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28 女が四人集まれば




 ナージェディアの家に、サクヤは来ていた。

 実は、家主であるナージェディアはいない。まだ、仕事から帰ってきていないのだ。

 ダークエルフという種族は、放浪の民であったために、住まいや物に執着が薄いのか、ナージェディアは、自分が不在であっても他人が家にあがることに対してあまり拒否感がないようだ。

 信頼できる相手にしかそのようなことは許さないと聞いていたが、サクヤからすると不思議な感覚だ。

 と思いながらも、サクヤがさくっと家にあがってしまうのは、これもまたセイレーンの持つ種族的厚かましさだろうか。


 ナージェディアの家に招待されたのは、サクヤだけではない。

 ヤマト、それに、ヴィムもいる。

 セイレーン、オニ、セリアンスロープ、そして、ダークエルフが夕食を囲むということだ。種族間の垣根は比較的とりはらわれたとはいえ、珍しい組み合わせである。

 特に、オニとセイレーンは犬猿の仲で、種族の間にはいまだに根深い溝があった。


「ヤマト」


 サクヤは隣で肉を斬っているオニの少女に呼びかけた。腕前は鮮やかだが、その包丁さばきはどうしても調理をしているようには見えない。


「なに?」


 ちらりと顔をサクヤに向ける。

 ヤマトは、せっかく顔立ちは整っているのに化粧っ気がまったくない。一工夫するだけで、とてつもない美少女になりうる素材なのに、非常にもったいない。

 綺麗になろうとしない女というのは、サクヤからすれば油断ができなかった。

 ついこの間などは、たいした手間をかけていないくせに、なぜか艶のある長い髪を、邪魔だからと言ってこの少女は切ろうとしたのだ。

 サクヤは、いかに綺麗な髪というのが女性にとって価値があるのかを熱弁したものだ。

 まあ、説得に応じた言葉が、「ハル様も長い髪をしてらっしゃるけど、充分すぎるほどにお強いでしょ」というものだったことは、少々気にくわないところではあったが。


「もうちょっと、かわいくというか、品よくやれない? あなたのそれ、料理というより、肉を斬り刻んでいるように見える」


「そう? 肉は斬れてるから問題ない」


「なんだかヤマトが言うと、包丁で『切る』んじゃなくて、刀で『斬って』いるみたい」


 ヴィムが笑う。

 セリアンスロープの顔など全部同じだ、とサクヤは最初思っていた。だが、つきあってみると一人一人違うことがわかった。

 ヴィムは、やや目じりが下がり、口はあまり大きくない。雰囲気もやわらかく、顔だけでも女性であることがすぐにわかる。

 そして、身体つきは四人の中でもっとも女性らしい。身体のラインに凹凸があり、しかもやわらかそうなのだ。サクヤからすれば、少しばかり胸が大きすぎると思うが、たぶん、男うけはこちらの方が良いだろう。

 女性らしさは、身体つきばかりではない。ヴィムの料理の腕は、四人の中でもっとも確かで、今回も味つけは彼女の担当なのだ。


「笑いごとじゃないから。ヤマト改造計画がこれじゃ進まない」


「かってに改造しないでほしい」


「でも、ヤマトちゃん、かわいくなったと思うけど、サクヤの努力が実を結んだんじゃない?」


「余計なお世話」


 ぼそりとヤマト。


「あら、ごめんなさい」などとヴィムが謝っている。


 当初に比べ、確かにヤマトは変化した。少年から、確実に少女に変貌を遂げただろう。

 だが、これはサクヤの功労ではない。

 父を失って以来、ヤマトは王子という役割を与えられていた。復讐心を燃やし、無理に男であろうとしていたのだ。

 今の彼女は、そこから解き放たれることで、本来の自分を少しずつ表に出しはじめている段階だ。

 サクヤの功績など本当に多少あるかどうかというところだ。実際サクヤの努力が成果をあげていないのは、ヤマトの服装をみれば、一目瞭然だった。


「いいかげん、その服どうにかしたら? 私のあげた服が、他にもあるでしょう」


「サクヤがくれるのは、全部動きにくい。無駄なひらひらが多い」


「ひらひらは無駄じゃないの! 訓練をしている時はともかく、普段なら別にかまわないでしょ。多少、動きにくいくらい」


「ダメ。それに私はこれが気に入っている」


 ヤマトが着ているのは、ラトの服をモデルとしたものだ。

 飾りのないシンプルなデザイン。頑丈さと動きやすさとを重視したもので、可愛らしさなどという物は微塵もない。機能性に最大限の特徴があり、サクヤの目指す指向とはある種まったく逆の物である。

 動きやすさを重視しているが故に、もともと身体のラインがあらわになりやすいという特徴も有していた。

 そこにサクヤはさらに一工夫こらした。

 ウエストの部分はより細く、足は長く見えるようデザインし、各所に衣装をほどこすことで、何とか女性らしさを演出した、サクヤ、苦心の一品である。

 珍しくヤマトが、服をねだったので、サクヤは二つ返事で快諾し、彼女の要望どおりにサクヤが製作したものだ。

 完成した衣装を見て喜ぶヤマトを見るのは、サクヤもうれしかったがその後が悪かった。


「この服が、もう数着ほしい」


「三着あげたでしょ。そればかり着てどうするの!」


 似たようなデザインのものが、防衛隊の制服として採用される可能性がある、と、サクヤは聞いていた。

 荒事専門の人たちの服になるということだ。

 この服は、まったく女の子にふさわしくない。


「まあまあ、サクヤも怒らないで。はい、後は私に任せて、二人は座っていいわよ」


 ヴィムの笑顔に押され、サクヤはすごすごと台所から退却した。

 下準備ができたら、盛りつけが終わるまでの間、サクヤたちがいたところで邪魔になるだけなのだ。

 残念ながら、過去の例がそれを証明している。


「結局、サクヤは口を動かすだけで手を動かしてない」


「う、それは……確かに、私、料理は苦手だから」


「セイレーンのくせに」


「うるさいな。服が作れるからいいのよ」


 サクヤは、強く言いかえせなかった。

 切り方はともかく、ヤマトはヴィムの指定したように食材をきちんと斬っていた。

 間違いなく、サクヤよりかは役に立っていたのだ。

 料理の腕が女の価値を決めるわけではないが、家事でヤマトに負けたというのは、正直悔しいものがある。

 無表情なヤマトだが、どうもバカにされているようにサクヤは感じた。

 ここは戦うべきか、と、彼女が様子をさぐっていると、玄関の方から物音が聞こえてきた。


「ただいま」


 ナージェディアだ。


「おかえり」


「おかえり」


「おかえりなさい」


 台所からヴィムも顔だして、家主を迎えた。


「あ、料理手伝ったほうが良い?」


「大丈夫。そこに座っていて」


 笑顔で言うと、ヴィムは台所に戻っていった。


「じゃあ、あまえさせてもらう」


 ナージェディアはそう言うと、荷物を放りだして、勢いよく椅子に座った。眼鏡を外しテーブルに身体を投げだす。


「疲労困憊ね」


「我らが王のおかげでね。二つよ。二つも、新たに村? 町ができるのよ! 海も含めたら、三つ! 無茶苦茶よ。そりゃ、鉱山の方はすでに町みたいなものだったけど、もう一つは――」


「たいへんね」


「しかも、当の陛下はおられないし」


 ナージェディアがざっくばらんに言う。

 テーブルに伏せているダークエルフの友人を見て、サクヤは安堵を覚えた。


 四人で集まりご飯を食べるようになって、最も距離が遠かったのは、ナージェディアであった。

 彼女は、壁を作っていたのではなく、遠慮をしていた。言葉づかいも丁寧であったし、所作や言動ひとつひとつに不必要なまでに気をつかっていた。

 ヤマトやヴィムが、ナージェディアのこういった姿に気づいていたのかは、わからない。だが、サクヤにははっきりと分かった。

 この時ばかりは種族の特性に感謝した。異種族の女の言動には、小さなところまで、目を光らせるというセイレーンの特徴に。

 自然とそなわったその能力のおかげで、サクヤは、ナージェディアに関して進んで行動を起こすようになったのだ。

 遠慮しているのなら、遠慮なんかできないくらいぐいぐいと行ってやろう、と。


「どうしたの? サクヤ」


「ああ、いや、最初にこの家に来た時のことを思いだして」


「あなたが、わんわん泣いた日ね」


 うつ伏せから顔を横に向けて、サクヤと視線を合わせると、ナージェディアが笑った。

 金銀妖瞳が優しく光る。


「そんなことは、言わなくていいの」


「聞きたい」


 ぼそりと、ヤマト。


「私も聞きたいわ」


 台所からは、ヴィムの声。

 セリアンスロープは地獄耳だ。


「はいはい、勝手にすれば」


 別にどうってことのない話だ。

 ある時、サクヤが強引にナージェディアの家に行く約束をした。ナージェディアは忙しく、家に人を招いている暇などないとわかったうえでのことだ。

 彼女の狙いは、約束を遠慮せずに断わらせることにあったのだが、ナージェディアは簡単に頷いた。

 さらに鍵まで渡されてしまった。

 ダークエルフとすれば、鍵を渡すことはたいした問題ではなかったのだが、それを知らないサクヤは落ち込んだ。

 信頼の証であるなどとは思えなかった。無理やりたかる人間でしかないと彼女は思った。

 落ち込んだサクヤだが、自分から約束を破るわけにはいかない。

 ナージェディアの家で、彼女の帰りを待った。

 だが、いつまでたっても、ナージェディアは帰ってこなかった。

 単に仕事が凄まじく忙しかったので帰られなかっただけというのが真相なのだが、家で待つサクヤにはそんなことはわからない。

 彼女は考えた。

 ナージェディアは、誰か別の友人の家に泊まっているのだ。

 無理を言うサクヤに気をつかって家に来ることは認めたが、二人きりになることまでは耐えられなかった。

 だから、帰ってこない。

 サクヤは、ナージェディアに嫌われたと思った。

 夜が白みはじめる頃に、玄関の扉が開き、ナージェディアの姿がサクヤの網膜に映った。

 サクヤは、泣きながら彼女に飛びついた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったサクヤに、ナージェディアは冷たかった。


「ごめん。ちょっと疲れているから、今度にして」


 あまりのあっさりとした扱いに、サクヤは愕然とした。

 だが、結局この一言が二人が気のおけない友人になった、始まりである。

 夕食の席でサクヤの泣き顔が笑い話となった後、話題は酒を飲んだヒューマンとドワーフが喧嘩したという話に移った。


「確か、セイ様が間に入ったのではありませんか?」


 少し首をかしげながら、ヴィムが言う。


「そういう話を私も聞いた。ハル様がいなくて、命拾いしたってところかな」


 サクヤの上司は、現在王と一緒にラバルの外で行動している。


「ハル様は、陛下に恋をしているのかしら?」


「ヴィム、自分が婚約中だからって、なんでも恋愛につなげないでよ」


 このよくできたセリアンスロープは、すぐに恋愛の話をしたがるのだ。

 まあ、サクヤも嫌いではないが。


「え、サクヤは思いませんか?」


「思わないけど」


「でも、ないとは言い切れないかもね」


 ナージェディアが言う。


「だとしても、うちの母が言っていたけど、ハル様は、少女が青年にかまってもらおうとじゃれているだけで、それは、子供があまえているのと同じもので恋とは言えないって」


「さすが、セイレーンの女王ね。的を射ていると思うわ。じゃあ、陛下本人はどうなのかしら? あの方も年頃であるのだから、恋の一つくらいあってもおかしくはないと思うのだけど」


「ヴィムって、凄いよね」


「あら、セイレーンに褒められると自信になるわ」


 ヴィムが口を隠して、上品に笑った。

 サクヤは、王に関して母が何か言っていなかったか、さらに記憶をたどる。


「――そういえば、王の執務室に赤いペンダントがあったらしいけど、母はあれは絶対女のものだと言って、ちょっと怒ってた」


「やはり、いらっしゃるのね、陛下にも心に秘めた方が」


「どうかな? 執務室にあったんでしょ? 陛下は、公私の別をつける人だから、私情のこもった物は執務室にはおかないと思うけど」


 ナージェディアの言っていることは、おかしくない。

 だが、サクヤは、なぜか友人の言葉にとってつけたような印象を受けた。触れられたくないという意思が垣間見えた。


「そうね。陛下の恋愛事情を勘ぐるのは、ちょっと下品だったかもしれないわ」


 ヴィムが話をおさめる。彼女も、ナージェディアの口調から何かを感じとったようだ。


「ヴィムが言いだしこと」


 口をもぐもぐとさせながら、ヤマトが言う。


「ごめんなさい」


 ヴィムが微笑む。


「じゃあ、ヴィムのところはどうなっているの?」


「私? 私は、幸せよ――」


 ヤマトだけは、途中から船をこぎ始めたが、この夜、女たちの話はいつまでも続いたのである。





 シンジュの村。

 ラバルの北を流れるウディーヌ川河口から、さらに北へ移動した海岸沿いに、新たに生まれた村である。

 やや特殊な地域で、砂漠と海が接していた。

 村の構成員は、元解放軍の者たちだ。

 村長は、元十人会議で、パルロから脱走したジバである。彼の脱走を手引きした者がおり、それは坂棟だった。

 一〇〇〇人の村人は、ラバル海軍の艦船によって運ばれた。彼らの輸送のために、坂棟は船を欲したのである。

 坂棟は村をつくるにあたって、建物や道具などを事前に準備していた。

 ジバは、坂棟に礼を述べたが、さらに言葉を続けた。


「陛下のご厚意はありがたいのですが。我らにすべてを与えることは、おやめになってください」


 ジバは、最初から上下の別をはっきりとつけた。

 坂棟もそれにふさわしい振る舞いをする。


「こちらが迎えた以上、私としては最低限のものを準備したいと考えたのだが」


「いいえ、これでは村の者たちはあまえてしまいます。常時、陛下がご滞在いただけるのなら、刑罰で律し、規律を重んじることもできましょうが、そうは参りませんでしょう。ここは、小さな村でしかない。皆が協力してやっていかなければならないのです」


「なるほど、過度な口出しはせず、援助も行わず、見守れというわけか」


 村長は頭を下げた。


「この村では、塩を作ってもらうことになる。村長は、塩の重要性を理解していると考えて良いか」


「もちろんでございます」


「確かに、私はこの地にいることはできない。だが、ラバルから出向所を置くことにする。彼ら以外にも、ラバルの者はたびたびこの村を訪れることになるだろう。つまり、孤立することはない。私は、無理をして国民が死ぬことを許さない」


「わかりました」


「たとえ、商人だろうと、ラバル以外との交流はできないと考えてくれ。塩はすべてラバル国のものとする。もちろん、過度な干渉を行わないことは約束しよう。税は二年後からで良いか?」


「税率はいかほどとなるのでございましょうか?」


「それは、担当の者と協議の後に決めることになるだろう。開拓と塩田、いずれも困難な道ということは承知している。無い物を出せとは言わない」


「ご厚情、感謝いたします」


「期待していますよ。ジバさん」


 最後の一言だけは、王としてのみならず、同志として坂棟は応援を送った。

 ジバは深くお辞儀をしている。

 数奇な運命を歩む老人である。決して、自らが望んだものではない。だが、彼は、そこから逃げることをしなかった。

 老人に刻まれた皺は、坂棟などには想像もつかない思いを重ねてできたものだろう。

 この老人ならば、焦らずじっくりと村づくりがきでると、坂棟は信じることができた。








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