8 オーダルオン城塞
オーダルオン城塞。
パルロ国中原を護る要となる城塞である。それは、パルロ南部から中央へと出る時、この城塞を必ず通らなければないことからもわかる。
南部と中原を結ぶ入り口なのだ。
山を背にした天然の壁と人工の壁を融合した城塞で、その堅牢ぶりは、パルロ国全土に知られている。強固であるという事実は、逆に言うと、城塞に守られている物が、それだけ価値があることを示していた。
オーダルオン城塞をぬければ、ニューラス地方を視界に収めることができる。
パルロ国最大の港町と広大な穀倉地帯がひろがっている。
交通の要衝でもある。
ニューラス地方を押さえれば、パルロ国の三分の一を支配下に治めたと言っても過言ではないだろう。
パルロ国王都エルファールの首筋に、刃を当てたも同然と言えた。
パルロ国としては、絶対に陥落させてはならない城塞なのだ。
解放軍は、オーダルオン城塞を次の目標に設定していた。
解放軍は、全軍がザルグ平原に集結している。
解放軍の移動速度であれば、ここから五日ほどでオーダルオン城塞にたどりける。
本来ならば、このまま進軍し、オーダルオン城塞へ人海戦術で攻撃し続ける予定であったのだが、ある情報が入り、計画は中止された。
オーダルオン城塞には、領主混合軍ではなく、王都から王軍(中央軍)が出撃してきているというのである。
旗印から、指揮官は八将の一人、ヴァレウス・ヴァン・ユーノであることがわかった。
これまでにない雄敵である。
だが吉報もある。
王軍は兵力が五万ほどであるというのだ。
解放軍の三分の一である。
以上の報告は、坂棟によってもたらされたものだった。
翌朝、十人会議が開かれた。
「その男の情報が正しいのなら、我らの勝ちは決まったようなものではないか」
ラフニルは、腕を組んでどっかりと座っている。
振る舞いだけを見れば、まるで、彼がこの場の最上段に位置する存在であるかのようだ。
「理由は?」
バーンが訊ねる。
司会役は、いつもバーンが務めていた。
といっても、あまりにバカバカしい内容になった場合、彼は口を開かなくなることがしばしばある。
そういった時は、能動が場をおさめて、皆を解散させていた。
「三倍以上の数で押しこめば勝てるのが道理だろう? こんなことは、よほどの馬鹿でもないかぎり、すぐにわかる」
「なるほど。だが、私は籠城することもあり得ると考えている。城攻めは普通敵の三倍の数を用意しなければならないという。今回は、まさにそれにあてはまる」
「バーン、おまえは戦を知らない。王都からわざわざ出てきて、籠城だと? そんなやつがいるものか!」
もっともな意見ではある。
だが、ラフニルが口にしたことに対して、バーンは反発を覚えた。
戦を知らないのはおまえだろう、と、怒鳴りたくなる自分を彼は抑制する。
バーンとラフニルの舌戦は続いた。
「これは個人の感情の問題ではない。我々が北進していることは明確だ。それに蓋をするというのは、容易に考えられる策ではないか」
「どうやら怖気づいたようだ、バーン殿は」
「怖気づいたと言えば、それが正論になるとでも思っているのか! 貴様の感情論など聞き飽きた!」
「なに!」
ラフニルが顔色を変えた。
朱色を塗りたくったような顔には、怒りだけがある。
「敵は王軍だ。これまでとは違う。王の意思にそって動いているのだ! 個人のプライドを優先するような戦をするはずがない。いかに犠牲を少なくして、勝利を得るか。それのみを考えているはずだ」
この後、さらに、ラフニルが言い返し、会議の場は、議論というよりは、ただの口喧嘩の様相を呈した。
不毛なやりとりは、一時間以上続いた。
能動が一度、休憩を取ることを宣言し、各人はそれぞれ席を立った。
簡易の営舎を後にして、一人になると、バーンは一度大きく息を吐いた。
ラフニルにのせられて、つまらないことに時間を使ってしまったという自覚はある。
だが、次の戦いが重要だと思えばこそ、理性に感情がのってしまうのだ。
次の戦いに勝てば、未来が拓けるはずなのだ。
今やっているような、人が多く死ぬことが当たり前である戦い方を、ようやく止められる。
オーダルオン城塞の扉さえ開けば、肥沃な大地と富が彼らを待っているのだ。
だが敵が、王がそれを許すはずがない。
常勝と言われる王軍が、ついに姿を見せたことからもそれがわかる。
いよいよ、解放軍を本格的に征伐するつもりなのだろう。
だが、バーンは王の対応は遅すぎたと考えている。
しょせん、地方の叛乱と侮っていたに違いない。その侮りが、大きな隙を生んだ。
解放軍は一六万という巨大な戦力を持つことになった。
数の力によって、解放軍にも充分な勝ち目がある。
敵の失敗によって、こちらに大きな勝ちの流れがきている。
だからこそ、自分の都合の良いように現実を見誤り、失敗するわけにはいかないのだ。
しばらくバーンが歩いていると、坂棟とドラードが会話をしている姿が視界に入った。
興味深い二人組だ。
バーンは、指揮能力の高い彼らが、次の戦をどう考えているのかを聞きたいと思い、二人に近づいていく。
あいにく、先程は、くだらない議論のために、彼らの発言の機会がまるでなかったのだ。
「お二人とも、どんな話をなされているのです?」
バーンが声をかけると、二人とも驚いた様子もなく振り返った。
「ドラード殿の強さの秘密を探ろうと考えたんですけどね」
坂棟が小さく肩をすくめる。
どうやらうまくいかなかったらしい。
しかし、ドラードの強さなど、今、訊ねなければならない話題というわけではない。他にも話していたことがあっただろう。
「先程は申しわけない」バーンは頭を下げた。「二人は、どのような考えをお持ちですか?」
「私は特にない。与えられた戦場で全力を尽くすのみだ」
「ドラード殿は、戦場はどこになるとお思いか?」
坂棟が意見を飛ばした。
「……会戦、城攻めどちらの可能性もある」
「次にもたらされる情報しだい、ということか――というわけです、バーン殿」
「……ずいぶん坂棟殿は余裕がありますね。次の戦いが大一番であることは、当然わかっているのでしょう?」
「バーン殿、この集団にとって、準備や対応というのは何でしょうか?」
「どういうことです?」
「何もできないということです。当たり前ですね、何ら訓練をするわけでもなく、系統だった組織を形成しているわけでもない。個人の意思にのみ頼っている。その意思さえも、ただ、能動という人物を見るというだけ――まあそれが強みなのかもしれないが」
「何が言いたいのです?」
「上が無能ばかりだと言いたいだけです」
「確かに、有能とは言い難いでしょう」
「バーン殿、あなたもですよ」
バーンは、ラフニルのことを思い浮かべていたので、坂棟の言葉は虚をつかれたし、衝撃を受けた。
「私も、ですか……それは、私は才髙き者だとは思いませんが」
「今回の情報の多くは、というより、すべて私の部隊が収集したものです。バーン殿は、敵軍の情報をどのような手段で得ているのですか?」
「もちろん、斥候を放っています」
「それで、どのような情報が得られたのですか?」
「それは……現在も収集中です」
「情報は鮮度が命です。つまり、早さです。バーン殿、あなたは戦場に立ってみるべきだ」
「私に死ね、と?」
「違います」白い仮面の下にある口が苦笑した。「そうですね。ジークあたりと組んではいかがですか。俺は、あなたは戦場でこそ、もっとも活きると考えているんです」
「冗談でしょう。私など邪魔にしかならない」
「そうでもないと思いますよ。部隊の訓練を見学した時のあなたは、鋭い目をお持ちだった」
「くだらない話はやめましょう。それより、どちらの可能性もあるとは、籠城、あるいは、平野での決戦もあると二人は見ているということですね?」
「普通に考えれば、籠城されることが何より厄介ですが、討ってでてきた時、これはこれで厄介ですよ。事態は、より深刻なものになるかもしれません――重大な情報というやつが、来たようです」
一人の兵士が駆けてきた。
彼の報告は、バーンの予想したものと異なる内容だった。
すなわち、王軍がオーダルオン城塞を出陣した。
時間の経過から考えても、ユーノ将軍は、城塞で補給を受けただけで、すぐに進路をザルグ平原へ向けたということになる。
ユーノ将軍の意図はあきらかだった。
ザルグ平原での決戦である。
すぐに十人会議が開かれた。
この後の会議は、ラフニル主導のもと進行された。彼の予想したとおりの動きを王軍がしたからだ。
バーンも発言したが、ほとんど無視されるような形となった。先の予想に反し、籠城ではなかったという事実が、そうさせたのだ。
会議では、まるで解放軍がすでに勝利を収めたかのような雰囲気が漂っていた。ラフニル一派が醸成した空気である。
これが、解放軍最高会議の実情だった。
「坂棟、君はどう考える?」
最後に、能動が口を開いた。
自然、注目は坂棟に集まる。
ラフニルの顔が苦々しげに歪んだ。
なぜ、新入りに意見を求めるのだと顔が語っていた。
「八将とは、パルロ軍が誇る最強の将軍たちなのだろう? 彼がこちらの戦力を知らないはずがない。その上で会戦を望んでいる。つまり、彼は、我々と正面から戦って勝つ勝算を持っているということだ。彼の勝算と、こちらの勝算、どちらのほうが勝っていると思う?」




