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21 叛乱の末路




 夜、ヴァレウスは呼びだしに応じて、ゼピュランス王の陣幕を訪れた。

 王は床几に腰かけ、八将ムトスが傍に立っていた。

 人払いをしているのか、二人だけである。もちろん、表には護衛兵が立っているし、そもそも周囲には王軍の兵士しかいない。

 王の命はいささかの危険もないと言えた。少なくとも、外からの襲撃に対しては……。

 ヴァレウスは、王に対して頭を下げる。


「面をあげよ。額の傷は、仮面の男につけられたものか?」


「――はい」


 幸いなことに傷口は深くなかった。

 だからこそ、ヴァレウスはすぐに追撃戦に参加し、彼の指揮のもと、王軍は敗残兵を狩りまくったのだが、それがいけなかった。

 すぐに治療すれば、さほど目立つ傷痕にはならなかったらしいが、治療の遅れといいかげんな縫合によって、目立つ傷痕が残るかもしれない、ということである。

 これから彼は鏡を見るたびに、敗北の屈辱を思いだすことになるだろう。


「どう思う?」


「どう思うとは?」


「強さをはかれたか?」


 ヴァレウスにとって敵の強さを認めるのは、自分の弱さを認めるのに等しかった。だが、彼とて武人だ。剣を交えれば、相手の強さはわかってしまう。だからこそ、答えられない。


「……ムトス殿、腕はどうされた?」


「ヴァレウス、誰の問いを無視しているのか」


「申しわけございません」


「それで、おぬしの印象は?」


「八将以外では相手にならないでしょう」


 これが、ヴァレウスにできる、ぎりぎりの評価であった。自らを上まわるという事実を、口にあげることはできなかった。


「オーダルオン城塞が落ちたそうだ」


「それは……」


「仮面の男の手によるものであるらしい。詭計の類で、あの城塞を落としてみせた。しかも仮面の男は、一日の内に八将の内の三将をも倒してしまっている。智略と個人の勇をそなえているというわけだ」


「三人……ロッドガルフ殿がやられたのですか?」


「未だ連絡がないということは、そういうことであろう」


 あの仮面の男は何なのだ。八将を凌ぐ男が突然現れた。なぜ、叛乱軍などに加わっているのか意味がわからない。

 だが、その前にもっと重要なことがある。ここにいない者のことよりも、ここにいる者のことだ。

 ヴァレウスの前には二人の男がいる。

 一人は、戦場で利き腕を負傷し、一人は戦場で莫大な神法力を行使していた。

 そして、その内の一方は、ヴァレウスが超えねばならない相手である。


「ところで、ヴァレウス」


「はっ」


「あの男はおまえの側近と言って良いのか? 入れ」


 ヴァレウスの背後から何かが引きずられるような音がした。

 二人の兵士によって運ばれてきたのは、人間である。

 両腕を背中で縛られて動きを封じられている。顔は大きく腫れ上がり、ぼろぼろの服からのぞく四肢は、いたるところが青黒く変色していた。


「良い、さがれ」


 縛られた男を残して、兵士たちが陣幕から出ていった。


「どうだ? 覚えはあるか? イリウスという者だ」


「……私の配下のものです」


「そうか。この者は、南部貴族に通じ、何やら謀略をたくらんでいた節がある」


「事実確認のとれぬままに、私の配下にこのようなことをなさったのですか?」


 イリウスがどこまで喋ったのかは、わからない。

 だが、帝国のことを漏らすということはないだろう。そんなことをすれば、命がないことはわかっているし、さらに、祖国を売ることになるのだ。

 ヴァレウスのことを考えてではなく、帝国のことを思えば情報は渡せないはずだ。

 南部貴族に関しては、そもそもイリウスは関わっていない。関われば危険であることを知っているからこそ、イリウスは、何とかヴァレウスを動かそうとしていたのだ。


「ああ、そうだが」


「そうだが、ではございません。私はイリウスをよく知っておりますが、この男がそのようなことをするはずがございません。たとえ、何か喋ったとしても、それは拷問より逃げるために述べた、虚言でございましょう」


「そうか」


「はい」


「おぬしは、この男のことをよく知っているのか」


「……はい」


 嫌な予感がヴァレウスの脳裏をかすめた。


「この男は帝国の密偵だ。これは事実だ」


「――まさか、そのような……」


 こわばる顔を無理やり、驚きの表情へと変える。

 知らぬふりをするのだ。

 内に敵の密偵を招くなど低能の証明であり、そのような評価はヴァレウスにとっては屈辱以外の何物でもなかったが、命には代えられない。


「これ以上、ごまかそうとしても無益だ、ヴァレウス。そのことがわらぬとは思えんが。おぬしの望む証拠の品を並べようか。おぬしの親書がしたためられておったぞ」


「さようですか……」


 証拠があがっているということか。

 この戦いが始まる前から、ずっと調べられていたのかもしれない。戦場に赴くことで、最後の獲物を釣り上げられたのだろう。

 すでに、どちらでも良い。

 決断の最後の一押しをしてくれたにすぎない。


「王よ、あなたは歴史あるパルロを治めるにふさわしい人ではない。あなたは一介の将止まりの人だ。あなたの為さることは、パルロを破壊しかしていない。あなたはここで舞台から退場するべきだ」


 ヴァレウスは抜刀と同時に、神法術を放った。

 王が炎に包まれる中、彼は剣を振りおろす。

 一撃に最大の力をこめた彼の攻撃は、だが、神々の怒りヴァッシュサルバンによって簡単に防がれた。

 肩に強烈な打撃が加えられる。

 ヴァレウスの肩の骨は砕けた。


「ぐ――」


 悲鳴を上げることさえ許されない。

 ヴァレウスの頭はゼピュランスの左手につかまれ、そのまま地面に叩きつけられた。

 頭から王の手が離れ、ヴァレウスは何とか立ちあがろうとしたが果たせず、四つんばになろうとしたが、腕に痛みが走り、結局体勢を崩して転がった。

 頬を地面にあてたまま、ヴァレウスは大きく呼吸を繰り返した。

 ヴァレウスは髪をつかまれ、顔を無理やり上げさせられる。


「どうだ? 予と仮面の男、どちらにおぬしは圧力を感じた?」


「か……めん」


 ヴァレウスには、判断はつかなかった。次元が違いすぎるのだ。

 だが、王を認める言葉を吐くつもりはない。この否定は、彼のこれまでの人生の意地がさせたものだった。


「仮面の男か。あの男は、予の力を打ち消した。ないということもないが」


「その、剣さえあれば……」


 ヴァレウスの瞳は、王の剣に投じられていた。

 すでに彼の意識は朦朧としている。


「知らぬのか?」


「……?」


「父上が、この剣を抜いた姿を見たことがあるか?」


「………」


「選ぶのだよ、持ち主を――だが、おまえが選ばれる可能性もないわけではない。抜いてみよ」


 立ち上がり、王は剣を鞘に収めると、ヴァレウスに向かって投げた。

 ヴァレウスは受けとることができず、剣は彼の手を弾き、地面に落ちた。

 慌てて彼は剣を拾う。誰にも渡さないという執着だけがありありとわかる、無様な姿だった。


「後悔するがいい。正当な王は、私なのだ!」


 かすれた声で言い放つと、ヴァレウスは笑った。

 彼は柄を握り、いっきに剣を抜こうとするが、剣と鞘が一体化したかのように、まるで動かない。

 何度も、何度も、ヴァレウスは挑戦した。

 だが、剣は応えない。


「なぜ? なぜだ?」


「剣の主として、おまえはふさわしくないからであろう」


「そんなはずは――」


 ヴァレウスが何とかひきぬこうとしている柄を、ゼピュランスが握る。

 ヴァレウスの目の前で、輝く刀剣がやっと姿を現した。

 ヴァレウスの両眼は、ただ一心に、神々の怒りヴァッシュサルバンへと投じられている。

 彼は額に刀身が触れるまで、剣を見つめ続けていた。

 兄の剣は、弟の身体を真っ二つに割いた。


「証拠など、なかったのだがな、ヴァレウス……おぬしは甘い」





 王軍は、この後解放軍の拠点を次々と攻略。

 能動の後を継ぎ、解放軍の長となったラフニルは、さらに南へと逃がれようとしたが、王軍に捕らえられた。新たに十人会議となった者たちも、同時にすべて捕縛された。

 ジバという老人のみが、何者かの手引きにより脱走を果たしたが、それ以外の者はすべて斬られ、叛乱者として、彼らの首は長い時間さらされることになる。

 指導者を失った解放軍は空中分解し、すでに軍と呼べる物は存在しなかった。

 一六万を数えた解放軍は、十日と経たずに、地上からその姿を消すこととなったのである。


 一度は陥落したオーダルオン城塞も、城主を変えたのは数時間のみで、すぐに元の支配者へと城塞は返還された。王軍が現れた時、すでに解放軍の姿はなく、撤退を果たした後であったという。



 王都では、粛清という血の雨が流れた。

 王への叛逆へ関わったとされた南部の貴族たちは、すべて処刑された。

 南部貴族の三分の一近くが、これで取り潰しとなった。

 南部地方は、半分以上が直轄領となり、王の強力な支配体制のもと統治されることになる。




 ノウドウの名を冠した叛乱は、半年という短い期間で終息を迎えた。

 能動新樹のうどうあらきは、歴史のあだ花として、一瞬だけであったが確かに咲き誇った。それは誰にも否定できない事実である。

 彼の命の煌めきは、後の世に、大きく影響を及ぼすことになる。能動にとって意に反した形となって、それは未来に現れるのだった。

 彼の大切に思っていた姉弟の姿形を取り……。








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