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10 叛逆は一つに非ず




 叛乱軍の兵力は十六万。

 対して、王軍(中央軍)の兵力は五万。

 これがザルグ平原でぶつかることになる。


 王軍の総指揮官であるヴァレウス・ヴァン・ユーノは、出陣するにあたって、準備やその他の情報を隠さなかった。

 故に、よほどの無能でないかぎり、叛乱軍も出陣の様子と兵数は承知していることだろう。

 五万の王軍がオーダルオン城塞を盾にして戦うことを選択しなかったのである。叛乱軍にしてみれば、自分たちにとって、ずいぶんと有利な状況になったと考えているはずだ。

 兵力という一面においてそれは事実である。

 だが、別の面を見ている者もいた。

 平原での会戦を望んだ、ヴァレウスである。


 王軍では、軍議が開かれた。

 総指揮官の意向が色濃く表れ、意見は平原での決戦が大半を占めた。

 だが、その中にあって、唯一の反対意見が上がった。

 ローバンという、ヴァレウスの守役でもあった老将の発言である。


「あえて、討ってでる必要はござらん。オーダルオン城塞の壁に穴を穿つ力も技術も、叛乱軍にはありはしませぬ。我が軍は待てばよいのです」


「ずいぶんと消極的な策ではないか?」


 ヴァレウスは反論した。


「まず、騎馬隊のみを城外へと配置しておきます。叛乱軍に対しては、城壁上から神法術と弓とで攻撃すれば、充分な戦果が上がりましょう。時期を見て、伏せていた騎馬隊を突撃させ、内外から挟み撃ちにすれば、叛乱軍など一掃できるに相違ござらん」


 ヴァレウスは目を細めた。

 ローバンの戦術はもっともではあるが、彼の望む戦いではない。

 この老人は忠誠心が高く、確かに信頼できる。意見は堅実な物で、成功の可能性が高いことも理解できる。

 だがヴァレウスの望む輝かしい武勲が、そこからは見えてこない。ヴァレウスにとって、この堅苦しい老将は少々邪魔くさい存在になりつつあった。


 彼の胸の内にある野望を知れば、ローバンはどうするであろうか。

 命を賭して、引きとめることだろう。唾を吐きながら、ヴァレウスに諫言する姿が簡単に思い浮かぶ。

 同じ道を歩めないとなれば、早い内に袂を分かつ必要があった。今回の戦いを最後に引退させるべきかもしれない。

 名案に思えた。

 圧倒的な武功をあげたヴァレウスを見て、守役であったローバンが引退する。

 これまでは、守役という点が引っかかり遠慮していたところもあったヴァレウスだが、勝利の後の引退であるのならば、ローバンも文句はないだろう。安心して、表舞台から去ることができるはずだ。

 舞台下から、ヴァレウスがさらなる高みへと登るところを見ているが良い。


 彼にとって、軍議の場は戦術の決定の場ではなく、彼の望む戦術の公開の場でしかなかった。

 だからこそ、ヴァレウスはローバンの処遇を考えることができたのだ。


「将軍の意見はもっともではありますが、この戦いは、パルロ国全土が注目している戦いです。特に、下層民たちは誤った見解により、叛乱軍を希望などと考えている者までいる始末。この幻想を撃ち砕くには、平原にて一大会戦をすることで、目に見える大きな勝利をあげることが何より重要かと思われます」


 三〇代半ばの男、イリウスが反対意見を述べた。

 それは、ヴァレウスの好みに合うものだった。

 当然である。イリウスは、自分の意見ではなくヴァレウスの意見を述べたに過ぎないのだから。彼は、上官の心に協調することで、身を立てていこうと考えるような男なのだ。


「戦い方などに民は興味を示さない」ローバンが切り捨てる。「どのような戦いであろうと勝利は勝利である。王軍とユーノ卿の名声は、万人に知られることになるだろう」


「そうでしょうか? 籠城というのは、いかにも守るという印象があります。ともすれば援軍を待ち、おびえているともとられかねません」


「そのような素人考え」


「そのとおり。素人です。しかし、私たちが勝利を見せつける相手は、今回ばかりは、下層民なのです。将軍にもおわかりいただけるでしょう」


「詭弁を――」


「陛下は、今回の戦いを私に預けてくださった」


 ローバンに反論を許さず、ヴァレウスは口を開いた。

 彼は、軍議に参加している者たちを睥睨する。


「陛下が望んでおられるのは、ただの勝利ではあるまい。絶対的で、圧倒的な勝利である。これこそが叛乱軍と彼らに望みを託す不埒な者たちを撃滅することのできる、唯一の手段である。我が軍は、ザルグ平原にて叛乱軍を壊滅させる。これは決定である」


 全員が頭を下げた。

 ローバンもそれ以上反論はしない。

 最高責任者が決定を下したのだ。彼一人が気を吐いたところ、意見が覆ることがないことをローバンは知っているのだ。

 また、ヴァレウスが意見を述べた後の反論は、ヴァレウスに恥をかかせることになる。たとえ意見があろうとも、ローバンにヴァレウスを辱める行動などできるはずがない。


 結局軍議は、ヴァレウスが望んだとおりの結果となった。

 ローバンは、軍議後に話をしたそうにしていたが、ヴァレウスは退けた。どうせ、諌める内容であることはわかっている。聞く必要はなかった。


 ローバンに注意されるまでもなく、ヴァレウスに油断はない。彼は叛乱軍を侮っていなかった。

 これまでに必要な情報は集めている。

 叛乱軍の戦い方も調べ尽くしていた。


 個としての強さを持っているのは、三人。

 叛乱軍の首謀者であるノウドウ。

 ジークセイドとドラードという二人の指揮官。

 主に戦場で戦うのは二人の指揮官であり、ノウドウは、最終局面にしか討ってでてこない。

 数を頼みに敵軍の出血を強いてノウドウの負担をできるだけ減らすという形である。

 とにかく、突撃あるのみで、戦術というのはほとんど存在していない。間違いなく訓練はなされていなかった。


 烏合の衆である。だが、一六万という数は侮れない。

 敵として見た時、大軍であることがほとんど唯一の問題であり、それに対してヴァレウスは、すでに手をうっていた。

 準備はできている。

 ヴァレウスの勝利は、動かないだろう。


「籠城? バカバカしい。平民や奴隷たちに対して、なぜそこまで警戒する必要があるというのか」


 ヴァレウスは吐き捨てた。


「ローバン殿は、いささか陛下を意識しすぎるようです」


 ヴァレウスの傍には、イリウスのみが残っている。


「陛下を?」


「はい。実力主義という名の、貴族蔑視主義です」


「どういうことだ?」


「兵を殺したくないということです。会戦となれば、籠城に比べ兵は多く死ぬことになります――だが、これは笑止なことで、騎士はともかく、一般兵など死ぬのがその役割。にもかかわらず、ローバン殿は一般兵の命を惜しむという貴族にあるまじき軟弱な精神で戦いに挑もうとしております。この弱腰は、結局閣下の名を安く売ろうとしているも同然の事です」


「――しかたあるまい。あれも、もう、老いた。陛下の権威に流され、何事もなく生を終えたいと考えているのだろう。だが私は、私の名を安くするつもりはない」


「もちろんです。閣下。今こそ、平民どもには力を見せつける時です」


 イリウスが頭を下げた。


「――ところで、閣下は、南部貴族の方々をどうするおつもりですか?」


「心配せずとも良い。私が直接動くのはまずいが、幾人かにうまくやるよう命じている」


「さすがですね。私などが言うまでもない」


「つまらぬ甘言は良い。そなたの方はどうなのだ?」


「もちろん、準備は整っております。しかし、あの西の王軍は何とかなりませんか? せめて八将ヘイダル卿を――」


「あの程度、自力でどうにかできないというのであれば、手を組む価値はないな」


「お厳しい言葉を承ります」


「私に恩を着せるつもりなら、それ相応の働きを示すよう、そなたの上にいる者に伝えておくことだ」


 イリウスは頭を下げた。


「下がるが良い」


 ヴァレウスの言葉を受け、イリウスは出ていく。

 ヴァレウスの視線は、戦場にはなかった。

 叛乱軍など脅威でも何でもないのだ。


 ヴァレウスの目は、王都の主にのみ向けられている。

 ――パルロ国王ゼピュランス。

 彼は兄を許すつもりはなかった。

 そう許せるはずがない。ヴァレウスを臣籍へと落とし、かつ、爵位も与えないなどという仕打ちをした兄という存在を。

 ヴァレウスの身分は、ただの一貴族でしかない。

 莫大な年金が支給されているが、そんなことは当たり前であり、問題は名の方である。

 彼の名声は、彼の実力で得た八将というものしかなく、しかも、この八将には、生まれも定かではない、どこの者とも知れない男までまじっている。

 とても名誉のある職ではない。ヴァレウスの虚栄心という大きな器は、まったく満たされていなかった。


 そもそも、兄は王としてふさわしくないのだ。

 戦いを好み、人を殺す、ろくでもない王だ。

 血統も加護も無視した人事。貴族社会は病魔に侵されたように崩れ落ちようとしている。

 破壊しか考えていない男である。

 栄えあるパルロ国の歴史が、現在進行形で汚されていた。

 誰かが止めなければならない。

 だが、止められる者はいない。

 いるとすれば、可能性を見い出せるのは、ヴァレウス・ヴァン・ユーノしかいないだろう。

 そう、このヴァレウスしかいないのだ。


「ロッドガルフ?」


 八将の名を呟くヴァレウスの声は、侮蔑に満ちていた。

 叛乱軍程度を、このヴァレウス一人に任せるのは不安か、ゼピュランスよ!

 ヴァレウスは唇を噛みしめた。

 濃い憎悪が、彼の瞳を暗い色へと染めている。





「丁重に扱っているように見せて、実は我々のことを無視していますね。ユーノ卿は」


「そうか?」


「あなた以外は、皆気づいています」


 ミュラーゼンは大きく息を吐いた。

 彼は八将ロッドガルフの副官である。

 戦い以外関心のない、いつでも日光浴をしているようなのんびりとした上官を持った、苦労性の男だ。


「なんだ、俺は嫌われているのか。ユーノ卿に何かをした憶えはないが」


「でしょうね」


 ロッドガルフの言動が問題なのではない。

 いや、礼儀や言葉づかいのなっていないところは、問題といえば、問題である。

 だが、それ以上に、ヴァレウスが問題にしているのは、血筋だ。

 どこの馬の骨ともわからぬ男と、同列であることが、あの王弟は許せないに違いない。

 公明正大に見せながら、ヴァレウスという人は、実は狭い意味での血統主義者であると、ミュラーゼンは考えていた。


 近頃は、守役であったローバンまで遠ざけ、代わりに、それこそ得体のしれない男を傍においているようだ。

 ヴァレウスは危険な領域に足を踏み出したのかもしれない。


「わかっているような、言い方だな」


「あなたの家柄ですよ」


 鈍い上官に、ミュラーゼンは直截に言ってやった。


「陛下と同じ考えの持ち主ではなかったのか?」


「あれは見せかけです。あの程度の演技に騙されないでください」


 王の意向により、王宮には平民の侍女もいた。

 これに賛同し、ヴァレウスは自分の屋敷にも平民の侍女を雇ったのである。

 だが、ある時、平民の侍女が失敗をしてしまった。

 花瓶を割ってしまったらしい。

 ヴァレウスの屋敷に飾られる花瓶である。当然高価な物であった。だが、ヴァレウスにしてみれば、いくらでも替えのきくものである。にもかかわらず、彼は激怒し、失敗をした侍女をいびりたおしたという。

 その侍女は屋敷で命を落とし、以降、ヴァレウスの屋敷に平民がつかえることはなかった。

 激怒したというのも嘘だろう、とミュラーゼンは見ていた。

 怒りを覚えずとも、平民に対して、その程度のことはやってみせる男なのではないか。


「あの方の良い評判というのが、どこで言われているのか、その辺りを考えれば本質が見えてきます」


「有能な副官だなあ」


「上司が上司ですから」


「なるほど。で、叛乱軍で一番強いのは誰なんだ?」


「八将ともあろう人が、子供のような訊ね方をなさらないでください」


「大切なことだろう? 陛下のような方が敵にいるとしたら、まっさきに止めんと、どれほどの被害が出るかわからんぞ」


「普通は、戦場に着く前に、そのような情報は得ているものなのです」


「有能な副官がいるから、つい忘れてしまうんだ」


「有能な副官がいる前から、忘れていたでしょう?」


「そうだったかな?」


「三人です。ノウドウ、ドラード、ジークセイド。ノウドウは、戦の終盤にしか前線に出てくることはありません」


「となると、俺の相手は、ドラードとジークセイド、ということか」


「総指揮官しだいですけどね」


「なるほど、嫌われているのは困ったことだな」


「武勲をあげさせてもらえないことはわかるんですね」


 部下は上司に対して、失礼な口をきいた。

 これをヴァレウスに聞かれれば、礼儀がなっていないとして、ミュラーゼンも嫌われたことだろう。

 上司も部下も似た者同士と言えたかもしれない。


「武勲など欲しければ、譲ってやるんだがな」


 上官の言葉に、ミュラーゼンは大きく息を吐いた。





 王軍と叛乱軍が激突する、「ザルグの会戦」がいよいよ始まろうとしていた。








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