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35 夜の襲撃




 北方守護団の軍団長であるイーゴルは、モーリス城の守備塔から魔族たちの領域に視線を投げていた。

 鬱蒼とした森は、息をひそめるかのように暗闇の中に沈んでいる。雲が厚く、夜空の光がまったく地上に届かないことも影響しているのだろう。


「団長、冒険者たちをあのままにしておいていいんですかね?」


 イーゴルに声をかけたのは、ボーランという名の副団長だ。イーゴルよりも若く、肉に厚みがある。筋力自慢の男だった。

 団長と副団長は剣技の種類も異なる。イーゴルは技、ボーランは膂力を頼りの剣術だ。


「おまえがそんなことを言うなんて、どうした?」


「昼間、新人冒険者に痛いことを言われたみたいですね。城内でいくらか噂になってますよ」


「皆がそんなにセリアンスロープ思いだとは知らなかったな」


「いいえ、あれは冒険者への反感ですね。冒険者と言えば聞こえがいいが、今の彼らは犯罪者かその予備軍ばかりでしょう」


「それで?」


「やつらは、正式に公国に認められている。自分たちがいるから公国は安全なんだと、どうもうぬぼれています。正直、我々は舐められています、あいつらに」


「そうかな? 私はそうは感じないが」


「ええ、軍団長や私に対しては違いますがね。わかっているでしょう」


 兵士になるやつは弱いやつ、冒険者となって戦うやつこそ真に強い者、という風潮が冒険者の町にある。

 若い団員が町を訪れた時などに馬鹿にされることがあるのだろう。

 実際にどちらが強いのかとイーゴルが問われたとしたら、彼は答えるだろう。


「圧倒的に兵士だ」と。


 冒険者の戦い方は、いかに自分が生きのびるかを重視している。最近では、怪我をすることさえ恐れると言う。

 もちろん、小さな負傷で死に至るということもある。注意することは必要だが、近頃の彼らのやり方はやや異常だ。

 過剰に自分を守りすぎる。

 正直、命を賭ける場で冒険者は一人きりでまともに戦えるのか、イーゴルは疑問に思っていた。

 団員たちと比べるべくもない。


「公国の民のために命を惜しむことはありませんが、やつらを守るために団員が死ぬというのは、どうも納得できませんな」


「だが、ありうることだ。ここは、最前線だからな」


「まあ、そうですね。でも、あの町のセリアンスロープの扱いについては、改善するべきだと思いますよ。別に俺はセリアンスロープに好意を持っているわけじゃありませんが、奴隷であっても行きすぎでしょう」


「そうだな。そもそも、セリアンスロープがなぜ奴隷とならなければならない?」


「は? セリアンスロープは奴隷でしょう」


「……ああ、そうだ」


 セリアンスロープは犯罪をおかしたわけでもない。親が奴隷であったからという理由でもない。セリアンスロープであったから奴隷となる。

 イーゴルには、それが正しいことだとは思えない。

 セリアンスロープは奴隷ではない、戦士だ。ヒューマンと同じ人間なのだ。


 彼がこのように考えられるようになったのには、若い時の経験がある。

 イーゴルもヒューマンとしては立派な体格をしているのだが、それよりも二回りは大きいセリアンスロープによって、彼は命を救われ、そして、戦う術を学んだ。

 師匠と仰ぎ手取り足取り教わった、ということではない。相手もそういう性格ではなかった。

 剣を合わせることで学んだのだ。

 大柄なセリアンスロープと会う前までは、イーゴルはともすれば強引さの目立つ戦い方をしていたのだが、セリアンスロープの戦士と相対して以降は、それでは勝てないということを悟った。

 自分より力で上まわる人間は多くいるし、魔族ならばその数はもっと増えるだろう。その中で勝利を得るためには、技術を鍛えあげるしかないのだ。

 技を磨けば磨くほど、セリアンスロープの戦士の技術の素晴らしさがわかった。セリアンスロープの戦士は膂力も凄いが技量の面でも非常に優れていたのだ。


「――ジグルド」


「は、何か言いましたか?」


「いや、何でもない」


 ジグルドは強い。

 なぜ奴隷に落ちたのか。

 バレンが力でかなうはずがない。何か策略を用いて嵌めたのだろう。

 思考の海にイーゴルが潜ろうとした時、轟音が森の方角から生じた。一瞬森が輝き、そして光は消える。

 ボーランが声を上げた。


「団長、今のは?」


「わからん。だが、見たな」


「はい」


 光に照らされた森では、闇が蠢いていた。


「出陣するぞ!」


「……わかりました」





 ヤマトたちは、宿に落ち着いていた。

 ナギサも同じ宿である。ヤマトたちがまねしたのだ。そこは冒険者の町では、一級と言える高級宿だった。

 坂棟とハルはソファーに腰かけて、ヤマトはベッドで仰向けになっていた。


「魔族が来てるな」


「はい、ザコばかりです。全部を倒すとなると、面倒くさそうですけど」


「俺が認識しているよりも、もっと多くいるってことか」


「やりますか? 私とお館様であれば、簡単でしょう。この町が無くなるかもしれないけど」


「いや、これはこの町のことだから、対処できることにまで、余所者が手を出したらダメだろ。普通に戦う」


「ちまちまとですか?」


「でも、まったく気づいていないみたいだから、ハル、一つ、目を覚まさせてやってくれ」


「狙いは森の中?」


「それが無難だな」


 主従の会話を聞いていると、どうやら魔族と戦闘になるようだ。

 遠方にいる者たちを感知できるというこの能力は、便利なのだろうな、とヤマトは思う。

 でも、彼女は別に欲しいとは思わない。

 自分の周囲にいる敵さえ察知できればそれで良い。

 遠くから雷が落ちた時のような轟音が響いた。ハルが何かしたのだろう。相変わらずやることが途方もない。


「じゃあ、行くか」


 坂棟が立ちあがった。

 ヤマトも身体を起こした。


 一階に降りると、ナギサがいた。

 こちらに気づくと、彼女は駆けよってくる。


「あなたたちもさっきの音を聞いたでしょ」


「ああ、普通じゃないな。さすがに、ここら辺でもあんな音は日常じゃないんだろ?」


 坂棟が答えた。


「あったりまえでしょ。森の方角だったような気がするんだけど」


「たぶん、そうだ。ということは、魔族が原因か?」


 一階にいた客と従業員たちが、いつの間にか、二人の会話を静かに聞いていた。そして、「魔族」という単語に大きく反応する。

 各自がどう対処するのかを小声で相談し、場にざわめきが生まれる。


「そうね。この町じゃ、そう考えるのが自然ね」


 ナギサは二階へと走る。

 戻ってきた時には、武装し、槍を手にしていた。そのまま何も言わず宿から出ていく。


「とりあえず、俺たちも外に出るか」


 外ではすでに騒ぎが生じていた。

 魔族を相手にする職業故か、やはり冒険者たちの反応は早い。そして、彼らは戦うことを選ばず逃げるつもりらしい。森とは逆方向に走っていた。

 しっかり奴隷たちも鎖につなげて逃がさないようにしている。


「この人たちどこに逃げるつもり?」


 ヤマトの疑問に坂棟が答えた。


「近くの城だろ。頑丈そうだからな。でも思った以上に、まとまりがない。これじゃ、戦えない人たちは逃げ遅れる。時間稼ぎをするぞ」


「お館様は物好きです。そんなことをするくらいなら、全滅させた方が早いのに」ハルがため息を吐く。


「これも名を売るチャンスだ」


「その言葉を言い訳にしているような」


「守ろうという気持ちもある。理と情が一致していて良いだろう? だいたい、俺の力は万能じゃない」


 三人は別れて行動することになった。

 ヤマトはナギサを追えと指示された。

 強さを見極めることと、機を誤らずに二人で退却することを命じられた。

 正直なところ、ヤマトはナギサにあまり興味がない。たいして強そうにではないからだ。

 かといって、坂棟やハルと一緒に戦いたいとも思わない。

 闘気の使い方をある程度習得し、ヤマトは強くなった。だが強くなればなるほど、坂棟やハルの戦い方がまったく自分の参考にならないことがわかった。力試しに挑むという以外に、二人はヤマトの役には立たないということだ。


 坂棟が示した方向にヤマトは走っていた。

 町の外に出た時、ようやくナギサを発見した。

 一体の下位魔族を槍で切り裂くと、ナギサは魔族の群に向かって走りだす。

 大きく跳躍し、魔族たちのど真ん中にナギサは突撃した。

 着地地点にいる魔族を串刺しにすると、槍を引きぬき振りまわす。

 数体の魔族から血が噴出した。

 威力が普通ではない。

 その姿に、ナギサは自分と同じように闘気を纏っているのだろうか、とヤマトは予想した。


 同年代の少女に興味がわく。

 ヤマトはもう少し傍でナギサの戦いを観察することにした。彼女は刀を抜き、魔族たちを斬り裂きながら先に進み、ナギサの傍と言う目的の位置を確保する。

 ナギサは縦横無尽に動き、魔族を槍で貫き、千切り、とやりたい放題である。

 勝気な瞳は釣りあがり、上がった口元は笑みを形どっていた。

 戦うことに夢中になっている。楽しんでいた。

 少しだけ憶えのある風景。

 自分も前は、あんな感じだったのだろうか、とヤマトは思う。


 ヤマトはナギサを観察しながら戦いつづけた。彼女は坂棟から指示されたもう一つの事柄をすっかり失念していた。

 どれほど戦っていたかは知らない。

 だが、突然声をかけられて、ヤマトは「あ!」と思いだした。


「おまえたちいつまで戦っているんだ。城に退却だ」


「わかりました」


 坂棟の言葉にヤマトはすぐに返答したが、ナギサは止まらず戦い続けている。相変わらず顔には微笑みが刻まれていた。聞こえていないのかもしれない。


「ナギサ! 退却を手伝え」


 坂棟に視線を返しはしたが、ナギサは止まらない。


「冒険者じゃない、戦えない人たちを守りながら、城に退く」


 ナギサは止まらなかった。

 すると、周囲の魔族がいっきに身体を寸断されていった。

 ナギサが倒そうとしていた魔族までも切断されている。

 距離を置いたところに魔族はまだ多くいるが、戦いのない無風状態が生まれた。


「彼らを送り届けた後も、魔族とならまだまだ戦える」


「わかった」


 ようやく、ナギサは槍のかまえを解いた。


 その夜、冒険者の町の住人はモーリス城へと逃げこんだのである。冒険者の町は、魔族たちが通りぬけたことにより、散々に破壊され、町から人の匂いは消されてしまった。









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