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5 坂棟克臣の日常




 坂棟克臣さかむねかつおみは、自らの力を、念・念気と名づけた。

 神法術というのがこの世界にはあり、そのエネルギー源を神法力と称するのだが、自分の力とは異なると考え、彼は区別することにしたのだ。


 神法術――念、神法力――念気、という形だ。


 どこかで聞いたことのあるような名称だが、奇をてらう必要もないとの判断だ。

 名づけた理由は不便さからの解放である。


 坂棟克臣はこの世界で念気を取得して、三つの力を新たに手に入れた。


 一つは念話である。

 これは支配の契約による副産物で、主従で声に出すことなく、また距離に阻まれることなく行えるコミュニケーションツールである。

 思考がだだもれになることはなく、慣れれば電話の感覚で連絡をとることが可能だ。


 一つは、念の感知。

 探知レーダーのようなもので、念気をもっとうまく扱えないかと試行錯誤している時に、ラトからのアドバイスを受けてコツをつかみ使用できるようになった、便利索敵ツールである。

 周辺の地形や生物の存在が感知できる。


 一つは、特殊な武器――念糸である。

 従者二人の髪をそれぞれもらい、念気を混ぜこみながら強化と連結をして、肉眼では確認できない細い糸を作りあげた。

 これに念気を通すことで自由に操る。


 いまだうまく扱えないが、高出力攻撃が主体の坂棟にとって、必要最低限に念気おさえることのできる念糸は、重宝する武器となった。

 念の合理化・精密化、感覚の鋭敏化が、念糸を操るのに絶対的に必要な条件であったので、念糸の訓練によって坂棟の力は飛躍的に洗練されていった。


 いずれも念に関連する事であり、坂棟は念の訓練に貪欲であった。

 この世界では、強くなければ命を奪われるということを、彼は理解していたのである。


 生き残るために念を鍛えているというのが一番の理由であるが、別の理由もある。

 彼は戦うために念を絶対に使うであろう。

 だが、彼の念気は常識外の量であり、破壊力である。

 ハルにおかしいと指摘されるまでもなく、その程度の自覚は彼にもあった。


 このままでは、人の社会にまぎれこみ、普通に過ごそうとしても嫌でも目立ってしまう。

 酔っ払いに絡まれて家一つ破壊した、などというのは笑えない。

 というわけで、念の調整力を訓練していたのである。

 必要最低限の念を使用できるようになれば、ばれないだろうということだ。


 このような準備をするということは、つまり、というか、当然、彼は人間社会を訪れるつもりでいた。





 坂棟には二人の従者ができたわけだが、その二人の従者に関して、じゃっかん気になることがないわけではない。

 ハルは、どうも日本の文化に興味をもったらしい。その対象は服装、さらに一歩踏みこんでサブカルチャー方面である。


 あの服はやつの趣味だな、と、坂棟は推測した。

 彼女は話し方や口調もだんだんとあやしいものになっている。竜王にまで効果を及ぼすとは、日本文化の感染力はおそろしいものがあった。


 興味がしだいに趣味へと変わり、それが高じて変な方向に力を注ぐことにならなければいいが、と坂棟の中で不安の芽が育つ。

 趣味に生きる人間というのは、趣味のない人間の思考の斜め上を簡単にこえていくものだからだ。


 もう一方のラトは、どうやら社会のしくみや組織のあり方に興味があるらしい。

 これまでも人間社会に潜入し、ずいぶんと知識を吸収していたようだ。

 人間個人よりも、人間のつくるものがおもしろいのだろう。


 日本のそれにも興味を示し、いろいろと坂棟に訊ねてきた。

 最初はまじめに答えていた坂棟だが、途中からはある方面に関してフィクションを教えた。

 それは諜報機関。いわゆるスパイのことだ。

 スパイとなるにふさわしい資質をはかるための試験。

 スパイの訓練方法。

 スパイのやるべきこと。

 おおむね小説で読んだ、事実を多少誇張されたものを話した。坂棟がオリジナルでさらに誇張しているところもある。


 ラトはそれまでと異なり、黙って聞いていた。

 だからこそ、坂棟は気づかなかった。幻竜が、もっとも強い関心をこの諜報機関に示していたという事実に。

 後に、世界最強の諜報機関を創設することになるのがこのシャインラトゥであるなどと、もちろん、坂棟は微塵も考えていなかった。





 念の訓練だけでなく、坂棟は勉強もしていた。

 それは言語に関してだ。


 坂棟はハルとラトとは何の問題もなく会話をしている。

 だが、これは支配の契約で結ばれた主人と従者という関係があればこそのものなのである。

 念話の前段階の未熟な技術のようなものだ。


 この世界には、この世界の言語がある。

 古代語では、「天人語」もしくは「第一の言葉」、「地人語」もしくは「第二の言葉」と呼ばれるものだ。

 天人語は、ヒューマンとエルフの祖先が使用したもので、地人語は、それ以外の種族の祖先が使用したものと言われている。

 この二つの言語をもとに、各種族が各々の言語を発展させていったのである。

 また、種族名だけはどちらも共通していた。神々が名づけたもの、とされているからだ。


 およそこの世界の言語をすべて話せ、また文字も知っているというラトを教師として、坂棟は言語の習得をはかった。


 坂棟は優秀だった。そして勤勉でもあった。

 彼は短期間で多くの言語を習得することになる。

 それは彼の能力によるところが大きい。だが、教師がある意味優秀だったことも、早期の習得を可能にした理由に挙げられるだろう。


 ラトは間違いを厳密に正し、しかも、執念深いと思えるほどに、正解するまで、いや、間違うことが無くなるまで、何度でもそれを行った。

 とても、丁寧に、丁寧に、教える。


 説明すれば、とても良い教師だ。

 だが、この執念深さをどう見るかで、評価は変わるだろう。

 ラトが合格点というのは、無意識であろうと間違うことはない、というレベルにあった。

 これを毎日、繰り返し行う。


 坂棟はラトの教えに応えたが、彼は思った。

 もう、ラトには教師をしてもらわなくともいいな、と。

 主人と従者という関係であったからこそ、いろいろと救われた面があるが、そうでなければ、ラトの授業はとても嫌なものになる、という確信を坂棟は抱いていた。


 その正体は、スパルタだ。

 やりすぎはよくない。

 げんに、スパルタの語源となった国は滅びている。




「俺の目の錯覚でなければだけど、どんどん人里から離れてるんじゃないか? 何か未踏の地のような雰囲気が満載なんだが」


 相変わらず、森の中を、もしくは、山の中を一行は歩いていた。

 豊かな自然の景色や音色も、慣れてしまえば飽きてくる。


「一番上に立つ者は、いったん下の者に任せたら、堂々としていれば良いのです。私のことが信じられない?」


 ハルが言う。


「うん、ハルはちょっと信じられない」


「何か言いました?」


 ハルが坂棟の顔をのぞきこんだ。夜色に近い深い紫の髪が、さらさらと流れおちる。

 坂棟はハルの顔を手で押しかえして、


「どうなんだ? ラト」


「人間に会えるのか、ということですか? それなら会えますよ。もう少し歩けば、お館様にも感知できるでしょう」


「ああ、おまえらは、すでにわかっているわけだ。伊達に竜をやってないな」


「竜を無視する人間というのも、伊達ではできないと思うけど」


 いまだハルの顔に触れていた右手を、坂棟はひっこめた。すぐに、かちっと、硬いもの同士が重なる音がした。


「噛もうとしたな」


「いいえ、お館様を傷つけるようなことを私がするはずがないでしょう……でも、従者だからと言って、か弱い女を無視するのは褒められたことではないですよ」


 ほほほ、と、わざとらしい声で、ハルが笑った。

 坂棟はため息をつく。


「お館様、珍しいものが見られるかもしれません。あちらをご覧ください」


 主人を気づかったのか、ラトが提案をしてきた。彼が指さしたのは、少し離れた川辺である。


「わかりますか?」


「――なんか違うな……なんの力だ?」


「四精霊が集まっているのです。火の精霊の気配も強い。あの山が火山のようですね」


「見ろと言われても、俺の目には何も見えないけど?」


「これからです」


 ラトの言葉に反応したかのように、川辺のある地点の空気が揺らいだ。

 四色、いや、五色の色が交ざり合い、あるいは点滅するように光り、小さな球体が創り上げられていく。

 球体を中心に、明らかにそこだけ、異質な空間が生じていた。


「あれは、原精霊です。火、風、水、土の四精霊と、空の五精霊が融合して生まれます」


「凄そうだな」


 色が混ざれば濁った色になりそうなものだが、球体は鮮やかに色づき、輝きを強くしていた。


「しかし、後数秒もすれば消えてしまいます」


「そうなのか?」


「はい。本来であれば、ありえない存在ですからね。それこそ、精霊王によって――何をする気ですか?」


「おまえたちの兄弟分をつくってやろうと思ってな」


「おやめください」


「俺が何かしたところで、あれが精霊王とやらになるわけじゃないだろう。影響はたいしてないだろ」


「もちろん、精霊王は、五精霊ではありませんからね。しかし、だからといって危険がないわけではありません。原精霊はわからないことが多いのです」


「もう遅い」


 距離はいまだに五メートル以上離れているが、坂棟はすでに、原精霊に対して干渉していた。

 いつものように力技で支配の契約をおこなっていく。

 力技であるのに、その手際と念気の流れは美しいと評せるほどに滑らかだ。


 坂棟と彩り鮮やかな原精霊の間には、光の橋がかかっている。

 美しい眺めである。


 だが、これは坂棟が一方的に巨大な念気を送り、支配しようとしている行為が形になった光景なのだ。

 見えない巨大な腕で対象を握りつぶそうとしている、というのが、本来の正しい映像だろう。


 ラトは、坂棟の邪魔をしないように、だが、彼をいつでもかばえるように自らの位置をやや前にずらした。

 一方ハルは、おもしろそうに見ているだけだ。

 主人の危険を考えるよりも、主人が何をなすのかを期待する目つきである。


 対照的な対応をとる従者二人のことを、主人はたいして意識していない。彼にはあまり余裕がなかったのだ。


「核となるものが――」


 坂棟は舌打ちをした。

 縛る対象がうまく見つからず、霧を掴み取るかのような感覚が彼の中にはあった。


 突然、巨大な火柱が生じる。次いで、突風が川辺に吹き荒れた。

 自然災害が、局地的に生じていた。


「何もしなくていい」


 ラトの動きを察して、坂棟が命じる。

 原精霊はさまざまな変化を見せ、それは周囲に多大な影響を与えるはずなのだが、そうはなっていなかった。

 見えない壁が弾きかえしているのだ。

 従者二人は何もしていない。

 坂棟の念である。


「そうか、そのまますべてを核に――」


 呟くと、坂棟の送る念気の量が莫大に増え、その輝きにより、一瞬、周囲が光に支配された。

 光はすぐに消失し、もとの静かな森の風景がよみがえる。


 原精霊が存在していた場所には、多量の蒸気が上がっていた。

 蒸気の中から人影が見え隠れしている。


 すると、一陣の風が蒸気を上空へとまきあげた。

 後には、筋骨たくましい大柄な男が膝をつき、臣従の姿勢をとっていた。


「ゲン……いや、セイにするか。おまえの名前は、セイだ」坂棟は小さく肩をすくめた。「そして、俺の名は、坂棟克臣。よろしく」


「承知しました」


 この時、三人目の従者を坂棟は得たのである。

 だが、坂棟はセイを見おろしながら、新たな仲間を得た喜びの表情ではなく、困惑のそれを浮かべた。


「その姿はさすがに困るな」


「申しわけありません」


「二人とも、簡単なものでいいから作れたりするか?」


 先輩従者の二人は、気のないそぶりで首を振った。


「じゃあ、どこかで調達するしかないな」


 原精霊が人化したセイは、竜たちとは異なり、裸で現出したのである。

 もちろん、坂棟の趣味ではない。

 竜がおかしいのであり、服を着ていない方が普通なのだ。








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