17 オーダルオン攻略
坂棟隊は、夜の内にオーダルオン城塞の近くまで移動していた。近くと言っても、城塞監視塔から視界に入るような距離ではない。
騎馬隊五〇〇に歩兵一〇〇〇が坂棟の有する兵力である。
その夜、坂棟は兵と馬にしっかりと休息をとらせた。
坂棟とセイは、上空からオーダルオン城塞を偵察した。
兵士は五〇〇〇近くいる。
たとえ、うまく中に入ることができたとしても、五〇〇〇という敵軍は少々多すぎる。坂棟は、セイの力を使う必要があるかもしれないと考えた。
翌早朝、陽も上がりきらない時間帯に、セイがオーダルオン城塞の動きを察知した。
坂棟はまた偵察へと出る。
彼は、上空から一〇〇〇人ほどの騎馬隊が、前線へ駆けて行ったのを見た。
援軍にしては少ない数だ。
何より、一人だけ非凡な力をもった存在を感じた。
八将だろうか。
数万の兵を援軍として送るのは、時間と費用が多くかかる。その点、圧倒的な武勇を持つ個人を援軍とするのなら、移動も迅速であるし、金もかからない。効率的な戦力の運用方法と言えた。
パルロ軍の戦力増強により、解放軍が劇的に勝利するという可能性はさらに減ってしまった。
昨日以上に厳しい戦いになるだろう。
だが、無理をしなければ負けない戦いをすることは可能なはずだ。
坂棟のかけた発破は、余計なものであったのかもしれない。今は能動の指揮に期待する他なかった。
戦場での勝利が望めないというのなら、戦局を広げ、別の場所で勝つよりない。オーダルオン城塞を陥落させることである。
オーダルオン城塞を落さなければならない理由が増したことは間違いなかった。
オーダルオン城塞の城壁には、周囲を監視する兵士たちの目がある。
かがり火の力を借りなくとも、充分に視界がひろがった頃、一人の兵士が、水平線上に見える影に気がついた。
「なんですかねえ、あれ?」
「なんですかねえ、じゃない。もっとしっかりと報告しろ」
彼の傍には上司がいた。最も階級の高い、巡察の責任者である。
「そんなこと言ったって。数はあまりいなさそうだし……まさか、王様が襲われたってことはないですよね」
上司は部下の言葉にどきりとした。
王が倒れるようなことがあれば、パルロ国は混乱の泥沼に沈むことになるだろう。
叛乱軍を討伐するどころの話ではない。
アルガイゼム帝国はおろか、エンシャントリュースまでも攻めてくるかもしれなかった。いや、エルフはヒューマン社会に無関心だというから、それはないか。ボルポロス公国辺りは態度を変えてくるに違いない。
変わるのは外ばかりではない。内こそ大きく変化をするはずだ。
軍内部の状況もがらりと変わるだろう。
しかし、彼の心配は杞憂に終わった。
「ふざけたことをぬかすな。あれはおそらく負傷した神法術師を安全なオーダルオンに輸送しているんだ」
「……でも、神法術師がケガをするって、充分重大なことですよね。噂じゃ、全体の半数くらいが死んだとか言われていますけど、本当のところどうなんですか?」
神法術師は戦力として有能な上に数が少ない。だからこそ、一般兵とは比べものにならないほどに貴重な存在として扱われる。その彼らが多く負傷する事態と言うのは、ただごとではないのだ。
「そんなわけあるか」
「そうですよね。あんな奴隷崩れたちに神法術師がやられるはずがないですよね。うちに運びこまれているのも、二〇〇人くらいですもんね。でも、また今日もケガ人となると、けっこうな被害が……」
「つまらんことを言ってないで、さっさと迎えいれる準備をしろ」
「かしこまりました」
兵士が駆けていく。
「上にも報告しろ」
別の兵士にさらに命じた。
「承知しました」
慌てて駆けだした部下たちを見る上司の顔は、決して平穏とは言えないものだった。
初日に、七割近い神法術師が死傷した、と彼は聞かされていた。
彼とて正確な情報は教えられているわけではない。
だからこそ、神法術師の被害について、余計な想像をしてしまう。
大きな損害を受けたわりに、後方のオーダルオン城塞へ送られてくる神法術師の数は少なかった。
これは、被害が小さいのではなく、戦死したからと考えた方が正しいのではないか。死者に比べ負傷者の割合が小さかっただけの話なのだ。
そうなると、神法術師はいったいどれほどの被害を受けたのか。
城内には余裕の空気が流れているが、実際の前線は苦戦しているのではないか。
王のあの突然の動きは、前線の不甲斐なさをただすためのものと考えれば、納得もいく。
彼は、近づいてくる集団に目を凝らした。
それなりの数が、かなりの急ぎ足で向かってきている。
二、三〇〇人の神法術師、それの警護に当たっている護衛兵が、五、六〇〇人辺りというところだろうか。
神法術師を守るにはいささか少ないのではないか、と彼は思った。
後方に人数を割くことが難しいのかもしれない。
やはり、前線はきついのか。
開門の権限は彼より上の人間がもっていた。
あの急ぎようは、追われている可能性がある。神法術師を助けるためにも、早い対処が必要だろう。
彼は先程走らせた部下に不安を覚えた。
うまく伝わるだろうか。迅速な対応をとるためには、正確な情報が上にあがらなければならないのだ。
彼は、念のためにもう一人報告を走らせた。
オーダルオン城塞城門前で、城塞守備兵と護送任務にあたっているという護衛兵が会話をしていた。
仲間だとわかっているとしても、さすがに無条件で入城の許可は与えられないので、確認作業を行っているのだ。
「ずいぶん、ひどいな」
守備兵の率直な感想だった。
たどりついたパルロ兵は、全員が、ぼろぼろだった。
呻き声がいたる所で上がっている。護送されている神法術師だけではなく、護衛兵からも上がっているのだ。
全員が砂塵で全身を汚していた。余裕のない行軍だったのだろう。
早く中で休ませてやろうと、彼は部下に確認作業に早めるよう命じた。
「叛乱軍はたいしたことはない。だが、数が多すぎるんだ」
悔しそうに護衛兵が告げる。
「一五万とか、二〇万とか言う話だったが、本当みたいだな」
「しかも、騎馬隊もいて、俺たちはついさっき襲われた。今、味方が懸命に戦って時間稼ぎをしてくれている。できれば、ここから援軍をだしてもらえないだろうか?」
「――そうか、ああ、わかった。上にすぐ伝えよう」
騎馬隊と戦っているという兵士たちは、見捨てることになるかもしれない。オーダルオン城塞には、兵力の余裕がなかった。
しかも、王の護衛のために、一〇〇〇の騎馬隊が出陣している状態である。敵騎馬隊の練度などたいしたことないだろうが、少数の歩兵で挑んでは被害を増すだけだ。かといって、多くの兵力を出兵させて城塞に穴を開けるわけにもいかない。
その時、城壁から叫び声による忠告が飛んできた。
「敵襲!」
「何だと!」
遠くに騎馬隊が見えた。数百騎はいそうである。
かなり速い。思ったよりも訓練されている。
彼らの存在は、ある事実を導きだした。足どめをしていた兵士たちは、すでにやられたということだ。
「城門を開けろ」
すでに確認作業を行っている時間はなかった。
じりじりとした長い沈黙――実際は、数秒であっただろう。
堅牢な城門は、ゆっくりと上昇していった。
「さあ、入るんだ!」
一〇〇〇人近い人間が、オーダルオン城塞へと足を踏みいれた。
「情なのか? それとも、神法術師だからか?」
集団の中央あたりにいた黒髪の男の呟きを聞いた者はいない。
神法術師と護衛兵は、坂棟隊が変装した姿であった。
神法術師の集団に奇襲した時に、彼は兵士たちに神法術師の衣装を一定数奪わせていた。同時にパルロ兵の物も奪っていたが、足りない物は能動に準備させたのだった。
城門を越えた後の、坂棟の行動は早かった。
(セイ)
(御意)
集団の後方にいた大柄な男の影が消えた。再び降ろされようとしている城門の操作を停止させるために、行動を開始したのだ。
「散れ!」
坂棟の声とともに負傷していたはずの神法術師たちが立ちあがり、護衛兵たちが剣を抜いた。
「なんだ、何ごとだ!」
城内のパルロ兵たちはすぐに攻撃をしてこなかった。堅牢な城塞にこもっていた彼らは、敵に攻めこまれるという現実を簡単に受け入れられないのだ。
正体を現した坂棟隊はパルロ軍に合わせてやる理由はない。
坂棟は移動すると、位が高いと思われる男の周囲にいた兵士五人を、一瞬にして斬殺した。
部下の死を間近に見ることになった男に、彼は剣先をつきつける。
「城主と言うべきか、指揮官と言うべきか、いずれにせよ、この城塞の責任者に会わせてもらおう」
剣を首へと突きつけられた男は、視線のみを周囲へめぐらした。城塞内では、すでに戦場が生じている。
「城門を下げろ!」という怒鳴り声が発せられたが、その声に、城門が応じることはなかった。
外から勢いのままに騎馬隊が駆けこむ。オーダルオン城塞は、ついに騎馬隊の侵入も許してしまったのだ。
総数では一五〇〇対四〇〇〇で、倍以上の差があるが、坂棟隊は兵が一カ所に集中しているのに対し、防衛側は、配置についているために集中しておらず、それどころか、一〇〇〇は、交替勤務のために休憩をしていた。
さらに、朝食後であったことが、兵士達の動きを悪くした。
坂棟隊はパルロ軍を圧倒している。
「さあ、連れていってもらおう」
坂棟が要請する。
「断る」
「中に入れば、多くの兵士がいるだろう。そこに連れていけばあなたも死ぬだろうが、俺を殺すこともできるかもしれない」
「妙な仮面をかぶって、おまえが指揮官か?」
「俺の問いに答えるのが、先じゃないか」
「ついてこい」
男が坂棟に背を向けた。
胆が据わっている男のようだ。
「質問に答えよう。俺が指揮官だ」
坂棟は、この後、兵士数十人を苦も無く排除し、男に決定的な敗北感を与え、オーダルオン城塞の最高責任者と面会することになった。
「本当にこの城塞を落とせると考えているのか? おまえたちは、二〇〇〇にも満たない兵力ではないか」
最高責任者となっている男の言葉は、最後の虚勢であったのかもしれない。
「なぜ、二〇〇〇と決めつける? そちらとこちらでは、事情がまったく異なることは知っていると思うが」
一般兵でも、両軍に兵力差があることは知っていた。
「あと、勘違いしてもらっては困るが、二〇〇〇でも充分に制圧できると思ったからこそ、攻撃した。実際、そうなっているだろう」
オーダルオン城塞の仮の城主となっている男は、答えられない。
すべてが後手に回り、防衛側がすでに多くの死傷者を出していることを、彼は知っていたのだ。
いくら虚をつかれたといえども、ここまで手も足も出ないというのは、彼にとっては、大きな計算外であった。
その理由は、セイという規格外の戦力の働きがあったからなのだが、城主が知ることはなかった。
「叛乱軍が策を講じたとは、一度も聞いたことがなかったが、すべて今日の日のためか」
「そこまで勘ぐる必要はない。逆だよ。バカだと思われているから、やってみる価値があった」
「そちらの求めるものは、何だ?」
「全面的な降伏。武装を解除し、全員に集合してもらおう」
「私の命と引き換えに、兵士たちの命を救ってもらいたい」
「いいだろう。ただし、あなたの命もいらない」
「情けを知らぬのか」
「あなた以外に、兵士をまとめることができるのか? 退去に時間をかけるなど無意味だろう? 俺は、時間を無駄にしたくはない。それだけだ」
四時間後、城主は傷ついた兵士たちを連れて、オーダルオン城塞を後にした。
初めてオーダルオン城塞は、パルロ兵以外の者を、城主として迎えいれることになったのである。
城主は、本体へと合流するために、三五〇〇人を率いて行軍していた。
負傷者も多くいるので、行軍速度は遅い。
すでに、陥落を知らせる早馬は本隊へと送っている。
彼は、重い処罰を受けることになるだろう。そのために、生きのびたのだから、かまわない。
彼は、責任を負う立場にあるのだ。
「何か近づいてきます」
孤影が遠くから走ってきていた。
騎馬である。
その姿はすぐに明らかになった。
八将ロッドガルフだ。
「……将軍――」
なぜこんなところに、という言葉を城主は呑みこんだ。
「なんだ、おまえたち。もしかして、城が陥落したか?」
「申しわけございません」
先に行った早馬の使者から事情を聞いたのだろうと、城主は考えた。
そうでなければ、情報を知りようがないし、オーダルオン城塞が落ちることなど、パルロ人ならば、一人として想像できないはずだ。いや、想像すらしない。
それほど、あの城塞は難攻不落で天下に鳴り響いていたのだ……昨日までは。
「本当に落ちたのか……敵の大将は、仮面の男か?」
「はい。白い仮面の男です。報告を聞きませんでしたか?」
「ああ、あの早馬のことか」
「はい」
「そういえば、悲愴な顔だったが――そんなことより、どうだ? 仮面の男は、一騎打ちに応じると思うか?」
「は?」
「戦ったのならわかるだろう? 残念ながら俺はやつとは、まだ戦ったことがないのだ」
「わかりません。しかし、策を弄し、城を奪った男が、圧倒的優位な立場にありながら、わざわざ命を落とす危険に自ら飛びこむとは思えませんが」
「策を弄したか。ふーん、そうか。つまらんな」
つまるつまらぬの話ではない。
しかし、戦場にあっても、この将軍はいつだってのんびりとしているのだ。
「じゃあな」
「あ、将軍は、どこへ?」
「どこへって――」
ロッドガルフは笑う。
「そりゃ、強いやつがいるところへ、だろ?」




