15 ザルグの会戦 思惑
夜、かがり火に照らされた十人会議の参加者の顔は、陰鬱としていた。
彼らは、大勝するとまでは考えていなかった。だが、少なくとも戦況は優勢になるだろうと思いこんでいた。
能動が勝利を言及したことが、一種の暗示としての効果を及ぼしたということはある。能動の強さを知っている彼らにすれば、勝利が確約されたと感がえるのは、別段不思議なことではなかった。だが、能動の言葉は彼の決意に過ぎないのである。
解放軍が勝利する根拠と言えば、兵力差のみであったが、兵力差こそがこれまでも彼らの強みであり、それは、戦場において何より大きな力であるはずであった。
だが、蓋を開けてみると、勝つどころか、負けないので精一杯である。
このぎりぎりの情勢も、坂棟という新人の力を借りて、何とか保つことができたのだ。
これまでとは、比べものにならないほど、厳しい状況であるのは間違いない。
王軍は、領主軍とは強さがまったく違った。改めて彼らは自分たちの敵の力を実感したのだ。
「坂棟、君に何か考えはあるのか?」
沈黙の中、能動が口火切った。
たいてい、能動が問いを発する相手は、バーンであった。だが、今回彼は、坂棟に意見を求めた。
このことに対して、バーン自身は特に反応しなかったが、ラフニルは、一瞬だったが、確かに嘲笑を浮かべた。
この状況下において、ラフニルは、まだ、同僚の失敗を求めているようである。
「ないこともない」
「それは?」
「現状を打開するには、あの城塞を落とすしかない」
「――オーダルオン城塞の城壁は竜石でできている。僕の力でも壊せない」
能動は小さく息を吐いた。そもそも、彼自身が、戦場を離れることができなかった。そんなことをすれば、戦線はいっきに崩壊するだろう。
たとえ、戦っていなくても、能動は、解放軍の精神的支柱であり、後方にいるという事実は、絶対に必要なことなのだ。
素人集団であるからこそ、戦うことに精神が大きく左右していた。
「壊せないのなら、もらうしかないな」
「もらう?」
「ああ、外からダメなら、というやつだ」
坂棟は能動とは異なる方法を考えているらしい。
能動が、具体的にどういうことか問おうとした時、横から威勢の良い声があがった。
「そんなことができるはずがないだろう。真面目に考えろ」
ジークである。
この年少者は、この場に来た時から、ぴりぴりとしていた。うまくいかない現状に対する思いを、内で消化することができないでいるのだ。
能動は、思い人の弟と、後で会話をする必要を感じた。戦場で冷静さを失えば、命を落とすことに繋がってしまう。
「何か案があるのですか?」
真剣な口調でバーンが坂棟に問う。そこには、期待感が漂っていた。
「幸いと言っていいのかはわからないが、なぜか、敵将は、こちらを会戦で破ることに固執している」
「本隊のいない今、隙をついてということですか。そんなことは、向こうもわかっています。充分な警戒をしいているでしょう」
あきれ声をバーンが発した。期待が大きかったからだろうが、失望の念が隠しようもなく声からにじんでいる。
坂棟に対して、指揮の才は凄いが作戦立案の才はない、とでも思っているのかもしれない。
だが、能動はそうは考えなかった。
「坂棟は自信があるのか?」
「やってみる価値はあると思っている。ただし、準備してもらうものがある」
「わかった、やってみろ」
能動は坂棟を信じた。
彼は、内容を問いたださなかった。
これは極秘に進めるべき作戦だと思いなおしたのだ。
残念ながら、この場には、謀を密にすることができない人間がいることを、彼は知っていた。
「お待ちください、ノウドウ様」
バーンが反対の声をあげる。
「彼の兵力は一五〇〇だ。充分、他でまかなえる」
「しかし、坂棟殿の騎馬隊は、今日の戦いで大きな役目を果たしました。それを失うのは、痛いかと」
「あれは、奇襲であったから成功したものだと思う。次は王軍も警戒するだろう。そうなると、あれほどの働きを、もう一度坂棟に期待するというのは酷だ」
「私も、ノウドウ様に賛成ですな。あのように、ちょろちょろと動かれるとかえって、味方の気が散ってしまいます。無用の混乱をもたらさないために、他で働いてもらったほうが良いかと」
ラフニルの言である。
「坂棟、何かあるか?」
「無理をする必要はないが、のんびりとはしていられないだろう。会戦を挑んでくるということは、早期決着を彼らが望んでいるということだ。戦はこれからますます激しくなるはずだ。そして、王軍が苦戦するとなれば、王都から援軍が来る可能性がある。そのことも忘れないことだ」
「兵が増えるのは、僕たちばかりじゃない、ということだな」
「ああ」
一日で相当数の兵士の命が亡くなっていた。
王軍と同数でぶつかれば、解放軍の敗北は必至だろう。
王軍にも王軍の事情があり、援軍を送れない状況にあることだって考えられる。
だが、今は寡兵の敵を全力で倒すことだけを考えるべきだ。
「坂棟の作戦については、皆無視して良い。僕たちは、正面の敵のみを見て戦う。それは何も変わっていない。明日も全力を尽くそう。そうすれば、シャラ神が勝利の道を示してくれるはずだ」
オーダルオン城塞の空気は、張りつめた緊張に包まれていた。
本来ならば、王宮に座しているはずの人間が、オーダルオン城塞の空気を吸っているからである。
ゼピュランス王は、オーダルオン城塞に用意されている王専用の執務室にいた。
今日行われた戦闘の詳細を彼は聞いている。
「意外にあれもやるものだな」
「陛下の弟君であられるお方です」
「思ってもいないことを言うな。おまえは血統などというものは、信じておらぬだろう」
八将の一人、ムトスは頭を下げた。
彼の腰には、刀が二本差してある。
ムトスは、ゼピュランスの剣の師という、八将としては少々変わった経歴を持っていた。
最も特徴的なのは、八将の中で唯一神法術の扱えない男であることだ。
「神法術師の集団運用というのはおもしろい。いくつかの改善は必要ではあるが、そう難しいことでもあるまい。卿なら、この神法術師の攻撃をどう防ぐ?」
「戦いませぬ」
あえて、炎の海に踏みこむ必要はない。
別の場所から、上陸すればよいだけの話である。
「まあ、そうだな。まともに相手をしないというのも、手だ。もしくは、今回、神法術師が全滅させられたように、裏をつき一瞬で撃滅させる」
「いずれにせよ。この城塞で戦えば、叛乱軍は何もできなかったことでしょう」
「そのとおりだな。なぜ、王弟はそれをしなかった? 兵力差を考えても、悪くはないと思うが」
「わかりません。ただ、籠城を選ぶ八将は、陛下のもとにはおりませぬ」
「俺のせいか?」
ゼピュランスは笑う。
弟には、八将が抱くものとは異なる、別の思惑がありそうだが。
「しかし、これ以上は無意味であろう。敵の急所は明らかだ。無駄に兵士を殺す必要はない」
「陛下、自ら指揮をとるのですか?」
「それは、王弟しだいだ」
翌早朝、ゼピュランスはオーダルオン城塞を発った。
王には、一〇〇〇の騎馬隊が従った。
「足の遅い者たちは、邪魔である」
という王の言葉を聞いて、防衛を任されている指揮官が、苦肉の策で一〇〇〇の騎馬隊を護衛としてつけたのである。
つまり、王はほとんど護衛をつけることなく、この城塞まで来ていたのだ。
遠くからこの一隊を観察している目がある。
だが、ゼピュランスが気がつくことはなかった。




