42 国家新生
一年の始まりの月を迎えて、寒気がラバルを完全におおっている。
積もるほどではないが、時に雪が降ることもあった。
住民の服装はずいぶんと厚手のものに変わっていた。
だが、うつむく者はおらず、彼らの瞳には活気があふれている。
ラバルに冬眠の時期はないようである。
実は、ダークエルフの村からラバルに戻ってきて、坂棟はすぐに高熱を発して寝込んだ。
セイの治療もたいした効果はなく、また坂棟自身にも精霊の力があるので、風邪などの外的要因で体調を崩したわけではなさそうであった。
「疲れみたいなもんだ」
ベッドに身体を休ませて坂棟は息を吐いた。
「疲れ――ですか?」
ハルには理解できないようだ。
「俺は人間なんだよ」
坂棟は本心から言った。
二日後、寝込んでいたのが嘘のように、彼は健康を回復した。
ハルは、坂棟が回復したことを確認しても、その日は一日中ずっと一緒に行動した。体調を崩すということが、彼女にはよほど理解できない状態のようだ。竜王と人間の身体のつくりの違いだろう。
体調の戻った坂棟は、自室で念による感知を行っていた。
気になることがあった。
念による感知が完全ではないことだ。念の感知には穴があることがダークエルフの村で証明されている。
これまでも、セイレーンに感知の力は働きにくいという例があった。
念の感知は、決して万能ではないのだ。
坂棟の感覚では、念の感知というのは、目で見るというより、手で触れるというのに近かった。
視覚ではなく、触覚である。
水が流れるように空気の中を念が流れ、念が物体に触れることで、そこに何があるのかを把握するのだ。
無生物より、植物。植物より動物。
というように、エネルギーを内に秘めている量が多いほど、存在感が強くなる。
すでにわかっているのは、セイレーンやダークエルフは感知しにくいという事実である。
坂棟は、セイレーンとダークエルフをそれぞれ感知し、比べることで違いがあることがわかった。
ダークエルフは確かにいるのだが、見逃してしまう。
影のような印象だ。
存在が希薄なのだ。
セイレーンは、いないような錯覚を起こす。
まるでステルス機能を発揮しているかのようだ。
透明なのだ。
だが、両者とも集中すればわかる
集中して、なお、わかりにくいのが、ナージェディアだった。
彼女は特殊だった。彼女は両方の特性を持っていたのだ。
いるとわかっていて、念の感知を行わなければ、発見するのは非常に困難だった。
透明で影のような存在。
背景と同化してしまうのである。
ナージェディアに精霊力はない。
だが、彼女には、ダークエルフの希薄感だけではない、何かがある。
セイレーンは、精霊力がまざることでわかりにくくなった。
一つの身体の中に、人間と精霊が同時に存在しているということだ。
この重なるというところが、ポイントであるのかもしれない。
ナージェディアの父は、ダークエルフではなく別の種族なのではないか?
「混血……」
異種族の婚姻によって生まれた子供は、念での感知が難しくなるという可能性がありはしないか。
坂棟は、ナージェディアのもとを訪ねた。
彼女はラトの下で働いていた。
「父のことですか? 憶えていません」
「まったく?」
「はい――いえ、私たちを守ってくれたことしか……」
「――おばあさんが原因?」
「どうでしょうか……単純に、幼すぎて記憶にないだけかもしれません」
触れられたくないだろう過去の話題について、ナージェディアは、嫌がるそぶりを見せずに答えた。だが、坂棟の推測を補強するような新たな情報はなかった。
「もう、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ナージェディアは、ラトの秘書のようになっていた。
彼女は驚異的な仕事量をこなしている。
ダークエルフの中でも、彼女は非常に役に立っていた。
だが、念の感知については、まったく役立つ情報はなかった。
坂棟は、内に複数のものが内在するという発想は、なかなか良い線をいっているのではないかと考えたが、これ以上は検証できなかった。
そういう存在が、ラバルにはいないのだ。
念の感知で、神経を尖らせざるをえない相手が、シャルルフレイだった。
ダークエルフ、魔族、赤い血。
彼は、謎に包まれている。
現時点で解明しようとする行為は、予断を持つことと同義になりかねなかった。
情報が少なすぎるのだ。
強さという面では、彼は坂棟の敵ではない。
ただ、放っておけば、将来に大きな影を残す可能性のある男ではあった。
シャルルフレイは、そういう危険な匂いを感じさせる男だった。
念の感知について、ハルとラトは、たいして関心を示さなかった。
竜王はである彼らは、それほど感知能力に頼っていないのかもしれない。
また、彼らが他のことに、夢中であったというのも理由だろう。
シャルルフレイについては、ラトだけが関心をもったようであった。
念の感知への思考を切り離した坂棟は、今できることをやることにした。念の感知力の精密性を高めるよう努めたのだ。
さらに、念の感知を使わずに、気配を探るすべを得ようとした。
前者は、成功したが、後者は、飛躍的な向上はなかった。
気配の察知は、ヤマトの方が上かもしれない。
相変わらず坂棟は、セイと研究をしていた。
実用化されたのは、バリスタと火炎瓶くらいものだった。
二人の研究成果は、ラバルに還元されることはほとんどなかった。
一部の職人や研究者の間で、せいぜい目標となる物として存在しているだけだ。
半ば、意図的に、坂棟は干渉を控えていた。
ラバルは坂棟の町である。
同時に、セリアンスロープ、ドワーフ、鬼、セイレーン、ダークエルフの町でもあるのだ。
与えるだけでは駄目なのだ。
皆の力をあわせていくのが、ごく当然のことにならなければならない。
保護とは違う関係が、坂棟と住人たちの間に、少しずつ構築されようとしていた。
防壁がついに完成の日を迎えた。
だが、外壁の完成ほどに、内壁となるはずの人材は育っていない。
軍隊は結成されている。
機動部隊、防衛隊、海軍の三つである。
ブルラーグとジャグが、機動部隊の隊長に任命された。この二つの機動部隊は、もとは狩猟隊で、セリアンスロープのみで編成されている。
鬼の老将タチバナが防衛隊長である。防壁づくりを行っていた者を核とした各種族の混成部隊である。
セイレーンのクシナは、海軍を任された。といっても、まだ、造船が始まったばかりで、海軍などという物は微塵も存在していない。
まだまだ未熟とはいえ、取り合えず戦う部隊は編成された。
政治を行う文官の役職は、空白のままである。
坂棟の下にラトがいる
そして、ラトの下に、ズイラーグ、ムグルーグ、ハブグ(セリアンスロープ)、ナーバル(セリアンスロープ)ギーセンラルバ、オオムチ、ツチカド(鬼)、アマミコ、ナージェディア、フィールア(ダークエルフ)というふうに、各種族の長たちがいる形だ。
各種族の代表たちが集っているが、これは、坂棟の本意ではない。
だが、実際、政治に関われるレベルに当初からあったのは、彼らしかいなかったのである。
戦国武将の家臣団に近いかもしれない。
彼らは、家老と吏僚を兼ねていた。
その時々で、役割を変じ、あるいは重複させていたのである。
専門化、あるいは、細分化するには、何より人の数が足りなかったし、また、能力の不足している者ばかりであった。
上級官吏、下級官吏ともに、大きく不足している。
そんな中で、ダークエルフの加入は、やはり大きかった。
上層部にいる者ほど、彼らの価値を理解できただろう。逆に、理解できなかった者は、近い将来上層部を去ることになるはずだ。
坂棟は、ラルバーン地方を詳細に調査し、ダークエルフの隠れ集落を二つ発見した。
それでも、ダークエルフの総数は、一二〇人弱という少数で、ラバルの種族の中ではもっとも少ない。
だが、ラバルの書類制作や管理力は飛躍的に上昇した。
ようやく、数字による全体の把握が、できるようになったのである。
この数値化と整理力の改善は、ラバルが組織化されて以降、最大の改革と言ってよかっただろう。
ちなみに、坂棟は、鬼とドワーフ、そして、セリアンスロープの集落も発見していた。
坂棟は直接交渉を行わず、各種族の者たちに任せた。
交渉はすんなりとまとまる物ばかりではなかったが、結局すべての種族が、ラバルに参加することになったのである。
ヒューマンたちとの経済交流は、まったく行われていなかった。
物がないのではなく、交渉のできる人間と、交渉するべき相手がいないからだ。
ヒューマンの商人たちの意識調査が必要だった。
利益と感情のどちらを優先するのか、という問題だ。
利益が出れば、たとえセリアンスロープだろうと、対等の交渉相手と考えることができる人間がいるのかを調べる必要があった。
坂棟は、ヒューマンをもっと知る必要があると考えていた。
そして、ヒューマンもラバルに参加させる必要があるとも考えていた。
むろん、無条件での移住は認められない。
選別の必要はある。
だが、このまま孤立した形でラバルが存続するのは、変化をやめる行為に等しく、いずれ成長の限界を見ることに繋がるだろう。それは坂棟の求めるところではなかった。
ヒューマンとの交流が始まれば、ラバルには、大きな変化がもたらされることになるはずだ。
その荒波をこえてこそ、ラバルは、この世界で自らの所在を高らかに謳うことができるのである。
ついに、ラバルの国旗が完成した。
外側を向いた、二匹の竜の横顔。
下部には、火や水などの精霊をモチーフとした模様がある。
そして、中央に宝玉だ。
造形としては、優勝カップ(二匹の竜)の中心に、宝玉があるというものである。
宝玉は、むろん、坂棟を象徴しているのだろう。
見事なまでに、四人の主従しかいない。
ハルとラトがデザインしたことを思えば、むしろ、セイが入っていることを褒めるべきなのかもしれない。
こうして完成したラバルの国旗は、行政府や城門にそれぞれ掲げられたのである。
ラバルの国旗は、そのデザインから、「双竜の旗」「双竜旗」と呼ばれるようになる。
ラバルの「国家宣言」が坂棟の口から発せられた。
同日、坂棟克臣は、ラバル国王として即位した。
ラバル暦〇〇一年一月二六日のことである。
人口は二万三〇〇〇。
多様な種族が歓声をあげる中、ルーン大陸において、もっとも小さな国家が産声をあげた。
現時点で、ラバルのことを知る国はない。
ラバルがルーン大陸の歴史舞台に立つには、今しばらくの時間を必要とした。
第一部 新生編 了




