29 最強たちの競演
紅竜編 前編
ハルは坂棟のやり方に不満があった。
ラトと何やらこそこそと話し、いつもちまちまと面倒なことをやっている。何か考えがあるのだろうが、そんなもの必要ない。それがどんな相手だろうと、一発で仕留めてしまえばそれで終わりなのだ。
万事解決である。
パルロ国が邪魔なら、王都とやらを吹っ飛ばしてやればいい。あそこには、いけすかない竜がいるので、ハルとしてもちょうど良い。
だが、坂棟は回り道を選ぶ。
経済の発展、技術の向上、人口の増加、国の発展のために、必要なことをやっているらしいが、まどろっこしい。
そもそも国なんて弱い人間が必要とするものだ。
ハルや坂棟には、まったく必要ない。
敵がいるなら、倒す。
必要ないものなら、破壊する。
それだけだ。
何より敵が何なのかがわからない中途半端な今の状態が、ハルには我慢ならなかった。
坂棟自身にも気にいらないところがある。
力の出し惜しみをしているのだ。
最近では、彼女と訓練すること自体が大きく減ったが、たとえ行う時でも、坂棟は正面から全力を出すことなく技術を高めるための小細工を用いた攻撃ばかりをしてくる。
彼女にとって戦いは楽しいはずなのに、逆に苛立つことさえあった。
思い切りやればいいだけなのに。
ヒューマンが悪いというのなら、滅ぼせばいい。
しかし、まあいいだろう。
すべてを許そう。
今日の彼女は機嫌が良いのだ。
「ハル、やっぱりおかしくないか?」
「何がです?」
ハルは久しぶりに坂棟と二人きりで行動していた。
「俺がおまえに抱えられて移動する必要があるのか?」
「だって、お館様は飛ぶのが下手くそだもの」
「だから、そのために俺には蒼王がいるんだが」
「必要ありません」
海賊退治のおりに約束したように、ハルは、坂棟を連れて北方の地に向かっていた。
雪と氷の支配する土地。そこには竜王がいるのだ。
強い者と対峙して何をするかなど、ハルにとっては考えるまでもなく一つしか行動の選択肢はない。
「せめて体勢を変えないか?」
「問題がありますか?」
「なければ、言わないな」
ハルは、坂棟を胸の中に抱きしめて飛んでいた。
二人が水平に並ぶのがもっとも効率が良いので、自然とこういう格好になったのだ。
坂棟は時々、ごそごそと動きぬけだそうとするので、その度に彼女はぎゅっと羽交締めにする。
「役得と言えば、そうなんだけど――で、後どれくらいかかるわけ?」
「このままいけば、一日くらい」
「ウソだろ! ここまでに三日だぞ」
「遅くはないと思うけど」
実際、凄まじい速さでハルは飛んでいた。流れるように消えていく、周囲の景色の移り変わりを見れば、それは明らかだ。
「そっちじゃなくて、俺は一日この格好なのか?」
「眠ってくれていいですけど?」
「やっぱり、また蒼王を――」
当初は蒼一角馬に騎乗していたのだ。朝目を覚まし、蒼王を呼ぼうとした時に、坂棟はハルからさらわれるようにして抱えられ、現在の移動手段へと移行したのである。
「ダメ」
「……人を無理やり移動させるのは、よくないってわかったよ」
「お館様は少々抜けているところがあるので、学べて良かったですね」
ハルは坂棟と目を合わせた。
少ない表情の中に、あきらめがのぞいている。
「どうかしました?」
「いや、北にいるのは紅竜だったっけ?」
「はい。まあまあ強いです」
「そりゃ、竜王なら強いだろ」
「会ったばかりの頃、お館様は私のことを竜王だとは認めていなかったけど」
「忘れた――で、当然戦ったことはあるんだろ?」
「はい」
「……あるのか。まあ、ハルならあるか」
「あの時も私が勝ちました」
「あ、そう。君らの戦った跡地は、どこ? 大量破壊の可能性大だが」
「新しい村の近くです」
「シンジュの村か? ……まさか、あの砂漠、おまえの仕業か!」
「私じゃありません。私は、見晴らしをよくしただけ。あの辺りが、変に熱いのは、イシュトライアがやったことです。文句なら向こうに言ってください」
「完全に環境破壊生物だな」
「破壊するのは、環境だけじゃないけど」
「どういった自覚の仕方だよ」
「おかしいですか?」
「いや……まあ、わかってるからいいのか。後は自制を養うことだな」
坂棟の顔には先程と同じ感情がある。
「で、俺が観戦する予定の竜王同士の対決って、一瞬で決まるのか? いや、一瞬でそこまで被害を出されたら、たまらんな」
「はい、前は十日くらいでした」
「本当かよ……俺、それをずっと見てるわけ?」
強い寒気のために、川は流れをとめ、すべてのものが凍っていた。
空間を塗りつぶすように雪が舞い、地上の姿を白で彩っている。
坂棟とハルの主従は、雪の世界へと降りたった。
坂棟の服装は、春物仕様で長袖ではあるが、いつもと変わらずラフなものだ。
雪景色の中にあって、我慢できる程度の寒さしか感じないというのは、坂棟にとって衝撃だった。
彼は自分が思っている以上に、人間から逸脱していたのだ。
坂棟は視線を上げる。
時が停止したかのような銀雪の世界に、異質で危険な竜王が存在していた。
「何をしに来たのです?」
上げられた瞼からのぞく瞳は真紅である。白い世界の中にあって、そこだけに赤い輝きが灯っている。
「やっぱりでかいな」
雪におおわれた竜王。首だけが見えており、身体は山の中に消えている。おそらく洞窟があるのだろうが、首だけがのぞくその姿は、雪と一体化しており、まるで雪山そのもののような印象を見る者に持たせた。
「ギルハルツァーラと人間?」
紅竜の声は、意外に聞き取りやすい。
「坂棟と言います。ギルハルツァーラとは、主従の関係です」
坂棟はさっそく戦おうとするハルに先んじて、挨拶をした。
「どういう風の吹きまわしです? あなたが従者を、しかも人間を従者にするなんて。そしてその姿はなんのマネです?」
紅竜は、坂棟を無視してハルに言葉をぶつける。
「耄碌したようね、イシュトライア。どちらが主人かわからないなんて」
「――本気ですか?」
「何が?」
「確かに、その者からは変わった気配を感じます。しかし竜王が人間にひざまずくとは」
「人間だからと言って侮るなんて、愚かな竜」
ハルが薄く笑う。夜色に近い深い紫の髪は、雪の色に染まることなく美しく肩に流れていた。
らしくなく、ずいぶんとハルが立派なことを言っている。
彼女が人間を尊重したところなど、坂棟は一度として見たことはなかった。
「まさか、あなたからそんな言葉が聞けるとはね」
「あなたと違い私は成長しているから」
同族に突っこまれても、ハルはまったく揺るがない。
このまま竜王の対話を見ていても良かったのだが、坂棟は進行役を買って出た。
挨拶はすんだのだから、思う存分やれば良い。
「まあ、一度敗北したとしても、勝敗は時の運とも言うから、もう一戦して、真の決着をつければどうですか? そして、できれば最初から全力を出して、一五分くらいの短編特撮怪獣3D映画にするというのは? これをやると、主に俺がうれしんですが」
適当な言葉で坂棟は本音を語る。彼としては、さっさと終わらせてほしいという以外に願いはない。
目的もなく成果もないまま、十日以上ラバルを空ける気はなかった。
紅竜の吐く息に熱がこもった。そこにあるのは、怒気である。
紅竜の怒りの矛先は一点に向かっていた。
「今、誰が、誰に負けたと言いました?」
「あなたが、私に負けた」
ハルが美しく微笑む。攻撃的な微笑だ。
「ひよっこは、あいかわらず事実をねじまげているみたいですね」
「こんなところにこもっているから、年増は記憶を捏造してしまっているみたい」
紅竜の周囲から蒸気が上がった。
雪化粧が蒸発し、赤い鱗が輝きを取り戻す。
イシュトライアの口からもれる息で、彼女の前面にある氷雪が溶け始めた。
「良いでしょう。誰が真に強いのかを、わからせてあげましょう」
「何を言っているの? これは強い者を決めるんじゃない。ただ、私が一方的にあなたを殴り飛ばす、それだけのことよ」
竜王たちがヒートアップしているが、坂棟は、まったく別のことを気にしていた。
紅竜イシュトライアとは、おそらく炎竜だ。つまり、高い熱を操るということである。
この地は氷雪が一面を支配している。
こんなところで、高熱が吹き荒れれば、大量の氷が溶けることになる。影響は、この一帯だけではなく海にまで及びかねない。砂漠を作りだすほどの戦いの規模なのだ。心配せずにはいられない。
せっかく動き出した新たな村や、海洋の拠点に悪影響が出る可能性があった。他にも、予想できない結果が現れることだってありうる。
地上では戦わないよう竜王に説明していた方が良いだろう。
美しい輝きを放つ紅竜の背後では、巨大な洞窟が姿を現している。紅竜の熱のために、すべての雪が溶けてしまったのだ。
ハルは、イシュトライアと視線を合わせるために、空中に浮かんでいた。
二人の視線がぶつかりあう。
互いに戦気は高まり、どちらが初撃を振るうのか、すでに秒読み段階である。
緊迫した空気が漂う中、坂棟は跳躍し、ハルの足裏を蹴り上げた。
予想していなかった主人からの攻撃に対して、ハルは無防備だ。彼女の姿は、雪の舞う空へと消えていった。
坂棟は、正面にいる紅竜に状況を説明しようとする。だが、竜王はふざけたことに咢を上げて、すでにうずまく巨大な炎球を生み出していた。
放出された炎球を消失させる余裕はなく、坂棟は、上空に弾いた。
説明を諦めた坂棟は、動きを止めずにいっきに紅竜の腹部にもぐりこむと、竜王の巨体を両腕でつかみ、大空に向かって放り投げた。
長大な影が冗談のように空へと消える。
「地上で戦うのは禁止な」
坂棟の声が聞こえたわけではないだろうが、竜王は降りてこなかった。上空では、すでに激しい光りが飛び散っている。
「さて」
坂棟は雪山に向きあう。
何かがこすれあう、高い音が聞こえた。雪崩の前兆だ。
多くの雪が状態変化を起こし、水へと姿を変えている。
たった、あれだけの時間でこの状況である。
坂棟は、雪山にいくつもの見えない壁で区切りをつけた。さらに、水が流れ出した川を見えない壁で堰きとめる。
完璧ではないが、いくらか災害、いや、竜害は防げただろう。
「まさか、天候まで影響しないよな――」
坂棟は空を見上げる。
空には紫光と赤光が閃いていた。




