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12 ザルグの会戦 間隙




 序盤の王軍による攻勢を何とかしのぎ、解放軍は、ありあまる兵力を投入することで何とか戦線を維持していた。

 神法術師は後方にさがったらしく、王軍の攻撃力は当初よりも減じている。

 それが解放軍にとっては救いとなっていた。

 本来ならここで、救いなどと後ろ向きの発想を持つのではなく、神法術師の不在は大きな勝機であると捉えるべきだ。

 だが、解放軍に現状を撃ち破る作戦は何もなかった。

 解放軍は同じ攻撃を繰り返している。

 新たな戦術、新たな武器、いずれも解放軍がこれまで見向きもしなかったことであり、数のみで押し切るという策のなさが現在の状況を招いていた。


 だが、解放軍は、戦うことだけは決してやめなかった。

 連続攻撃を行えるのは、数で勝るからこそできる有効な戦術なのだ。

 無限の戦力、という圧力を絶えず示し続ける。時間が経てば敵は気力を失った。

 彼らの勝利は、すべてこの唯一の利点をいかした戦いによって、奪いとったものだった。



 これまでであれば、敵軍が疲労によって自壊してくれたのだ。

 太陽はすでに中天を過ぎて、戦が始まって数時間が経過しているのだが、王軍に変化は見られない。

 動きがまったく鈍らない。

 集団運動による無駄のない動きを王軍は常に行っている。

 一方、大人数であっても無駄な動きばかりをしているのが解放軍である。

 継続される戦闘の中、王軍の動きに停滞も乱れも見られないのは、兵士の交替を順次冷静に行っているからだ。

 それは多数の敵と戦うことをみこした、訓練された動きであった。

 解放軍は、被害を大きくしていた。しかし、解放軍は、いまだに、充分な兵力を要していたし、目立った後退をしているわけでもなかった。


 攻勢にあるのは、どちらであるのか、と問われれば、判断に困る情勢である。

 優勢なのは王軍である。

 だが、兵力は、解放軍が上であった。

 両軍の間には膠着が生まれていた。

 質に違いはあるが、敵軍に疲れが見えないというのは、両軍ともに、初めて経験する戦いであった。





 解放軍の攻撃が、すべてうまくいっていないというわけではない。

 解放軍左翼では、ジークセイドが奮闘していた。

 彼は、兵士の指揮をしなかった。

 できなかったと言ったほうが良いかもしれない。

 彼には、兵士を指揮するのに必要な何かが決定的に欠けていた。


 ジークセイドの戦いとは、自軍の情勢が悪いところに現れては、剣を振るうというものであった。

 自軍の弱点を瞬時に見ぬくのは大したものなのだが、誰も彼の後について来られず、彼もそれを気にしなかった。

 あるいは、少数精鋭を率いるという形であるのなら、彼の指揮官としての力は発揮することができるのかもしれない。

 だが、たとえ少数を率いた時も、ジークセイドは、兵を見向きもしないに違いない。単に、精鋭であれば、彼の後に続くことができるということでしかなく、やはり指揮官とは言えないだろう。


 自然、ジークセイドの命令は、単純なものとならざるをえない。彼だけではない。解放軍の指揮という物は、総じて単純な物だった。


「全軍とにかく突撃せよ」である。


 戦い続けるジークセイドの心情は、喜びと怒りによって埋めつくされていた。

 すべてを変えるための戦い、と力強く宣言した能動の瞳には、出会った頃のような迷いのないまっすぐな意思が溢れていた。

 ジークセイドの好きな能動が帰ってきたのだ。

 彼も能動と同じ気持であった。

 この戦いに勝利して、すべてを変えるのだ!

 だが、彼の戦いは、いきなり大男によってくじかれた。

 ロッドガルフの大剣は威力も凄いが、速さも尋常ではなかった。人間の限界を超えている。

 稽古で能動と剣をまじえた時と近い感覚があった。

 勝てないかもしれない相手……。

 だが、大剣使いがパルロ国の八将であろうと、人間を超えていようと、勝利のために負けるわけにはいかないのだ。

 にもかかわらず、結果は軽くあしらわれ、彼が守るべき兵士を犠牲にすることによって、彼は命を救われた。


 いったい、何をしているのだろうか……。

 皆を助けるために、彼は戦っているのだ!

 助けられるためではない!

 ジークセイドは馬腹を蹴り、戦場を駆けた。

 助けられる兵士たちの命を救う。

 そして、あの男を今度は相打ちであろうと必ず倒すのだ。

 ジークセイドは戦い続ける。

 彼を止める者は戦場にいなかった。


 ジークセイドは、戦えば勝った。

 だが、彼の働きは局所的なものでしかなく、大局には影響を与えていない。

 だからといって、無意味であったわけではない。

 ジークセイドの働きは、解放軍の動きを攻勢に変えることはできなかったが、王軍の攻撃によって自軍の陣列が乱れるのを防ぐ役割を果たしていたのだ。


 ロッドガルフ、あるいは、彼の副官が王軍右翼にいれば、戦の流れは大きく変わっていただろう。

 だが、彼らは戦場にいなかった。




 ヴァレウス・ヴァン・ユーノは、その端整な顔に不機嫌の化粧をほどこしていた。

 解放軍などと自称している叛乱軍から、勝利の果実をもぎとれないでいたからだ。

 全体としては押している。

 そう、押しているだけなのである。

 中央、右翼、左翼、いずれも、敵軍を崩せていない。


 序盤最も攻勢に出ていたのは、ロッドガルフが指揮をとっていた王軍右翼である。だが、今は勢いが完全に薄れてしまっていた。

 ヴァレウスにとって腹ただしいことに、原因は明白だった。

 ロッドガルフを後衛に下げたことが、流れを変えてしまったのだ。


 だが、仕方ない。

 あれ以上好きに暴れられると、ロッドガルフの武勲が最大のものになりかねなかった。

 叛乱軍左翼を潰走させ、そのまま叛乱軍の本陣へ突撃する、などということがないとは言えない。

 さすがに八将などという肩書をもつだけはある、というところか。


 王軍左翼も目立って攻勢に出てはいない。

 それどころか、守勢にまわっている節すらあった。

 確かに対峙している叛乱軍右翼の動きには、他と比べれば見るべき物がある。叛乱軍の指揮官は、解放軍の中では実力者であるのだろう。

 だが、それは素人集団の中にあってのことで、王軍に入れば、片翼を預けられる指揮官になど選ばれるはずがない。せいぜい、一〇〇人の指揮を任せられるかどうか、というところだ。

 実際、それは兵の動きを観察していれわかる。

 叛乱軍の兵士の動きはのろく、狙いはともかく実際の戦術的な効果は乏しかった。

 兵士の質の低さは管理能力のなさを、戦術的な効果の低さは指揮能力のなさを表しているのだ。


 にもかかわらず、ローバンは、叛乱軍に対して後手に回って対応するばかりである。

 能力的にも、あの老人は衰えたということだろう。


「まったく、どいつも役に――」


 ヴァレウスは舌打ちまじりの呟きを、途中で打ち消した。

 近くにひかえていた兵士たちが、上司の怒りの被害を避けようとして、うつむいたことを察したからだ。

 彼の傍にいるのは、上流階級に属する貴族の子弟ばかりである。

 彼らの目と耳は、そのまま大貴族のそれとなる。

 彼らの前で、品位を損なうような行動を取ることは愚かであり、ヴァレウスにとって避けねばならないことであった。


 まったく、兄にはことごとくたたられる。

 あの男のめちゃくちゃな人事のおかげで、使える人間が減っているのだ。ろくな指揮官がいない。貴族を排除しようという動きのために、高い知性と知識を必要とする指揮官が育っていないのだ。

 最もヴァレウスをいらだたせていたのは、他でもない。彼の発案により実行された神法術師による新戦法の成果と、神法術師たちそのものであった。


 事前の訓練では、四発は連続して撃てるはずであった。

 上級と中級だけにかぎれば、倍の八発は可能だった。

 随時休憩と交替をすることで、ある程度の連射が可能と言う報告を受けいていた。

 だが、実際はどうだろうか。

 下級神法術師の多くは、一度の攻撃で音を上げた。

 負傷者にとどめをさすための、二度目の攻撃は、数不足により期待ほどの効果を上げられていない。

 その後、中級神法術師も使い物にならなくなり、戦闘に参加したのは、上級神法術師のみというありさまであった。


 これでは、今までどおり、安全な場所から散発的な攻撃をさせたほうが良かったのではないか、という疑惑がわきかねない。

 ヴァレウスは周囲の評判を気にしていたが、一撃目の迫力は王軍内でも大きな印象として残っており、むしろ評判は良かった。

 彼は間違ってなかった。

 神法術師があまりに軟弱だったのだ。

 ヴァレウスの考え自体は正しいのだから、結果が出ていないのは、神法術師があまりに情けないからにすぎない。

 当然の帰結である。

 彼はそう信じて疑わなかった。


 ヴァレウス・ヴァン・ユーノは新しいことをしない保守的な男である。

 これは、ゼピュランス王のやり方の逆だ。

 王に近い家臣たちは、いずれも新たなことを行うタイプの人間である。その中にあって、変化を望まないヴァレウスは異質であった。


 そのヴァレウスが着手したのが、神法術師を一度に大量に投入するという、新しい戦術である。

 前例がないという点だけでも、彼としては思いきった作戦だった。

 だからこそ訓練は充分にさせた。

 失敗は許されない。絶対に結果が必要だった。

 にもかかわらず、あのていたらくである。

 ヴァレウスの神法術師に対する怒りは強かった。

 特に下級神法術師には、ただならぬ怒りを覚えていた。

 下級神法術師は、一般人がほとんどで奴隷上がりの者までいる。

 加護があろうとも、やはり、彼らは役に立たない。

 ヴァレウスの血統志向は、怒りとともに強化された。


 新たなものを実戦に投入すると、どうしても訓練とは別の結果が出ることがある。それは、主に良い方ではなく悪い方に出がちだ。

 新たに挑戦することを知っている人間ならば、当然理解できる状況である。むしろ、どう改善すべきか、とすぐに思考は切りかわるだろう。

 だが、ヴァレウスにはそれができなかった。

 認めるという行為は、一度過去の自分を否定するという行為に繋がるものであり、自尊心の高いヴァレウスには、とうていできるものではないのだ。

 だからこそ、彼は、下級神法術師にすべての責任を負わさざるをえなかったのである。


 ヴァレウスもさすがに馬鹿ではないので、神法術師たちに罰を与えるようなことはせずに、彼らには休息を取らせた。

 全員を回復させ、もう一度あの攻撃をやるのだ。

 今度は絶対に成功させなければならない。

 驚愕のみではなく、結果と言う事実を彼は欲していた。

 ヴァレウスが本命と定める相手と戦うには、神法術の新たな戦術は絶対に必要な力なのである。


 そして、神法術師の休息は終わり、二度目の攻撃の準備がようやく整った。

 ヴァレウスは、神法術師たちの移動を命じた。

 やるべきことは簡単だ。

 罠を張るのだ。後退するように見せかける。愚かな叛乱軍は、それだけで疑いもせずに突撃してくるだろう。

 叛乱軍を誘いこみ、神法術師の攻撃のえじきとする。

 今度は、一度目とは比べものにならないほどの損害を与えることができるだろう。

 次こそ、いっきにけりをつけるのだ。


 神法術師の部隊が、ひそかに前線へと復帰しようとしていた。

 戦況が大きく変わろうとしている。








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