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34 冒険者の町




 城塞都市ミルフディートの北部に、初代ボルポロス公の名を冠したモーリス城がある。城と言っても絢爛なものではなく、城砦とも言うべき防備を重視した実用的な建物だ。別名「ボルポロスの盾」と呼ばれるこの城は、実際魔族の侵攻を防ぐ最初の盾の役目を担っていた。

 髙さが四〇〇メートルを超す山の峰に築かれており、城壁は二〇メートルを超す厚さがあった。五つの守備塔から、常に魔族の南下を監視している。

 モーリス城の眼下に町があった。

 ただ、冒険者の町とだけ呼ばれている。ろくな防壁もなく、無防備な状態で町はさらされていた。

 モーリス城が側にあるから安全だろうという理由で、冒険者が集まったことが発祥とされる。次第に人が集まり、自然と町の形を取るようになった。だが、まとめる者がいるわけでもなく、わざわざ私財をはたいて防壁を造ろうなどとする者もいないために、無防備な状態はずっと続いている。

 このような町が存続できるのも、歴代のボルポロス公が冒険者の有用性を認めたためである。非公式ながらも、その存在は許されていた。




 すでに何度も訪れた町だ。だが、町の空気には慣れない。

 ――嫌いだ。

 キリハラ・ナギサが冒険者の町に対して抱く、それが正直な感想である。


 戦えるようになって、最初にこの町を訪れたのは一五歳の頃、二年前の話だ。その時は、マリーから護衛の人間を五人つけられて送りだされた。

 自分の力を試しに行くのに、護衛などまったく不要だった。彼女は自分に自信があった。

 だが、マリーは絶対に認めてくれず、ついには軟禁しようとまでした――これはナギサが脱走しようとしたことに対する対応――ので、ナギサが折れることになったのだ。

 あの頃から、ナギサはマリーには勝てない。いや、出会ったころからずっとだ。あの人が決めたことには逆らえないのだ。

 一年間は護衛つきで行動したナギサだが、その後は個人での行動が許された。彼女の実力を護衛している人間たちが認めたからだ。ついでに、城の兵士たちも倒してみせた。

 実力の証明は充分だろう。

 それでも、マリーは渋々許可したものだった。


 あれ以来、ナギサは一人でこの町を訪れているのだが、今日は違う。おかしな連れがいた。


「お館様、やはり私は、こういうとろとろとした旅は性に合いません。次からは却下します」


「私も賛成です。無駄です」


「まあ、丸三日はかかってるもんな。確かにもったいない」


「ど・こ・が、もったいないのよ! 最速じゃない。あんな良い馬に乗って! あんたたちいったい何者なのよ!」


「それを言うなら、君も何者だ? あんな良い馬に乗って?」


「――う、それは、私はいいのよ! 私は!」


 男一人に女二人の三人組、坂棟、ハル、ヤマトという名だ。彼らは、ナギサが我がまま王子を押しつけた相手である。

 ミルフディートを出た次の日にナギサは彼らに見つかって、冒険者の町まで案内するよう言われたのだ。

 多少の後ろめたさのあった彼女は、道案内くらいならしってやってもいいと思い、ここまで同行してきたというわけである。


 そもそも、道中からおかしなところがあった。

 ナギサと同年齢くらいと思われるヤマトが、坂棟のことを「陛下」などと言い、坂棟が「陛下禁止」などという会話をいきなり交わしていたのだ。

 陛下などと呼ばれる存在は、パルロ国王、アルガイゼム帝国皇帝、エンシャントリュース国王くらいのものだ。

 彼がいずれでもないのは、顔から明らかだ。

 坂棟の顔は、ほんのわずか、極微小ではあるが、彼女の父に似ていた。彼には異界者の血が流れているのかもしれない。

 それはともかく、つまり、自分の連れている女に「陛下」と呼ばせていたのである。あの増長はなはだしい最低王子と、やっていることはたいして変わらない。

 それこそ、自分と同じ境遇であるかもしれないと思わなかったら、すぐに放りだしていただろう。


「もう町には着いたんだから、案内はいいでしょ。じゃあね」


 ナギサは、彼らからさっさと離れようと考えたのだが、大通りは人の壁でふさがっていた。

 何が起こっているのかと思い、彼女はつま先立ちで、人の間から中を覗き見る。女性の平均身長よりも高い彼女は、現場を見ることに成功した。


 ――嫌なものを見た。


 ナギサはすぐに視線を外して移動しようとする。

 すると、彼女の隣に人が立っていた。

 一人はヤマト。彼女もナギサと同じような格好で見ている。身長も同じくらいなので、何があるのかは見えたことだろう。

 逆には、坂棟がいた。彼は、人の壁を割って歩きだす。


「ちょっとあんた、何をする気?」


 振りかえった坂棟とナギサの視線が合う。


「道って歩くためにあるんだろう? 歩いているだけだが」


 ハルが坂棟に続き、ヤマトも当然のように歩いていった。


「ちょっと、何なのよ!」


 ナギサは付き合う必要などなかったのだが、ヤマトの背中を追った。

 野次馬に囲まれていたのは、冒険者と奴隷たちだった。ヒューマンが五人とセリアンスロープが一五、六人。すべてのセリアンスロープは怪我をしており、全員が鉄輪をして鎖でつながれていた。


 野次馬の先頭に立つと坂棟は動きをとめたので、ほっとすると同時に、こんなものかという失望を彼女は抱く。


「やっぱりバレンね」


「知っているのか?」


「この辺じゃ有名よ。一番のやり手。やり方は最悪だけど。みんな彼のやり口を参考にしてる。そのせいで、この町はもっと最悪になった」


 バレンのやり方は、多数の奴隷セリアンスロープに戦わせるというものだ。

 多数のセリアンスロープを連れ歩くということは、反撃される可能性が高くなる。その防止は、いつであろうと鉄輪と鎖で行動の自由を奪うというものだ。これは戦闘中であっても外すことはない。

 次に、するのは事前にわざと負傷させておくのだ。攻撃力を奪い、自分たちに対して反抗できないようにするのである。

 矛盾しているように感じるが、これで一人一人の戦闘力は落ち、誰か一人が反抗しようとも簡単に殺すことができる。

 もちろん、全員で反抗されれば苦しいものがある。だが、死にかけのセリアンスロープが一緒にいれば、彼らは仲間をかばうことを優先した。あえて、死にそうなセリアンスロープまでも連れて行き戦わせることで、セリアンスロープを制御しているのだ。

 もともと魔族と戦うような冒険者は、神法術を含め一定の力がある。傷を負ったセリアンスロープなどに負けることもない。

 弱らせたセリアンスロープを多数使うことで、魔族と戦う。最悪ただの壁でも良い、というやり方だ。

 そこには、セリアンスロープは消耗品であると言う考えが、根底にあった。


 バレンが鞭をしならせると、倒れていたセリアンスロープから血しぶきが飛ぶ。

 セリアンスロープの悲鳴が上がった。

 セリアンスロープは何とか距離を取ろうとするが、足を悪くしているようで這うことしかできない。その格好では、バレンに背中を見せることになり、またもや容赦のない鞭が振るわれた。

 野次馬からは歓声が上がる。

 皆、見世物として楽しんでいるのだ。

 ナギサが顔をそむけようとした時、倒れたセリアンスロープをかばう大きな影が現れた。

 大きい。普通のセリアンスロープの二回りから三回りの大きさがある。


「あのセリアンスロープは?」


 坂棟の問いだ。


「知らない」


 ナギサも初めて見るセリアンスロープだった。

 セリアンスロープは真正面から鞭を受け続ける。悲鳴はもちろん顔を歪めるような素振りも見せない。

 痛みがないわけではないだろう。

 執拗に同じところばかり狙うバレンの鞭のせいで、セリアンスロープの皮は破れているのだから。

 このセリアンスロープは反応を間違っている。

 バレンは痛がるところを見たいのだ。だからこそ、平然としたセリアンスロープに対して、むきになって鞭を振るってしまう。

 演技であろうと痛がってみせるだけでいい。だが、それをやることは、あのセリアンスロープにとって誇りを傷つけることになるのだろう。

 ナギサにもその思いは共有できた。

 坂棟が歩きだす。間違いなく、バレンに向かっていた。


「ちょっと」ナギサの言葉は間に合わない。


「邪魔なんだが、どいてくれないか?」


 坂棟はバレンの背後に行くと、その背中を蹴った。

 吹っ飛んだバレンは建物の壁に頭をぶつける。

 野次馬たちの歓声がぴたりと止んだ。

 沈黙の中、最初に動き出したのはバレンの仲間たちである。慌ててバレンを助け起こし、そして、全員が突然の侵入者に対して敵意の視線を投じる。


「お館様、言っていたこととやっていることが違う」


「いいじゃないの、別に。あれがこの町の一番なら、それを潰せばお館様が一番でしょう? 名を売るのにはちょうどいい」


「そういうこと、なら納得」


 ナギサの隣では、緊迫した空気からかけ離れた会話がなされていた。

 バレンは小さく頭を振り、意識をはっきりさせようとしている。代わりになのか、坂棟にもっとも近い場所にいたバレンの仲間が凄んだ。


「何のつもりだ、てめえ」


「何って、道を歩いていたら、わめき声を上げながら何かしている気持ちの悪いやつがいたから、蹴った。それだけだが。なあ」


 同意を求めた坂棟の視線の先にいたのは、ナギサである。

 ナギサは思わず目を見開く。

 彼女には関係ないことだ。

 だが、より気にくわないのはどちらかと問われれば、バレンだ。


 ――やってやろうじゃない。


「そうよ。こんなところでみっともなく騒いで、あんたたちクズね」


 ナギサはバレンたちにびしっと指先を突きつけた。

 坂棟がわずかに驚いた顔をした後、笑う。


「さっさとどきなさい。この道はあなたたちのものじゃないないのよ!」


「その通り。彼らのものじゃない。でも、君たちが暴れる場所でもない」


 背後からの声に、ナギサは振り返る。

 三〇人ほどの兵士を従えた男が、側まで歩いてきていた。

 ナギサはすぐに顔をそむけて場所を移動する。

 彼女の知った顔だった。

 口髭を生やした渋みのある顔をした男、北方守護団の軍団長であるイーゴルだ。

 彼は貴族ではないが、ある程度上に顔がきく。当然、マリーのことを知っていた。別に悪いことをしていたわけではないが、喧嘩に関わっていたとマリーに報告されるのは面倒だった。

 イーゴルは彼女に声をかけることなく、争いの場へと進んでいった。見逃してくれたらしい。


「これは、いったい何の騒ぎだ?」


「あの男が、急に俺たちを襲ってきたんだ」


 仲間を振り払い、バレンがののしるように言う。

 非難された坂棟は、大柄なセリアンスロープに話しかけている。


「おい、そこの君。君から喧嘩をしかけたのか?」


 坂棟はセリアンスロープとの会話を止めて、立ちあがった。


「何のことかわかりませんが、俺がしたことを説明しましょうか? 彼らが、人前でセリアンスロープたちを鞭で打って興奮するという変態プレイを始めたので、止めたのです。公然でやるようなことではないですからね」


 バレンが顔に真っ赤にする。


「煽るようなことを言うのを止めたまえ。それでセリアンスロープは――」


 セリアンスロープに視線を投じたイーゴルの動きが、不自然に止まった。


「……とにかく、喧嘩はやめることだ。まだ続けるというのなら、私が相手になろう」


「たく、おいおまえ」


 バレンが坂棟に顔を近づける。


「絶対に忘れんぞ。この町にいるかぎり、俺から逃げられるとは思わんことだ」


「聞こえてるぞ」


 イーゴルが注意した。


「冗談ですよ。行くぞ」


 バレンは仲間とセリアンスロープたち連れて歩きだす。周囲を威嚇するような歩き方だ。


「まったく、君は新人かな?」


 イーゴルが坂棟に話しかける。


「はい」


「あんなやつらを相手にしても何にもならんぞ。あれでも、この辺りの冒険者たちの元締めみたいなものだ。個人としても強いが、それ以上に汚い手ばかり使ってくる。充分に注意することだ」


「この町では、セリアンスロープに対して何をやっても許されるのですか?」


「そんなことはない」


「そうか。だとすると、もっと深刻ですね」


「……何がだ?」


「悪いとわかっていても、手を出せない状況ということでしょう? 彼らはこの国の法律ではなく、自分たちの法律に従って生きている。誰にも文句を言われずにね」





 ――あなたのような人が、なぜあんな男に従っている?


 ――もう少し我慢してくれとは、言えないよな。


 ジグルドは、昼間に会った黒髪の男から言われた言葉を思い出した。

 なぜ、と問われれば騙されたとしか言いようがない。

 仲間の家族たちを人質にとられ、従うより他なかった。今でも、別の場所に生きて捕らえているなどと言っているが、彼は半ば以上諦めていた。

 ジグルド一人なら、今だって逃げだすことは可能だ。だが、彼は、皆を置いて逃げることはできなかった。

 粗末な小屋の中にセリアンスロープは集団で放りこまれている。中は不衛生で、臭気がひどい。全員の手足には鉄輪がはめられ、鎖が伸びていた。

 どこにいようとも、自由はない。


 今、一人のセリアンスロープの命が失われようとしている。

 昼間、鞭で打たれたセリアンスロープの若者だった。

 魔族との戦闘で負った傷が悪化したのだ。治療などもちろん受けさせてもらえない。死ねば代わりのセリアンスロープを買ってくれば良いと考えているのだ。


「なんで、俺がこんなふうになるんだ? 俺が何かしたのか? 俺は、まだ、何もしていない」


 若者はかすれた声をあげる。

 ほとんど意識は朦朧としているのだろう。意味不明な言葉もしばしば吐いた。

 そして、最後の命を使い、彼は呪いの言葉を吐く。


「ジグルド、ジグルド。仇を討ってくれ。あいつらを全員殺してくれ――ジグルド、聞いているのか、ジグルド。あいつらを殺すんだ。あいつらを――」


 セリアンスロープの若者は唾を垂らしながらわめくが、声は痛々しいほどにかぼそい。

 ジグルドは若者の手を握りしめた。

 握りかえしてくる力はあまりに弱い。

 若者の呼吸は乱れ、やがて、弱々しいものへと変わり、そして、停止した。

 周囲のセリアンスロープたちの目には、涙ではなく、憎しみがある。

 いったいこれまで何人のセリアンスロープが彼に復讐を託していったのだろうか。

 ジグルドはバレンを殺すことは不可能ではないと考えていた。

 だが、彼がそれをなせば、この場にいるセリアンスロープ全員が殺されることになる。

 復讐のために全員が死ぬ。

 それで良いのだろうか?

 だが、このまま放っておけば新たな犠牲者が出るのも、また事実である。

 ジグルドは戦士である。

 戦いにひるむことはないし、命を惜しむこともない。

 だが、自分の行動で戦士ではない仲間が死ぬということを、彼は認められなかった。


「ジグルド、俺たちのことはいいんだ。こいつの仇をとってくれ」


 皆の我慢はすでに尽きていた。

 全員が、ジグルドにバレンの首を求めている。

 彼は目を瞑った。

 兵士を率いていた男の顔が浮かぶ。ジグルドの頭にあるのは、今の男ではなくもっと若い時のイーゴルの姿であった。

 ジグルドは瞼を上げた。


「わかった。戦おう」


 皆から歓声が上がり、外にいた見張りの男から「うるせー」という声とドアを叩く音がする。

 それでも、セリアンスロープの歓声はやまなかった。








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