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41 青い血と赤い血の決別




 永遠に動くことを止めたヘルヴォーラが椅子に座っていた。

 喉から流れでた大量の青い血が、椅子の周囲に小さな湖をつくっている。


「兄ですね」


「憶えているのか」


「思いだしました」


 膝をついたナージェディアは、だらりと下げられた祖母の両手を握りしめる。

 坂棟は視線を床に投じた。

 ヘルヴォーラのものではない、赤い血がてんてんと落ちている。


「兄は、私を迎えに来たのだと思います」


「シャルルフレイかどうかは、ナディアのおばあさんにしかわからない」


「いいえ、兄は私を迎えに来たんです。私は気がつかなかったけど、兄はすでに私に会いにきていました」


「見たのか?」


「見ていません。枕もとに立っていたんです……信じてもらえないのはわかります」


「生きていれば、ナディアを迎えにくるということだな」


「おそらく……兄は、生きているのでしょうか?」


 ナージェディアは「みんなを助けてください」と叫んだ。

 あの時の皆というのは、シャルルフレイも含まれていたのだろうか。

 本人もわかっていないだろう。


「わからない」


 坂棟には、逃したという思いがあった。

 逃げられるはずはないのだが、どこかに見落としがある。彼はそこをシャルルフレイつかれているような気がしてならない。


「――私は兄のやったことは許せません」


「仮に生きているとしたら、しとめるよ」


 一〇人の死者をだした。

 坂棟生きたまま捕らえるようセイに命じた一人も死者へと姿を変えた。

 魔族化したダークエルフを利用するのではなく、死者としてきちんと弔うことで、残ったダークエルフからの信頼を得る方を坂棟は選んだのである。


 坂棟が守ると決めて戦いに投じた後に、これほどの被害をだしたことは、これまでになかった。

 完全に彼は敵を見誤っていた。

 すべての対処が後手に回っていた。

 敵のいる位置がわからないのなら、最初から村周辺の木々を消滅させてしまえばよかったのだ。

 彼にはその力がある。

 今回、坂棟は徹底することを欠いた。

 いくら力があろうとも、使用方法を誤れば対応することはできないということだ。

 守る者がいた場合、特に、敵はさまざまな手を使って攻撃してくるだろう。

 すべてに完璧に対応することなど不可能なのだ。

 優先順位を決め、さまざまな手段を用意しなければならない。


 襲撃の後、ダークエルフは一カ所に集まり、火を囲んだ。

 敵がいるとは思えなかったが、それでも警戒は緩めなかった。

 八人であれば、坂棟とセイで充分守ることは可能である。


 夜明けとともに、坂棟は、ラバルから騎獣をこちらによこさせた。

 ダークエルフの荷物はほとんどない。

 だが、大量の本があった。

 彼らは、書物のみを自分たちの財産として守ってきていたのである。

 もっとも、多く所蔵していたのは、ヘルヴォーラ・ヴェルサンティであった。

 彼女は、地下に書物を隠していた。

 坂棟は、念糸を使い、大量の本を一度に運んだ。

 彼が騎乗した蒼一角馬フレイディーンは、とんでもない重量に対して、不快そうにしたものである。

 それでも、その荷を苦にせず、蒼一角馬フレイディーンは、坂棟をラバルまで乗せていった。



 坂棟は、ダークエルフの村を離れる前にある場所によっていた。

 セレンキーアの墓である。簡素な木墓にかけられた紅玉のペンダントが、風に揺れている。

 そこで、彼はある痕跡を発見した。

 よく観察しなければわからないが、かすかに掘りかえした跡があったのだ。

 なぜ、こんなことをしたのかという推測から、坂棟はその存在を暴きだした。

 シャルルフレイだ。

 彼は、セレンキーアの墓に隠れていたのだろう。

 ここであれば、坂棟が破壊的な攻撃はしないと考えたのだ。

 そして、それは当たった。

 シャルルフレイが、初めて残したかすかな痕跡。これは、彼が、傷を負っているからこその失敗だろう。

 だが、失敗しながら、彼は逃げきったのである。

 坂棟は、紅玉のペンダントを手にとった。

 彼は、ペンダントを墓に戻すことなく、その場を後にした。





 ダークエルフの移住は、ラバルでも騒ぎになった。

 だが、大きな騒ぎにはならなかった。

 噂が走った程度である。

 ダークエルフの呪い程度では、坂棟とその従者がどうにかなるなどと、彼らには思えなかったのだ。

 坂棟たちの強さに対して、ラバルの住人は絶対の信頼をおいていた。

 むしろ、彼らは、すでに伝説上の存在になっているダークエルフに対して、野次馬的な興味を抱いている節さえあった。

 ダークエルフの移住に関して、ラバルの住人の反応は、おおむね好意的といって良いだろう。





 ラバルで用意されたベッドは、ナージェディアが使っていたベッドよりもはるかに寝心地がよかった。

 だが、睡眠はなかなか訪れない。

 昨日は、ろくに眠っていないのだが、眠りの精は彼女にまったく微笑まなかった。

 生きていた兄、殺された祖母、母のこと、さらに、兄によって殺された村の人たち……。

 理性も感情もごちゃごちゃにまざりあっていた。


 ナージェディアは、昔のことを思いだした。

 なぜ、忘れていたのかと言えば、幼い頃に、祖母に忘れなければダメだ、と、暗示をかけるように何度も言われたからだった。

 彼女はその言葉を素直に受けいれ、本当に忘れてしまったのだ。


 ナージェディアの父は、ヒューマンに殺された。

 父は、家族を逃すために犠牲になったのだ。

 母は、幼い兄妹を連れて、何とか故郷へと帰ってきたのである。

 だが、母は、村に受けいれられなかった。

 母は村はずれの小屋に幽閉された。


 ナージェディアは、村人に受けいれられたが、兄は受けいれられなかった。

 兄に話しかけていたのは、セレンキーアくらいのものだった。

 それも、彼女の両親に見つかると離された。

 その時は、なぜだかわからなかった。

 今ではわかる。

 兄の血が赤かったからだ。

 ある時、ナージェディアは兄に言われた。


「僕とナージェはミマなんだよ」


「お母さんは?」


「お母さんも」


「おばあちゃんは?」


「おばあちゃんは違う」


「ふーん。わかった。私はミマだ」


「そう、ミマだよ」


 兄は微笑み、彼女の髪を優しくなでた。

 さらに、別れの時に兄は言った。


「ナージェ、君が一八歳になったら迎えに行く」


「お兄ちゃんは、どこかへ行くの?」


「ああ、今の僕じゃ、ナージェを守れない。少し、強くならないとね」


「お兄ちゃんは強いよ。獣だってやっつけちゃうし」


「それくらいじゃ、ダメなんだ」


「そうなの?」


「うん、一二年後にまた、会おうね」


「一二年後?」


「そう」


「何をしているんだい、ナージェディア、ここに来てはいけないと言っただろう」


「おばあちゃん」


「おまえたち……ラクシャミーア!」


 祖母が、聞いたこともない甲高い声で母の名を呼んだ。

 彼女は、祖母の視線の先をたどった。


(見たくない……)


 両手両足をだらりと地面に伸ばして、母が座っていた。


(見てはダメだ)


 母の首から青い血が流れていた。


(いやだ……)


 母が死んでいた。



「家族は一緒にいなくては、ダメなんだよ。ナージェ」



 ナージェディアは瞼を開いた。

 じっとりと汗をかいている。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 見慣れない部屋。

 誰もいない。

 ラバルに彼女はいるのだ。

 ナージェディアはベッドからおりて、窓を開けた。

 冷たい風が、流れこんでくる。

 空は、夕焼けに染まっていた。


「シャルル」


 兄の名を呼んでも返事はない。

 兄は死んだのだろうか。

 もしも、生きているとしたら?

 兄は、ダークエルフにない力を得ていた。

 兄は、この一二年という時間、どこで何をして過ごしていたのか……。

 あれが、ナージェディアと約束した強さなのだろうか。


「私が決着をつけないと」


 兄は、村の人たちを殺した。

 セレンキーアの未来を奪った。

 祖母を殺した。

 ナージェディアは、兄を、シャルルフレイを許すわけにはいかなかった。








 ダークエルフ編 了

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