2 それぞれの評価
「赤摘さんは、どこに住んでいるんですか?」
「サーレバント侯爵様の館です。それから、私に敬語は不要です」
「わかった。俺は坂棟克臣。名前は?」
「ミルスと言います」
どこかぼんやりとした雰囲気をもった青年である。
ぼさぼさではないが、手入れをしていない黒髪と、三分の一ほど閉じられた瞼が、やる気のなさを醸成していた。
「サーレバント侯爵がこの辺りを治めているのか?」
「はい。サーレバント侯爵様は、トランド公爵様の御世継ぎです。本来、嫡男が爵位をいただくことはないのですが、トウキ様がいろいろと手をまわされたようです」
赤摘という名字ではなく、トウキという名で、彼女は呼ばせているようだ。
そして、この青年は、意外と事情通らしい。普通は、裏で手をまわした人物のことなど知らないだろう。
「サーレバント侯爵は、長男ということか?」
「はい。トランド公爵様には、他に男児はおりません」
坂棟たちは町中を歩いていた。
人の流れは途切れることがなく、ノラ猫やノラ犬までもいる。
食糧問題を抱えていない、活気のある町のようだ。
赤摘瞳季と名のる人物が、異界者である可能性は高い。
坂棟は、すでに念でその存在を感知していた。この世界の住人とは異質な気配をもった存在が確かにいる。
そして、ミルスは間違いなくそちらへ向かって進んでいた。
「坂棟様は、屋敷がどこにあるのかご存じなのですか?」
「いや――どうしてそんなふうに思ったのか、訊いていいか?」
「今、ほんのわずかですが、私よりも先に道を曲がったように思えたので」
「へえ」
坂棟は、やる気のなさそうな青年に興味を覚えた。人材収集の嗅覚が働きだしたのだ。
「ミルスは細かいことによく気がつくのか?」
「いいえ、鈍感な方です」
「鈍感を装った方が、楽ですということか?」
ミルスは答えなかった。
自分とはまったく関係ないであろう、上流階級の知識、人間関係の把握力、観察眼を、ミルスは有しているようだ。
いきなり大きな拾いものの可能性がある、この青年は。
坂棟は質問する。
「ミルスは、ヒューマン以外の人型種族がこの世界で生きていることを知っているか?」
「エルフ、セリアンスロープ、ドワーフ、鬼、セイレーン、そして、ダークエルフ。後は魔族ですね」
「それらの種族には、どんな優劣がある?」
「神法術や精霊術の有無というのは、大きいでしょう。それ以外では、長短それぞれではないでしょうか。ああ、魔族は除外しておきます。あの種族は、人型ではありますが、人間と言うには、異質すぎますからね」
「ヒューマンは、他の種族を従える権利があるんじゃないのか?」
「さあ? 私には、その考えはわかりません。ただし、その考えを正しいと感じる人もいるようです。そして、その考えが一般的であるということは、知っています」
「その発言は、危険なものとされないか?」
「そうですね。聞かなかったことにしてください」
そっけなくミルスは言う。
旅を初めて十日もせずに、坂棟は、得難い人材を発見した。
運が良い。
屋敷につくまで、まだ二〇分はあるだろう。
坂棟は、ナージェディアに九九をミルスに教えるように言った。
「これは、便利ですね。良いことを教えてもらいました」
ミルスは、九九を十分とかからずマスターした。
そして、自ら九九の利用方法を理解したようだ。
「ミルスはどんな仕事をしているんだ?」
「決まったものはありません。雑用ですね」
「雑用……」
「はい。私は、姉の伝手で拾ってもらったのです」
「どんな条件で雇われているのかは知らないが、俺のところに来ないか?」
ミルスは、すぐに返事をしなかった。
それどころか別の話を始めた。
「姉は、なぜか、私の才能を高く買っているのです。私を世に出すために、頑張ってくれています」
「世に出る、というのが、歴史に名を残すという意味なら、ここにいるよりも俺と来るべきだろう」
「大きくでましたね」
「ミルスの姉は、屋敷で働いているんだな?」
「はい。侍女の一人です」
「この屋敷にこだわっているわけじゃないな?」
「それはありません」
「赤摘とは、どんな人間だ?」
「自分以外の人間は、バカだと思っているようです」
ミルスの反応は早い。
雰囲気に反して、彼の思考力は鋭かった。
「――彼女は、愚かなのか?」
「いえ、かなり頭の回転は速いでしょう。しかし、他人を認めるには、それとは異なる才能が必要とされるものではありませんか?」
ミルスの表情に変化はない。
変わらず、どこかぼうっとした雰囲気を放っている。
「いつ時間が空く?」
「早朝か、夕方以降ならいつでも」
「赤摘さんしだいだが、俺か、そっちの大男が訪ねるかもしれない」
「いいですよ」
坂棟たちは、それから数分後に、重厚な門をくぐり、立派な屋敷の前に立った。
サーレバント侯爵の屋敷であり、実質、赤摘瞳季という女主人が支配している屋敷であった。
「ああ、後一つ。何を見たのか報告をするのは当然だが、俺との会話は、私的なことにしてくれないか?」
「私的? 仕事ではない、ということですか」
「そうだ」
「話すなということですね。わかりました」
「同じ陣営に属することを、楽しみにしているよ」
「――危険な香りがしますね」
ミルスは、最後まで表情を変えることはなかった。
豪勢な部屋で、豪華な食事に、坂棟克臣は招かれていた。
魚介類こそなかったが、肉料理をメインデッシュとしたコース料理である。新鮮な野菜や、見た目と味つけも上品なスープ、さらに白米もあり、最後にはデザートまででてきた。
調理された一品は、いずれも凝ったものだった。
飲み物は赤ワインである。
壁際には、メイドが五人立っていた。
この贅沢な食事を味わっているのは、二人だけ。
招待客の坂棟と、招待主のトウキだ。
赤摘瞳季は日本人としては、彫りの深い顔立ちをしていた。
両親もしくは、祖父母あたりに欧米の人がいるのだろう。
日本人の色を残す、鴉色の長い髪に大きな黒い瞳と、西洋系の整った顔立ちの融合は、エキゾチックな美しさと色気を演出している。
計算された化粧とドレスアップした姿は、彼女自身を何より輝かせていた。
トウキは、目の前の男に対して失望を禁じえないでいる。
まず、能力のことである。
異界者は、この世界に来ると異能の力を得る。
これは、二〇数年前に起こった、一度に多くの異界者がこの世界に現れるという事件で実証されていた。
トウキは、幻覚系の力をもっている。
彼女は、坂棟に対してその力を行使し、反発を感じた。
これで、坂棟が幻覚系の力を有することがわかった。
瞬時に解いたが、坂棟にも、トウキが幻覚系の力を持っていることはばれただろう。
おそらく、力はトウキの方が上だ。
一瞬の触れ合いともいえる感触から、彼女はそう判断した。
なので、トウキが坂棟に操られることはない。逆はあるかもしれないが。
力の優劣は、この際どうでもいい。
問題は、坂棟の力が幻覚系であることなのだ。
幻覚系が悪いとは言わないが、今、彼女が求めているのは、実際に戦える力なのである。
この点で、坂棟は不合格だ。
彼の連れていた大男の方が、役に立つだろう。
引きぬくというのもありだ。
能力以上にダメなのが、知性と才能が平均でしかないことだ。
坂棟との短い会話の中で、彼女はそれを悟った。
会話だけではなく、現実もそれを物語っている。
おそらく彼女と同じタイミングで、坂棟はこの世界を訪れたはずなのに、いまだに、何もなしていないのだ。
彼は、旅をしているだけなのである。
実行力と行動力がないとしか、言いようがない。
才能のある人間というのは、時に強引と思える行動をとり、余人にはできない結果を明確にうちたてる。
才のない者は、いくらか時間があろうとも何も残せない。
いまだ、何もしていない坂棟は、何も残せないタイプだろう。
人間的魅力もたいしたことがないようだ。
少なくとも異能をもっているのだから、本来、人は集まりやすいはずなのだが、彼の周囲はお寒いばかりである。
素行にも問題があった。
この町に入ってすぐに喧嘩をしたらしい。
注意力もなかった。
たいした力もないくせに、目立つ容姿を隠しもしない。
最悪、容姿が目立つということを、理解していないのかもしれなかった。
この男は、トウキに資金面で頼ってくるのではないか?
あるいは、誰か頼りになりそうな人間を紹介してくれと頼んでくるかもしれない。
無下に断わり、居座りつづけられても困る。
体よく追いはらわなければならなかった。
適当に会話をし、情報を与えて、旅立ってもらった方が良いだろう。
物わかりがわるければ、実力行為もやむをえない。
同郷人だからと言って呼びよせたのは、安易だっただろうか。
「そういえば、坂棟君はどの辺りにいたの?」
会話はすべて日本語でなされていた。
声が聞こえたところで、メイドたちには、理解できないということだ。
「ここから、西? ……西北というか、森の中にいた」
「森? それは大変だったでしょ」
「まあね」
大きく息を吐きながら、坂棟が言う。
「何かあったの?」
「周りに迷惑をかけた」
「ローブの女性のこと?」
「鋭いな」
坂棟は驚いている。
「ひどい火傷らしいって」
「ああ、全身とは言わないけど、それに近いものがある。俺を、まあ、助けてくれてね」
坂棟が言葉を濁した。
どうせ、異界にいるという現実に対応できずに、つまらない行動をとって、どこかの村で問題でも起こしたのだろう。
それにローブの女は巻きこまれた。
さすがに罪悪感を覚え、旅へと連れだした、というあたりだろうか。
言葉を濁しながらも、話したそうにしている坂棟に、気づかないふりをして、トウキは話題を転じることにした。
話す内容などわかりきっていた。事実を脚色した英雄譚に違いないのだ。
男の自慢話につきあっている暇はない。
「この世界って、少しおかしなところがあるでしょ?」
「おかしなところ?」
「そう、技術が変に発達しているの。坂棟君のわからないところだと、化粧品やら女性の下着が意外に進んでいる」
「え、そうなのか!」
「他にも、石鹸や洗剤、紙とか、食事の内容とか、いろいろね」
衛生面では、トウキ自身が指揮をとって屋敷と町を大幅に改善していた。
サーン・ソースが綺麗な町なのは、彼女の貢献が大きいのだ。
だが、たとえ現状がパルロ国で最先端のものであっても、日本人の彼女としては、まだまだ満足はできるものではなかった。
「言われてみれば……」
「坂棟君は誰かと会った?」
「……日本人に、ってこと?」
「ええ」
トウキは微笑する。この会話の流れで、他に何があるのか、と思いを抱きながら。
「知らないな。俺たち以外にも、来ているかもしれないのか。言われてみれば、そうだな」
「私は二人知ってる」
「凄いな、赤摘さんは」
「一人は有松虎足という人。ちょっと、危なそうな商人のところで、用心棒みたいなことをしているみたい」
「ああ、力があるから、金のある人に……」
「そう。でも、坂棟君はやめた方がいいと思う」
「なんで?」
「ヒューマンたちは、狡猾――いや、違うかな。私たちの持っているような倫理観がないの」
「人によるんじゃないか。決めつけるのは、どうかと思うけど。いや確かに悪い人もいるけどさ」
トウキは、外面は保ったまま内心で、大きなため息をついた。
バカは見捨てればいいのだが、ここまで程度が低いと、同郷者の誼で、多少同情を覚えないでもない。
彼女は坂棟にアドバイスをした。
「もちろん、そうだよ。でも、上にいる人ほど酷いというのは知っておかないと、危険な目にあうと思う」
実際は、上も下もないとトウキは思っていた。これまで、酷いやり方に直面していないとしたら、坂棟という男は運だけは良いのだろう。
「ああ、上の人か。それは知らないな」
「ついこの間のことなんだけど。セイレーン、簡単に言ったら人魚たちが住む町があったの」
「人魚! やっぱり、いるんだな。となると、エルフもいるのか!」
坂棟が興奮している。
男というのは、こういう生き物だとトウキは理解しているが、正直うざい。
話の焦点がどこにあるのかくらい、理解して会話をしてもらいたいものだ。女の話は脈絡がないというが、男だって目の前に欲望につられて突発的な会話をやる。
「ええ、エルフもいるみたい。めったに会えないようだけど」
種族の話をしたことで、トウキは不意に思いついた。
「坂棟君、これまで会話をどうしていたの?」
「会話? 何とか伝わるぞ。それなりに、パルロ語も話せるようになったし」
「そう……なんだ」
他所の文化に触れた時、もっとも大きな問題になるのは言語である。
トウキも言葉の壁には苦労したのだ。
最重要課題であった。
それを何となくで、この男はきりぬけてきたらしい。
頭の悪い方が、得するという事実に、彼女は怒りを覚えた。
もちろん、外に出しはしない。
「で、人魚がどうしたんだ?」
「坂棟君には悪いけど、滅びたの」
「滅びた? ウソだろ」
「本当。魔族に一夜で町が廃墟にされたって」
「ウソだろ」
「そう、ウソ」
「へ?」
「これがヒューマンの手なの。自分たちの都合の良いように情報を操る。自分たちがやったのに、たいていは魔族のせいにしてね。坂棟君は魔族を見たことがある?」
「いや、ない」
「でしょう。でも、なぜか、パルロ国じゃいろんなところに魔族が現れるの。そして、なぜか、その場所って、決まってお金がよくあるところなんだけどね」
「ああ、そうか。確かに、そうだな。お金が関わると、人は変わるからな」
急に、坂棟がわかったような口をきいた。
こういった男の表情にトウキはよく憶えがある。
彼女の前で、恰好をつける男たちの姿だった。
見栄をはる演技をして、無知を隠そうとしているのだ。
ヒューマンへの忠告もした。これ以上坂棟と話す必要をトウキは感じていない。
話題の途中だが、切りあげようかと彼女は考えた。
どうせ、坂棟は何を話していたか、ろくに憶えていないだろう。
「もう一人は、どんなやつなんだ」
しっかりと坂棟は話題を憶えていた。
頭のあまりよろしくないと思われる彼も、同じ日本人のことは気になるようだ。
「もう一人は、能動新樹と言って、彼は、パルロ国南部で叛乱軍のトップを務めている」
「叛乱軍?」
「ええ、この世界がひどく厳しいのは知っているでしょ? 下々で生きている人のために、彼は起ちあがったみたい。今では、凄い数の人が彼のもとに集っているそうよ」
「国は何をしてるんだ?」
「基本的に領主に任せていたみたいだけど、連戦連敗らしいから、そろそろ動くでしょうね」
トウキは、八将をはじめとして、パルロ軍の陣容の知識がある程度あったが、口にはしなかった。
坂棟には必要ないことだ。
情報は必要な人間のみ知っていれば良いのである。
「能動か。凄いやつがいるな」
確かに、普通の人間ではできないことを能動はやっている。
だが、彼は勝者にはなれない。
トウキは、能動は失敗すると見ていた。彼は、先を見通すことをせずに、無計画のまま感情的に走っているようにしか、彼女には思えなかったからである。
トウキはグラスに口をつけた。
「私たちには関係のないことよ」
「そうだな」
ナージェディアは坂棟の部屋にいた。
セイもいる。
坂棟の部屋は、ナージェディアが用意された部屋よりも広く調度品も立派なものだった。
明らかに上下の別をつけられている。
まあ、だからどうということもない。
ナージェディアの心は、そんなことでは乱されなかった。ただ、自分は、坂棟の使用人と見られているのだろうか、と考えた。
坂棟の設定では、友人であったはずなのだが……。
演技力に難があるということだろうか。
だとしたら、これから先の旅が思いやられる。
座り心地の良いソファーに彼女は腰かけていた。
顔を隠すフードはかぶったままだ。
食事を終えた坂棟を迎えに行き、廊下を並んで歩いている時に、彼に指示されたのである。
この屋敷にいる間は、寝る時であっても全身を隠すこと。
部屋に入った後も、坂棟が話しかけるまではいっさい口を開かないこと。
フードのことは、再確認のようなものだ。
それより後者である。
「もしも、お館様が喋らなかったらどうするのですか?」
「口をきかぬが最上、かもな」
すでに部屋に入って、かなりの時間が経過していた。
どうやらラバルの王は、本気で喋らないつもりらしい。
やはり、ナージェディアに演技力がないので、ボロが出ないよう喋ることを禁止にしたのだろうか。
だが、三人しかいないところでまで徹底する必要はない。
「失礼いたします。坂棟様、よろしいでしょうか」
ノックの音が室内に響く。
「どうぞ」
「失礼いたします」
頭を下げて、メイドが部屋に一歩だけ入ってきた。
坂棟の視線は、メイドにじっと注がれていた。
「主人がセイ様とお話がしたいと申されているのですが、よろしいでしょうか?」
「俺じゃないというのは、残念だけど」
坂棟の発言に誰も口を挟まない。
「セイ、お誘いだ。行ってこい」
「わかりました」
セイは部屋を出ていき、メイドはもう一度深々と頭を下げると、扉を閉じた。
「部屋に戻って、休みな」
ナージェディアは言われたとおりにした。
やはり、問題は演技力だろうか。
だが、坂棟の言動には違和感がある。
どうも、今日の坂棟は変であった。
同郷の人間に会い、郷愁を覚えているのだろうか。
だとしたら、故郷を失くしたダークエルフにはわからない感覚だった。




