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30 氷雪での戦い

 紅竜編 後編




 結局、三日三晩竜王たちは戦い続けていた。

 この期間、坂棟は少々具合が悪くなり、退屈だったこともあって、寝て過ごした。

 雪で鎌倉を一人でつくり、中に入って眠る。

 なくても、問題はなかったのだが、気分の問題である。ちなみに、長時間何もせずにこもっていると、入り口が雪で埋まってしまうという、小さな事件が起こったりもした。


 四日目の朝、ついに決着がつく。降下してきた一人と一体の様子から、軍配はハルにあがったことがわかった。

 紅竜イシュトライアは、各所に傷を負っており、赤い光沢を放っていた鱗も随所で剥がれ落ちていた。

 対して、ハルはほとんど無傷のように見える。


「ハルの相手をありがとうございます」


 坂棟は、まずイシュトライアに頭を下げ、そして、ハルに身体を向けた。


「お疲れさま」


「まったく疲れていません。余裕です」


 言っている内容と異なり、ハルの顔は得意げだ。本当に気に留めないような相手であったら、彼女はこんな表情をしない。本音ではうれしいのだ。


「どうやらあなたは竜王の主人として、ふさわしい力をお持ちのようですね」


「だとしたら、いいですけど。傷の方は大丈夫ですか?」


「この程度は、何でもありません。ただ、無尽蔵の破壊力を有する相手と戦うのは、面倒です」


「ああ、俺から、力が供給されているんでしたっけ? じゃあ、二対一だったというわけか」


「とぼけたことを。それがわかっていたから、竜王同士を戦わせたのでしょう。同じ力量なら、あなたの力が加わった分だけギルハルツァーラの方が有利だから、本気で戦ったとしても負けることはない」


「深読みです」


 坂棟は苦笑した。

 実際、彼はそこまで明確に考えていたわけではない。優勢だろうとは思っていたし、いざとなれば彼自身が加勢すれば何とでもなる、という程度の大まかさだ。


「本当に、負けた言い訳ばかりをして……イシュトライアは口数が多いので、ずっと喋ってますよ。相手にしないで、お館様、さっさと帰りましょう」


「ダメ。ケガ人をそのままにしておけない」


 坂棟が言うと、ハルはすねたように他所を向いた。


「ケガ人ですか――思いもよらない扱いですね」


「事実です」


「確かにそうですね。改めて名のりましょう。私はイシュトライアと言います。ギルハルツァーラと同じ、竜王です」


「坂棟克臣。こことは違う世界の人間です」


「異界者ですか。初めて目にしました。あなたのその異常な力の理由は、そこにあるのですか?」


「わかりません。自分のことはあんがい知らないみたいです」


「まるで他人事ですね――あなたは、無理をしてはいけません」


 イシュトライアが坂棟に忠告する。


「その口調だと特別な意味が込められているように聞こえますね」


「人の身に、いえ、地上に住む者の身体には過ぎた力を宿している。わかっているでしょう? あなた自身も」


「……勇者とかいう存在も凄い力だと聞きましたが」


「あれは人ではなく、剣が優れているのです。神々も戯れが過ぎる」


「神はいるんですか?」


 ごく単純な坂棟の疑問である。

 竜がいるのだから、神がいてもおかしくはない。どちらも地球の常識からすれば、人間の想像力が生み出した物だからだ。だが、彼の常識からすれば、やはり自分の目で見なければ、なかなか信じられる存在ではない。


「います」


「断言ですか? 見たことがあるんですか?」


「感じるのです。ヒューマンが神法術と呼ぶものがあります。あれは、本来、人の力ではない。神の力を借りているに過ぎません」


「神法術があることが、神の存在を証明している?」


「そうですね。ただ、やはり、世界からその存在を感じるというのが正しい表現でしょう」


「その神様は何をするんです?」


「干渉はしてきません。それこそ、せいぜい勇者に剣を送ることくらいでしょうか」


「何もしないけど気配で存在を自己主張する。けっこう、嫌なやつですね」


「その傲慢。ギルハルツァーラの主人であるのがよくわかります」


「ありがとうございます」


 坂棟は笑う。

 紅竜は、ため息をつくように息を吐いた。吐く息に熱はこもっていない。


「この未熟者のこと、よろしく頼みます」


「皮肉じゃないですよね……竜王なのに他人の心配ばかりして、良い人だ」


 個として生物の頂点にあるのに、同族を心配する精神があることに坂棟は驚く。

 互いを心配するという感情の動きが、ハルとラトには、彼が認識するかぎりこれまでなかった。


「私は人ではありませんが」


 イシュトライアの声に、笑いの波がこもる。


「お館様、竜王なのに・・・とは、どういう意味です」


 まったく会話に加わっていなかったハルが口を開いたが、坂棟は華麗にかわした。


「気をつけてください。良い人っていうのは、早く亡くなるなんて言いますから。人間はずるがしこいものです」


「こんなところまで、人間が現れますか?」


「こんなところまで来る人間だからこそ、危ない。それなりの実力と、何よりおそろしいまでの執念があります」


「わかりました、その忠告を受けいれましょう」


「じゃあ、さっそくですけど、あなたの力が回復するまで、数日ここで過ごさせてもらいます」


「竜王を人間が心配するのですか?」


「そうですよ、お館様。こんな辛気臭いところにいつまでもいられません」


「実際に傷もあるし、体力もほとんど回復していませんよね?」


 坂棟の言葉に、イシュトライアはしぶしぶ頷いた。竜が頷く姿は、なかなかシュールである。


 結局、坂棟が滞在したのは、一日のみ。通算すれば、四日ということだ。

 坂棟とイシュトライアが話すことが気にくわなかったのか、ハルが暴れだした。これでは、逆に、イシュトライアの静養に迷惑をかけることになるので、坂棟はこの地を離れることにしたのである。


「いい人じゃないか。プライドは高そうだけど。ラバルにくればいいのに」


「お気に入りですか?」


「気に入ったというか、あの人がいると楽ができそうだ」


「来ませんよ」


「じゃ、俺の方から時々行くか」


「わかりました、私が連れていってあげます」


「え、いいよ」


「ダメです」


「だってハルが来ると、また戦うんだろ? 最初の数十分間はいいけど、残り七二時間、俺は何をするんだよ」


「知りません」


「やっぱり、戦うつもりか……」


 帰りも坂棟はハルの胸の中で動きを封じられていた。





 氷雪の地では、変わらず雪が降りつづけ、竜王の身体は雪におおわれていた。

 瞼が動き、イシュトライアは三日間の休息から目覚めた。

 紅竜に覚醒を強要した者は、すぐに姿を現した。


 まだ少年と言って良い顔と身体つきをしている。容貌は完璧と言うほどに整っており、肌はひどく青白い。特徴的なのは、長い耳を持っていることだろう。

 ダークエルフ――のように見える。


 だが、イシュトライアは本質を見誤らなかった。少年の中には、巨大な悪意ともいうべき暗黒の何かがある。

 イシュトライアの眼前で、少年は空中に浮いている。


「初めまして、僕は白禍びゃっか。あなたは竜王で良かったよね?」


 笑顔で白禍は自己紹介をした。


「あなたは何者です」


「僕の質問が先なんだけど、いいよ、答えてあげる。僕は魔族。しかも、上位魔族。さらに詳しく言うと、第二位の上位魔族だね。それで、そっちは竜王でいいの?」


「――そうです。あなたは何をしにここに来たのですか?」


「本当は、もうちょっと成長した身体の方が良かったんだけど、エルフって成長するのが遅くてまだるっこしいんだよね――変なモノが交ざってほんの少し面倒だし。それでもさ、うちの下っ端どもが勝手に何かやって役に立ちそうにないから、何となく乗り遅れると危険な気がしたんで、とりあえず僕だけでも復活したというわけ。まあ、憑代なんて、また、何十年後かにいいやつを見つければ良いわけだし」


「………」


「あ、目的だっけ? いいよ、説明してあげる。まあ、結論から言うと、魔王様の復活――これにつきるんだよね。ただ、過去の降臨は本来の力からはほど遠くて、少しね、配下の僕たちとしても反省したわけ。魔王様にふさわしい憑代をもっときちんと用意しなくては、と。人間一人では足りないってね」


「――それで?」


「そう、それで、まあ、もう少し時間が必要なんだけど、とりあえず、手に入れられるものから、先に手に入れておこうということで、貰いに来ました」


「何を?」


「竜王の心臓を」


 白禍はにっこりと笑った。


「私を殺すと言っているのですか」


「心臓が無くても生きていられるのなら、ご勝手にどうぞ」


 イシュトライアは魔族に炎を噴きかけた。

 灼熱の炎が少年の身体に襲いかかる。

 だが、赤い炎は、少年から生まれた黒い炎の揺らめきへ呑みこまれ、そして、消えた。


「何だか見た目は似ているね。僕たちの力って」


 変わらぬ姿で白禍は立っている。

 彼は、右掌を上へと向けた。そこから黒い炎がゆらゆらと燃えあがる。

 イシュトライアは咆哮すると、上空へと飛び立った。

 身体にはりついた氷は一瞬にして溶け、紅竜の身体が赤い輝きを放ちはじめる。しかし、赤い光にはムラがあった。いまだ傷が癒えていないのだ。


「逃がさないよ」


 白禍は追いかけた。

 イシュトライアの長い尻尾がしなり、彼の身体に襲いかかる。

 まともに攻撃を受け、白禍は吹き飛んだ。

 だが、すぐに体勢をたてなおす。


「驚いた。でかい割りにけっこう反応良いんだ」


「逃げる? 魔族ごときが、竜王たる私に言っているのか!」


「そう、いきりたたなくてもいいんじゃないの? 竜王ごときが――温厚な僕も怒るよ」


 イシュトライアの全身が強烈な赤光を放ち出した。

 竜王の巨体を中心として、まるで、太陽のような巨大な赤い球体が生じた。それは、炎である。超高温の火炎の波が飛沫をあげて、周囲に弾ける。

 数十メートルをこす炎の塊が、白禍を目がけて動きだした。

 近距離からの攻撃に避けることはかなわず、白禍の小さな身体が大火炎球に呑みこまれる。

 巨大な炎は鎮まることなく燃えさかった。

 気流の流れが変わり、熱が渦巻き、炎が空までも焼かんとした時、突如、赤い色の中に黒い点が生じた。それは、爆発的に増殖する。


「うっとうしい!」


 白禍の声が小さく響いた。

 炎が弾け、小さな塊となって、四方に飛んでいく。

 白禍の身体は闇に包まれていた。まったく手傷を負っていないようだ。

 白禍とイシュトライアの視線が重なる。


「前に、きらきらしたうっとうしいやつとやりあったことがあるけど、もっと、強かったよ。同じ竜王なのに、なぜかな? 君、もしかしてどこか怪我でもしているとか?」


 楽しむように、にったりと白禍は嗤った。





 ラバルの執務室に坂棟とラトがいる。

 これまでの報告とこれからの指針について話し合いをしていた。


「ミルスとカウロ、あの二人は有能ですね。目立たないよう、パルロ国に商いの道をつくっています。まだそれほど大きな利益は望めないでしょうが、物と情報の量は、これまでとは比べものにならないほど入ってくることでしょう。影鬼かげの役にも立ちます」


 彼らは、裏にいるのがラバルだと悟らせないよう現地の人間を雇い、町で小さな商いを行っていた。

 ミルスは後方支援で、カウロはパルロ国内を飛びまわっている。


「必要なものは可能なかぎりまわしてやってくれ。護衛は大丈夫か?」


「大丈夫です。しかし、人材の不足が深刻です。ヒューマンで信頼できる者がいない、というのが痛いですね」


オニやセイレーンから回すことはできないか?」


「すでに回しています。これ以上は無理です」


「正攻法で経済交流をはかるしかないか」


「急ぎすぎではありませんか? 現在のラバルの発展は、時間と規模に比すれば充分なものであるかと。あえて、ヒューマンたちと交流する必要があるでしょうか?」


「内にこもれば衰退するだけだ。本気で発展するのなら、外に目を向け、変わり続けるしかない。まあ、俺としては、とりあえず医療技術だけは手に入れたいと思っている」


「交流の相手は、ボルポロス公国ですか?」


「各国の緩衝地帯であることを利用して、外交で生き抜いているんだろう? 利益や時代の流れを見極める感覚は、鋭敏なんじゃないか? 組むならあそこだ」


「正面から外交官を送ったところで、門前払いになると思いますが」


「野蛮だが力を見せる。小国であるが故に、武力は欲しいだろう」


「あの国は北から現れる魔族によって疲弊していているようです」


「都合が良いな」


「しばらく情報を収集した後に、出発なさるのが良いかと」


「そうしようか」


 坂棟は椅子の背もたれに体重を預けた。


「そういえば、エルフはどうした?」


 海賊の下で、奴隷に身を落としていたエルフのことである。救出した後、坂棟は一度も会っていない。


「ダメですね。使える情報は、さしてありません。精霊術や魔族に関しては、ほとんどない。まあ、エルフの国のことが多少わかりましたが」


「精霊術について、知りたいんだけどな」


「ただし、あの者がこの国で暮らすことは無理です」


「あの一件で、エルフ以外の種族がさらに嫌いになったか?」


「ええ。誰に対しても、敵愾心を持っています」


「ダークエルフには会わせてないな」


「会わせていません」


「見せてもないな」


「はい」


「そうか」


 有効な情報を持っていないことが分かったとはいえ、エルフを自由にするという選択はない。ラバルの情報を持ち出されるわけにはいかないからだ。


「いかがいたしますか?」


「もう少し、ここにいてもらおう。エルフにラバルの存在がばれるには早すぎる」


「――承知しました」


 物言いたげな表情をラトがしたが、何も言うことはなかった。彼は、始末しろと言いたかったのかもしれない。

 その時――ハルの気配がとんでもない速さで、ラバルから遠ざかっていった。

 そして、ラトも一瞬、何かに気をとられた。

 坂棟は何も感じていない。だが、二人の従者の動きは見逃せなかった。


「何があった?」


 坂棟は目の前の従者に問う。


「イシュトライアが消えました」


「消えた?」


「おそらく、死んだのだと思います」


「竜王が死んだのか?」


「初めてのことです」


「――やった相手はかぎられるな」


「はい。可能なのは、お館様、竜王、勇者、そして魔族。この内、お館様は除外できます。また、他の竜王たちに目立った動きはありませんでした」


「勇者? そもそもそんな存在がいるのか?」


「いえ、過去にいただけで、現在では確認されていません」


「可能性が高いのは上位魔族ということだな」


「はい」


 坂棟が考えたのは一瞬である。


「目的がわからない。ラトとセイでラバルを守護しろ」


「他の町は?」


「無理だ。竜王を倒せる相手であるのなら、戦力をわけるのは愚策だ。竜王を狙っているという可能性もある」


「私を殺すと」


 ラトの顔に冷たい笑みが浮かぶ。


「二人で対処しろ。俺はハルの後を追う」


「わかりました」


「ああ、それと。もしも、魔族たちが俺の町を滅ぼしたら、すぐに念話しろ。穴倉からでてきたことを後悔させてやるよ」


 坂棟は小さく口元を歪めた。





 坂棟が蒼一角馬フレイディーンで氷雪の地に着いた時、すでにハルは雪の中に一人で立っていた。

 以前にはなかった小さな雪山がある。

 雪の下には、力を失った長大な肉体があるはずだ。

 それは、イシュトライアの死骸である。


 雪が弾け飛び、イシュトライアの全身があらわとなった。

 ハルの仕業だ。

 イシュトライアの全身からは、すでに赤い光は失せていた。命の輝きが尽きた時、竜の鱗からも力が失われたのだろう。


 坂棟はイシュトライアに近づいた。致命傷となった傷を確認しようと考えたのだ。

 空間がぽっかりと空いている。心臓がえぐりとられていた。

 心臓を奪うという目的で、竜王を殺したということだろうか。

 坂棟の視線が、あるところにぶつかる。

 傷口におかしな箇所があった。

 不自然に削れている。

 食べた跡?

 坂棟は周囲を見る。

 血が少ない?

 この気温ならば、傷跡にもっと大量の血が凍結していてもおかしくないのではないか。

 雪が血を洗い流し、あるいは隠してしまったということだろうか。


「下位魔族じゃあるまいし、竜の肉を食べたら力がつくとか言うことはないよな?」


「知りません」


 ハルの口調には、感情がなかった。彼女は、一心にイシュトライアの開かれることのない瞳に視線を投じている。

 坂棟は、視線をイシュトライアに戻した。

 坂棟の胸に、言いようのない不快感がひろがった。

 しばらくして、坂棟は口を開く。


「俺がやるか?」


「いえ、私がやります」


 ハルがイシュトライアに紫色の光熱波をあてた。紫光に包まれ、紅竜の肉体が地上から消えていく。

 雪が舞う中、最強とされる五体の竜王の内の一体が、この世界から姿を消したのである。

 闇に隠れて、蠢動を始めている者たちがいた。








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