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7 王都エルファール




 王都エルファール。

 パルロ国の王都にして、ルーン大陸でもっとも栄えている都である。

 もっとも長い歴史をもつ都市でもあり、ヒューマン文化の中心を担ってきたと言っても良いだろう。

 学者も商人も芸術家も剣術家・武道家も、あらゆる人々が王都エルファールを目指し、この都市で成功することを願った。

 王都エルファールでの成功は、世界最高峰の勲章を受けるのに等しい功績なのだ。


 経済と貿易も盛んであり、一大消費都市でもあった。

 都市の住人たちの暮らしぶりも、どの地域より高水準であると言えた。

 だからこそ、エルファールの住人達は、自らの都市を誇りに思うあまり、余所者に蔑視の視線を送ることがある。

 エルファールとエルファール以外でわけるのだ。

 このように王都エルファールは幾分排他的な面を持ってはいるが、家柄も出身地も異なる様々なヒューマンが集まる場所であり、パルロ国、強いては、ルーン大陸の中心であることは間違いのない事実であった。


 高い強固な防壁、さらに、背後にあるユラシャンス山に棲む黄金竜アブリューソスの存在が、王都エルファールの永遠を約束していた。

 この王都エルファールに君臨しているのが、パルロ国王ゼピュランスである。

 パルロ王は、執務室で秘書官であるロザリアから報告を受けていた。


「エンシャントリュースとの交渉は、うまくいっていないようです」


「ルースは泣き言を言ってきたのか?」


「いいえ」


「なら、あいつに任せておけば良い」


「承知しました」


 エンシャントリュースというのは、西方の深い森の中に存在する国家である。住人はすべてエルフで構成されている。

 現在、パルロとエンシャントリュースでは、交流がほとんど持たれていない。

 パルロに限定せずとも、エンシャントリュースは、ヒューマンとのつきあいを半ば絶っていた。

 ゼピュランスは、国交を正常化するために、外交官としてルースという男を送っていたのである。


「ボルポロス公国のことですが――」


 ボルポロス公国とは、パルロ国西北に位置しており、パルロと国境を接している。

 公国の西にエンシャントリュースがあり、公国より北は、魔族の領域となる。

 ボルポロス公国は、魔族の地にもっとも近いために、ヒューマン国家で魔族の被害をもっともこうむっていた。

 ちなみに、公国の南西にはアルガイゼム帝国があり、公国はパルロと帝国の緩衝地帯となっている。


「援軍をよこせと言ってきたか?」


 笑いながら王が言う。そんなことはないとわかっているのだ。


「いいえ、それはありえません。ボルポロス公は自国を独立国家だと考えているようですから。公国からの報告では、魔族の出現数は例年と変わらずというニュアンスですが、実情は異なるようです」


「他からの報告は違うのか?」


「はい」


「その誤差の意味するところは何だ?」


「軍事以外であっても、とにかく介入を避けたいものだと思われます」


「公国にはしばらく頑張ってもらわねばならない。だが、調子に乗られるのもおもしろくない。ユリアを進軍させておけ」


「……ルーラス卿ですか?」


「心配か?」王は笑う。「公国との境にはりつかせるだけで良い。公国がどういう対応をするのかを観察しておけ」


「ルーラス卿でよろしいのですか」


「よほど信用がないようだな。心配せずとも良い。あれも、半年ほどは馳走こうこくを食べずに我慢することくらいはできる」


「……承知しました」


 ユリア・ヴァン・ルーラス。

 八将と称される将軍の一人であり、八将の中で唯一の女性である。

 燃えるような赤い髪をした攻撃的な女性で、突撃を信条としており、策をめぐらすことはほとんどない。

 性格は気分屋で、気性の荒い暴れ馬であった。


 ロザリアの目からすると、あの性格でなぜ将軍という職にあるのかが謎である。彼女は、日常のユリアしか知らないので、戦場ではおそらく違うのだろうと納得するよりなかった。

 そうでなければ困る。


「西部には問題はありません。北部も、表立った問題は、何もないと言えます。トランド公爵に世継ぎ問題が生じているというのが、もっとも大きな問題です。今だ盗賊団の暗躍を許していることも問題ではありますが。気になるのは――」


「ラルバーン地方か?」


「はい。冒険者を使い調査させましたが、帰還者はおりません」


「竜王にやられたか?」


「わかりません。ロッドガルフ将軍からの報告もありますので、本格的な調査隊を組織したいと存じますが」


「南で問題が起こっている間はやりたくないと言っていたのは、ロザリアではなかったか?」


 王がからかうように笑った。


「申しわけありません。陛下の言葉が正しかったようです」


「一人も生きて帰さぬ、というのは、これまでの幻竜のやりようではない。トランド公爵に調査を命じよ。ついでに、盗賊団とやらも討伐させよ」


 弱った相手に対して、王は容赦をしない。

 王は、トランド公爵領に手をつけるつもりであろう。

 つまり、王は、公爵の後継者候補となっている人物のいずれにも期待をしていないということだ。


「承知しました」


「次が今日の本題か?」


「はい。叛乱軍についての報告です」


 領主混合軍は敗退した。

 領地を追われた貴族たちは、現在王都に逃れてきている。


 これまでに、王は領主たちに対して幾度も援軍の派遣を打診していた。さも介入したいと装った表向きの動きだ。

 一方で、影からは別の意図を持った情報も流していた。

 叛乱軍など、しょせん奴隷や農民からなる素人の集団に過ぎない。少々数が多かろうとも貴族階級の相手になるはずがない。

 混合軍を編成すれば、一撃粉砕してしまえるであろう、といった威勢の良い物だ。

 控え目に言っても、煽動である。


 王は狡猾だった。

 援軍を送ると言いながら、一方で、その申し出を貴族たちが断わるようにしむけていたのだ。

 貴族たちも、王軍の援軍を受け入れれば、それ以降は、王の意向を受けいれざるをえなくなることを知っていた。

 王の発言力を増したくないと考える貴族たちは、自然、自分たちで解決をはかろうとするし、状況が悪くなればなるほど、あまい考えや情報にすがっていったのである。

 それは蟻地獄へと自ら飛びこむ行為だった。

 その結果、彼らの多くは領地を奪われ、ついには戦う術までも失ってしまったのだ。

 たとえ王軍により貴族領が解放されても、次にあるのは、王の差配である。影響力が増す、などという甘い見通しは通じないだろう。

 貴族の多くは、未来に思いをはせることを拒否しているに違いない。


「南部の貴族たちは、表に裏に会合を開いているようですが、いかがいたしますか?」


「何もする必要はない。そうだな、王都の誰と連絡を取ろうとしているのかさえ、把握していれば良い」


「承知しました」


「ヴァレウスは何か文句を言ってきたか?」


「いいえ」


「だろうな。腹の奥では怒り狂っているだろうに、あいつは良い子ぶる」


 ヴァレウス・ヴァン・ユーノ。

 ゼピュランス王の血のつながった弟であり、王室から離れた臣下でもある。

 八将に数えられる一人で、知勇兼備の有能な将軍だ。

 人当たりも良く、人と衝突するということがまずない。

 兄に似て、貴公子然とした顔立ちをしているが、兄が、烈気と鋭気を瞳に宿しているのに対して、弟は、落ち着いた雰囲気をまとっていた。少なくとも表面的には……。


 ゼピュランスは、叛乱軍の討伐をヴァレウスに命じたのだが、その下に、八将のロッドガルフを送った。

 援軍を送られるということ自体、ヴァレウスの自尊心を傷つけることであるのに、八将と言うパルロの最強戦力まで援軍としてつけられたのである。

 自分一人では、叛乱軍を討伐できないというのか! そういう屈辱と反発とが生じているに違いないのだが、ヴァレウスは自らの感情を表にいっさい出していないようだ。


「当然です。ヴァレウス様が、陛下へ対し、敵対とも取れる言動をとれば、即座に討たれてしまいましょう」


「あれは、王室から出たのだ。予に取って代わることはできないのではないか?」


「そのようなことが建前であることは、陛下もヴァレウス様もわかっておいでのはず。王家の血を引いているという事実があるかぎり、何をやろうとも――」


「しかし、ヴァレウスは、臣下であることに耐えられるか――やつは、プライドが高い。かしずくという行為は、屈辱となっているのではないか?」


 ロザリアは何も答えなかった。

 答えようがなかったし、王も返答を求めてはいないだろう。


「あれは叛乱軍との間に会戦を求め、華々しい勝利を望むだろう。短期間で終結させるのには悪くはないがな」


「陛下であれば、異なる方法を取るのですか?」


「あの地には利用できる物がある」


「利用できる物――ですか?」


「わからぬか? あまりにその存在が大きすぎるか」


 王の口は薄い笑みをかたどっていた。


「……オーダルオン城塞」


「やりようによっては、包囲殲滅さえもできよう。予の弟がどういう戦いをするのか、見せてもらおうか。可能なかぎり戦場の情報を、予に報告せよ」


「承知しました」


 ロザリアは頭を下げた。

 彼女の王は、おそらく、何かをたくらんでいる。

 混乱を最小限に抑えるために、彼女は、早い段階で王の手を読みきらなければならなかった。

 王の行動は激烈すぎて、時として、周囲の者たちを置き去りにしてしまう。ついて来られる者のみが、ついてくればよい。走ることのできぬ者は、その場で朽ちよ、という強烈な意志が、王の行動からは見てとれた。

 そこに、この王の危うさがある。

 王にとっては、助走もせずに跳び越えられる川であっても、凡人には、筏を準備してようやく渡れる河であるのだ。

 明敏な王は、おそらく頭では理解している。だが、実感はできていないから、気を配ることをしない。

 ロザリアの役目は、才ある者とそうでない者との間で、架け橋になることだ。


 ロザリアが王の秘書官に抜擢されたのは六年前。彼女が一八歳の時であった。

 ロザリア・ヴァン・シーレフというのが彼女のフルネームである。

 あのままなら、いずれ、ロザリアはどこかの貴族へと嫁ぐことになっていただろう。父の頭には、彼女の夫となるべき者の名簿があり、婿にふさわしい男の名には、すでに赤いラインが引かれていたかもしれない。

 しかし、彼女の未来の夫なるべき男たちは、より強烈な輝きを放つ存在によって、吹きとばされた。


 王が突然、シーレフ家の屋敷を訪れた。

 本来、王が臣下の家に訪れるなど重大事であるが、この王には当てはまらない。時々この王は、気まぐれを起こし、各貴族の家へ訪れ、会話を交わすのだ。

 ロザリアも噂には聞いていたが、自分がその立場に立つとは夢にも思っていなかった。

 そこで、王に問われた。


「予に訊ねたいことはないか?」


 父は、明らかに余計な口をきくな、という目をしていたが、彼女は気にせずに答えた。

 そう、おそらくこんなことは一生ありえないと考えたからこそ、ロザリアは、日頃考えていた疑問を投げつけたのだ。


「各領主によって、奴隷への扱いがことなります。陛下はどのようにお考えなのでしょうか?」


「扱いが異なる?」


「私のような小娘の耳にも届いております。陛下が知らないはずがございません」


「では、そなたはどう考える?」


「むやみに傷つけることは禁ずるべきかと」


「奴隷は、各貴族の私有財産。それに予が手をつけるのか?」


 私有財産への口出しは、王であろうと禁じられていた。

 やりやようがないわけではないが、それも貴族に対してとなると、困難である。

 たとえ、下級貴族に対して行ったとしても、すべての貴族が抗議をすることになるだろう。一度でも例外を認めれば、自分たちの財産まで、王によって強引に奪われることになりかねないということを、貴族たちは理解しているからだ。


「それは奴隷への同情心からか?」


「いいえ。効率の問題です」


「ほお」


 初めて、王の瞳が興味深げな光を宿した。


「いたずらに奴隷を傷つけることは、働き手をなくすだけであり、また、まったく賞与を出さないのは、奴隷たちの意欲を奪い、効率を悪くします。奴隷の労働力は、国力に直結しています。私は、奴隷の管理の不備は、国家にとって重大な問題であると認識しています」


「ロザリアと言ったか」


「はい、陛下」


 ロザリアは頭を下げた。

 言いたいことは言ったので、気分はすっきりとしていた。

 王も怒っている様子はないので、家が咎めを受けるということもないだろう。


「シーレフ伯爵、卿は良い娘をお持ちのようだ」


「いいえ、小娘が聞きかじりの知識を披露したにすぎません。出過ぎたまねを」


「謙遜する必要はない」


 シーレフ伯爵は娘の隣で頭を下げた。


「ロザリア、明日から王宮に上がるがよい」


「――承知しました」


 ロザリアはこの時、他家に嫁ぐという道から離れ、自らの足で未来を切り開く道へと進むことになったのである。

 輝きを放つ娘の顔に比べ、父親の顔は暗い。

 彼女の隣に座っていた父親は、娘が自分の手からも離れたことを悟ったのだ。


 あの頃に比べ、ロザリアの立ち位置は随分と変わった。国家のあり方も変じた。

 だが、貴族に対する改革はあまり進んでいない、と王は考えているようだった。

 ロザリアの目からすれば、確実に成果はあがっているのだが、王の描く絵から遠いものなのだろう。

 貴族たちは、王をおそれ、従順にふるまった。特に、欲望と腐敗の海を長い間生きてきた大貴族たちは、上に従うことも下を切り捨てることも、息をするようにたやすくやってみせる。

 名分がない以上、王にも彼らを罰することはできなかった。


 だが、流れはここに来て、急激に変化している。

 王を通して、ロザリアも時代のうねりを感じていた。

 時代が動く時――それは、多くの血を欲するのかもしれない。








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