの死体が、ジグルドの視界に入った。多くの仲間が亡くなってしまった。セリアンスロープがどんどんいなくなる。
視線を切ると、ジグルドは歩き出した。彼は一縷の望みを胸に、広間のドアをそのたくましい両腕を使って開ける。
轟音が広間へと流れこんできた。




