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4 会話と密談




「ギルハルツァーラから、本当に何も聞いていないのですね」


 ラトが冷たい視線をハルに投げた。


「まあ、俺も聞かなかったからな」


「ええ、移動中お館様は新たに得た力に夢中だったから、とても世界の話をする暇なんかなかった」


 坂棟を見下ろしながら、ハルが微笑む。

 幹の半径が一メートルはあろうかと思われる、折れた大木の上にハルは腰かけていた。

 スタイルの良い彼女は腰の位置が高く、さらに、スカート丈が短いために長く美しい脚が外界に大きくさらされている。

 足を組みかえる姿は危険な色気があったが、この場にいる二人の男はまったく反応していない。


 世界はすでに夜に抱かれており、辺りには、すっかり暗闇のヴェールが落ちていた。

 人間と竜たちは、炎を囲んで、野宿をしている。


「支配の契約は、双方に恩恵があります。お館様は私たちに対して絶対的な命令権を持ちます。さらに、支配した者の特質をいくらか得ることがあるようです。これは、お館様の受ける恩恵です。次に、私たちの恩恵ですが、契約の後、私たちは常時一定量の力を主から受けとることになります」


「負担は特にないけどな」


 坂棟は自分の身体を見おろす。


「それは、お館様の力の量が尋常のものではないからです」


「かもな」関心の薄い口調で、坂棟は頷いた。


「もう一つ、私たちが受けとるものがあります。お館様の遺体です」


「――ずいぶんよくばりだな。日々の給料だけじゃ足りないか?」


「長くとも八〇年あたりかな」ハルがにっこりと笑う。「おいしく食べさせていただきます」


 今から待ち遠しいとでもいうふうに、ハルの口調は躍っている。

 よく懐いているように見えるが、発言内容はまったく逆だ。いや、ある意味、愛なのかもしれない。


「おいしくないと思うけど」


「いえ、美味であると思います。食すのは肉体だけではありませんから」と、ラト。


「真面目な顔で、自分の味のこと評されても楽しくはないな」


「そうですね。では、話を変えましょう。私から簡単に、この世界のことをお教えします。私たちがいる大陸をルーン大陸と言います。私たちが今いる場所は、大陸の北東ですね――ラルバーン地方と言います。

 南に、パルロ王国。西に隣接してアルガイゼム帝国があり、いずれも、ヒューマンによっておさめられています。帝国の北西にエルフの王国があり、北が、魔族たちの住む領域となります」


「ヒューマン」


「ヒューマンは、お館様のような外見です。まあ、多少異なりますが」


「日本人というより地球人、まんま人間だな」


「――どうでしょうか。お館様がこちらの世界を知らないように、お館様の世界のことを私は知りません」


「そりゃ、そうだな」


 頭の悪い会話をしてしまった、と坂棟は苦笑した。


「エルフも似たようなものですが、特徴は、耳が長いことですか」


「……まあ、会った時のお楽しみにしようか」


「よろしいですか?」


「待った。ここから西に行けば、魔族に会えるということか?」


 坂棟は脳裏に簡単な地図を描いて、質問した。


「ええ、たいへんな距離がありますし、途中に大きな山脈もはしっているので、容易な道のりではありませんが」


「ヒューマンとエルフ以外の国はないのか?」


「ありません」


「他に種族はいないってわけか」


 坂棟は小枝を焚火に投げた。


 わざわざ火をつくらなくとも、寒さは我慢できないほどではないし、また、人型になっているとはいえ竜がいるのである、獣が襲いかかってくることもない。

 光が必要ならば生みだすことも可能だったが、坂棟の趣味で、炎がたかれていた。


「いいえ、そうではありません。妖精族には、エルフ、ドワーフ、セイレーン、それにオニがおりますし、別に、セリアンスロープもいます」


 聞きなれない単語が並んだが、さまざまな種族なのだろうと大枠で理解し、坂棟は話の腰を折らないようにした。


「最初の魔族との戦いのおり、ヒューマンとエルフには神々から加護が与えられ、彼らは神法術、精霊術という強大な力を得て、魔族を見事撃ち破りました」


 すでに、魔族とそれ以外の生物たちの間では、二度の大戦が行われていた。

 竜王と呼ばれる竜族の最強種は、一体をのぞき、いずれの戦いにも参加していない、ということである。


「強力な力を背景にヒューマンは大国をつくり、それに対抗して、エルフも国をつくりました」


 冷たい微笑が、ラトの顔にたゆたっている。


「ヒューマンとエルフが、他の種族を追いやったということか」


「ええ、彼らは自分の力に驕り、他種族を奴隷として扱っています」


「奴隷?」坂棟は顔をしかめた。


「そうです。ヒューマンやエルフは、自分たち以外の人型種族のことを『亜人』と呼び、蔑んだりもしていますね」


「ヒューマンとエルフはでかい顔をしている、というわけだ。神様とやらがした選別は、ありなのか? 見方によっては、魔族が正義の味方になりかねないけど」


「いいえ、そうはならないでしょう。魔族というのは、この世界に生きる者を滅ぼす存在。人間を殺す者です」


 ここで言う「人間」というのは、人型の種族の総称である。ヒューマン、妖精族やセリアンスロープも含まれる。


「魔族当人に訊いたのか?」


「おもしろいことを、お館様は言われる」


「――おもしろい? ラトって笑いのセンスないだろ」


「魔族は自ら宣言しておりますよ」


 ラトは坂棟の突っ込みを無視した。


「宣言? わざわざ? それは本音?」


「行動で示しています――魔族には、上位種と下位種がいます。上位種は、言葉を操る知性があり、下位種はそうでないモノたちを指します。力に大きな差がありますから、この分け方は間違ってはいないでしょう。これは、竜にも通じる区別のしかたです」


「二人は、上位竜ということか」


「私たちは違う」退屈そうにしていたハルが口をはさんだ。「私たちは、上位竜のさらに上の存在の、竜王。お館様わかった? 私の凄さが」


「つまんないジョークはいいよ。で、魔族について、まだ、あるんだろ?」


「ええ、魔族についてはまだ話すことがありますが……」ラトは苦笑した。「魔族というのは、本来、霊子体(アストラル・ボディ)であり、生物の身体を奪うことで、世界へ干渉することができるようになります。下位種は、たいてい動物を、上位種は人間などを憑代にします」


 下位種は、力をつければつけるだけ、姿形がもとの動物から大きく変容していくらしい。


「大戦があったんだよな? いまだに魔族がいるのなら、また、起こるんじゃないのか?」


「ええ、一〇年以内に、必ずあると私は推測しています。実際ここ数年で、魔族たちは活発化しています。いずれ、魔族の王が復活するでしょう。そして、今度は、ヒューマンとエルフの連合軍は確実に敗れることになるでしょうね。彼らは、まったく魔族を警戒していない」


「人を好んでいるのかと思えば、けっこう、点が辛いな」


「一部の人間は好ましく思います。愚かな者たちが、私は嫌いなのです」


 美貌であるが故に、ラトの冷酷な微笑は、絶対零度の冷ややかさをもっていた。


「人間のたいはんは、愚かな者たちだと思うけど……」坂棟はあくびをした。「――俺は寝る。続きは明日」


「はい、ごゆっくりお休みください」


 従者の言葉を背中に聞きながら、坂棟は草の上に寝転んだ。

 身体を動かせば痛みが走り、自分が骨折していることを思い出させた。しかし、耐えられないほどの痛みと言うわけではない。痛覚が鈍っているのか、痛みに強くなったという表現すべきか。いずれにせよ、肉体の変化は確実に起こっているようだ。

 思考はごく短い時間で終わり、すぐに彼は、寝息をたてはじめた。

 坂棟の異世界生活三日目が、こうして終わったのである。





 夜空に二つの人影がある。

 星々の光と月光に照らされた顔は、各々最高レベルの美貌を有していた。

 ギルハルツァーラとシャインラトゥの二人である。


「あの方を傷つけることは私が許さない」


 ラトが口火を切った。


「ずいぶんと執心するじゃない、異界者に」


 ハルは薄く笑った。


「おまえは興味がわかなかったのか? 無理やりなされた、あの契約の時に、絶対的な力の奔流と共に記憶の一部が流れこんできただろう」


「……別に」ハルは髪を耳にかきあげる。


「その奇妙な格好は、あの方の記憶から得たものだろう」


「奇妙? あなたは変だけど」不愉快を隠さずに、ハルは言い捨てた。「それより服を作るのに何かいい案はない?」


「そんな話をしているわけじゃない」


「うるさいわね。手を出すなというのなら、そもそも危害なんて加えられないのはわかってるでしょう」


「だが、危険な状況へ向かうように誘導することはできる。あの方に知識を与えず、私と戦わせたことが、おまえの狙いを示している」


 人にとって相性の悪い、幻惑を得意とするシャインラトゥとわざと戦わせた。

 万が一幻竜が敗北したとしても、続けて支配の契約を行えば、坂棟は自滅する。戦った後では、契約に必要な力の量が残っていないからだ。

 その上、すでに別の竜王ハルと契約しており、その分の負担がある。竜王一体と契約するのでさえ、人では絶対的に器の大きさが足りないのである。それが二体となれば、失敗以外の未来はない。


 幻竜を支配下におくには、不利な条件が重なりすぎていた。

 絶対に、契約は失敗するはずであった。

 だが、坂棟は成功させた。力の器が、ハルが予想する以上に桁外れだった、というわけである。


「終わったことよ。試験は終了。私は、あの人の強さに興味がある。このままいけば、どれほど強くなるのか、想像もできない」


「………」


「そうなれば、絶対に戦うことになるでしょう? 誰もあの人を無視できない」ハルの瞳と笑みに、攻撃色がまじる。「魔王や、勇者、それに竜王たち――この世界の最強のものたちと、あの人は必ず戦う」


「戦闘狂は変わらずか……だが、そういうことなら、いちおう信じよう」


「あなたに信じてもらう必要なんかないけどね」


 ハルは知らん顔をしている。


「最強のものたちか……」


「悪い?」ハルが声に不満をのせた。


「いや、そうじゃない。気づいているか? あの方の異常性に」


「竜王を倒す人間は、異常としかいいようがないでしょう」


「違う。あの方は異界者だ――そして、異界者というのは、この世界でほとんど成長を望めない。この場合の成長というのは、人間の言う神法力の量のことだ」


「成長しない? 嘘ね。たぶんあの人、私と契約した時の倍近く器が大きくなっている」


「……それほどか。まるで、勇者だな」


「勇者じゃない。神の加護がないから。そんなことくらい興味のない私にもわかる。あなたの知っている異界者の情報が間違っているんじゃないの?」


「私はお前とは違い研究熱心なのだ。二〇年前――正確に言えば、二四年前に起きた異界者の騒動もしっかりとこの目で直に確認している」


「あ、そう。で、私たちのお館様が普通じゃなかったら、何か困るの?」


「いや、困りはしない――」言葉を切り、ラトは口中で呟く。「――だが、あの方がもしも戦いを望んだ時、最後に行きつくところは果たして魔王や勇者で終わるだろうか……」


「なに? 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。ないのなら、私は行くから。従者が二人とも就寝している主人の傍から離れるなんて、あってはならないでしょ」


「ああ、そうだな」


 ラトはわずかに顔をほころばした。

 ギルハルツァーラが主人を心配する姿を見せたことが、彼女の本性を知るラトからすると、考えられないことであるからだ。

 主人を殺めることをやめたという言葉に、信憑性が加わったというものだ。

 今回ラトと戦わせたのも殺すためではなく、本当に試験と言う意味があったのかもしれない。


「何であの人は異界者のくせに、支配の契約なんかできたの? 神々の力も借りない完全な我流でしょ、あれは?」


 降下しながら、ハルが質問をした。


「あの方は、異常だ」


「また、それ? 主人に向かっていいのかしら、その言葉?」


 ハルの口調には、不快な響きがあり、自分が言うのは良いが、他人から坂棟のことを悪く言われることは気にくわないという、自分勝手な気分の流れが感じられる。


「乱暴に言ってしまえば、世界に対するあり方があの方は傲慢なのだ。しかも、その力は対象を消滅させるという性質を持っている。信じがたいが、自らの意思と力のみで世界の法則を捻じ曲げた。あまりに傲岸だ――私たち竜王と同程度に、いや、それ以上かもしれない……」


「傲慢ね――死なずにすんで良かったわね」


「おまえが止めなければ死んでいた。そして、おそらく私の力が幻に関することであったことも幸運だった。この二つがなければ、私は、初めて死を経験する竜王となっただろう」


「どういうこと?」


「あの方は、一瞬であっても私の幻に捕らわれた。おそらくそれが許せなかったに違いない。あの時のあの方の怒りは永遠に忘れられない――それほどのものだった。今後似たような力を持った者が現れた時の保険として、私の力を欲したのだ。二度とあのようなことにならぬよう」


「いちいち面倒くさい。そんなことまで考える?」


「この程度のことは考えているはずだ」


「それで、あなたは一生あの人にかしずく覚悟はできたの?」


「願ってもない。竜王を配下としたのだ。あの方にはこの世界を治めることくらいはしていただこう」


 ラトの頭の中では、坂棟を王として戴く国がすでに形どり始めていた。


 ハルはラトの言葉を無視して主人の元へと降りていった。


 こうして、竜王による夜空での二頭密談は終わったのである。性格や目的も異なる二人だが、異界の若者に忠誠を誓ったという点だけは同じであった。








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