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23 クシナの事情と消える休日

 海賊編




 ラバル海軍は、ウディーヌ川の河口から沖に出た群島の一つに、拠点を持っていた。

 群島を流れる複雑な海流は、高い才能と長い経験を持つ航海士か、セイレーンにしか読みとることができないものだった。

 船が接岸する湾は、入り口が狭く、中に入れば半円状に海水がひろがっており、人の手が入っているかのように、港湾として理想に近い形をしていた。

 この二点が、ラバル海軍の拠点としてこの島が選ばれた大きな理由である。


 現在、この島には、五〇〇人ほどのラバル国民――兵士以外の住人もいる――が住んでいた。

 ラバル国民であるから、当然その種族はさまざまである。

 セイレーン以外の種族は、海とのかかわりがほとんどないので、好んで海に近づく者は普通いない。ここにいる各種族の者たちは、好奇心旺盛な変わり者ばかりということになる。

 そのためか、種族間の喧嘩はほとんどなかった。種族の思いよりも、皆、個人の我が強く出るのだ。喧嘩がないというわけではない。日常茶飯事とは言わないものの当初は喧嘩する姿が多く見られたが、原因は個人的な動機であるものばかりだった。

 狭い島の中で、種族が対立するなどとなったら酷い状況になりかねなかったので、この点は最良だった。


 拠点づくりを始めて、いまだ、一月半というところだが、ずいぶんと島の風景は変化している。外からはわからないようになっているが、建物が多く並び、住人の生活水準はずいぶんと上がっていた。


 海軍拠点であるので、当然主力となるのは船と言うことになる。

 現在、中型船が五隻。

 小型船が八隻というのが、ラバル海軍の陣容である。

 国の持つ軍船の保有数としては少ない。だが、ラバルの現状からすれば、これでも充分立派であると言えた。

 そもそも造船技術がろくにないところから始まったので、保有船が少ないことはしかたがないことだった。

 初期に於いて、造船の遅れがラトの目にとまり、無理やりな解決を見ることになる。

 彼は海賊船を三隻奪ってきて、造船にあたっていたドワーフを中心とした職人に与えたのである。

 これを境に、いっきに船は形どられて、実験と改良が進み、自力での造船が可能となったのだった。



 海軍の頂点であるセイレーンのクシナは、執務室から外の風景を眺めていた。

 美しい女性だが、その表情には疲れがにじんでいる。

 誠実で真面目な人柄であるからこそ、高い地位に任じられたのだが、だからこそ彼女は苦労を多く背負いこんでいた。

 クシナの苦労の始まりは、ようやく船を造る目途が立ち、彼女がほっとしたところに、国を留守にしているはずの王から新たな命令が下ったことにある。

 内容はウディーヌ川の沖にある群島から拠点にふさわしい島を見つけ、拠点をつくれというものだった。

 この指揮をクシナがとることになった。

 セイレーンの全面協力のもと拠点探しは行われたので、島を見つけること自体はさほど難しくなかった。

 苦労が増えたのは、実際に拠点づくりを始めてからである。

 最初は二〇〇人ほどの人数だった。

 選別したのは、ラトである。

 種族間の喧嘩はなかったが、性格に難がある者や自分のやり方にこだわる者が多くいたので、いたるところで揉め事が起こり、計画通りに事が運ばないことが多々あった。

 最初の一週間は、クシナにとって地獄であった。

 クシナはほとんど力ずくで、事の解決にあたった。その間睡眠時間がほとんどなかったので、彼女の目つきは多少悪いものであったかもしれない。


 ――恐怖のセイレーン。


 そんなあだ名が自分についていたことを彼女が知ったのは、それから三日後のことだった。

 とにかく、クシナは王の無茶な命令に充分に応えてみせた。その証が彼女の眼下で見事な風景となって結実していた。


 クシナは明日からラバルへ報告に上がることになっている。

 特別な報告は何もないのだが、これは彼女に許されたささやかな休息なのだ。

 クシナは楽しみにしていた。

 さっさとこの苦行から解き放たれて、ラバルに帰るのだ。

 数日であれば休むことは許されるはずだ。任務を放棄するわけではないのだから……。


 とくにかくゆっくりと羽を伸ばそう。

 サクヤの服の新作などを見るのもいいだろう。

 いや、それよりも食べ物だ。

 彼女がラバルを離れるあたりから、食べ物の種類が増え始めた。

 それまでは、食事に関しては、ランストリアにラバルはまったく及ばなかったのだが、ある食べ物屋が開店してから事情が変わった。

 材料が増えただけはなく、さまざまな調理方法が確立されたらしかった。デザートにいたっては、見た目から違った。綺麗であったり、かわいくあったり、まるで芸術品である。何より甘い味というのが素晴らしかった。何もかもが革命的だった。

 この辺りの事情には、新たにラバルに参加したヒューマンが関わっているなどと、クシナは、元上司から聞いたのだが、正直そんなことはどうでもよかった。

 あれから一月以上がたつ。

 味と見た目がどう発展しているのか、彼女にとってそれのみが重要だった。


 誰であろうと、この休日を邪魔することは許さない。

 彼女の決意は固かった。

 しかし、固い決意は、黒髪の男の登場によって簡単に破砕された。


「クシナ。元気か?」


 軽い調子で、侵入者は現れた。海軍最高責任者の執務室は、警備は簡単に破られる類の物ではないはずだが、クシナの眼前に現れた存在には、それを問うことは無意味だった。

 窓から飛びこんできた影は二つ。


「お館様、挨拶などいいからさっさと終わらせましょう」


「……陛下、それにハル様」


 黒髪黒目をしたラバル最高権力者と、浮世離れした美貌を持つその従者とが、クシナの執務室に立っていた。

 この瞬間、彼女は、自分の休日が崩れゆく音を確かに耳にしたのだった。



 坂棟とハルが、ソファーに腰かけ、王に許されて、クシナは対面のソファーに腰をおろした。

 坂棟は、正式な場ならともかく、それ以外では、そこまで上下の別に気を使う必要はないと言ったが、そういうわけにはいかないし、クシナとしては、そういう気にもなれない。

 坂棟たちは、彼女にとって別格の存在なのだ。


「四月中旬なのにけっこう寒いみたいだな」


「そう――ですね。陛下の格好では、さすがに寒いかと」


 坂棟の服装は、青いシャツと薄手の黒いパーカーというものだ。


「お館様の服装が、おかしいとあなたは言うのですか」


 突然、強烈な殺気がクシナに投じられた。

 相手はハルである。

 あまりの圧力に、クシナの精神が混乱をきたそうとした時に、坂棟が口を開いた。


「俺は寒さにも暑さにも強いから大丈夫」坂棟が顔を従者に向ける。「服のデザインに関して、クシナは何か言ったわけじゃないよ。怒るな」


「別に怒っていません。この者程度に理解できなくともかまいませんし」


 ハルの殺気が消えた。

 何がそこまで気分を害したのか、クシナにはわからない。

 サクヤは、ハルのことをぜんぜん怖くないなどと言っていたが、あの娘はおかしいのではないだろうか。

 早鐘のように忙しくなっていた鼓動を落ち着かせて、クシナは、思い切って、最も気になっている点を問うた。


「今日はどのようなご用件でしょうか」


「船が必要になったんだけど、確か中型船は五隻で合っているか?」


「はい」


「足りないな」


「――すぐに、数を増やすことは難しい状況です。職人たちも、現在全力で造船に取り組んでおります」


「ああ、皆を責めるつもりも、急かすつもりもないよ」


「そうですか」


 クシナは内心で安堵の息を吐いた。

 彼女の部下には苦労ばかりをかけている。毎日懸命に働いている彼らに、これ以上の負担を強いさせたくはなかった。


「ただ、改良はもっとしてもらうけどな――まあ、それはいいとして、今回の用件はまったく別。皆にとっては、軽い息抜きになるんじゃないか」


「息抜きですか?」


「ああ、大型船と中型船が合わせて一〇隻くらい手に入るから、それを受けとりに行く。必要な乗組員を用意して、明日にでも出航しよう」


「一〇隻ですか? 凄いですね」


「必要だからな」


「かなり費用がかかると思いますが、海軍に力をいれるということですか」クシナは思案する。「――ただ、問題があります。乗組員にセリアンスロープをいれないとなると、人数が不足するかと」


 ヒューマンと取引するという危険をおかし、大金を継ぎ込んで海軍を増強すると言われれば、その責任者であるクシナとしては、やはり力が入った。


「いや、別にセリアンスロープでいい。というか、セリアンスロープの方がいいな。あの種族は海が苦手だと俺は聞いているから、実際に大丈夫かどうか確かめてみたい」


「いいのですか?」


「いいよ」


「そこまでヒューマンと協力関係を結べているのですか?」


「何か勘違いをしているんじゃないか、クシナは」


「へ?」


「今回の船は、タダだし」


「タダ? 無料ですか?」


「そう」


「そんなことが……」


「あれ、ラトも同じ手を使ったと聞いたけど、知らないのか?」


「え、もしかして――」



 こうしてラバル海軍は、王を最高指揮官に迎えて、初の軍事行動を行うことになった。


 初戦の相手は海賊である、とクシナは思い込んでいる。

 それは合っているとも言えたし、間違っているとも言えた。








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