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16 ザルグの会戦 静音




「何をしているのだ!」


 戦況への不満を隠さずに、ヴァレウスは言葉を吐き捨てた。

 朝から攻撃を再開したが、状況は昨日と何ら変わらない。

 彼は、ロッドガルフを右翼に戻したのだが、さして効果は見られなかった。

 八将と言っても、しょせん成り上がり、期待するほうが間違っていたのだ。

 ヴァレウスは自ら前線に出ることも考えたが、敵軍の将が動いていないにもかかわらず、先に自分が動くというのは、彼の自尊心が許さなかった。

 戦いの最初から陣頭指揮を執っていたならば、それは当初からの作戦であり、相手に左右された物ではないと周囲を納得させることもできるだろうが、今さら無理だ。

 敵が見下している相手だからこそ、戦うことに懸命であると見てとられるのが、ヴァレウスには我慢ならなかった。

 神法術師たちの失敗が、ヴァレウスの邪魔をしていた。神法術師を使えたならば、もっと簡単に戦を優勢に運べていたはずだ。

 最初から新戦法などやるべきではなかったのだ。


 ヴァレウスの周囲は、硬い沈黙が支配している。誰もが彼に視線を向けることはしなかった。

 すでにヴァレウスは不機嫌を隠していない。

 ヴァレウスには彼らにかまっていられない理由があったのだ。

 信じがたく馬鹿げたことに、王がすぐ近くまで来ていた。

 おそらく、昼までにはこの陣幕に現れることだろう。


 彼は昨夜の内に、王が来訪するという報告を受けていた。

 この報告を受けた時、彼の脳は瞬間的に沸騰した。屈辱で目が眩む思いであった。

 王が戦場にあるということは、総指揮官は最高位の人間である王となることを意味する。ヴァレウスは総指揮官ではなくなるのだ。指揮権を剥奪されるなど、ヴァレウスの人生であってはならないことだった。

 使者に対して感情を押し殺した声でヴァレウスは報告をねぎらった。しばらく一人となり、彼は感情を爆発させた。感情を発露させると、彼はいくらか冷静になった。

 ヴァレウスの頭脳が働き出す。

 この来訪は、ヴァレウスにとって、実はチャンスであった。

 彼の兄は、行動に躊躇というものがなく、休むということをしない。最短の時間で彼の前に姿を現すに違いなかった。

 王は速度を重視してる。そのために、間違いなく身軽であるはずだ。

 せいぜい、八将の一人が傍にいるくらいだろう。

 うまく隙をつけば、彼の剣は、王に届く。

 ヴァレウスは哄笑した。

 だが、その前に、叛乱軍を撃退しなければならなかった。

 四万を超える兵の指揮権を、王に取りあげられるわけにはいかないのだ。兄の愚かさゆえに生まれたチャンスを逃すのはあまりにもったいない行為だった。


 翌朝からの攻撃に対して、ヴァレウスが必要以上に結果を求めたのは、こういった私情の働きにあったのである。

 王の到着は早ければ昼、遅くとも夕刻であるはずだ。半日での決着など、昨日と戦いぶりを見れば現実的ではない。

 無駄だと半ば理解しながらも、ヴァレウスは将兵を叱咤し続けたのであった。



 王は疲れた様子も見せずに昼前に現れ、ヴァレウスは兄に対してかしずいた。

 この場には、ロッドガルフもいる。

 陣幕には緊張があった。

 王の苛烈さを知らない者はいない。

 だが、一方で思う。まだ、戦いが始まって一日しかたっていないのだ。負けていない。むしろ、敵軍に多くの被害を与えていた。

 王の勘気に触れる理由はないはずだった。

 しかし、わからない。何かが、王の怒りに触れたのかもしれない。たとえ理不尽であっても、王の意思は絶対なのである。

 王に対する畏怖が全員の中にあった。

 ヴァレウスも言葉がない。王の意図はどこにある?

 戦況は変わっていなかった。説明すべきことは、通り一辺倒のものでしかなく、王がそのようなものを望んでいないことはわかっている。


「なぜ、おまえが前線に出ない?」


 王の声が冷たく響く。その声はヴァレウスに向けられたものだった。


「叛乱軍は首謀者頼み。私が出ることで、わざわざ呼びよせることはありません。このままでも充分に勝てます」


「兵が死ぬではないか?」


「………」


 兵は死ぬものだ。

 それとも、自分が死んだ方がいいとでも言うのか、とヴァレウスは内心反発を覚えた。


「兵を殺さずに戦えと言っているのではない。なぜ、もっと簡単に勝利できるものを、長びかせているのだと言っている。叛乱軍で目を引くのは、その首謀者とやらをあわせたところで、三人程度であろう? 八将が二人いて、なぜ、その者たちに自由を許しているのだ?」


「自由を許してはおりません。彼らは、むしろ逃げ隠れています」


「ほお、自由を許していないか――おぬしにとって自由を許さぬというのは、指揮権を与えたままの状態を言うのか? だが、予にとって自由を許さぬというのは、首に縄を縛り、目の前にひざまずかせることを言うのだ!」


 ヴァレウスは頭を下げた。

 言われなくても、わかっていた。

 本来ならば、こうではなかったのだ。

 それに、まだたった一日しかたっていない。

 兄は、王として狭量すぎる。


「陛下、よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


 ロッドガルフである。

 彼の持つ雰囲気は飄々としていて、普段と変わらない。王の威圧をまったく恐れていないようだった。


「一つ懸案がございます」


「それは、何か」


「はい。ユーノ卿が言うとおり、正直叛乱軍はたいしたことはございません。ただし、危険な存在が一人だけ見受けられました」


「騎馬隊の将か?」


 この言葉で、王が細密に情報を集めていることを、ヴァレウスは確信した。

 当たり前のことだが、彼は監視されているのだ。


「そのとおりでございます。私は方々に斥候を放っておりますが、騎馬どころか、その影すら踏むことができぬ始末」


「それで?」


「私をあの騎馬隊の捜索にあたらせてもらえないでしょうか?」


「いくら脅威であるからと言って、たった五〇〇の騎馬隊に、兵を割くわけにはいくまい。兵力差を知らぬわけではないだろう」


「もちろんでございます。捜索は私一人、指揮はミュラーゼンに任せればよろしいかと」


「おぬしが興味を持つほどか――居場所の見当はついているのか?」


「御意」


「言ってみよ」


「オーダルオン城塞。私ならば、あそこを落とします」


 王とロッドガルフの会話をヴァレウスはただ聞いていた。

 彼の耳に入る意味のある情報、それは、八将が一人、王の傍からいなくなるということだった。幸運の女神はヴァレウスに惚れているらしい。





「王旗が翻っている。これが意味することは一つだ。パルロ王ゼピュランスが、あそこにいる」


 能動の傍には、バーンとジークセイドがいた。


「前線に立つつもりですか?」


 バーンが訊ねる。


「ああ、これは最大のチャンスだ。王を討てば、この戦いは終わる」


 それどこか、パルロ国は大きな火種を自らの内に抱えることになるのだ。

 後継者争いである。

 現王には子がいないので、明確な後継者はいないに等しい。

 二人の弟が争うことになるだろう。

 今も戦場に立っている兄は実績があるが、彼は王室を離れている。一方は弟は年少であり、実績がない。一長一短あり、争うには充分な理由だろう。

 王国は乱れ、南部に関わっている暇は無くなる。

 その間に、能動たちは自らが目指す健全な社会をつくればいいのである。

 能動は、敵であるパルロ国について、何も知らないことを思い知らされていた。

 王の兄弟の情報があれば、どちらかと手を組むという選択肢だって生まれるかもしれない。

 これは、今後の課題だった。


「なら、僕がやります。大将は後ろにいてください」


 ジークセイドが主張した。


「いや、二人で行く」


「――二人?」


「ああ、僕だってそこまでうぬぼれてはいない。ジークには、王の前にたちはだかる者たちと戦ってもらう。僕は、王のみを全力で叩く」


「――わかりました!」


 一緒に戦うということで、ジークセイドは納得したようだ。

 もう一人の納得していない相手に、能動は向きあった。


「あなたを失えば、解放軍はおしまいです」


 神妙な面持ちで解放軍の頭脳が言った。


「バーン。僕たちの考えは、正しいだろうか?」


「正しいと私は思っています」


「僕もそう信じている。じゃあ、僕たちのやり方は、正しいのだろうか?」


「戦わなければ変えられないと言ったのは、あなたです」


「そう、僕だ。そして、僕たちは、また変わらなければならない時に来ている。そのために、僕は戦う」


「あなたは絶対に死んではならない――それだけは、忘れないでください」


「わかった。僕が王を倒すまで、皆で耐えてくれ」


「耐えますよ。それくらい。皆を信じて下さい」


 能動とジークセイドは、馬に乗ると、剣戟の響く戦場へと突撃を開始した。


 ザルグの会戦の最終楽章が、いよいよ奏でられようとしている。








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