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13 ザルグの会戦 変奏曲




 一月以上前――それはアレンが坂棟隊の百人隊長になる前のことである。


 アレンは、一八歳だ。

 何もないままに、ここまで生きてきた。

 何かが違う。何かをしたいと思っていたが、何もしなかったし、何もできなかった。

 家は貧しかったが、村自体が貧しかったのでこんなものだろう、と彼は自分たちの生活に疑問を持つことなく、納得していた。

 常に不満を抱えていたが、おかしいとは思わなかった。


 ある時、ノウドウという男が自分たちのために戦っているという話が、村に伝わってきた。

 だからどうしたのだ、というのが村全体の雰囲気だった。

 自分たちには関係ないと誰もが思っていた。

 アレンもそうだった。

 だが、数日後には、ノウドウが戦えば勝利するという情報がたてつづけに伝わってきた。

 入ってくる情報は夢のような話ばかりだった。とても信じられるものではない。だが、ついにアレンの村の領主も追いだされてしまった。アレンの村も重税から解放されたのだ。

 ノウドウは、一夜にしてアレンたちの英雄となった。


 アレンは驚いた。こんなことが起こるのか、と。

 世界は変わるのだ!


 腕っぷしには自信があったアレンは、周囲の反対を押し切って、村を飛びだし、解放軍に参加した。

 解放軍に参加して、すぐに、アレンは本当の衝撃をその眼で直に体験する。


 ある領主軍との戦いだった。

 領主軍は、二〇〇〇。

 解放軍は、七〇〇〇。

 解放軍の方が三倍以上の兵力がある。いつもであれば、数の力で勝てる。それでも今回に限っては、兵士数が少なすぎるのではないかとの噂が、解放軍の間で飛びかっていた。

 理由は単純なもので、領主軍に最強とも言われる騎士がいたからだ。

 ルゴスという男であるらしい。

 アレンは、戦うしかないと考えていた。

 戦うためにここに来たのだから、相手が誰であろうと関係ない。


 対陣すると、領主軍から威風堂々とした騎馬が現れた。

 槍を一振りし、その男は名のった。


「私はルゴス。きさまらも知っているだろう? このルゴスと戦い、武勲をあげようという愚かな者はいないか!」


 ルゴスは馬をゆっくりと横移動させた。彼は解放軍の兵士たちを睨みつける。

 ただ一人の威圧に、解放軍は沈黙した。

 アレンもどうすることもできない。

 その時、彼の背後から馬の足音が聞こえてきた。

 振りかえると、白い仮面をつけた男が馬に乗って進んでくる。

 仮面の男に道を譲るために、人波がゆっくりと別れていった。

 解放軍の前に出ると、白い仮面の男は名のりをあげる。


「私は、坂棟。くれるというのなら、その武勲貰いうけよう」


「――おもしろい。やれるものならやってみよ!」


 向かいあう両騎馬が駆けだした。

 ルゴスはすでに槍をかまえている。

 坂棟は、手綱を離すと、両腕にそれぞれ剣をもった。二刀流である。

 アレンは、凄まじい勢いでルゴスの槍が繰りだされるのを見た。

 負けた――と、彼は思った。

 二頭の騎馬はすれ違い、とまる。

 片方の馬の上から、何かが勢いよく噴出し、その勢いに押されるようにして、騎乗していた男の身体が地面に落ちた。

 勝敗は決した。

 勝者は、坂棟であった。敗者は絶命している。


「さあ、次は、誰が私に武勲をくれるのだ」


 坂棟が領主軍に対して言葉を発した。

 一瞬の沈黙。

 それは、皆が息を吸うための時間であったのかもしれない。

 解放軍から大歓声が上がった。

 アレンも叫んでいた。

 凄かった。

 こんな凄い男が、自分のすぐ傍にいたのだ。

 アレンは坂棟に熱狂した。


 そして、解放軍は、当初の予想とは異なり、あっけなく勝利を拾ったのであった。


 この戦いの後、坂棟はすぐに部隊を預けられた。

 周囲からは否定や不満の声が上がっていたが、アレンにしてみれば、坂棟が指揮官となるのは当然のことであった。

 坂棟の力は、一般兵士でおさまるようなものではない。


 アレンは、訓練中の坂棟の部隊に何とか入りこんだ。

 彼はよくわかっていなかったが、ここだと思った。やらなければならない、変わるのは、ここだと感じたのだ。

 だから、強引にまぎれこんだ。


 幸い、解放軍の人間の流れはいいかげんなので、咎められることもなく、アレンは坂棟隊の一員になることができた。

 そこから、彼の地獄が始まる。

 憧れと現実は違うということを、これでもかという具合に、彼は、その身をもって体験していくことになった。


 坂棟は、最初の一週間、兵士たちをただただ駆けさせた。

 短い休憩の後に、再び走る。その繰り返しだ。

 ついてきた者のみに、朝夕の二食が提供された。与えられたのは、干物とわずかな水分のみだった。

 一週間後、五〇〇〇ほどいた兵士が、二〇〇〇を切るまでに減っていた。


 次の一週間は、駆けだしに加え、実戦形式の訓練が行われた。

 アレンは、ついてくというより、生きていくのに必死であった。

 二週間後、さらに五〇〇人が脱落した。

 その夜、一五〇〇人の兵士たちに、肉と酒がふるまわれた。

 肉と言うだけでもご馳走だが、料理――と言うには単純な物だったが――には食べたこともない味つけがしてあり、あまりのおいしさにアレンは思わず大声を上げてしまったほどだ。

 声を上げた後に、アレンは首を縮めた。

 訓練の間は声を出すな、というのが基本であったからだ。

 全員の視線が、アレンと白い仮面の男に注がれた。

 仮面の男は小さく笑った。

 お咎めなしである。

 そこからは、にぎやかな食事が始まった。

 全員が、坂棟に認められたのだと感じていたことだろう。

 もちろん、アレンもそう感じていた。


 ところで、二週間も一緒にいれば、部隊の人間のこともある程度わかってくる。

 一目でわかったのは、坂棟の傍にいる大男で、セイという。この人は、もう文句なしに次元が違った。

 それとは別に、異質な存在が十数人いた。彼らは、アレンのように武器を取ったのは初めてという人間にはとても見えなかった。

 個人の武勇も圧倒的であったが、何よりも彼らは坂棟に対しての忠誠が異様に高かった。忠誠の対象は坂棟に対してのみに向かっているようだった。

 アレンも、坂棟に対して強い思い入れはあったが、能動に対しても感謝の気持ちを抱いていた。

 ここにいる人間なら、誰であっても、質量は異なるにせよ、能動に対する何らかの気持ちを持っているのが普通だ。

 だが、彼らは違った。

 それどころか、仲間であるはずの自分たちとも距離をとっているように感じる。

 当初よりもいくらか和らいだが、気持ちは絶対に許していないだろう。

 坂棟と以前からの知り合いなのかもしれない。

 だとしたら、その強さも頷けるというものだった。

 後に、彼らは、百人隊長、千人隊長という立場になる。



 訓練が終了し、いよいよ実戦か、とアレンが気持ちを高ぶらせていた時に、坂棟隊にちょっかいをかける人間が現れた。

 彼の言動と雰囲気から、様々な面で他とはまったく異なる坂棟隊に、難癖をつけようとしているのは明らかだった。


「ずいぶんと、特別扱いを受けているようだ。やはり、ノウドウ様の庇護があるからこそだろうな。ノウドウ様の服の下に隠れて、まったく戦わない。いったい、それはどんな気持ちなんだ? 教えてくれよ。俺たちはいつも戦っているんだ。おまえらみたいに隠れてばかりいるやつらの気持ちが、ぜんぜんわからない。なあ、みんな」


 男が大げさに腕をひろげて言うと、周囲にいる者たちがどっとわいた。

 オランだ。解放軍では名の知れた男である。

 アレンは知らなかったが、この頃オランは、自分もルゴス程度簡単に倒せたと吹聴していた。間違いなく坂棟を意識し、彼の存在を目障りに感じていたのだろう。

 周囲にいる解放軍の兵士たちは、オランと坂棟が戦うことを期待している。

 そして、オランが勝利するという結果を望んでいるようだった。独自の行動を取る集団が皆気にくわないらしい。

 特に気負った様子もなく、坂棟が口を開く。


「そうだな。俺にもわからないことがある。兵士たちを大量に殺している無能が、なぜ、いつまでも指揮官面しているのかは謎だ。普通戦では無能は嫌われる物だが、まったくどういう理屈なのか教えてもらいたい」


 騒いでいた周囲が沈黙した。

 坂棟の強烈な皮肉に、全員が顔をこわばらせていた。

 誰もが反論することを予想していなかったようだった。少なくともこれほどあからさまな敵意を見せるとは思ってもみなかったのだ。


「なんだと、きさま!」


 怒声を上げたオランが剣を抜いた。

 いっきに緊張が高まる。


「アレン、あいつを叩きのめせ」


 淡々と坂棟が言う。


「へ?」


「ああ、殺すなよ。あれでも、いくらか役に立っているようだからな」


 勝利を前提とした坂棟の言葉である。


「いや、あの、自分ですか?」


「おまえ、アレンだろう?」


「はい」


「なら、行け」


 坂棟がアレンを押しだした。

 彼は、自らの意思とは無関係に、オランの正面に立ちはだかることになる。


「なんだ、おまえ」


 オランが怒りのままに凄んだ。

 この時、初めてアレンは自分の憧れた相手が、無茶苦茶であることを知った。いや、最初の訓練時に知るべきことであった。


「あんた程度じゃ、うちの指揮官が相手をするまでもない」


 アレンは言い放った。

 こうなればやけである。


「なんだと、何か言ったか?」


「そんな無礼な口をきくやつは、殺しても良いぞ。名将殿」


 坂棟が、オランの怒りと、アレンのやけに、よりいっそう油を注いだ。

 完全におもしろがっている。


 最初に攻撃したのは、オランだった。

 彼は剣をアレンの頭上に振りおろす。

 たとえ、アレンが、剣で受けたところで、オランは弾きとばすつもりであった。

 だが、オランの攻撃はあっさりと避けられた。


「ちっ」


 まぐれだ。それとも逃げ腰だから、避けられたか。運の良いやつだ。

 オランは続けて、攻撃を繰りだしたが、いくらやっても、彼の攻撃は、アレンに触れることができなかった。


 一方、アレンは、オランに対して何をしているんだ、という困惑を抱いていた。

 攻撃が遅いのである。

 本気でやっているとは思えない。

 しかも、十数回剣を振りまわしただけなのに、すでに剣先には翳りが見えていた。

 はっきり言って弱い。

 アレンは、タイミングをあわせて、オランの剣を弾いた。

 続けて、隙だらけとなったオランの足を刈る。

 あっさりとオランは転がり、仰向けになった。

 その顔に、アレンは剣をつきつけた。

 周囲からどよめきがあがる。


「オラン。まだ納得がいかないというのなら、次は俺が相手をしよう」


 坂棟がアレンの隣に並んだ。

 彼は、オランのことを見下ろしている。


「ただ、俺はアレンほど優しくないんでね。おまえが倒れるごとに首をいただこう。両手首に、両足首、そして、頭をのせる首。オラン、おまえは、俺と五度戦えるということだ。どうする?」


 あおむけの状態でおびえるオランを見ながら、アレンは、うちの隊長に喧嘩を売っては絶対ダメだな、と思った。

 アレンはオランから剣を外すと、その場から離れた。

 たった二週間で、自分がどれほど成長したのか、はじめて彼は実感した。

 おそらく、アレンの戦いを見ることで、彼の仲間たちも自分の強さを感じているはずだ。

 いったいこれからどうなるのか、アレンは、将来に楽しみを感じるようになった。


 その後、坂棟は、一五〇〇の兵士を一〇〇〇の歩兵と五〇〇の騎兵にわけた。

 歩兵は、千人隊長、百人隊長が、坂棟から指名された。


「百人隊長の最後の一人は、アレン。おまえだ」


「――はい」





 坂棟隊の一〇〇〇の歩兵は、平原にある丘の裏にひそんでいた。

 場所は、王軍の後方に位置している。

 戦いが始まると同時に、迂回して、この場所にたどりつき、その後はまったく動かずに待機である。

 騎兵隊のみは何度か出撃しており、戦闘も行ったようだった。

 アレンは出番が訪れるまでじっと待つ。

 坂棟が意味のない行動をするはずがなかった。

 そして、坂棟が皆の前に現れた。


「出るぞ」


 彼に率いられる者たちには、その一言だけで充分であった。








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