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40 思案




「硬いな」


 坂棟は目の前にいる巨大魔族に対する感想を述べた。

 下位魔族なのだろうが、なかなか一筋縄ではいかない。

 人間に近い上半身と数十本の足をもち、顔が四つあった。鎧のようなものが身体をおおっており、守りは硬い。

 現在は、ハルが殴りつけて戦っていた。

 最初に少しだけ参加したが、坂棟はすでに戦っていない。

 ハル一人で充分対処できる。というか、相手ではない。彼女はサンドバッグを殴る要領で、遊んでいるのに近い感覚でいるだろう。

 雷のような音や衝撃が周囲を波打たせていたが、それ以外に特に影響はなかった。


 周囲に魔族はいない。だが、北へ向かえば、まだ魔族がいるようである。つまり、ここから南にいた魔族が大移動をしたというわけだ。

 ちょうど境界線となっているので、この魔族が移動の原因の一つであることは間違いない。


 だが、こいつはここで何をしたのか? 何をしていたのか?

 戦いぶりや会話に対する反応から、ほとんど知性は感じられない。

 たまたま紛れ込んだ人間を食べ、興奮状態に陥り、仲間である魔族までも食べた。それを恐れた魔族たちが南へ逃げだした、というのがもっともわかりやすいストーリーである。

 だが、それにしては、この魔族が他の下位魔族を追っていないという点が気にかかる。興奮がとけたので、同族への攻撃をやめたということだろうか。


 魔族はほとんど移動していないようだ。なぜ、他の魔族のように動かなかったのだろうか。眠っていただけなのか。それとも、何者かの指示を受けているのだろうか。

 わからないことばかりだ。


 そもそも坂棟は魔族について無知すぎた。

 ダークエルフの持っていた書には、魔族に関して細かな情報は記されていなかった。

 魔族の知識がある場所は、限定されるだろう。

 パルロ国王都、あるいは、帝国の帝都、もしくは、エルフの国か。

 影鬼カゲに情報を盗ませるとすれば、時間を多く必要とするだろう。となると自分で調べるのがもっとも早く、確実ということになる。


「ハル、こいつしか気になる気配はないのか?」


 坂棟は戦っている従者に呼びかけた。


「一つだけ、さっき感じたけど」


「それはどこだ?」


「城に向かっている」


「さっき、俺が聞いた時だな」


 やはり、一瞬妙な顔をしたのには理由があったらしい。


「俺は、戻る」


 どうも、この魔族だけが原因とは坂棟には思えなかったのである。とりあえず、思いあたるものには当たってみようという考えで、彼は戻ることに決めた。


「じゃあ、私はこれを倒してから」


「ああ」


 蒼王が離れたがっている気配がずっとしていた。

 蒼王からすれば、「魔族の臭いがくさくてかなわない」というところだろうか。

 坂棟の呼びかけに応じて、美しい蒼一角馬フレイディーンが夜空から駆けおりてくる。

 坂棟はその背に素早く乗ると、南へと針路をとった。

 坂棟はこの世界に来てから負けていない。

 だが、それは坂棟のいるところでは負けていないというだけで、彼の所属する陣営が敗北していないということを意味しなかった。

 彼は弱者の気持ちを想像できても、決して実感はできなかった。

 弱い立場にある者たちの持つ憎しみ、そして、その思いを全員が共有することができるということに思いが及ばなかった。

 だからこそ、この時も奴隷たちへの気配りがおろそかになったのである。

 彼がまったく想像していない事態が、この時すでにモーリス城では起こっていた。





 アルガイゼム帝国大使マルクス・ファビウス・ピレーザは、早くも結果を求められていた。

 知人の一人から、皇帝派が元老院派に抑えられつつあるという報せを受けたのだ。

 その知人とは北部駐屯軍の将軍で、彼は理由さえあればいつでも出動してやるなどという物騒な文言まで付け足していた。

 豪快というか不用心と言うか。

 だが、ボルポロス公国に大きな楔を打ちこむには、軍事力はどうしても必要な力ではある。

 とにかく状況を変えねばならない。結果を出さなければならない。

 そうしなければ、元老院派が力を持ち、帝国はまとまりを失うことになるだろう。

 それは避けねばならなかった。

 帝国のために、公国には犠牲になってもらう。


 どういった状況を作る必要があるだろうか。

 大義を持った帝国が、ボルポロス公国に軍事支援をする。パルロ国に対して、帝国と公国が同盟を組むという形をつくりあげるのだ。


 だが、ボルポロス公を攻めたところで、のらりくらりとかわされるだけだろう。何しろ、エルフと組むなどとホラを吹く老人なのだ。

 次代のボルポロス公であるジルドを利用するという手もあるが、あれはいろいろとはき違えている。今のような微妙なバランスを必要とする時に、下手に駒として利用すべきではない。思いもよらない余波が生じ、計算を狂わしかねない。力の差が決定的になった時に、人形としてふさわしい役目を与えればよいのだ。


 そうなると使える駒は限られてくるが、マルクスにはすで目をつけている相手がいた。

 パルロ国大使グリアス・ヴァン・ハエルである。

 あからさまに帝国に嫌悪を示し、なおかつ、公国の人間に対して高圧的である。感情を隠すことができておらず、わかりやすく扱いやすい。

 パルロ国の強さを信じて疑わず、自分たちの考えのみが正しいと蒙昧している人間なのだ。こういったある種頑固な思考を持つ人間ほど利用しやすい。

 直接対話よりも人を使って、虚実の混ざった噂と言う毒を流すのが良いのだが、今は時間がなかった。

 マルクスはひそかにグリアスと接触を持とうと図る。

 難しいと思われたが、グリアスは彼との会談に乗ってきた。

 あちらにも何か考えがあるのだろう。

 どちらがより良い未来を手に入れることができるのか、それは、近い将来にわかることだ。





 グリアス・ヴァン・ハエルには焦りがある。

 ゼピュランス王が大貴族を嫌っていることは、ほとんど事実として認識されていた。

 グリアスは大貴族ではないが、それに属する人間の一人である。つまり、功績をあげなければいずれ排除される恐れがあった。

 実際、つい最近も、南部の貴族たちの多くが粛清された。貴族たちの力は大きく弱まっている。

 この状況で、グリアスはボルポロス公国へ大使として赴任したのである。

 どうしても彼は、この機会を活かさなければならないのだ。

 最初は、強引に下るよう迫れば、簡単にボルポロス公など敗北を認めると考えていたのだが、そうはならなかった。

 どうも、ボルポロス公は国力の差と言うものをわかっていないようである。帝国を当てにしているのかもしれない。

 だとしたら、裏切りだ。

 この裏切りの証拠をつかめば、さすがにボルポロス公も大人しくなるだろう。

 何らかの譲歩を引きだすことができるかもしれない。

 短期間で功をあげれば、王も彼を認めるはずである。

 こういった状況で、グリアスは帝国大使から会談を求められたのだ。

 彼としては、ちょうど良かった。帝国大使の腹を探ってやるつもりである。



 公国の力の及ばないパルロ国の息のかかった妓館の一つで、両国の大使は会談を行っていた。

 帝国大使は変装しており、グリアスの目から非常に下品な格好に見えた。一国の大使としての誇りがそこにはない。


「それで、私と話したいこととは何です?」


 グリアスはさっさと用件を済ませることにした。


「余計な挨拶は無用ですかな?」


「無用です」


「そうですね。私もその方が良い。もちろん、話したいこととは公国のことです。この国はどうも我々を争わせることで、自らを肥え太らせようとしているようです」


「確かにどっちつかずではありますね」


「どちらにつくか程度ならば良いが、両国を積極的に争わせようとしているように思えます。わざと、こちらにパルロ国の情報を流すなどといったことをしてね。そちらにも、おそらく我が国の何らかの情報が流されているのでしょう。我々を疲弊させるのが狙いといったところでしょうか」


「……かもしれませんね」


 グリアスは知らない。

 前の大使は知っているのだろうか。

 あるいは、帝国にのみ情報を与えているのか。


「ボルポロス公は、我々が手を組むことがないと高をくくっているのです。どうでしょうか? 一度だけ手を取りあい、進軍させるのです。我が軍が北上するにはいささか時間がかかるので、パルロ国には時期を合わせてもらいますが」


「両国で攻めるというのですか?」


「まさか、ちょっと力を見せてやるだけです。それだけで、ボルポロス公も我々に対する態度を改めることになるでしょう」


「……なるほど」


「ああ、そうですね。戦わないと言っても、大使に軍を動かす権限はないでしょう。もちろん、パルロ国王からの返事を待ちます」


 事実ではある。

 だが、自分は権利を認められているがおまえには無理だろう、とまるでこちらの無能を指摘されているようで、グリアスには不快だった。


「良いでしょう。考えさせてもらいます。ところで、帝国軍はどの程度の日数が必要なのです」


「まだ言う必要はないと思いますが……誠意を見せましょう。二〇日というところかと」


「ご冗談でしょう」


「ええ、冗談です。まあ一五日以内には国境に姿を現してみせましょう」


「さようですか。では、今回はこの辺でお開きとしましょう」


「わかりました。有意義な時間を過ごせたことを感謝します」


 帝国大使が言う。


「こちらこそ。何でしたら、遊んでいかれますか?」


「魅力的な誘いですが、今回は遠慮しておきます」


「そうですか、残念です」


「ええ、次の機会にお呼ばれすることにしたいと思います」


 グリアスは帝国大使を見送った。

 グリアスは非常に機嫌が良い。だからこそ、帝国大使に対しても、比較的鷹揚な態度でのぞめたのだ。

 会談の場で、彼はある考えが浮かんでいた。これまでにないほど、魅力的な考えである。

 それは、ボルポロス公の孫であるジルドを利用することだ。

 うまくいけば、いっきにパルロ国は、ボルポロス公国への軍事介入を成功させ、公国を支配下におくことができるだろう。

 そうなれば、グリアスの将来も安泰である。

 帝国大使には感謝していた。軍事力を使うという案を思いつかせてくれたことに。

 越権であろうと、結果を残せばよいのである。

 ゼピュランス王は実力主義なのだ。

 グリアスは、輝かしい自分の未来を信じて疑っていなかった。








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