5 ミーラフ解放軍
異界者叛乱編
平野で、数万の軍が激突していた。
それは、パルロ領主混合軍と叛乱軍との戦であった。
パルロ領主混合軍は、兵装がある程度整っており、一定の統制された行動をとっている。
対して、叛乱軍は、装備はまちまちで、統制などという言葉を使うのはおこがましい烏合の群の動きであった。
戦の序盤において、押していたのはパルロ領主混合軍である。
神法術師の数、集団行動の練度、個人の能力、すべての面において、領主軍が優っていた。領主軍が攻勢となるのは、当然の帰結である。
叛乱軍は戦いの当初から、倍以上の兵力という数的有利の状態を誇っていたのだが、時間の経過とともに多くの被害を出し、自らの優位性を失っていった。
兵士を失えば、兵力は減じるのが道理である。
だが、現実は、そうはならなかった。
まるで、女王蜂が子を産むように、次々と叛乱軍の兵力は増強されていったのである。
集団行動の不備により、遅れた兵士たちが多くいたのだ。
これは、叛乱軍の未熟を示す物でしかない。領主軍としては各個撃破をすれば良いだけのことだった。
だが、敵が無尽蔵に湧く場合、各個撃破はただの連戦でしかなくなる。
パルロ領主混合軍は、倒しても倒しても後から湧きでてくる叛乱軍に対して、休む間もなく剣を振るい続けた。
だが人間は疲労する生き物だ。
優れていたはずの兵士の質が、体力の喪失とともに失われ、動きが格段に鈍くなる。思考力は欠如し、判断力は失われた。
パルロ領主混合軍は、序盤の優勢をついに手放す。
神法術師が働けなくなったことも、大きな理由だろう。
終盤になり、叛乱軍は総指揮官である能動新樹が前線に立ち、さらに勢いを増した。
能動の圧倒的な武勇は、味方を鼓舞し、敵の意気を完全にくじいた。
パルロ領主混合軍はついに潰走した。
戦いは、叛乱軍――いや、解放軍の勝利に終わったのである。
はるか上空で、この戦いを見下ろす二つの影があった。
坂棟克臣とその従者のセイである。
「狂気じみている」
能動の戦いは、坂棟の考える戦いとは、まったく異なっていた。
何の訓練もしていない民衆を、そのまま戦いの場に放りこんでいるのだ。
その士気の高さから、民衆が望んで戦いに身を投じていることはわかる。
しかし、望めば勝利できるというものではない。訓練しなければ個人の技量は上がらないし、集団行動は絶対にできない。装具を身につけなければ、死傷率は高くなる。
実際に多くの兵士が死んでいた。
だが、兵士たちに不満ないようだ。戦い終わった後の勝利の興奮は、満足感に包まれている。
戦場に転がる仲間の死を意識することがないのは、能動のカリスマのおかげだろうか。
「今のみを生きる戦いか」
将来を見すえていない者たち。
今のみがすべてなのだ。
勝つか負けるか。勝利の後のことなど考えていない。
坂棟の配下となったセリアンスロープのような辺境の種族達も、以前はそうであった。
だが、辺境の種族と叛乱軍との間には、決定的な違いがある。
勝利を手にしていることだ。
それは、数の力によるものであった。
彼らは、数の力によって勝利を重ねていたのだ。
「その先に何が得られる?」
坂棟の呟きは、天空へと消えた。
――解放軍。
正式名称は、決起した村の名をとって、ミーラフ解放軍という。
能動を頂点とするこの集団は、奴隷の解放とあらゆる不平等からの解放を謳っていた。
一度勝利を得ると、瞬く間に能動のもとには人が集まった。
不満を溜めた人々がはけ口を求めて解放軍に参加したという面は確かにある。
だが、それ以上に、能動という「勇者」の存在が、人々に将来の希望を見せ、武器を取らせたのだ。
能動によって、解放軍は繋がっていたのである。
解放軍は、パルロ国南部を支配下に治めている。それは、パルロ国の五分の一に迫ろうかという領土面積であった。
能動が挙兵して四カ月というごく短い期間に、これだけの躍進を解放軍は遂げたのだ。
現在の兵士数は、一六万にのぼる。
この一〇万をこす人間たちが移動と戦いを繰り返していた。
その糧食の量は、おそるべき数字となっている。
体系だった組織の形をもたない解放軍は、常に食糧問題を抱えることになった。
一部で近隣に無法を働く者がいたが、多くの参加者たちは我慢した。
能動がいるからだ。
解放軍の兵士たちが、能動に抱く思いは、信仰に近かったかもしれない。
だからこそ、人々の流入はとまらない。
能動はすべて受けいれた。
そして、戦いへとおもむくのだ。
実情は、素人集団だ。
領主軍に常に、圧倒的にやられている。この四カ月で多くの人々が亡くなっていた。
だが、人が亡くなる以上の早さで人が補充され、兵力は右肩上がりに高まっている。
異様な集団である。
戦いを続ければ、経験を積む者も増えた。それらの人々、あるいは、もとから経験のあった者たちの中から、頭角を現す者が出てきた。
それは十人の男たちだった。
能動とこの十人によって、現在の解放軍のすべての行動が決定されている。
この会議のことを、「十人会議」と呼ぶようになり、いつしか「十人会議」は出席者のこと自体を指す言葉へと変わっていった。
一人は、バーンという。
解放軍の軍師のような立ち位置にいる男である。
中肉中背の細い目をした男だ。
いまだ若く、二〇代半ばほどだが、白兵戦に弱く、戦場で実際に戦うことはない。
一人は、ジークセイド。
彼は十人会議でもっとも若く、能動ともっともつきあいの古い戦士だった。
一七歳になったばかりの若者であるが、十人会議で一、二を争う武勇の持ち主だ。
一人は、ドラード。
指揮官としてもっとも優秀なのが、この無口な男である。
長身で均整のとれた体格をしていて、神法術は扱えないながらジークセイドと武を競うほどの強さを持っていた。
一人は、ジバ。
十人会議で最年長である老人だ。
彼はもともとチュアルという大きな村の村長であった。その立場が、本人の意思に関係なく十人会議に選ばれる理由となった。
会議中、ジバはほとんど発言することがない。
最後に、ラフニルという男がいる。
大きな体格は、でっぷりとした重そうな腹が象徴していた。
彼は目立った功績など上げていない。声の大きさと厚かましさとで、のしがってきたのである。
無私の精神の高い解放軍の兵士らしくない、俗人と言えた。
彼は、残り五人の十人会議のメンバーとも懇意にしており、解放軍内に一大勢力を築こうとしている。
十人会議は、すでに一枚岩とは言い難い状態にあった。
「さっさと始めては、どうだ?」
ラフニルが言う。
「まだ、あと一人来ていない」
バーンが答えた。
夜更けに、十人会議が開かれていた。
営舎には能動と十人の男たちがすでに集まっている。
「もともとあの男は十人会議のメンバーではない。待つ必要はないだろう」
「だが、彼のあげた功績は、無視できるものではない。ここにいる者で、彼の武功に比する者などほとんどいないだろう。仮に功績がなかったとしても、彼の意見には傾聴する価値が充分ある。ラフニル殿は、そうは思わないのか?」
バーンは決して皮肉を言ったつもりはなかったが、その言葉は、目立った功績のないラフニルに対して完全な皮肉となっていた。
バーンは、ラフニルが顔を歪めるのを見て、ようやく自分の言葉の意味に気がついた。
だが、だから、何だというのだろうか。もともとたいして功績のない者が、この場にいることこそがおかしいのだ。
「ああ、すまない。遅れてしまったようだな」
「遅いぞ」
上座に座る能動が、新参者に言葉をかける。
彼の登場により、十人会議の雰囲気が変わった。彼らにとって、この男が無視しえない存在であることがわかる。
「悪いな。俺の配備されている場所は、皆と違って遠いんだ」
男はにやりと笑った。
彼は、非常に特徴的な外見をしていた。顔の上半分を隠す、白い仮面をつけていたのである。
「さあ、一二人会議を始めようか」
一二とは能動と新参者を含めた数だろう。その意味を介しない者はいなかったが、仮面の男の言葉は、場を驚くほど白けさせた。
能動が口を開く。
「遅れた君が言うことじゃないよ。坂棟」
坂棟克臣は小さく肩をすくめてみせた。




