4 トウキの思案
室内を飾る装飾品、家具などの調度品は、すべてパルロ王国最高品質のものである。
豪奢な自室にトウキは一人で座っていた。
椅子も最高品質の物だが、装飾はほとんどない。座り心地という実用性に重点をおいて作られたからだ。
トウキはゆったりと腰かけ、瞼を下ろしていたが、思考は休まず続けられている。
ルフィリアが坂棟についていくと言ったのは、意外だった。
坂棟の狙いが何であるのかは、視線にさらされた本人が一番よくわかっていたはずだ。
それほど提示された給金が良かったということか。
あの男にそれほどの甲斐性があるのだろうか。
トウキは姉弟に退職金を与えた。
彼女にとってたいした額ではないが、彼らにとってはかなりの額である。
坂棟が欲に目がくらんで、姉弟の退職金を取りあげるような行動を取ればおもしろい、と彼女はやや意地の悪いことを思っていた。
彼女の育てたメイドを奪ったのだから、それくらいの毒をまぜることは許されるだろう。
同郷人と姉弟に対するトウキの思考は、そこで終わった。
彼女は、今、重大な問題を抱えていた。暗殺者から命を狙われるほどに……。
彼女には敵対している勢力がいる。
トランド公爵の後継ぎを争っている相手だ。
もちろん、表で争うのはトウキではない。
サーレバント侯爵とカルヴァ子爵だ。
サーレバント侯爵は、トランド公爵の子息で、カルヴァ子爵は、トランド公爵の弟にあたる。
叔父と甥による骨肉の争いである。
トウキは、サーレバント侯爵のもとに身を寄せていた。当然、彼女は、彼が次期トランド公爵になるよう願っているし、願うだけでなく様々な画策をしていた。
長男であり、トランド公爵の唯一の子であるサーレバント侯爵が、本来ならば、議論の余地なく後を継ぐべきだ。
実際、後継者問題は基本的にその流れにのっている。
ただ、サーレバント侯爵は、贔屓目に見て人柄も才能も平均的であった。何より貴族としては貪欲さに欠けていた。
一方、カルヴァ子爵は、その有能さと人柄とを二〇年という長きにわたり示し続け、実績を作り上げている。
彼は、時をかけて派閥を育成したのだ。
表面は優雅にふるまっているが、貪欲さも人並はずれて強い。
彼は、才能と実績、強引さというすべての面でサーレバント侯爵を上回っていた。
サーレバント侯爵の優位は、血筋のみである。だが、バカバカしいことではあるが、これこそが、唯一無比の正統性なのだ。
しかし、カルヴァ子爵も血筋は近い。一歩間違えば、彼が現公爵と最も近親の人物になるほどに……。
トランド公爵には子息が他にいなかった。
仮にサーレバント侯爵が亡くなれば、カルヴァ子爵が後継者の最上位となるのだ。
最後の手段として、暗殺という手をカルヴァ子爵は考えていることは想像に難くなかった。
今回は、本人ではなくトウキに暗殺者を送ってきた。
トウキが、裏で動いていることをつかんでいるらしい。
成功すればそれでよし、失敗してもこれ以上余計なことをするな、という警告を送ることができる。
トウキも嘗められたものである。彼女がこの程度のことでひるむと考えているのなら、カルヴァ子爵はあまい。
トウキは目を閉じたまま薄く笑った。
彼女は暗殺者を送る、などということはしない。暗殺が成功したとしても、足場が確かではないサーレバント侯爵は、たとえ捕まることがなくとも犯人ではないかと疑われるだけでマイナスが大きいのだ。
トウキには別の思案があった。
トランド公爵には、一年前に側室となった寵姫がいる。
ライラという女性で、トランド公爵に愛されるようになって二年が経つ。
トランド公爵が体調を崩すようになったのは、一年ほど前からだ。
トウキは公爵の病とライラの関係を疑っていた。
そして、ライラとカルヴァ子爵の関係も疑っていた。
いや、どちらも繋がりは必ずあるだろう。
ライラとカルヴァ子爵の繋がりを男女のものと断定し、不貞行為を行ったということで子爵を陥れるというのが、謀略の基本路線である。
トランド公爵の傍と、ライラの傍には、すでに人を送りこんでいた。
重要なのはタイミングである。
どんなに薄い糸でもこの繋がりの証拠をあげてしまえば、後は簡単だ。
不貞行為の相手からトランド公爵暗殺未遂の首謀者へとまつり上げ、カルヴァ子爵を死刑台へ送るのだ。
そして、トランド公爵は病が篤いまま床を離れることがかなわず……。
「ずいぶんと、深刻そうな顔を――いや、最後はうれしそうな顔をなされていましたね」
声をかけられて、トウキを瞼を上げた。
「ずいぶんとお久しぶりね。盗賊の頭領さん」
この屋敷の警備は強化されたばかりであるにもかかわらず、目の前の男の侵入をあっさりと許してしまっていた。
しかも、もっともな厳重なトウキの部屋への侵入である。
警備のレベルを嘆く気持ちは大きいが、一方で、目の前の男ならばしかたがないという諦めもトウキにはあった。
尖った耳を持つ、とても美しい男である。
その正体は、「両面の鴉」という大盗賊団を束ねる頭領だ。
「ええ、北の方に用事があったので来られませんでした。身体が二つない身としては、いたしかたのないことです」
「北? あなたがそんな僻地へ興味を示すなんて、意外ね」
「異界者の男が訪ねてきましたか?」
「耳が早いこと」
「期待はずれでしたか?」
「ええ、私が求めている人材ではなかった」
「そうですか――彼は、何かしていきましたか?」
「何も」
「まったく? 何もですか?」
「ずいぶんと、興味があるようね」
「ええ、私は彼に貸しがあるのです」
「あなたが?」
「はい。危険な人間です――本当に、彼は何もしなかったのですか?」
「……二人連れていったわね」
「ずいぶんと奮発しましたね」
「私の命を救ってくれた対価としては、安いものよ」
「なるほど……それでは、一つ情報をお渡ししましょう」
「対価は何かしら?」
「あなたが、トランド公爵を完全に掌握することですね」
「――情報は?」
「ラルバーン地方に、巨大な都市が建設されています」
「ラルバーン地方に? 何を言っているの」
未踏のラルバーン地方に都市を建設するには、資金と労力、ともに莫大な数字になるはずだ。
そんなことが可能な人間は限られる。
いや、実質国しかないだろうが、パルロ国にそこまで財政の余裕があるとは思えない。
しかも、造ったところで、労多くして功少なし、ではないか。
金を生みださないとなると、投資する意味がなかった。
「どうやら多種族が住人となっているようです。おそらく、数万規模でしょう」
「数万。大都市ね」
「それをなしたのが、この屋敷を訪れていた異界者ですよ」
「坂棟が!」
「彼は、異界者としても突出した力を持っています。その力は八将を超えているかもしれません」
「……そう」
トウキは沈黙した。
「次に会うのは、ずいぶんと先のことになるでしょう。壮健であることを祈っていますよ」
「あなたが、何に祈るというの」
「そう、六番目の神にでも祈りましょうか?」
「六番目の神?」
ルーン大陸で信仰されているのは、五大神だ。六番目など、トウキは目にも耳にもしたことがない。
盗賊の頭は、トウキがわずかに視線を外した間に姿を消していた。
閉じられていたはずの窓が開いている。
夜の風が流れこんできた。
「そう、つまり、私を騙したということね。坂棟克臣」
トウキは思わず爪を噛みそうになり、何とかこらえた。
坂棟の低能ぶりは、彼女を騙すための演技だったということだ。
あの二人――姉の能力なら、彼女は正確に把握していた。そうなると、目的は弟。
坂棟は弟の才能を見ぬき、彼を引きぬくために、低能を装うことで、自身にトウキの注意を引きつけたのだ。
引きぬかれる者が有能なのではなく、引きぬく者が低能なのだ、と誤認させたのである。
いや、引きぬきはおまけであるのかもしれない。
最初から、トウキの存在を知っており、彼女を観察するために来たのではないか。
トウキと同じように異界者の能力を調べようとした。
そう考えると、つまらない喧嘩を起こしたことにも納得がいく。
騒ぎを起こしたのは、こちらの気を引くためだったのだ。
あれはトウキが自分の意思で誘ったのだと、思いこませるための餌。
そんなことをしなくても、トウキは、すでに坂棟の存在を認識していたのだが、それは、彼が、彼女のすべてを知っていたわけではないのだからしかたのないことだ。
町に密偵を放っているなど、坂棟も思っていなかったのだろう。
つまり、初手は勝っていた。
二手目から坂棟にしてやられたのだ。
自分の油断が招いたことだというのはわかっている。
だが、トウキは怒っていた。
騙されるのが、何より彼女は嫌いなのだ。
トウキは、坂棟のことを深読みしすぎていた。彼の行動には、意図的な物も多くあったが、そうでない物もあった。
しかし、敗北したという感情が生じることによって、トウキは坂棟に対してより高い評価を下すことになったのである。
彼女は、坂棟に対して一様ではない執着を持つことになる。
「今は、あの男のことはいい」
トウキは、薄く息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
ラルバーン地方に異種族の都市があるという情報を、どう利用するかを考えなければならない。
王都も握っていない情報だろう。
中央の誰と手を握るのか、それによって、カルヴァ子爵との戦いもより優位に運ぶことができるようになるだろう。
異界者交流編 了




