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36 戦いへの思い




 町の住民を保護するために一度出撃した守護団だが、今はモーリス城に帰還していた。

 町にいた冒険を生業にしていない住人たちの保護は、完璧とは言わないまでも、多くの人間を救出できたので成功したと言って良いだろう。また、冒険者たちはかってにモーリス城へと逃げてきていた。

 一部の者たちは南へと逃げていったようである。それにつられて、わずかな魔族も南へと向かったようだが、大部分の魔族はモーリス城を目指し坂道をのぼってきていた。

 魔族は人間の身体を好む。魔族にしてみれば、多数の人間が集まるモーリス城はご馳走なのだ。


 現在、守護団は城壁上から魔族の撃退にあたっている。

 魔族の外観は、まれに足の数が多くあるモノや、四足歩行の獣なのに人間の腕が胴から生えているなどというおかしな形態をとっているモノもいたが、多くが獣に近く下位魔族でも弱い部類に入るモノたちばかりであった。

 城壁を盾に戦えば、充分凌げる相手である。


 イーゴルは魔族の群を確認すると同時に、早馬を四騎「城塞都市ミルフディート」へ走らせた。途中、妨害に会うとは思っていないが、念のために複数の使者をたてた。

 モーリス城の兵力は、兵士の数は五〇〇、神法術師は二〇人いて内訳は、上級神法術師が一人、中級神法術師が三人、下級神法術師が一六人となっている。

 下級神法術師は数発術を放っただけで休憩しなければならず、運用するには扱いづらい戦力である。

 ちなみに神法術師の多くはミルフディートにいた。

 魔族との最前線にほとんど配属されていないというのは、不思議なことだが、理由はたいしたものではなかった。これまで必要な状況ではなかった、また、神法術師本人たちが望まなかったからである。


「まあ、自分たちだけなら、一カ月だろうと持たせますがね」


 副団長ボーランの口調はやや不満げだ。

 団長であるイーゴルは、ある場所に向かっていた。そこには、ボーランの不満の原因たちがいる。


「わかっている。城内にいる間は、私の命令を遵守してもらう。当然、彼らにもな」


 城に避難した冒険者たちは、戦いに協力するなどという殊勝な申し出をすることもなく、待遇の文句を言う始末だった。

 まったく戦う気はない。

 彼らの存在は、兵士の士気を落とすことにつながりかねなかった。

 ――自分たちは、こんなやつらを守るために命を賭けなければならないのか、と。




 冒険者たちは広場のようなところに集められている。周囲にかがり火が焚かれているので、暗いということはない。

 冒険者が集まっているのは、イーゴルからの話を聞くためだった。

 イーゴルの語った内容は簡単に言うと、協力しろ、戦わないのなら、黙って言われた場所にいろ、というものだった。

 冒険者たちは反発した。


 ナギサもその場にいた。

 彼女の関心は今、坂棟にある。

 一瞬にしてこの男は魔族たちを殲滅した。

 あの程度の魔族を殺すことなど別にたいしたことではない。だが、あの一瞬で、あれだけ大量の魔族を倒すなど普通の腕ではない。


「いったい、あなた何をしたわけ?」


 ナギサの傍には、坂棟と彼の連れている二人の女がいる。坂棟だけでなく女二人も、どうやら凄腕らしい。


「――ああ、あれか。手品かな」


「手品で魔族が殺せたら、苦労しないわよ!」


「魔族に苦労しているようには見えなかったが」


「何? 隠さなきゃならない何かがあるわけ」


「いや、たいしたことじゃない。それより、冒険者ってのは、こんなものなのか」


「ええ、そう。あんなクズたちに何か期待していたの?」


 辛辣な口調になることを、ナギサは抑えなかった。事実なのだから、かまわないだろう。

 それに彼女は、魔族も冒険者も嫌いだった。


「けっこう、この国はまずいのか? そのクズたちを頼らないとやっていけないなんて」


「知らない。私には関係ない」


「あの団長も、冒険者を外に放りだせば勝手に戦うだろうにな」


「良い案ね。ホント、放りだせば良いのに」


 冒険者たちは騒ぎたてていた。

 その不満の内容は、食べ物や寝床についてのことで、魔族との戦いに関しての質問はまったくない。

 この城に対する信頼の高さを示しているのだろうが、愚かだ。

 どんなものであろうと、無くなる時は無くなり、奪われるのだ。

 ナギサは冒険者たちに蔑視を投じていた。


 バレンの視線にナギサは気づく。

 どうやら彼女ではなく、坂棟のことを見ているらしい。あれほど憎々しげな目で見れば、相手に狙っていることがばれるだろうに。

 坂棟が気づいているのかは不明だが、相手にしていないのは確かだ。彼は涼しげな目で全体を見ている。

 いずれにせよ、魔族と戦っている今、問題にするようなことではない。


「バッカみたい」


 ナギサの発した言葉が、鐘の音のように広場に響いた。

 一瞬生まれた静寂と言う間隙に、彼女の声は乗ったのである。


「何だ? じょうちゃん何か言ったか?」


 冒険者の一人が文句を言う。


「バカばかりだって言ったのよ。あんたたち魔族を殺すのが仕事でしょ。うだうた言ってないで戦えば? それしか能がないんだから」


「ほお、かわいいなりして言うじゃないか。で、そんなことを言うお嬢ちゃんは戦うのか?」


「当たり前でしょ。私は戦うわ! あなたたちのような負け犬とは違ってね」


「なんだと!」


 冒険者が踏みこんできた。

 ナギサは槍で足を突き刺そうとしたのだが、彼女の前に背中が立ちはだかり、槍を抑えられた。


「邪魔しないでよ!」


「痛い目に遭うぞ」


 坂棟である。


「誰がよ!」


「その人が」


 坂棟は冒険者を顎で指す。


「あん? なんだ、どういうことだ」


「団長の話は終わったみたいだ。俺たちと一緒にいるということは、あんたも戦うのか?」


「冗談じゃねえ。そんな儲けになんねーことを誰がするか」


「でも、城壁が破れた後で戦い始めても遅いんじゃないか?」


 坂棟がさらに問う。

 一部の冒険者がおもしろそうに見物していた。喧嘩を期待しているのだろう。


「ホントに物を知らんやつだ。この城は一度も城壁を破られたことがないんだ。今と比べものにならないほど魔族が襲ってきていた時代もな」


「それがどうかしたのか?」


「あ? どうもこうも、それだけだ」


「昨日大丈夫だったから、明日も大丈夫なのか?」


「何を言ってるんだ?」


「昨日の冒険は無事だったから、明日の冒険も無事なのか?」


 冒険者が沈黙した。坂棟の言葉の意味を理解したようだ。


「おまえみたいな、新入りにはわからねーよ」


 捨て台詞を吐くと、冒険者は離れていく。

「つまんねーな」などと野次馬もぞろぞろと移動していった。


「あんた何がしたかったの?」


「石ころの中に、宝石が落ちてないかと思ってね」


「あるわけないでしょ。そんな都合が良いこと」


「そうだな」


 坂棟の言葉を切り捨てると、ナギサは歩きだした。

 これから魔族退治だ。

 魔族の数は途方もない。

 斬って斬って斬りまくる。

 殺しつくのだ。

 魔族を殺すことを思い、ナギサの口元は釣りあがった。

 彼女のその表情を見た者は、誰もいない。





「やはり、ナギサのことが心配です。行ってくれませんか?」


「また、それか」


「北に悪いものがあるのです」


「俺が守りたいのは、あの子じゃなく、あなたなんですけどね」


「私はこの神殿にいるかぎり安全です」


 マリーは真面目に答える。

 立花は彼女をくどいたことが一度ではない、というか、数え切れないほどだが一度として本意が伝わったことはなかった。


「どうか、お願いできませんか」


 マリーは真摯に頼む。

 上目遣いでもして頼んでくれれば、こちらもノックアウトなのだが、彼女はそんなことはしない。

 また、そんなことをしなくても、立場は彼女の言葉を聞きいれるのである。


「そりゃ、頼まれれば断れないよ。惚れた弱みと言うやつだな」


 立花は馬を駆けさせていた。

 すでにミルフディートを発ってから二日がたつ。今日の夜には、冒険者の町に到着するだろう。


 気になるのは、先程すれ違った兵士の様子だ。思いつめたただならぬ空気を持っていた。さらに「ここから先へは行くな」との忠告を、立花は受けた。

 マリーの嫌な予感はすでに発動しているのかもしれない。

 この後、立花は、逃げていた者たちからも事情を聞いた。


 大量の魔族に町が襲われた、というものである。詳しい事情は皆知らなかったし、全員話す時間があるのなら早く遠ざかりたいという様子だったので、立場は無理強いはしなかった。

 魔族が暴れていることがわかっただけでも、充分な情報だ。

 後は、その魔族がどのくらいの強さであるのかがわかればよい。

 それによって、このまま進むか戻るかが決まる。


 立花にとって都合が良いことに、馬を進めていくと、数匹の魔族と遭遇した。彼はそのすべてを倒した。

 たいしたことはない。魔族などと言っても、口ほどにもないやつは多くいるのだ。

 あの程度の魔族が大量に発生しているということだろう。

 自分が行ったところで、大量の魔族に対して役に立つとは思えなかったが、ナギサの確認だけはする必要がある。それが、マリーの願いだからだ。

 彼のお姫様のために、できるかぎりのことはしよう。あくまでも、できるかぎりという条件付きだが。








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