表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/178

19 ザルグの会戦 終曲




 能動は、本陣に突入すると馬から跳び下り、周囲にいた兵士たちを薙ぎ払った。

 鍛えられし希望アレウキルスが、能動に応えて、薄く光る。彼が剣を振るうと兵は斬り裂かれ、本陣が風圧に飛ばされた。

 むきだしたとなった本陣には、いまだパルロ王が腰かけていた。

 能動を囲むように王軍の兵士たちが並んだが、彼と王との間をふさぐような位置はとならなかった。

 周囲で奏でられている剣戟のかすかな音が、能動の耳に届く。それは、解放軍の兵士が戦っている証。彼の突撃に、何とかついてきている者たちがいるのだ。


「それが希望を鍛えたという剣か?」


 敵の侵入を眼前に許したにもかかわらず、ゼピュランス王はまったく動じていない。

 座った姿は悠然としたものだ。

 彼の傍に立つ武将も、冷静に能動を見ていた。腰には、二本、刀を差している。


「そうだ。勇者の剣だ」


 臆面なく言うと、能動は剣を一振りした。


「なるほど。それにしても、ここまで敵の侵入を許すとは、パルロの兵士は大陸最強であるなどと、これからはとても口にできんな」


「陛下、畏れながら一口にパルロ兵といっても、その質には違いがあります。それを無視しての評価は、正当なものとは言えないかと」


「ここにいる兵がパルロで最弱であろうと、敵はろくに武器をとったこともない者たちだ。そのような者たちにしてやられるなど、論ずるに値するのか」


 王の言葉に、武将は沈黙した。

 能動に対して構えをとっている兵たちの間に、粛然とした空気が流れる。

 まったく能動の存在を無視している。


「敵を前に反省会とは、余裕だな」


 能動には余裕はなかった。

 目の前の男たちは強い。これまで、戦ってきた者たちとは、次元が異なる。

 戦いの経験が、強者の見極めを能動に教えていた。

 能動とて格段に強くなっている。剣の腕はずいぶん上達した。神法術の扱いも含め、彼に勝てる者など、そういないだろう。

 だが、その彼をして大きな圧力を肌に感じていた。


「余裕をなくす理由が、予にあるのか?」


 口角を上げて言うパルロ王の言葉に、能動は屈辱じみた感情を抱かされた。

 命を狙う者と、能動はパルロ王に認識されていない。命のやりとりをする同等の相手として認められていないのだ。

 だが、能動は即座に切り替える。むしろ、パルロ王の余裕は油断であり、自分にとってはチャンスだと思った。

 勝機は充分にある、と彼は考えたのだ。

 実力が上である者が、弱者に敗北することがたびたびある。原因は、自信過剰による不必要な余裕だ。

 能動には、王の姿が過去の強者と重なって見えた。

 何とかして、自分にとって有利な状況を作り出す。王の反応を見れば、それは不可能なことではない。

 一瞬でも良い。その状況を作り出せれば、厚い雲の隙間から、勝機が光となって零れ落ちてくるはずだ。

 絶対に必要なことは、多数を相手にしないことだ。できれば、王の隣にいる存在とも戦いたくはない。

 これは、おそらくクリアできる。パルロ王は自身の武勇に絶対の自信を持っている。だからこそ、可能なやり方があった。

 強者に対してやるべき提案、それは決まっていた。


「パルロ王に、一対一の決闘を申し込みたい」


「なんだと?」


 王は笑った。


「初めてだな。予にそのようなことを言った者は」


「陛下に挑むほどの力があるとは見えませぬが」


「待て。オニの王と、どちらが強いと思う?」


オニの王は、自らの力のみで、王の下までたどりつきました。しかし、この男は他者の力を頼って、ここまで来たのにすぎません」


「だが、オニの王は、とても万全とは言えない状態であった。こやつは、傷一つ負っていないようだ」


「ならば、私とその者との戦いを見て、陛下は判断を下されますよう」


「いや、予が戦おう」


 ここが戦場であることを忘れるほどに、王と臣下の会話は、あまりに普通にかわされていた。

 戦場にあっても、たとえ、すぐ傍に命を狙う者がいたとしても、パルロ王は自由であった。

 王は、敵を目の前にして、なおこの場の支配者なのだ。


「承知しました」


「というわけだ。おまえの望みのとおりに、予自ら剣をまじえよう」


 ゼピュランス王は立ち上がると、すらりと剣を抜いた。

 構えるということはせずに、自然体のままに王は立っている。

 能動の挑発は成功した。勝利のための前条件は成立したのだ。後は、戦いの中でわずかな勝機を勝ち取るだけだった。


「予の剣は、神々の怒りヴァッシュサルバンという。最初のパルロ王にして、初代勇者の愛剣だ。同じ勇者の剣ということだな。どちらの剣が神々の寵愛を受けているのか、それを確かめるのもおもしろくはある」


 ゼピュランスの口上を聞きながら、能動は静かに深い呼吸をし、中段に剣を構えた。

 ふっと呼吸を止め、鋭く一歩を踏み出す。

 一瞬にしてパルロ王を射程圏内に捉えると、能動は剣を突き出した。

 王の胸に届くかと思われた剣は、目的を果たすことなく弾かれる。

 光が宙に散った。


 戦いが始まっても、ゼピュランスに構えはなかった。

 彼は無造作に剣を振るう。

 能動の攻撃は、すべて直前で弾かれた。

 能動は懸命に剣を振るった。彼は、最初から全力だった。自分が持つ最高の力と技術で、能動は挑み続けている。

 剣閃は、余人の目には光の乱舞としか認識できていないだろう。

 それほど能動の動きは、常人から逸脱していた。周囲の兵士には、一方的に王が攻められていると映っているかもしれない。

 だが、実情は異なる。

 能動の剣は、ゼピュランスに対して通用していなかった。

 実際、王はほとんど立ち位置を変えることなく、能動の剣をさばいているのだ。

 あまりに大きな実力差であった。


「なるほど、伝え聞く話はあながち嘘ということではないようだ。確か、悪竜バルバズであったか、おぬしは倒したのか?」


 能動の剣は、大きく弾かれ、彼は後ろへたたらを踏んだ。

 能動との戦いの最中に、王は、鍛えられし希望アレウキルスについて考えていたらしい。

 それほど余裕があるのだ。

 能動にとって勝機となるはずのパルロ王の余裕は、まだ油断へと繋がっていない。


「どうなのだ?」


「倒した」


 構えなおして、能動はゼピュランスの隙をうかがう。

 どこかに必ず隙はあるはずなのだ。

 完璧な人間などいない。


「その昔、悪竜は勇者に倒され改心したというが、ならばなぜ、勇者の意に沿う人物にまで襲いかかったのか? それとも、おまえは勇者に認められたわけではないのか?」


「さあね」


 半ば吐き捨てるようにして、能動は言った。会話の内容は彼の脳内にほとんど届いていない。彼は戦いに集中していた。

 絶対に負けるわけにはいかない。彼の後ろには、数十万の人間がいるのだ。こんなところで、落ちるわけにはいかない。


「予の興味は、今、竜王にあるのだ。しかし、それなりに名の知れた竜がおぬし程度に敗れるとは、これでは、本命もあまり期待できそうにない」


「そうかな?」


「おまえは、なかなか強い。異界者であることが関係しているのかもしれぬ。だが、それ以上ではない」


「なぜ異界者だと知っている?」


「顔を見ればわかる」


 隙が見えない。

 このままでは駄目だ。

 彼個人の技術だけでは、ゼピュランスを超えられない。

 能動は決意した。

 いや、最初からそのつもりだった。

 この剣の力をすべて解放して、一撃で王を沈める。

 ゼピュランスが余裕を見せて、これまで通り攻撃を受けようとすれば、今度こそ間違いなく王の防御を突破できる。

 神剣・鍛えられし希望アレウキルスには、絶大な力が宿っているのだ。たとえ、同等の剣であっても受けきれるはずがない。


 だが、攻撃を為した後、能動は大きな隙を生むことになる。剣のみではなく、それを振るう能動も全力を尽くすが故に生じる隙だ。

 敵陣真っ只中にあって、それは致命的なものとなるだろう。おそらく、彼の命は、王の配下に奪われることに違いない。

 それでも、能動の命をかけなければ、とても倒せない敵なのだ。

 無事に帰るという約束を違えることになる。

 だが、この絶対者である王を倒せば、後はジークセイドたちが何とかしてくれるはずだ。

 能動はそう信じている。


鍛えられし希望アレウキルスよ。真の力を示せ」


 能動の中にある神法力が、すべて神剣に吸いとられていく。

 細身の剣は、強烈な輝きを放ち始めた。

 パルロ王が目を細める。何が起ころうとしているのか、観察しているようだ。

 その瞬間、能動は強く踏み込んだ。

 彼の踏み込みの強さを表すように、地面がへこみ、土が舞った。

 低い体勢のまま、飛行しているかのようにして、能動は突きを放つ。全力で伸ばされる能動の右腕。

 その速度は、これまでの最速。

 それは誰にも避けられない攻撃。

 鍛えられし希望アレウキルスは、王の胸へと吸い込まれていく。

 能動は、コマ送りをするように、すべての光景を視界に捉えていた。

 強烈な光が彼の網膜を焼く。

 腕に伝わる感触は、強靭な壁。

 届くはずの剣は、これまでと同じように目的を果たしていない。


「同じだと言っただろう?」


 呟く王の声が、無感情に能動の鼓膜を揺らした。


「剣の力を予が知らぬと思ったのか?」


 鍛えられし希望アレウキルスが、同じ輝きによって受けとめられていた。

 剣が滑り、互いのつばが音を立てる。

 剣を挟んだ能動とゼピュランスとの間は、わずかな距離しかない。


「やはり偽物か」


「この剣は本物だ!」


「違う――おまえが偽物だと言ったのだ」


「なに?」


 ゼピュランスが剣に力を込めた。

 能動は後ろへと跳ぶ。

 追撃はなく、王は、神々の怒りヴァッシュサルバンを天へと振り上げた。


「神剣の本当の力を、おまえに最期のたむけとして見せてやろう」


 凄まじい力を感じ、能動は頭上を見る。

 光が彼に向かって直下してきていた。

 能動は、光の柱に呑みこまれた。



「ほう」


 光が消えた後、王は感心の声を上げた。

 能動は、鍛えられし希望アレウキルスを両手で持ち、上段防御の姿勢で立っていた。

 鎧は失われ、火傷と裂傷で彼の身体は赤黒く染まっている。

 息をしている――そのこと自体が奇蹟に思えた。


「耐えきるとは、やるではないか」


「今度は、こっちの番だ――」


 息も絶え絶えになりながら能動は言う。


「いいや、違うな。攻撃するのは、予だ」


 王は無造作に剣を振るった。

 金属のぶつかる高い音がした。

 王はまったく揺るがず、能動はよろめいた。

 だが、倒れない。

 それどころか、自ら王に向かっていった。

 身体に力感はない。にもかかわらず、剣先は鈍っていなかった。

 しかし、王の攻撃に容赦はない。

 能動は守勢にまわった。

 それでも彼は耐える。諦めずに、剣を振るった。

 戦場の視線が、すべて二人に集まっていた。

 勝敗は明らかように見えた。

 いつ能動が斬られてもおかしくない。だが、彼は、斬られなかった。体力も尽き、実力差も明確なのに、能動は倒れることなく戦い続けている。

 剣を振り、踏みこみ、あるいは、さばき、動きがまったく止まらない。鋭さは失われていた。呼吸は大きく乱れ、肩で息をしている。

 それでも彼は戦っていた。

 わずかな淡光を放つ、希望の剣と共に――。


「なるほど、その剣がおまえの支えか」


「……この剣は人々の希望だ」


「ならば、その希望とやらを砕くとしようか」


「そんなことはできない! 希望だけは、誰にも奪えない人間の権利なんだ!」


 全身傷だらけの中、能動の瞳だけは輝きを失っていない。

 剣を構えたまま、彼の眼差しは、王を捉えて決して離さなかった。

 能動新樹のうどうあらきは、まだ勝負を諦めていないのだ。


「では、見せてみよ――叛乱者よ」


「僕たちは、叛乱をしているんじゃない。解放されるために戦っているんだ! あなたはそれを認めるべきだ」


 吐息のような声で、能動は反論した。

 鍛えられし希望アレウキルスが、再び強烈な光を放つ。いや、先程よりもその光は強い。

 それは、能動の命を燃やし尽くすような輝きであった。

 終わりを迎える前の、一瞬の光輝。


 対して、神々の怒りヴァッシュサルバンも同様に、輝きを放ち始めた。

 二つの太陽が地上に現れる。

 そして、天をも焦がさんとする二つの輝きが、正面から激突した。

 光がザルグ平野を支配する。

 光の煌めきは、暴風となって、戦場を駆けぬけた。





 光と闇が戦っていた。

 天空を飛ぶ、翼人たち。光に包まれたその姿は、冷えた美しさがある。

 相対するのは、異形の怪物。鎧のような黒々とした体躯、節の目立つ多数の足。

 翼人たちの声が、共鳴し歌になる。

 異形の怪物は、何かをこするような奇怪な音を響かせた。

 天の半分は、翼人の光輪で満たされ、天の半分は、一二の巨大な怪物と、一体のひときわ大きな影によって、闇に塗りつぶされている。

 地上にあるのは、鍛えられし希望アレウキルスを持つ勇者の姿――。


 ――何かが砕け散る髙い音。



「なんだ、今のは?」ジークセイドが呟く。


「なんだ?」別の場所で坂棟が呟いた。


 それは、一瞬にも満たない映像だった。

 だが、二人の男の脳裏に確かに焼きついた。





 光が消えた後には、二人の男が立っていた。

 だが、その姿は対照的だ。

 一方は無傷のままで立ち、一方は満身創痍で立ち尽くす。


「な……ぜ?」


 呆然として能動は呟いた。

 細身の剣にヒビ割れが生じる。刀身に走ったヒビは、ついに神剣にとどめを刺した。こなごなに神剣が砕け散る。

 小さな結晶がきらきらと光った。

 それは、先程の輝きとは比べものにならないほどに、ささやかな煌めきであった。

 能動の手にある鍛えられし希望アレウキルスは輝きを失くし、ヒビ割れ、剣先が失われていた。


「二番煎じが勝てると思っていたのか、異界者よ。神剣は、異界者ではなくヒューマンに授けられたものだ」


 王は笑い、無慈悲に剣を振るう。

 能動には防御する手段も、避ける力も残っていなかった。

 彼は剣の輝きが迫るのを見ていた。


「オフィーリ――」


 言葉を終えることなく、能動の首は胴体から分断された。





 能動の首が長槍に突きたてられ、高々と戦場にさらされた。

 解放軍の希望は失われたのだ。

 ただ一人の死によって、一〇万人の潰走が始まる。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ